優しい手
病室の窓からは
並木道を
美しく染めているのが見える
それを見つめている父の横顔が
とても柔らかな表情で
わたしは別れの予感に
頼りなく泣きたくなる
そっと父の手を握り
たわいない話や懐かしい昔話をする
うんうん、と聴きながら
握り返してくれる父の手は優しい
あんなに無骨だったのに
すっかり細く白くなった手は
不思議に美しくすらある
穏やかな時間が流れていく
この手を握っていたあの幼い頃に戻って
「おとうさん」
と呼んだら
父は照れたように笑った
いかないで
いかないで
いかないで
ちいさな女の子のわたしが泣いている
優しい手がわたしの頭を撫でながら
「泣くな」と言った
「ありがとう」と言ってくれた
ああ、涙が温かなものだと忘れていた
わたしは優しい手を濡らしてしまいながら
なかなか泣きやめずにいる
病室の窓からは
並木道を
美しく染めているのが見える
この静かな病室の午後を
わたしは忘れないだろう
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
◆ 大人になってからの父との関係はあまり良いとはいえませんでした。
元々、わたしに婿養子をとって家を継がせたかった父です。
それでも娘(わたし)が幸せになるならと送り出したのに、夫は病気で若くして逝き、その後の婚家とのゴタゴタで、わたしは心身をボロボロにして三人の息子たちを連れて帰ってきました。
父なりの歯がゆさ、こんな娘は見たくなかったという思いが強かったのでしょう。
昔気質の父は心の病に関しての理解もなく、何かと精神論を押しつけられて逆らうとキツくあたられる。それが辛かった。
ホスピスでの時間は、そんなわたしたち父娘を昔に戻してくれたようでした。
温かな優しい手でした。
あの頃のちいさな女の子が「いかないで」と泣いていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます