(八)

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 震えるお嬢さまの肩を抱くのが私の役目でなくなったことに覚える寂しさは、悔恨が完全に脇にどけていた。

「やはりまだ顔を見せるのは早かった。私の判断ミスだった」

 彼女にこうべを垂れる先生のその懺悔は、そのまま私のものでもあった。

 自分だけが幸せになっちゃっていいの……? 元はといえば、あたしがおねえちゃんをあんなにしちゃったのに……。

 先生との結婚が決まると、お嬢さまはしきりに気に病むようになった。しかし、何度なだめても、その疑心を彼女からとり払うことはできなかった。

 そこに訪れたチャンス。

 この機会を逃す手はないと口をきったのがお嬢さま自身だからこそ、自責の念も私たち以上のはず。

「元のままどころか、もっとひどくなっちゃうかも……。もうずっと出てこないかも……。もう一生逢えないかも……」

 しゃくりあげる隙間に聞こえるか細い声に、慰めの言葉はかけられなかった。その危惧が私の中にも充満していたから。

 なす術もなく天井を見あげた。そのすぐ上にいるであろうお嬢さまと瓜二つの姿は、当然窺うことはできなかった。

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