(六)
(六)
制作日を週二、三回に増やせないかというメイドからの申し出は嬉しかった。
完成を急かすわけではないのだが、と控えめにいった彼女に、もちろん大きく頷いた。
近頃では筆も乗り、依頼人との会話も弾んでいた。同時に、面と向かって話したい、という欲望も増してきていたのだが……。
筆を置き、出窓に向かった。
今日―――“あの子”のことを思いだした。
それは彼女の笑い方にはじめて接したから……だということには気づいていた。頭を少し傾け、口を閉じたまま笑うような、あの声。
どうして今まで思いだせなかったのか……。
描画に熱中する日々を送っていたから……。
いや……閉じ込めていたのかも……。
でもどうして……。
なぜ……。
その疑問を解き明かすために、今こうして記憶を頼りに筆をとっているのか……。
キャンバスにふり返った。木枠を見せるその裏には、“あの子”の姿が浮かびあがりかけている。
視線を戻した。窓外の桜はすっかり花を散らせ、緑葉だけを残している。あれだけ鮮やかな淡紅色を敷き詰めていた庭も、今ではその名残すら感じることはできない。
かわりに遠いいつかの映像が、自然と網膜に甦る。
桜の木にとりつき、どちらが高く登れるか競い合ったこと。
ガーデンテーブルセットを並べ、登山ごっこといってその上を歩き渡ったこと。
そして、動きたがるのをなだめ、“あの子”をモデルによく絵を描いたこと。
あんなに仲がよかったのに……どうして……。
入り込んできた風が、そう囁きかけたような気がした。
制作は順調に進んだ。
依然後ろ姿ではあったが、彼女との間柄も狭まってきたように思う。
時折、メイドや医師の存在を忘れ、女子間で行われるような密話を平気で交わしている自分に気づき、顔を熱くすることもあった。
思いがけず楽しくなった仕事に、完成した暁には、また新たな制作をこちらから頼もうかと、真剣に考えていた。当然料金などとるつもりはない。
そして仕上がりも見えてきたのは、梅雨入りして間もなくというころだった。
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