第8話 奇襲戦

 ミューアからゴブリンとオークに関する知識を簡潔にレクチャーしてもらったアリシアは、深い森の中を進んで行く。密集する木々や彩りのある花々などの自然を横目にしながらも、アリシアは緊張した面持ちだ。


「ジット山、もうすぐでしょうか?」


「ちょいと木に登って確認してみようか」


 持ち前の身体能力を活かしてミューアは軽々と背の高い木を登り、目的地であるジット山のある方向を見渡す。

 そしてヒョイと飛び降り、後少しで到着するとアリシアに告げた。


「山自体の標高は低いから地面からだと見えにくいけど、もうちょっとすれば麓に辿り着くよ」


「なら警戒を強めておいた方がいいですよね? 警備のゴブリン達が巡回しているかもしれませんし」


「だね。魔弓の準備をしておいたほうがいいよ」


「はい。いつでも戦えるようにしておきます」


 アリシアは頷き、ミューアから譲り受けた魔弓を手に取る。まだ実戦を体験してから日が浅いが、既に戦士としての要領は掴めてきているようだ。

 そうして歩いているうち、ミューアは足を止めて目を凝らして前方を睨む。


「…いるな。哨戒しているゴブリンか」


「敵ですか?」


「麓に小屋があるでしょ? その近くに数体がいる」


 険しい顔で観察を続けるミューアの指さす先、元々は人間が使っていたのであろう小屋が建っていて、その近くに何体かのゴブリンがうろついていた。動物の肉を喰らいながら暇そうにしているが、恐らくはオークの指示で見張りをしているのだろう。


「情報通り、あの山に棲みついているのでしょうか」


「かもしれない。問題は敵の数を把握していないという点だな。きっと山の中にわんさかいるだろうし全体数を調べたい」


「どうやります?」


「まず、あの見張り達をブッ飛ばす。でも一体は残すんだよ。ソイツが仲間に危機を知らせれば、アタシ達を探すためにゾロゾロと出てくるだろうさ」


「なるホド。私達は遠くから観測して個体数を調べる事ができますね」


 あえて敵に見つかり、増援を出させて数を把握する手法は古典的だが有効である。

 ミューアは剣を引き抜き、立ち上がってゆっくりと歩を進めて行く。


「アリシア、覚悟はいい? ここから先は死と隣り合わせの戦場になる」


「はい、覚悟はできています!」


「よし。じゃあ奇襲をかけるよ。アリシアの魔弓による射撃を合図に、アタシが一気に突っ込む」


 物音を立てないように忍び足で小屋の傍まで近づき、木陰からゴブリンの様子を窺う。どうやらコチラに気がついていないようで、のん気に肉を喰いちぎっていた。その緊張感の無さに救われたカタチだが、エルフ達の仇である魔物達にアリシアは容赦しない。


「いきますよ、ミューアさん」


 グッと親指を立てて合図を送るミューア。

 直後、アリシアは魔力で形成した矢を弓に装填し、引き絞ってち放つ。

 鋭い閃光が迸って直進していき、完全に油断し切っていたゴブリンの一体を貫いて絶命させた。


「いい腕じゃん! アタシも負けてられん!」


 突然の襲撃に慌てふためいている敵に対し、ミューアが勢いよく駆け出していく。

 そして剣による斬撃が繰り出されてゴブリンの一体を両断してみせた。


「これで終わりと思うなよ!」


 更に追撃が飛び、ゴブリンを叩き潰す。

 一度闘志に火の点いたミューアは狂戦士のように敵の集団の中で暴れまわっていて、恐れなど全く抱いていないようだ。


「あの時、ミューアさんがもし村に居たのなら……」


 アリシアはそう思わずにはいられない。

 彼女の戦闘力はかなりのレベルに達していて、それは長年に渡って実戦に身を投じてきたからこそのモノである。平和慣れして脅威を忘れていた村のエルフ達では到底到達することはできなかっただろう。

 しかし、今それを考えても仕方がない。ともかく目の前の魔物を倒すことに集中しなければ自分自身が生き残ることができないのだから。


「…倒します!」


 脳内に描いたイメージ通りに魔力が手から魔弓へ伝う。そして再び光り輝く矢が精製されてピンと張られた弦へとセットされた。


「そこっ!!」


 二射目の矢が放たれるが今度は外してしまった。というのも、ゴブリンが激しく動き回っているせいで狙いが付けづらく、素人であるアリシアに敵の軌道を予測して射撃するという芸当はできないからだ。

 前の戦闘では運良く直撃させたものの、ほとんど敵が足を止めていた状態であったためで、機動戦ともなれば追従することができない。


「くっ…でも次こそは!」

 

