第15話 宿敵との邂逅

 真夜の農業地帯に出没したイノシシ型魔物は、二人のエルフ目掛けて突進してきた。約三メートル程の全高を誇る巨体ながらもハイスピードであり、そのパワーの凄まじさを推し量ることができる。


「直撃はマズい! アリシア、横に跳べ!」


 轢き殺されるわけにはいかないので、ミューアに従ってアリシアはイノシシの直線上から横に跳ぶ。圧倒的な威力で迫るとはいえ、イノシシは基本的に直線的な行動しか出来ないので、見切ってしまえば被害を受けることはない。

 しかし、あくまでイノシシに似た”魔物”であり、動物のそれとは異なっている点をミューアとアリシアは想定していなかった。


「なんと!?」


 イノシシの脇腹からズシャッと長く太い腕が生える。その腕を地面に打ち付けて、ブレーキ変わりにして急制動をかけてみせたのだ。

 そうしてターン回頭し、再びミューア達に向かって突進をかける。


「ありゃ化け物か!?」


 単調な動きであれば対処も簡単だろうが、こうもトリッキーな動きを可能とするなら話は別だ。

 ミューアはギリギリで側転の要領で回避する。


「チィ…さすが魔物だ……」


 アリシアもまた大慌てでジャンプして無事なようだ。だが、まだ体が戦闘に慣れていないアリシアでは何度も回避し続けることは不可能だろう。更に言えばアリシアの魔弓は遠距離タイプであり、強引に距離を詰めてくるイノシシのような相手では完全に不利なのだ。


「アタシが頑張らないとな!」


 こうなれば近接戦を主体にするアリシアが勝機を切り拓くしかない。剣を構え、次の突進に備える。


「さあ、こいよ! オマエ達の勢いを利用させていただく!」


 またしても強靭な脚力で突っ込んでくるイノシシに対し、アリシアも走り出す。そして、すれ違いざまにイノシシに向かって斬りつけた。


「ダメージは与えられたな!」


 大質量が高スピードを出せば激突時の破壊力は相当なレベルに達する。それを逆に利用して正面から攻撃を叩きこむことで、ミューアの斬撃の威力に大きなプラスアップを付加させることができるのだ。

 イノシシは右わき腹を斬り裂かれ、勢いのままに土埃を上げながら地面を転がった。


「まずは一体か。もう一体も倒す!」


 両手を上げながら逃げ回るアリシアの支援に駆け付け、ミューアは両者の間に割って入る。

 

「任せな、アリシア!」


 先程の個体を撃破した時のように、ミューアは剣をフルスイングでイノシシに振るった。

 しかし、


「しまった!?」


 イノシシはブレーキをかけてミューアの斬撃を喰らう前に止まる。どうやら仲間が同じ手法で倒されたのを見ていたようで、学習し対応してきたのだった。


「くっ…腕がアタシに!?」


 背から伸びる腕がミューアの剣を握り絞めて砕こうとしてくる。刃先で掌を怪我するが、痛みを感じていないのか力を籠めて引き抜けないようにしてきた。

 

「こりゃ参ったな…!」


 攻撃手段を奪われては、さすがのミューアでも魔物を討伐するのは不可能だ。

 そんなミューアを救えるのはアリシアしかおらず、魔弓を引いて狙いを付ける。


「待っててください! 確実に狙って……そこっ!」


 普段助けてもらっている恩を返す時だと、魔力の矢でミューアの剣を握るイノシシの腕を射抜いてみせた。冷静になって射ることが出来たため、かなり正確な一撃となって肘に相当する関節部分から千切れ飛ぶ。


「やるじゃん、アリシア!」


「えっへへ。上手くいきましたね」


 ピンチを救われたミューアは剣を翻してイノシシに追撃をかけ、胴体を刺して貫いた。そして力任せに振り抜き、大きく肉が裂かれてバッと血が飛び散る。


「さて、二体とも倒したな」


 斬られたイノシシはドサッと倒れて動かなくなり、これで依頼は達成できたと二人は安堵していたが、


「さっきのヤツ、まだ動けたのか!?」


 ミューアによって胴体を激しく切断され、豪快に地面を転がった個体はまだ生きていた。痛みなどを感じていないのか、殺気と共にゆっくりと二人に歩み寄ってくる。

 魔物は再生能力を持っており、大きなダメージでも回復させることができるのだが、とはいえ驚異的な精神力と闘争本能が無ければ立つ事すら困難なレベルの負傷だ。


「ありえない…が、魔物なら何を起こしても不思議じゃないってか」


「いやいや、わたしが強化した魔物なのですから、わたしに感心してほしいですね」


「!? 何者だ!!」


 どこからともなく女性の声が聞こえてきて、イノシシを正面にしながらもミューアは周囲を確認する。すると、イノシシの背後から一つのシルエットが現れ、その人物がミューアの呟きに反応してきたようだった。


