第7話 ミューアの憂慮
陽が沈んだ後、宿へと帰ってきたアリシアとミューアは軽い食事を終え、布団を並べ床に就くことにした。
明日は再び街の外に出てミューアが受注している魔物討伐依頼の続きをするので、早めに就寝しておいて損は無い。
「やっぱり、お布団は安らげますね! ふかふかでイイですねぇ」
にへらと笑みを浮かべるアリシアは子供みたいで、ミューアは保護者のような感覚で眺めている。戦いに身を投じて殺伐とした時間を過ごしてきたミューアには、その無邪気さは眩しかった。
だからこそミューアは一つの考えに至っていた。見惚れるような眩しさを持ち、温和なアリシアを戦いに引き込んでいいのだろうかと。きっと彼女は戦いとは関係ない世界で生きるべきなのだろう。
「ねぇアリシア。アタシから誘っておいてアレなんだけど、やっぱりアリシアは戦闘には行かない方がいいかもしれない」
「な、なんでです? 私では頼りないですか?」
「そうじゃないんだけど、命を懸けた争い事は似合わないんじゃないかと思って…アタシのように薄汚れてないアリシアには、新しい人生を始めて笑っていてほしいなって……」
言い終わってから、なんて恥ずかしいセリフを言っているのだろうとアリシアから目を背ける。ぶっきらぼうな性格のミューアは気持ちを誰かに伝える事自体が少ないので、このように素直に吐露するだけで背筋がブルッと震えるのだ。
しかし、それでも言葉にしたのは本当に心の底から想っていたからだろう。
「でも、殺された皆の無念を晴らすためにも、私は立ち止まっていることはできません。確かに私は強くはないですし、ミューアさんの足を引っ張ってしまうかもですが……今の私に出来ることを全力でやるだけです。たとえ、どんな結末になろうとも」
「アリシア…見かけによらず度胸があるんだ。ふっ、カッコいいじゃん」
「えへへぇ、そうですかね~!」
「その純真さ、戦いの中で落っことしてこないでよ」
殺し合いを経験すると性格はスレていくものだ。リアリストになり、最終的には殺戮マシーンへと変貌を遂げてしまう例も少なくない。
もっとも、そうなる前に死を迎えるほうが圧倒的に多いが。
「明日は頑張ろう。で、無事に帰ってくるんだ」
しかしアリシアからの返事はない。
どうしたのかと視線を戻すと、アリシアは小さな寝息を立てて夢の世界へと誘われていた。色々とあった後であるのだが、案外寝つきはいいらしい。
「…おやすみ」
となればミューアが起きている理由もなく、アリシアに続くように瞼を閉じて意識が薄れていくのであった。
翌朝、ミューアが目を覚ますと、いつの間にかアリシアがすぐ隣で寝ていた。二人の布団は少し離れて並んでいるのだが、自分の布団から這い出てミューアの傍へと潜り込んで来たらしい。
「にしても綺麗だな、本当に……」
すやすやと寝ているアリシアの顔をじっくりと観察する。
まつ毛が長く、整った鼻筋が美しさを主張していた。モチっとした頬は触り心地が良さそうで無意識のうちに手を伸ばす。
「むにゃ……」
「ハッ! お、起きた!?」
「おはよぅございますぅ…あれれぇ、どうしましたぁ?」
「な、なんでもないよ!」
頬近くにミューアの手が伸びていたことを不思議に思ったらしく、ミューアは素っ頓狂な声を上げながら手を引っ込めた。まるでコソ泥が盗みの瞬間を目撃されたかのような反応である。
「ま、まずは朝の体操をするよ。体をほぐして任務に備えるんだ」
「ふぁーい。ストレッチですね」
まだ寝ぼけている状態のアリシア。若干呂律が回らないまま起き上がり、フラッとしながら布団を片付ける。寝つきは良いが、寝起きは悪いらしい。
ミューアの体操に合せてアリシアも体を動かし、出撃の準備を整えるのであった。
宿のある人間の街を出発し、二人は巨大な森へと分け入る。この森の中心部にはエルフの村があるのだが、今回は別の方角にミューアは向かっているようだ。
「ミューアさん、この方向に何かあるんですか?」
「ゴブリンやオークの巣窟だよ。人間達の調査の結果、森の北側にあるジット山にヤツらが出入りしているようなんだ。多分なんだけど、その山を制圧して根城としているんだと思う」
「なら行ってみる価値はありますね」
確証があるわけではないものの、他にアテも無いので敵が目撃されたジット山を確認するのは無駄ではない。
「さて、アリシアは魔物の知識とかは持っている?」
「あまり知らないです。村では魔物達との戦いなど、ほとんどありませんでしたから……」
「そっか。まず簡単に説明すると、ゴブリンは小柄な人型で個体数の多い魔物だよ。極めて獰猛、暴力的で他種族を襲うことを快楽としている連中さ。オークはゴブリンの上位種とか成長した姿とも言われる個体数の少ない大柄な魔物。ゴブリンを配下に置いて指示を出しているんだ。しかもオークは人やエルフの話す言葉を理解し、喋ることもできるんだよ」
「コミュニケーションが取れるんですね。ならエルフの村を襲った理由を訊きだせるかもですね」
魔物は独自のコミュニケーションを行っているが人語は理解していない。そうした中で、オークは人やエルフと対話できる数少ない種族のようだ。
そのオークが相手であれば、突如として村を襲った理由も問いただせることだろう。
-続く-
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