(三)

     (三)


「くれぐれも、お嬢さまと対面はなさらないようにお願いいたします」

 広い玄関をあがって早々、描いてもらう肖像画のモデルはこの家の娘だと告げた彼女は、そう続けた。

「あ、はあ……」

 肖像画を描くのに……と、不審が顔に出たのか、

「後ろ姿を描いていただければ結構です」

 無感情な声がつけ足した。そして、

「では」

 声同様感情を覆い隠した表情をふり返らせると、彼女は廊下を奥へと向かった。

 後ろ姿の肖像画など今まで見たことなんて……。

 そんな思いを持ちながら、今時一般の家庭に存在するのが信じられない、絵に描いたようなメイド服に続いた。


 豪奢なソファーセットにシャンデリア、そして、今は脇に寄せられているが、つややかな輝きを放っている一枚板のローテーブルがあることで、通されたここが応接室であるのはすぐにわかった。

 優々ダンスフロアとしても使えそうな室内の正面には、床まである窓が部屋の一辺を占有し、広々とした庭を惜しげもなく映しだしている。そしてその景色を無心に眺めているような、長い黒髪の後ろ姿が―――。 

 いたのは彼女だけではなかった。

「はじめまして、羽計はばかりです」

 そう握手の手を差しだしてきたのは、スーツ姿の細身の男性だった。

 おそらく三〇前後の、まだまだ若々しいという言葉があてはまる彼は、この家のホームドクターだと自己紹介した。

「制作中は先生とわたくしが随時付き添います」

 続いたメイドの言葉に、多少とまどった。しかし異論を挟めなかったのは、その語調に有無をいわさない響きがあったのと、後ろ姿の彼女がかけているのが、車椅子だったから。

 黒髪に挨拶すると、

「よろしく、お願いします」

 若い声が返ってきた。―――が、ふり向くことのなかった彼女のそれには、どこか震えが滲んでいるような感じがした。

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