第9話 エルフ族の仇

 襲撃を受けて慌てふためくゴブリン達はジット山の中に逃げ込み、その後方からミューアとアリシアが追尾していく。エルフ村を焼き払った憎き敵のアジトも、もう少しのところまで来ているようだ。


「見てみ、アリシア。ヤツらの行先をさ」


「ホラ穴ですね。しかも大きいです。あの内部にゴブリンを支配しているオークがいるのでしょうか」


 山の中腹、そこには悪魔が大口を開けたような巨大なホラ穴が存在している。雨風も凌げるし、潜伏するにはもってこいの場所だ。


「必死になって逃げ込むんだから、多分そうだろうね。親分に助けを求めてアタシ達を嬲ろうって考えなんだろう」


「人語を喋るオークが相手なのなら、絶対に問い詰めます…!」


 オーク達がエルフ村を襲った理由を訊き出す事がアリシアの使命であり、その相手が近くに居るらしいともなれば尚更闘志が湧いてくる。

 しかし、ミューアと共に生還することも同時に至上命題である。例え理由を訊いたとしても死んでしまったら全てが終わりなのだ。


「気を抜くな。敵地ともなればコチラが不利な状況なんだから、背後とかも警戒するんだ」


「はい!」


 装備を整えた二人は、忍び足でホラ穴を覗き込む。

 太陽光の届かない内部には松明や魔結晶による灯りが点灯しており、明らかに何者かが生活しているのだと分かる。


「さあて…乗り込むぞ」


 先行するミューアに続いて魔弓を構えたアリシアがホラ穴へと侵入し、いつ会敵してもいいように魔力も流しておく。

 そうして暫く歩いていると、奥から何やら物音が聞こえてきた。ゴブリン達が貯蔵してある武器や防具を持ち出そうとしているのだろうか。


「あの曲り道の先にいるっぽい」


 ミューアが滑らかに曲がった通路の向こうを確認しようとすると、


「見つかったか…!」


 ゴブリン達がコチラに気がついたようで、ミューアを指さしながら喚き立てている。こうなれば真っ向勝負は避けられない。


「ゴブリン共の背後にいる二体のデカブツ…ありゃオークだな」


 いきり立つゴブリン達の背後には、三メートル程の身長の威容が二体立っていた。尖った牙を口から覗かせ、鋭い眼光が二人のエルフを品定めするように観察している。


「エルフの生き残りカ? よくココまで辿り着いたナ」


「テメェらだな? アタシ達の村を焼いたのは?」


「そうだゾ。オデ達がやったんダ」


 罪悪感など微塵も感じさせない半笑いでオークが答える。

 その返答にミューアは下唇を噛みしめ、体躯の差をものともしないで睨みつけた。


「兄者! あの気の強そうなエルフはオデに任せてくれヨ。存分に痛めつけてやりてェ」


 もう一体のオークがヨダレを垂らしながら一歩前に踏みでる。どうやら二体は兄弟らしく、猫背でだらしない立ち方をしているのが弟で、少し太っている肥満体質な方が兄らしい。


「ああ、構わないゾ。オデ達兄弟に歯向かったコトを後悔させてヤレ」


「後悔すンのはテメェの方だボケ! よくも村を…! 捻り潰してやる!」


「ブヒヒヒ! 活きのイイ奴だナ。しかし口の利き方がなってないゾ。徹底的にお仕置きが必要だナァ!」


「うるせーなクソ野郎! ブッ殺す!」


 不愉快さも相まって口が悪くなるミューア。目の前に故郷の仇がいるとなれば怒りがこみ上げてくるのも当然ではある。

 

