第10話 オークを討て!

 オーク兄の攻撃を受けたアリシアは地面に倒れ、全身の痛みと目眩によって意識が朦朧としている。

 そのピンチを目の当たりにしたミューアはアリシアの名を叫び、駆け付けようとするが、


「オマエの相手はオデだゾ! 逃がさないゾ!」


 負傷しながらも勝機有りとオーク弟が立ちはだかった。

 アリシアを救うためにはこの巨体を躱さなければならず、ミューアは焦りながらも目の前の障害を乗り越える手段を模索する。


「大人しく捕マレ! そうすれば、あのエルフの命だけは奪わないゾ」


 両腕を突き出し、オーク弟がミューアを捕まえようと近づく。このまま言う通りに大人しくしていればアリシアの命は助かるかもしれないが、それは根本的な解決にはならない。

 

「ふざけんじゃねぇ!! アリシアに手出しはさせないし、この手で救いだしてみせる!!」


「オヒョヒョ! 本当に威勢がいいエルフだナ!」


 ミューアは眼前に迫る腕へと飛び乗り、更にオーク弟の顔面を踏みつけて勢いよくジャンプした。これで一気にアリシアのもとへと向かおうという算段のようだ。


「のわッ!? オデを踏み台ニ!?」


 鼻の骨が砕けて苦悶の表情で後ろに倒れるオーク弟を尻目に、ミューアは空中で剣を頭上に振りかざし、まさに今アリシアを掴もうとしているオーク兄に対して渾身の斬撃を叩きこむ。


「グワーーーッ!! う、腕がァッ!?」


 丸太のような太い腕が一刀両断され、肘から先がフッ飛んだ。さすがに大ダメージであり、血が噴き出す左腕を抑えながら絶叫している。


「あ、兄者! コッチに来ないでクレ!」


「うぉアーーッ!!」


 ミューアに顔を踏まれたオーク弟は倒れたままで、まだ起き上がれていない。そんな中でパニック状態のオーク兄が足元の段差に躓き、自らの弟の方向に盛大にすっ転んだ。


「ピギャ……」


 それがオーク弟の断末魔だった。肥満体質な超重量級の兄が倒れ込んできたことで頭部を潰されてしまい、グチャッと完全に潰れてしまったのだ。

 

「うわぁ……」


 事故とも言える惨状を目の当たりにしたミューアは思わず顔を背ける。これまでも凄惨な殺戮やらを見てきた彼女だが完全に慣れるものでもない。あまり痛そうな現場は、なるべくなら見たくはないものだ。


「アリシア、大丈夫か?」


「あ、はい…申し訳ありません、足を引っ張ってしまって……」


「んなことはないよ。アリシアが一緒じゃなかったら勝てなかった。あのデカいオークを引きつけてくれてありがとう」


 ミューアはウインクして感謝を伝え、アリシアを抱き起す。

 アリシアにはもう目眩などの症状は無いようで、介助なしに歩くことも出来るようだ。


「さてと…アイツに話を聞くとしますか」

 

「ですね」


 失血も相まってぐったりとするオーク兄に二人は近づいていく。反撃がくる可能性もあるので、魔弓や剣を構えたまま警戒は解かない。


「おい、オークさんよ。アンタに訊きたい事があるんだが?」


「話すコトなど無いゾ……」


「ああそう。じゃあ死ね」


 殺気を纏う剣を腰だめに構えるミューア。


「マテ!! 何を喋ってほしいンダ? 命さえ助けてくれるなら話してやるゾ」


「分かった。アンタだけは助けてやるよ。さ、アリシアの出番だ」


 剣を引いて一歩下がり、ミューアはアリシアに質問を任せる。彼女は村が襲われた真相を強く知りたがっているので、ミューアも同じ気持ちではあるが譲ることにしたのだ。


「アナタ達がエルフ族の村を襲い、焼き払ったのは間違いないですね?」


「そうだゾ。オデや配下のゴブリン共と一緒に攻撃したンダ」


「何故…何故そんなことを?」


「簡単な話サ。少し前、黒マントの女がオデ達に接触してきて、ソイツに依頼されたからだゾ」


 つまりオークの意思ではなく、依頼による仕事としての行動だったらしい。


「黒マントの女? 誰なのですか、その人は?」


「知らないゾ。顔はフードで隠されていたからナ。だがソイツは、いずれは世界の覇者になると言っていたゾ。ハッキリ言ってバカバカしいんだけどナ、報酬はキチンと用意しているというし、暇だったから協力してやるコトにしたンダ。ちなみに、あれが報酬の一部ダ」


 オーク兄が顎で示したのはホラ穴の奥だ。そこには、いくつかの木箱が置かれていて、凝視してよく見てみると中には人肉が敷き詰められていた。


「ひ、人の肉…?」


「たっぷりの食料サ。オデ達は特に人の血肉が好きで、それを沢山用意してくれたんだゾ」


「…その肉を手に入れることと、暇だからという理由で、あんな残忍な殺戮をしたと…?」


「オデ達は殺しを楽しむ種族ダ。弱い者を痛めつけ、悲鳴と命乞いというスパイスを味わいながら殺すのが最高の娯楽なんだゾ。エルフ共を殺したのは初めてだったが、人間や動物を殺す以上に楽しかったナ。デュフフフフフ!!」


「酷すぎる…殺戮を趣味にするだなんて……」


 種族が違えば考え方も違うのは当然ではある。しかし、オークの娯楽はとても受け入れがたいものだし、そのために仲間達が死んだとなれば理不尽過ぎる。


「不必要な殺生を好むなんてな…マジで胸糞悪いわ」


 生きていく上では他種族との縄張り争いで戦争になることもあるが、それは互いの生存を懸けたものであり、決して楽しんで殺しているわけではない。

 命を奪う行為だけを目的とするオークとは永遠に分かり合えそうになく、ミューアの握りしめられた拳は怒りで震えていた。


   -続く-

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