鍬形龍之介、異世界格闘奇譚

冷門 風之助 

1の1 龍之介、孔(あな)に落ちる事。

 ◎全ての武道を愛する人々、そして過去の偉大なる武道家もののふ達に、本作を捧げる◎

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僕の名は鍬形龍之介くわがた・りゅうのすけ

  侍みたいな名前に聞こえるだろうが、これでも現在十七歳と八か月。高校三年に上がったばかり。

 趣味は・・・・というより、自分の人生の一つである柔道に、日夜取り組んでいる。

 身長156センチ。

 体重54キロ。

 およそ柔道をやる人間としては、恵まれているとは言えない体格だ。

 しかし、物心つくかつかないかの頃から、やはり柔道家だった祖父と父親の指導を受けた。

お陰でメキメキと腕が上がり、中二で初段、高校に進学してすぐに弐段を許された。


それで、中学、高校では大活躍して・・・・と書きたいところだけど、残念ながらそうではない。


 僕のいた中学にも、そして現在在籍している高校にも、柔道部はなかった。

 何故なのかは分からない。 

 簡単に言えば流行はやらないからだろう。

 もっとも僕自身、仮に柔道部があったとしても、入部はしなかっただろうけどね。

 僕は世間一般の柔道をやってる若者が持つような大望・・・・国体やインターハイで優勝し、全日本選手権で優勝し(全日本選手権には出てみてもいいかなとは思うが)、果ては世界選手権、そしてオリンピックで金メダルを獲ろうなんて、一度も考えたことはない。

 いや、興味がないのだ。

 何故って?

 あれはスポーツだからね。

”試合時間は何分、あの技は反則、これもやっちゃいけない。判定はこれこれ、体重は何キロ以内同士としか闘っちゃいけない・・・・”

 そんな窮屈なもの、面白くも何ともない。

 別に殺し合いが好きなわけじゃないけれど、武道ってのは、もっと自由であるべきだ。


 試合なんか昇段試験だけで沢山だ。

 そのせいか、僕は相当に変わり者だと思われているらしい。

 柔道部もないのに、朝早く登校してから校庭で一人で朝練、昼休みや授業の合間には体育倉庫の片隅を片付けて打ち込みと寝技、受け身やら、五階ある校舎の階段を駆け足で上がったり下りたり。

 放課後はさっさと家に帰り、家にある道場で2時間、それが終わると、隔日で近くの警察署に出かけ、現役の警官に混じって、やはり2時間の稽古に参加させて貰う。

 毎日がこの繰り返しだ。

 ついたあだ名が、

”柔道バカ”。

 別に差別する意味はないんだろうけど、御世辞にも褒められているわけじゃない。

 その位は幾ら鈍感な僕にも分かる。

 だが、一向に気にならない。

 

 僕は今日、珍しく気分が良かった。

 何しろ東京にある柔道の総本山、講道館での月次つきなみ試合(早い話が昇段試験のことだ)で、大人や自分よりも遥かに体重のあるデカブツを投げまくり、絞め、関節を極め、12人抜きをやってのけた。

 それで高校生としては異例の”即日昇段”で、参段を允許いんきょされたというわけだ。


 いかに僕に欲がなくっても、大人たちの唖然とした顔を見るのは、やはり痛快だ。

(もっとも、こんな顔をして親父や祖父じいさんに報告なんかしたら、慢心するな!なんてどやされるだろうけどね)


 僕は珍しく口笛を吹きながら、最寄りの駅で降り、歩いて家まで向かった。

 家の近くには街中には珍しく、小高い丘があって、そこには尚武の神様である、八幡様を祀った、小さな神社がある。

 

 特別に信心深いわけじゃないけれど、僕は毎朝、登校する時、ここにお参りしてゆくんだ。

(昇段が許されたんだ。お礼位しておこう)僕は手水をし、鳥居を潜り、石段を昇って、本殿の前に立ち、財布から百円玉を取り出して賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍手一礼の作法通りに報告とお礼を済ませた。


 さて、帰ろうと、傍らを見る。

 本殿のすぐ脇に、注連縄しめなわで囲った場所があり、一抱え以上もある大きな石が置かれていた。

 その石自体は昔から『力石』とか呼ばれて、かつてはこの辺りが穏やかな村だった頃には、力比べがこの石を使って行われたと言い伝えられている。


 その石がいつの間にかずらされて、その下に大きな穴が空いていた。

(何だろう?)

 僕はそう思い、傍に近づいて、好奇心から穴を覗き込んだ。


 その瞬間、僕は身体が何かに引っ張られるような感触を覚えた。

 何て表現したらいいんだろう。

 掃除機のスイッチを入れたまま、ノズルの先っぽを顔にくっつけると、全身が吸い込まれるような感触がするだろう?

 あれと同じだ。

 僕は意識を失い、身体ごと穴の中に、ずずっとばかりに押し込まれた。


 腕時計の針が、丁度午後四時を指していた。

”早く帰って稽古をしなくちゃ・・・・”

 そんなことを考えただけで、僕の意識はどこかにすっ飛んでしまっていた。


 


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