第16話 ピオニエーレ

 討伐ターゲットである二体のイノシシ型魔物のうち一体を撃破したものの、突如として乱入してきた黒マントの女によって残る一体を取り逃してしまったアリシアとミューア。

 二人は敵が逃亡した森の中へと突入し、その足跡を追う。


「魔物を味方にするとはね……」


「あんな風に指示通りに動かせるなんて、私でも普通でないと分かります」


「魔物を従わせるスキルか術でもあるのか…? ともかく追い続けてやる!」


 イノシシが踏みつぶしていく花々や雑草が道標となり、そちらへと進んで行くと、木々の無い開けた場所で敵は停止していた。もう逃げ切るのは不可能と判断したのかは知らないが、これは好都合である。


「どうやら空腹になってしまったらしく、アナタ達を振り切れる程のスピードが出せなくなってしまったんですよ……このコも元々は動物で、無理矢理に魔物へと変化させたために万全ではないんですよね。ハラが減る頻度も多くて、だから作物を頂いていたんです」


「いや知らんけど」


「こんな巨体なのですから、あんな細々しい作物ではなく肉でも食えばいいと思うんですがねぇ…好みは種族それぞれですね」


「だから知らねーよ! こっちが聞きたいのはテメェの目的だっての!」


「アナタ達の肉付きの良い身体でも食わせれば、もっとパワフルになるでしょうな」


「アリシア、アイツをってくれ!」


 もう我慢ならないとアリシアに狙撃を頼むミューア。それに頷くアリシアは魔弓を構え、イノシシの上に騎乗したままの黒マントの女に矢を向けた。


「短気は損気ともいいますよねぇ。いいんですか? わたしを討ってしまって」


「だからサッサとアタシ達の質問に答えろと言った!」


「まあいいでしょう。こうまで追い込まれるのは初めてですから、ちょっとだけ話してあげましょう。感謝してくださいよ」


「そいつぁどーも」


 不愛想に感謝を伝え、ミューアは相手の話の続きを待った。


「察しの通り、オーク達を利用してエルフの秘宝を奪ったのはわたしです。この世界樹の枝は便利な代物でしてねぇ。このイノシシを魔物へと変えたのも枝のおかげなのです」


 黒マントの女は懐から鈍く虹色に発光する枝を取り出す。形状は何の変哲もない枝だが、それが特殊な力を有しているようだ。


「まあ、魔物への変貌がメインの目的ではないです。あくまで副次的なものですから」


「それでは、何が目的で…?」


 アリシアは一歩手前に出て問いただす。


「アナタ達もエルフ族に伝わる伝承をご存じですか? かつて、始祖エルフ達が最終兵器を用いて魔物を討ち払ったというお話を」


「魔物の大群を焼き払ったというエルフの雷……それが?」


「世界樹の枝は、そのエルフの最終兵器を起動するためのキーなのです。まあ何処に封印されているかは知らないですが……何かご存じありませんか?」


「いえ、知りませんが……」


「それは残念ですねぇ。まぁともかく、エルフの雷はこのビロウレイ王国の何処かにあるのは間違いないハズですがねぇ……」


 独り言のように呟き、黒マントの女は有益な情報は得られなかったとガッカリしている。

 そしてイノシシの背中を叩いて闘志を沸き立たせ、アリシア達に立ち向かわせた。


「ならば、もう用はありません。死んでもらいます」


「くっ…負けません! アナタだけには!」


 アリシアはイノシシの突進が来る前に魔弓で矢を放つ。しかし、その一撃はイノシシの頭部に多少のダメージを与えただけで勢いを殺すことはできなかった。


「ふははは! そんなんではねぇ!」


 黒マントの女はあざ笑いながら騎乗していたイノシシを飛び降りる。そして、背中の鞘から大剣を引き抜いた。


「クッ、さっきのレイピアとは別の武器か…!」


 ミューアは驚きながらも、黒マントの女による斬撃を回避する。


「わたしにひれ伏すというなら、助けてあげてもいいですよ? さぁ、観念して武器を捨てるのです」


「誰がテメェのような外道に平伏するものかよ! 必ずブッ潰してやるからな!」


「おやおや怖いですねぇ。しかし、アナタは愚かだ。わたしこそはエルフの新たな時代を開拓する先駆者、ピオニエーレ! そう、全てのエルフを統べるべき存在なのです!」


「なにが時代の先駆者だ! 沢山の同族を殺しておいて、そんな貴様の言う事か!」


「あの程度で死ぬようなエルフに未来は元々無かったんですよ。むしろ、生き残ったアナタ達こそ次世代に相応しいのかも」


「バカを重ね重ね言うのも大概にしてもらう!」


 ミューアは怒りながらピオニエーレと名乗る黒マントの女の大剣を受け止めるが、


「パワーがダンチだな…! 大口叩くだけのことはある…!」


「むふふふ…そんじょそこらのエルフと同じにしてもらっては困ります。ちょいと本気を出せばアナタなど敵ではない!」


 流れ込む魔力に反応するように大剣の刃が光を強めていく。そして、ミューアの剣を真っ二つに折ってしまった。


「やられたっ…!」


 大剣がミューアの首に振りかざされる。

 その瞬間、


「させません!」


 アリシアの矢がピオニエーレの脚を射抜いた。衝撃でピオニエーレの姿勢は崩れ、ミューアへの攻撃は逸れて終わる。

 

