第9pedia お鍋料理

「ピンポーン」


インターホンが鳴る。

よみは玄関へと向かいながら「今回はインターホン始まりですか。」と一言ぼやく。


「闇鍋しよおー。」


扉を開けると、食材が入っているであろうエコバッグを掲げる瑠仔るこがいた。


「イヤです。おかえりください。」


よみは冷たい物言いで突き放し、扉を閉めようとしたが、扉が閉まる前に瑠仔るこは家に上がっていた。


「お邪魔しまあーす。」

「なっ…すばしっこいですね…」

「あ、瑠仔るこちゃんだ!いらっしゃい!」


よみは「闇鍋はしませんから」と釘を刺し、3人分のお茶を淹れ、こたつに持ってきた。


「今日はお鍋を作りに来たよおー。」

「お鍋!冬といえばだね!何鍋にするの?」

「闇鍋はしませんよ!?」


よみが慌てた様子で、珍しく大きな声を上げる。

彼女は、少し大きな声をあげてしまったことに恥じらう様子で、小さく咳払いをしてから続けた。


「第一、うちにカセットコンロも電気鍋もないですし。」

「あ、それならねえー――」


「ピンポーン」


タイミングよくインターホンが鳴る。

知依ちよは「はーい」と言いながら玄関へと向かい、何やら荷物を持って帰ってきた。


瑠仔るこちゃんからの荷物が届いたよ、瑠仔るこちゃん!」

「うんうん。開けてみてえー。」


知依ちよが箱を開けると、電気鍋が入っていた。


「お鍋だ!これでお鍋できるね!」

「闇鍋じゃなければ…」

「闇鍋なんてやだなあー。ちゃんと食べられるお鍋だよおー。野菜とお肉しか持ってきてないんだけどねえー。」


そういいながら、瑠仔るこは持ってきたエコバッグの中から、食材を取り出した。

よみはまともな食材を確認し、ほっとした表情を浮かべている。


「闇鍋のことは置いておいてえー。知依ちよちゃんは何鍋が好きいー?」

「わたしは最近、トマト鍋が好きだよ!シメのリゾットがすっごくおいしいの!」

「いいねえー。トマト鍋。よみちゃんは、闇鍋?」

「闇鍋好きな人なんているんですか…私は豆乳鍋が好きです。で、これは何鍋になるんですか?」

「2人にお鍋の素を買ってきてもらおうと思ってるのおー。私は何鍋でもいいからあー。」

「ええっ。まあこれから年末年始分の買い出しをしないといけませんし、構いませんが…」


よみがしぶしぶ了承したところで、瑠仔るこは眠たいのか、うとうとし始めていた。

知依ちよは真剣な表情で、何鍋にしようか考えている。


「ま、まだ寝ないでください。今回、ろくな話してないですよ、まだ。私たちが買い出しに行っている間に、寝ててもかまいませんから。」

「うーん…じゃーお鍋とは何か説明するよおー。」

「入りが雑すぎませんか…でも、説明していただけるなら、お願いします。」


瑠仔るこはぐーっと伸びをしてから、説明を始めた。


「お鍋――といっても、調理器具じゃなくて、一般的な食べ物のお鍋のことを、正確には『鍋料理』っていうねえー。知っての通りだけど、食材を食器に移さないで、調理に使ったお鍋に入れたまま、食卓に出してつつくようなものを『鍋料理』って呼ぶよおー。」

「鍋料理の始まりは、縄文時代。食べ物を入れた土器を火にかけて、調理する文化がありました。その頃は調理後に取り分けて、食事をとっていたようですが、現在の『お鍋』のように1つの鍋を囲むスタイルの起源は、江戸時代~明治時代に長崎で普及した『卓袱料理しっぽくりょうり』と呼ばれる、大皿に料理を盛り付ける郷土料理だそうです。」


瑠仔るこの説明に続ける形で、よみがいつもの本で検索しながら補足した。


「調べて!って言われてないのにいー。」

「べ、別にいいじゃないですか!いつもやってることですし。」

「それだと、すき焼きとかおでんも『お鍋』になるの?」


少し前まで、考え事をしていた知依ちよが、いつの間にか参加していた。

2人は、はっとした様子で知依ちよの方に目線を向ける。


「そうだねえー。『お鍋』っていうイメージはないけど、分類上はそうなるねえー。」

「ほえー。そうなると、海外にも『鍋料理』って呼べるものはありそう。」

「イタリアのバーニャカウダ、中国の火鍋、タイのトムヤムクンなどは似たようなものですかね。」


知依ちよは、「そうだ!」とひらめいた様子で声を上げた。


「キムチ鍋にしよう!火鍋とかトムヤムクンとか聞いたら、辛いもの食べたくなった!」

「いいですね。キムチ鍋。今日は特に寒いですし。」


「ちなみにいー」と瑠仔るこが何か言いたげに話し出したので、二人は耳を傾ける。


「闇鍋の起源は、平安時代の『一種物いっすもの』って呼ばれる、参加者が1品料理を持ち寄る宴会らしいよおー。そこから室町時代に今の闇鍋みたいになったそうだねえー。」

「闇鍋はしませんから!!」


よみは今日一番の大声を上げた。

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