1の2 龍之介、異世界に立つ事。
気が付いた。
草の匂いがする。
”どうしたんだろう・・・・ここは何処なんだ?”
目を開けてみる。
風が頬をなぶった。
それほど暑くもなく、かといって寒くもない。
分かったことは、自分が今までいた、東京近郊の町とは違うということだけだ。
ゆっくりと身体を起こした。
青空がどこまでも続いていて、どこからか鳥の鳴き声がした。
建物らしき建物は見当たらない。
遠くに
丘の斜面のような場所だ。
中を開けて確認してみると、柔道着、筆記用具。それから帰りがけに古本屋で買った、新潮文庫発行の”姿三四郎”全三巻があった。
学生服(通っている学校は制服ってものはないのだが、僕だけは頑固に詰襟のガクランで通学をしている)のポケットには財布があり、数枚の千円札と、それから小銭もちゃんとあった。
身体は何処も痛くない。
足元にはいつも履いているスニーカーが転がっている。
”とりあえず、ここが何処だか突き止めなきゃな”
僕は靴を履きなおし、立ち上がって斜面をゆっくり降りて行った。
斜面の半ばまで下った時である。
下の方に、一塊の集落があるのに気がついた。
藁ぶき屋根の粗末な家が数戸並んでいる、その中央の広場に、人間らしい姿が見え、その中で何やらもめ事が起きているらしく、怒声のような声が聞こえた。
大声を出して怒鳴っていたのは、背が高く、筋肉の塊みたいな身体に、日本の戦国時代にあったような鎧(具足というんだろうか)を身にまとった4名ほどの大男だ。
鎧男達には、一人の娘が捕まっている。
怒声を浴びせられているのは村人らしい。
こっちの方は筒袖の着物に、パッチのようなものを履いている。
皆痩せていて、何だか気が弱そうだ。
状況は大体呑み込めた。
冒険ものの漫画や映画なんかに、よくあるシチュエーションだ。
僕は喧嘩は嫌いだが、小さな頃から祖父や父に、
”義を見てせざるは勇なきなり”
そんな言葉を教わってきた。
急いで斜面を下ると、木で作られた柵を乗り越え、村の中に入る。
『何をしてるんですか?』
広場の中に入ると、僕は揉めている群衆に向かって呼びかけた。
『なんだ?お前』
鎧男の一人が野太い声で僕に言う。
なるほど、近くで見るとかなり大きい。
恐らく190センチはあるだろう。
体重は97~8キロ、いや100キロはあるかもしれないな。
『名前は
『なんだ。旅の風来坊か。道理で妙な格好をしていると思ったぜ。だったら口を出さずに大人しく帰ることだな』
大男が俺を馬鹿にしたように見下ろしながら言う。
よく見ると男は背中に青龍刀みたいな大きな刀を背負っている。
『そういう訳にはいかないな。どうやらあんたらはその後ろの娘さんを、君らが連れてゆこうとしているんだろう。生憎そういうのを見過ごしていられない
『やるか、このチビ!怪我をしても知らねぇぞ!』
男は背中にしょった大きな刀を一気に片手で抜く。
正直言って、武器を持った相手と対峙するのは初めての経験だ。
だが何故か、ちっとも怖くはなかった。
その刃物の長さは直ぐに分かったから、良く見て、刃先がこちらに届かぬように、十分間合いを確保して置けば、なんてことはない。
僕は身を縮め、荷物を足元に置くと、男が振り回す武器の下を、前回り受け身の要領で潜り抜けると、前蹴りで躊躇なく急所を蹴り上げた。
ヒキガエルが潰れたみたいな声をあげ、男が刃物を手から落とす。
『この野郎!』男は大きな声で叫びながら、僕に掴みかかってきた。
男の片腕が僕の肩にかかろうとした時、僕は一本背負いで男を投げ飛ばしていた。
普通の柔道なら、相手が受け身を取りやすく、背中から落としてやるものだが、
この時の僕は自分の腰を捻らずに、わざと脳天から落としてやった。
畳じゃなく、硬い土の上に、脳天から落とされたどうなるか、少しでも武道をやっていれば想像がつくだろう。
大男は『グっ』と、一言だけうめき声を上げると、地面に大の字になって伸びてしまった。
『小僧!』
他の連中が次から次へとかかってくる。
奴らはそれぞれ手に棒だの、槍だの、刀のようなものだの、武器を持っていたが、最初に武器を持った相手を倒してしまってから、それらの捌き方は格段難しくはなかったし、何より僕の頭の中はいつも以上に冷静だった。
向かってくる奴を、自分の知っているありったけの技を出して投げ飛ばし、最後の一人を脇固めに極め、地面にうつぶせにして押し付けた。
『変に我慢するのは止めた方がいいよ。でないと腕が折れるから』
僕が言うと、男は情けない声を出して、
『ま、参った。だから止めてくれ・・・・』とうめく。
僕が起き上がると、最後の一人、女の子を捕まえていた男をにらみつけ、
『貴方もやりますか?』
そういうと、男は、
『い、嫌だ、お助け!』
そう叫んで、ぶっ倒れてる仲間を放り出し、とっとと逃げていった。
『さあ、まだやりますか?』
倒れている連中に声を掛ける。
奴らは置き上がって目を覚ますと、やはり同じように、
『ひぃい・・・・!』と叫んで逃げていった。
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