第6話 自分との闘いの発明

1.ジキル博士とハイド氏

 昔のヒーロー作品は単純です。勧善懲悪、主人公は正義の味方、敵は悪い奴で世界征服を狙っている。しかし、最近の作品は正義とは何か、本当に自分は正しいのか、主人公が迷うのが定番です。


 聖書で描かれる悪魔の誘惑と戦うイエスの40日間の断食などでは、悪は自分の外側にいますが、自分の中にある闇との戦いをメインテーマとした最初の作品は、1968年にアーシュラ・K・ル=グウィンによって書かれたファンタジー小説のゲド戦記と思われます。


 また、20世紀に入り多重人格障害(現在では解離性同一性障害と呼ばれる)の研究が進み、同一人物の心に複数の人格が宿る症例が知られるようになったことも、「もう一人の自分」というアイデアの背景にあると思われます。19世紀の文学ではドッペルゲンガーを扱った作品も多数書かれおり、1886年に出版された「ジキル博士とハイド氏」は二重人格を題材とした代表的な作品です。


2.フォースの暗黒面

 このような背景の下、自分の中にある暗黒面を「もう一人の自分」として映像化したのが1980年に公開されたスターウォーズ「帝国の逆襲」です。「帝国の逆襲」では主人公のルークがヨーダの下でジェダイの騎士になるための修行をします。その過程で、怒りや憎しみに囚われるとフォースの暗黒面に堕ちることを教えられ、暗黒面に堕ちたときの自身の姿に直面する試練で、暗黒面の恐ろしさを理解します。そして、ダースベイダーが暗黒面に堕ちたかつてジェダイの騎士だったことも知ります。


 この視覚的インパクトが強い「もう一人の自分と闘う」が、ライトサーベルに続くスターウォーズの発明です。


3.自分との闘い

 スターウォーズでは精神的な葛藤を「もう一人の自分」として映像化することが特徴でしたが、「もう一人の自分」のアイデアは、精神的な葛藤だけでなく、敵が送り込む刺客や、別の自分と協力しての攻撃など、いろいろな応用がされています。


・自分の精神世界やVR空間で、別人格の自分と戦う。

2001年 BLEACH

主人公黒崎一護の心の中に住むもう一人の自分(内なる虚)が出てきます。白黒を反転したデザインが秀逸です。


・何らかの方法で物理的に実体化したもう一人の自分と戦う。

2007年 映画 Yes!プリキュア5 鏡の国のミラクル大冒険!

5人のプリキュアを元に鏡の国の「クリスタル」を利用して創りだされた闇の戦士が登場します。プリキュアシリーズでは、影の自分との闘いが定番となっており、後のフレッシュやハートキャッチ、スマイルでも登場します。


・自分に似た別の存在(クローン、双子、兄弟、別次元の自分、自分の能力をコピーしたロボット)と戦う。

2012年 ARROW/アロー(フラッシュ、スーパーガールとのクロスオーバー)

多次元宇宙にいる別の自分と戦うエピソードが出てきます。

2018年 スパイダーマン:スパイダーバース

多次元宇宙にいる別のスパイダーマンが出てきます。



 実写版のヒーロー作品で「もう一人の自分」が使われるパターンが多いのは、キャストの数を増やさずに撮影できる(一人二役で演じる、スタントマンに演じさせる)ので、キャストを増やすことでの追加予算やスケジュール調整の必要が無く、低コストでストーリーに奥行きのあるバリエーションを持たせることができるからだと思います。その分、役者には演技力が要求されます。2002年に公開されたスパイダーマンでは、鏡の中の別人格と対話するグリーンゴブリン役のウィレム・デフォーの演技は神懸っていました。

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