「ミューアさん、あの人って…!」


「ありゃアタシ達が探している相手だな。あんな黒マントを羽織る女なんて、そうはいないだろうから」


 二人が驚くのは突如現れた点ではなく、その女が黒いマントを着用していたことだ。以前にも目撃されたという不審者に間違いなく、オークの言う黒幕と思わしき相手である。


「誰だテメェはよォ?」


「名乗るほどの者ではありません。ただ、わたしの可愛い実験体に傷を付けたことが許せんのです」


「実験体だぁ? このイノシシ達を指しているのか?」


「そうです。元は普通の動物でしたが、わたしが魔物へと変貌させたのです。イロイロと試したかったので……」


「そうかよ。それより、顔を見せろ」


 黒マントの女は妙なデザインの白い仮面を被っていた。目に該当する部分は金網のようになっていて、そこから視界を確保しているようだ。


「顔を隠したくて仮面を付けているのに、ここで外す道理があるとお思いで?」


「だろうね。でも、一つ分かったことがある。それはアンタがエルフ族だってことだ」


 黒マントの女の耳は特徴的な長さであり、これはエルフ族のモノと一致している。


「ハッ、顔を隠して耳隠さずってな」


「ふん、だからなんです?」


「余計にテメェの正体が気になった。どうして同族たるエルフの村を襲うようにオークに指示をした?」


「チッ、あの木偶の坊どもが吐きやがったのですね…まあいいでしょう。これから死にいく方々に語る必要もありません」


「いいや、話してもらう。その前に、テメェの仮面を剥いでからな!!」


 ミューアは駆け出し、黒マントの女に対し強い殺気を向ける。

 けれども黒マントの女は不敵な態度を崩さず、ミューアの眼前にはイノシシが割って入ってきた。


「邪魔すんじゃねェよ!」


 イノシシの頭部に怒りのパワーを籠めた剣を振り下ろすが、


「弾かれた…!?」


 長大な牙を用いて器用にも剣を弾いたのだ。突き刺されなかっただけマシではあるが、なんとしても黒マントの女を庇おうとする気合を感じ取り、苦戦する予感を拭うことはできない。


「なら私が!」


 アリシアは魔弓で黒マントの女を狙った。イノシシはミューアへの対応をしており、フリーな状態のアリシアならば攻撃を通せるだろう。


「甘く見られては困ります」


 放たれた一撃が飛ぶも、黒マントの女は軽く横に移動するだけで矢を躱してみせた。狙われていると分かれば避けるのは難しくなく、黒マントの女はイノシシにミューアを任せ、自分はアリシアへと対峙する。


「いいでしょう。生き残りのエルフは、わたしの手で殺してあげましょう」


「簡単にやられるわけには! アナタには聞かねばならない事柄が多いのですから!」


「やれやれ。おしゃべりは好きではないのですがね?」


「喋ってもらいます!」


 アリシアは次射を放つが、それも回避されてしまう。黒マントの女は飄々としながらも、的確にアリシアの動きを見極めているようだ。


「可愛らしい方なのに、こうも暴力的なのはいけませんよ」


「そうせざるを得ない状況にしたのはアナタです! 抵抗を止めるというのなら、あのイノシシも静止して大人しくするならば攻撃しません」


「無理な相談はヤメていただく!」


 仮面の奥からくぐもった怒声を飛ばし、黒マントの女はレイピアを装備して襲い掛かる。素早い突きが迫り、アリシアは咄嗟にバックステップすることで負傷せずに済んだ。


「は、速い…ミューアさん並みの戦闘力を持っているのでしょうか……」


「よくも避けてみせてくれましたね。アナタには見込みがあると褒めて差し上げましょう」


「アナタに褒められても嬉しくないです!」


「そうですか……なら、さっさと死んでほしいですねぇ!!」


 再び距離を詰め、アリシアの眉間を捉える一撃が繰り出されようとしていた。今度は先程よりも動きが速く、高機動戦を得意としていないアリシアでは対処は困難だろう。


「おい! テメェの相手はアタシだ!!」


「ほう…?」


 しかし、イノシシを牽制したミューアが黒マントの女の背後から斬りかかる。

 

「レイピアがっ…!?」


 ミューアの剣を魔力の乗ったレイピアで受け流そうとするが、まともにぶつかり合ってしまい、バキィッと音を立てて砕け散ってしまう。


「そんな細剣ではアタシの剣戟を止めることは出来ない!!」


 装備を破壊された黒マントの女は舌打ちしながら後退をかけ、救援にきたイノシシにまたがって森の方向へと走り去ってしまった。


「逃がすものかよ! 追うぞ、アリシア!」


「はい!」


 まだ何一つとして質問に答えてもらっておらず、このまま逃がすなど出来はしない。

 二人はイノシシを追いかけ、夜の森の中へと足を踏み入れていく。


  -続く-

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