 焦りを隠せないままに第三射を射る。この矢はゴブリンの足を掠めて転倒させることに成功し、倒す事はできなくてもミューアの手助けにはなっただろう。

 そんな下手っぴな援護を受けるアリシアは次々とゴブリンを切り捨てていき、ついには最後の一体を残すだけになった。


「お前は生かしてやるから、アタシの計画通りに動いてくれよ」


 腰を抜かしながらも退散する個体は、一目散に山中へと走っていく。ミューアの目論見通りに仲間に対して救援を求めようとしているのだろう。


「アリシア、アタシ達は一度後退するよ」


「はい!」


 二人は小屋の付近から退却し、森の中に身を隠す。そこで潜み、敵の救援がどれ程の数かを確かめるのである。


「ほれ、ゾロゾロとやってきた」


 ミューアが顎をクイッと示した先、棍棒などの武器を振り回しながら数十体のゴブリンが山から下ってきた。一様に怒気と闘気に満ち溢れており、襲撃者を探してせわしなく動き回っている。


「あれで全部か…? 案外少ないな」


 エルフ族の村に攻め込んだ際、反撃を受けて魔物側にも少なくない被害が出ていた。そのために個体数を減らしてしまい、ミューアが想定していたよりは戦力が少ないのだろう。


「勝てそうな気がしてきた。一気に叩き潰そうか」


「あの中にオークはいませんね。村での戦いの時には見かけたのですが……」


「きっと配下に働かせて自分は後方でふんぞり返っているんだろうさ。これはチャンスだ。相手が油断して調子に乗っているなら勝機はある」


「とはいっても数では負けていますが…?」


「ゴブリン共はアタシ達を探すために散開している。集団でいないのなら各個撃破すればいい。アタシ達は物陰に隠れたまま敵に近づき、不意打ちをするんだよ」


 まさにゲリラ的な戦法である。

 物量差で負けている状態で正面から突っ込むのは利口ではなく、リスク回避のためにもゆっくりと着実に敵戦力を削るのがベストだ。

 

「まずはコッチに来ている二体を倒す」


 二人が隠れている太い幹の木に対し、二体のゴブリンが近づいてきていた。このままでは発見されてしまうのも時間の問題なので、むしろ襲い掛かるほうが不意を突きやすい。


「アタシのタイミングで飛び出して攻撃するよ。ただし、他のゴブリンに悟られないように物音はなるべく立てず、このナイフで仕留めて。魔弓だと発光するから目立っちゃうからね」


「はい…!」


 受け取ったナイフは鋭利でアリシアは緊張するが、一人ではないという心強さと共に頷く。

 そうして十数秒後、ゴブリン二体が木のすぐ傍に接近してきた。


「今!」


 木の背後からザッと敵の目の前に飛び出る。ゴブリンは急な出来事に驚いて声も出せず、目を見開いて二人のエルフを視界に捉えることしかできない。

 その一瞬の隙を見逃さず、ミューアの剣とアリシアのナイフがゴブリンの首を的確に刺し貫き、喉を潰して断末魔さえ上げることもなく絶命して地面に伏した。


「わ、私は…こんな戦い方を……」


 ナイフで突き刺した瞬間の感触が脳にズシンと響く。魔弓のような遠距離武器より、近接戦用の武器の方が命を奪うという行為を生々しく実感させてしまうものだ。

 

「そうしなきゃアタシ達が死ぬ。こんな事に慣れても仕方ないけど、この先、生き残るためには必要なんだ」


「はい……私は戦うと決めたんですから、村の皆のためにも!」


「しかし気負いすぎるな。柔軟に、且つ冷静に」


 物音をほとんど立てずに終わったため、先程の戦闘は他のゴブリンに察知されることはなかった。これなら次の奇襲も成功率は上がるだろう。


「適度にゴブリン共の距離が離れている。さっきと同じようにいくよ」


 アリシアとミューアはコソコソと草むらの中などを移動して、背後から斬りかかったり、木の上から飛び降りざまに刃を振りかざして次々と撃破していく。

 時間はかかってしまったが、ゴブリンは残り数体へと減っていた。

 

「ま、さすがに異常事態って分かるよな……」


 味方が姿を消していっている事に恐れを抱いたようで、索敵に散開していたゴブリンは集合して周囲を警戒している。

 こうなれば不意打ちは不可能で、真っ向から立ち向かうしかない。


「にしても上手くいきましたね」


「敵さんがマヌケで助かった。もし人間族相手だったら、こうも順調には進まなかったろうね」


 そんな会話をしている時、残存したゴブリンは背後を気にしながら山へと戻っていく。もはや自分達だけで解決できる問題ではないと判断したらしく、恐らくは上司であるオークに助けを求めようとしているのだろう。


「ヤツらを追うよ。寝床に連れていってくれるかも」


 ストーキングするように二人はゴブリンの後をつけ、邪気の漂うジット山へと潜入していくのであった。


  -続く-

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