「オマエ達、やっちまいナ!」


 オークの指示を受けたゴブリン達が棍棒や斧を手に突撃を敢行、ミューアもまた剣を構えて迎え撃つ姿勢だ。


「一匹でも多く倒します!」


 そんな中で遠距離武器を持つアリシアは魔弓を引き、矢を放って敵の足を止める。接近される前に少しでも敵に損害を与えられればミューアも戦いやすくなるだろう。


「この程度の数なら充分に勝機はあるはずですね…!」


 先程、山の麓で沢山のゴブリンを討ったおかげで、もはや残りの数は少ない。アリシアの正面から来る八体を倒せば全滅させられる。


「サンキュー、アリシア。後は任せて!」


 近づくゴブリンをすれ違いざまに切り捨て、更にもう一体を両断した。キレていることで普段以上に力が湧き出ており、肉だけでなく骨すらも簡単に叩き切る程だ。

 だがアリシアが優位に戦えるのも今だけで、オークも足が遅いが戦闘に参加してきた。下品な笑いを浮かべ、デカい図体を活かした豪快な拳のスイングが迫る。


「直撃したらヤバそうですね……」


 あの拳によるハードパンチをまともに受けたら即死は免れられない。グチャグチャになって、ミンチよりも酷い死体を晒すことになるだろう。


「アレだけ大きいなら当てられる!」


 前衛で戦うミューアを援護するため、アリシアはオークに矢を叩きこむ。

 しかし、確かに矢はヒットしたのだが有効なダメージとはならなかった。贅肉に突き刺さっただけで内臓などには全く被害は無い。


「イテェ…あのちんちくりんなエルフはオデがヤル。弟よ、ソッチの気の強そうなエルフを引きつけておけヨ」


「おうよ、兄者」


 オークの弟がミューアに襲い掛かり、兄がアリシアに突進する。これで二手に別れた状態となり、個々に対処せざるを得なくなってしまった。

 アリシアは飛びかかってきたゴブリンを矢で迎撃しつつ、オーク兄のラリアットを避ける。


「クッ…!」


「ちょこまかと動くナ。オデの拳を味わってミロ」


「まだやられる訳にはいきません…アナタは、どうしてエルフの村を襲ったのですか!?」


「デュフフフ! なんでオマエに教えないといけないんダ。ここでオマエの人生も終わりなんだから知る必要は無いゾ」


「終わりません! だから教えていただきます!」


 オーク兄からバックステップで距離を取ったアリシアは、魔弓で狙いを付けて矢を放つ。この一撃も直撃こそしたものの、オーク兄の分厚い脂肪と皮膚に阻まれてしまった。


「虫みてェにチマチマと鬱陶しいゾ!」


「ダメですか…胴体には効果は無いのだから、足を狙って転ばせるしかないでしょうか…?」


 体は鎧のように高い防御力を有していて、これを突破するにはもっと攻撃を叩きこむしかない。

 しかし、今のアリシアでは火力不足であり、となれば足にダメージを与えて動きを止めるのが最適解だろう。頭を狙う手もあるが、即死させてしまったらアリシアの求める真相を喋らせることができない。


「エルフ如きが調子に乗りやがっテ! オデをイライラさせるヤツだなオマエ!」


「こっちだってアナタ達には怒っているんです!」


 巨体から繰り出される一撃必殺の攻撃をギリギリで回避しながら反撃のチャンスを窺うのであった。




 一方、ミューアはオーク弟と三体のゴブリンを相手にしながらも、機動力で上回っているので多少有利に戦いを進めていた。


「ったく、アリシアを助けたいっていうのに!」


「余所見をするなんテ、オデをバカにしているナ!」


 自分を軽んじるような態度にオーク弟は憤り、ゴブリンと共にミューアを殴りつけようとする。

 だがミューアは敵の動きを見切り、逆にゴブリン一体を刺し貫いた。


「テメェなんざ瞬殺してやるよ!」


「オマエのようなヤツを屈服させるのが楽しいんダ。最近は雑魚ばかりを相手にしていたカラ、血が騒ぐゾ」


「マジでキモイな! 二度と口がきけないようにボコボコにすっから覚悟しな!」


 剣が一閃してオーク弟の腹の肉を裂き、血が噴き出して激痛に後ずさりしながら呻き声を上げ腹を手で押さえる。


「ウグォォオオ…!」


「思い知ったか! アタシのことをナメてるから、そうなるんだ!」


「絶対に許さないゾ…許さないゾォオオ!!」


 オーク弟の雄たけびがホラ穴内に轟き、呼応するように残ったゴブリンも叫ぶ。

 ミューアは頭痛を呼び起こすような騒音に耳を塞ぎ、舌打ちしながら決着を付けるべく剣を構えなおした。


「来いよ…! 今度こそスライスしてステーキにしてやっから!」


「オマエがミンチになるのが先だゾ! 産まれてきたことを後悔させてやるカラ、泣くんじゃねぇゾ!」


 両手の拳をバチンと叩きつけて威嚇し、オーク弟は闘牛のように頭を突き出しながら突進。とても威圧的な光景で、普通のエルフや人間ならビビッてしまうだろうが、ミューアは全く狼狽えない。


「ホザいてろ…泣くのはテメェだ!」


 見掛け倒しの突進をサイドステップで避けて、脇腹に剣の刃を深く差し込む。


「グワァアア…おいゴブリン、オデを助けろォ!」


「情けない奴だ……」


 剣を引き抜き、オーク弟の助けに入ったゴブリンを切り裂く。これでゴブリンは全滅し、もうターゲットはオークのみとなった。


「さぁ終わりにしてやるよ!」


「ウヒウヒ! いいのかァ? アレを見ろヨ」


「は?」


 オーク弟は膝をつきながらも、何故か不気味な笑いと共に指を指す。その方向ではアリシアとオーク兄が戦っているハズだが、


「アリシア!?」


 オーク兄の裏拳を受けたアリシアが倒れていて、勝ち誇ったオーク兄がゆっくりと近づいていく……


  -続く-

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