1の3 龍之介、『この国』について知る事。

『あの、危ないところを有難うございました。貴方は一体・・・・』

 無頼漢どもが逃げていった後、奴らに捕まっていたあの娘が礼を言い、不思議そうな顔で僕の方を見て言った。


  うりざね顔というんだろう。ぱっちりとした大きな目が印象的な、なかなかの美人だ。


 長く伸ばした黒髪を、首の後ろで束ねている。

 着ているのは小袖というんだろう。

 裾に花模様が描かれている、朱色の着物だった。


 僕は何も言わず、まだ大の字になったまま伸びている、最初に投げ飛ばした大男の上半身を持ち上げ、背中に回り、膝を背骨の所に軽く当て、背活はいかつをいれてやる。

 はっとしたように大男は目を開け、後を振り返って俺を見ると、まるで子供みたいに身を縮め、口を開けて逃げようとした。

『心配ないみたいですね。まあ、君ほどの身体なら大丈夫だろう』

 僕は立ち上がって、改めて周りを見る。

 あの娘と、そして村人らしき数名、いや、何時の間にかもっと大勢が、僕を取り囲んでいた。

『失礼しました。僕の名前は鍬形龍之介くわがた・りゅうのすけといいます。ところで、ここは何処なんですか?言葉が通じるところを見ると、日本のようですが』

 僕の言葉に、彼女は不思議そうな顔をし、

『どこって、日本ですわ。ここは”ヤマト村”といいます』

 彼女は自分の名前を、”キキョウ”と名乗った。


 さあ、それからが大変だった。

 僕は自分が何処から来たのか説明するのに、何度も会話を行ったり来たりせねばならなかった。

 しかし向こうは、そんなことあまり気にしていないようだった。

 僕の事を”村を悪者から救ってくれた英雄”みたいに思っているらしい。

 

 それだけじゃない。

 僕が最初に投げ飛ばした、あの大男さえ、僕に心酔してしまって、

”兄貴!これからは兄貴と呼ばせてくだせぇ!”と来た。

 何が何だか分からない。

 

『キキョウ、何かあったのかね?』突然後ろで声がした。

 視るとそこには馬に乗った男が一人、こちらに向かって来るのが見えた。

『村長様、お帰りなさいませ!』

『お父様!』

 男は馬から降りると、手綱を一緒にやってきた供に預けると、僕達の傍に来る。

 キキョウが一部始終を説明する。


『そうか・・・・それは有難う。いや、この辺りは山賊などの類が多くてな。時折村にも現れて乱暴狼藉らんぼうろうぜきを働くもので』

 彼はこの村の長で、同時にキキョウの父親、名を”ライスケ”というのだそうだ。

 年は恐らく50になったばかり。

 痩せぎすで、僕よりも背は高い。

 恐らく170センチくらいはあるだろう。

 陣羽織にたっつけ袴に単衣の着物。

 腰には刀を差している。

 あごひげと口髭を長く伸ばし、柔和な目つきをしていた。

 しかし不似合いなのは、ジョン・レノンみたいな丸い眼鏡をかけていたことである。

 見かけと妙にアンバランスな感じに、僕は少しばかり違和感を覚えた。


 その晩、僕はライスケ氏の家に泊めてもらうことになった。

 あの大男、名を”ゴンゾウ”というんだそうだが、彼も一緒だった。


 村の女たちが総出で、客である俺と、改心したゴンゾウをもてなすために祝宴を開いてくれた。

 僕は盛んに酒を勧められたが、

”まだ未成年だし、酒は元々呑めないんです”と断った。

 しかし彼らには未成年という意味があまり良く解らなかったらしい。

 僕は”元服”という言葉を使い、やっと未成年の意味を納得させ、代わりに

”これは酒じゃないから”と、山ぶどうから作ったという、ジュースみたいな汁を飲ませてくれた。

 確かにアルコール分はないようで、甘くて口当たりのいい飲み物だった。


 それにしても不思議だ。

 ゴンゾウはともかく、風来坊みたいにいきなり現れた僕みたいな人間を、何故ここまで歓待してくれるんだろう?


 幾ら娘の命の恩人だからって、ちょっとばかりやりすぎじゃないのか?

 その訳はひとしきり宴会が終わった後、村長のライスケ氏が説明してくれた。


 この国(つまりはこの世界でいう”日本”)は、46の県、そして村(これは県の規模によってまちまちだ)に分かれており、毎年一回、その県が対抗で武道大会を行う。


 その大会で最高優勝した県のあるじが、次の年、天下の覇者となり、国を治める。

 そのため、各県は有能な闘士もののふを揃えて闘いに挑む。

 県の主は、自分たちが勝つために、まず県の中で予選みたいなものを行わなければならない。

 どの村もこぞって勝ちぬきを狙い、県の代表となる。

 代表になる闘士は、その村の生まれでなくても構わない。

 ある程度の報酬を出してくれれば、代表になれるのだという。

『この村はまだ一度もその県の代表にさえなったことがない。今年こそは何とかと思い、あちこち探し回ったのだが、何しろこの村は、御覧の通り貧しいですからな・・・・』

 ライスケ氏はそう言ってため息をつき、椀の中の酒を煽った。


『いいでしょう』

 僕は答えた。

 周囲がどよめく。

 何を言ったか、最初は誰も理解出来なかったんだろう。

『僕がその闘士もののふとやらになります』

『しかし、しかしわが村には払えるものが・・・・』

『報酬などいりません』

 僕は答え、ブドウ汁を飲んだ。

『一宿一飯の恩義、という言葉が、僕の世界にはあります。古い言葉ですが、僕はそれに従いたくなったんです』

 


 



 


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