「小賢しいマネを…ですがね!」


 痛みを我慢しながらも、ピオニエーレは動きを止めない。そうしなければミューアの追撃の一撃が直撃してしまうからだ。


「エルフの秘宝は返してもらうぞ!」


「できますかねぇ!」


 二人の武器が交錯する。瞬間、ミューアの折れた剣先がピオニエーレの肩を刺し、ピオニエーレの大剣がミューアの腕を裂く。

 両者から噴き出た血が交わりながら四散して、互いによろけるように後ずさった。


「ミューアさん!!」


「だ、大丈夫だ…ヤツは…?」


 出血する腕を押さえるミューアが探すと、ピオニエーレは既にイノシシの上に退避していた。

 そして、イノシシの巨体を駆使して飛びかかってくる。


「ブッ潰れなさい!」


 勝ちを確信したように叫ぶが、アリシアとミューアはギリギリでイノシシの軌道から避けていた。

 しかし、


「ちょこまかと!」

 

 ピオニエーレの指示でイノシシは尻尾を大きく振り回して薙ぎ払う。この攻撃は想定しておらず、二人のエルフは強烈な尻尾の叩きつけを受けて後方にふっ飛ばされてしまった。


「くぁっ……」


 特に負傷していたミューアは受け身を取ることもできず地面に転がる。意識が朦朧として、平衡感覚を失った状態では立ち上がれない。


「トドメ!!」


 もはや抵抗もままならないなと、ピオニエーレはイノシシで踏みつぶそうと迫った。


「さ、させるわけには!」


 なんとか体勢を立て直したアリシアは、膝立ちしながら魔弓を構える。ダメージが大きく満足に戦えないが、ただで殺される気などない。


「冷静に、確実に…!」


 指を放し、矢が疾風と共に飛翔する。その一撃はピオニエーレを直撃するコースを取っていた。


「そんな程度で…何ッ!?」


 来ると分かっていれば迎撃するなど容易く、ピオニエーレは大剣で防御しようと腕を動かす。だが、ミューアの攻撃で肩を負傷していたこともあり、力が充分に入らなかった。

 結果、矢は大剣に防がれず、ピオニエーレの脇腹へと突き刺さったのである。


「うぐぅ…これはマズい……」


 ぐったりとするピオニエーレは、回復を優先させるべくイノシシを静止した。

 このまま直進して二人のエルフを轢き殺しておいた方が得策なのだが、生存本能が勝ってしまったのである。これは血の通う生き物ゆえの思考であり、もし彼女がアンドロイドのようなマシーンであれば自己保存よりも目的達成を優先しただろう。


「この借りは必ず返してやります! 今日のところは勘弁してあげましょう」


 捨て台詞を吐き、急制動をかけたイノシシと共に走り去るピオニエーレ。それを追撃するだけの余裕はアリシア達になく、痛む体を抑えながら見送ることしかできなかった。


「ミューアさん、傷は大丈夫ですか?」


 ミューアの右腕から血が流れだし、その傷が深く大きいものだと分かる。


「こいつはなかなか深い傷だ…アリシア、アタシの腰のウエストバッグから薬を取ってくれ」


 頷くアリシアは、ミューアの腰に巻き付けてあるウエストバッグを開き、仕舞ってあった小さな魔結晶を取り出す。


「これは、エルフの秘薬ですか?」


 真紅の光沢を持つこの魔結晶こそがエルフ特性の秘薬らしい。


「そう。エルフ族に伝わる特別な薬だ。魔結晶をベースにして加工してある」


 魔力に反応する特殊な結晶体を魔結晶と呼称するが、その魔結晶を用いてエルフの秘薬は作られているようだ。


「このまま服用すれば飲み薬になって、傷口への塗り薬としても使えるんだ」


「では、この場合は外傷なので塗り薬として使用するんですね?」


「ああ、こうやってな」


 秘薬を左手で掴んだミューアは魔力を流す。すると、結晶体であった秘薬はドロドロに溶けだし、その溶岩のような真っ赤な液体を傷へと垂らしていった。


「クッ…これが結構痛いんだ……」


 苦悶の表情を浮かべるミューアだが、傷は確かに回復していき、裂けていた部分には元通りの皮膚が再生される。まるで最初から何事も無かったかのような綺麗さだ。


「よし、もう大丈夫だ」


「良かったです!」


 アリシアは思わずミューアに抱き着き、その無事を喜ぶ。いくら腕の傷とはいえ、出血が激しければ死に至るわけであり、こうして回復したことが嬉しかったのだ。

 温かく柔らかな感触にミューアはドギマギしながらも、そんなアリシアの頭を優しく撫でて落ち着かせてあげる。


「ありがとう、アリシア。心配してくれて」


「本当に、本当に良かったです。一時はどうなるかと……」


「しかし敵は逃がしてしまったな…もうちょっとだったンだけどな」


 二人はイノシシ型魔物が踏み荒らしていった跡を悔しそうに眺めつつ、ひとまずは無事であることに安堵するのであった。


  -続く-

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