第18pedia 干支

「今年の干支は虎です!」


虎の着ぐるみを着た知依ちよが両手を上げ、「がおー」と言っている。


「正しくは虎ではなく寅ですね。細かいお話になりますが、本来は動物とは関係ありません。…というツッコミは野暮でしょうか?」

「寅って虎と同じじゃないの?どうして干支の動物は全部変わった漢字なの?調べて!ヨミpedia!!」


いつもの呪文を聞いたよみは、はっとした表情を見せ、素早く本を開き、検索を始める。

何かに気づいた様子で、珍しく検索中に知依ちよに疑問を投げかけた。


「いつになくフリが雑でしたが、何かあったんですか?」

「管理人さんから『これを着てこう言うように』っていう指令書と着ぐるみが届いてたから!」

「それでは知依ちよさんが気になったわけではないのですね。なら調べなくても――」

「いや、言われてみれば気になるから、教えてください!」

「あっ、はい。もう少々お待ちを…。」


よみは引き続き検索を進め始めた。

知依ちよは暑かったのか、着ぐるみを脱いで、綺麗に折り畳みだした。


「調べてみると、知らないことばかりですね。」


顎に拳を添えながら、よみがぼそっとつぶやく。

そして、知依ちよの目を見ながら続けた。


知依ちよさんは、一般的な『干支』に使われている、12の動物を漢字で書けますか?」

「書けるよ!ちょっと待ってね!」


そういうと、知依ちよは紙とペンを持ってきて、スラスラと書き始めた。


「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥…。知依ちよさんは漢字には強いのですね。」

「算数よりは得意だよ!」

「で、今書いていただいた『干支』ですが、正確に言うと『十二支じゅうにし』と呼ばれるものです。」


知依ちよは納得のいかない様子で首をかしげる。


「ん??でも、今年の干支は――とか言うじゃん?」

「現代では一般的な『干支』イコール『十二支』のように使われているので、間違いではないのですが、本来の『干支』とは『十干十二支じっかんじゅうにし』が略されたものだそうです。」

「じゅっかん…巻き寿司…?」

「食べ物のことしか考えられないんですか…。『十干』とは馴染みのない言葉かもしれませんが、古代中国が起源の『五行思想ごぎょうしそう』という『万物は火・水・木・金・土の5元素から成る』といったものと、『陰陽おんみょう』という『全ての物を陰と陽の2つの気に分類する』というものがありまして、この2つの思想に当てはめて『五行』×『陰と陽の2つ』で『十干』だそうです。」


それを聞いた知依ちよの首がさらに曲がる。取れてしまいそうなくらいに。

それを見たよみは、何かを思いついたように手をたたき、続けた。


「現代人ならこれに馴染みがあるのではないでしょうか。」


そういいながら、知依ちよの目の前の紙に、よみは文字を書き始めた。


きのえきのとひのえひのとつちのえつちのとかのえかのとみずのえみずのと…。あの…鬼を滅する――」

「そうですね。馴染みがあるといった私が悪かったです。それ以上はやめましょう。『十干』とはこれらのことです。」

「ほえー。語尾が『え』と『と』だから『えと』?でも十二支は…?」

「語源はそれで合ってますが…十二支はどこに行ったのでしょうね。そこまではわかりませんでした。すみません。」


よみが調べながらそう言うと、知依ちよは「たまにはそういうこともあるよね!」とフォローをいれ、話を続けた。


「それで、『虎』じゃなくて『寅』なのはどうしてなの?」

「あぁ、元はその話でしたね。ええと、最初に知依ちよさんが書いてくださった十二支の漢字ですが、紀元前の中国では暦や時間を表す際に使われておりました。それから、十二支を馴染みのあるものに変換しようと試みられた結果、動物の名前が当てはめられたそうです。」

「ほえー。ただの当て字なんだね!」

「そうなりますね。年賀状などに動物が描かれたりしますし、あまりそこを神経質に捉える人も少ないとは思われますが。ちなみに『十干十二支』で言うと、今年は『みずのえの寅年』だそうです。」


知依ちよは、再び虎の着ぐるみを着用し、刀を構えるようなポーズをとりながらこう言った。


みずのえの寅年!!カッコイイね!!」

「響きはカッコイイですがやめましょう。首を撥ねられかねません。」


よみはそう言いながら、慌てた様子で知依ちよの両手を下ろした。

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