第1pedia メロンパン

「はっ」


そう言い放った知依ちよは、こたつ机に突っ伏したまま、動かなくなった。


「突然どうなさったのですか?」

「わたし、メロンパンが好きって言ったけど、メロンパンのこと何にも知らないかも…。メロンパンのことをちゃんと愛してあげられてないかも…。」

「では、知依ちよさんはメロンパンのどんなところが好きですか?」


よみがそう聞くと、知依ちよは勢い良く立ち上がった。

足をこたつにぶつけた様で、ゴッと鈍い音を立てたが、気にしていない様子で語り始める。


「端っこはサクサクで甘いクッキー生地。真ん中はふわっふわのパン生地が増えていって、場所によってバランスが違ってくけど、それがいいの!あと丸いフォルムがかわいい!チョコチップメロンパンとかもいいよねぇ…」


彼女の目の前には、今まさにメロンパンが見えていそうな雰囲気がする。

今にも涎が垂れそうな、でれでれした表情で語り続ける彼女を横目に、コーヒーを淹れていたよみが、こたつに戻ってきた。

よみ知依ちよに、ミルクとシロップを添えてコーヒーを渡す。


「そこまで語れるなら、ちゃんと愛してあげられているのではないでしょうか。メロンパンもきっと喜んでいますよ。」

「ありがと!ミルクとシロップは大丈夫!コーヒーはブラック派なの!大人でしょ?でしょ?」


知依ちよは得意げな表情でコーヒーを飲む。


「ブラック派の理由は?」

「…メロンパンに合うからです。」


知依ちよは照れながらそう答える。

その答えを知っていたといったような無表情で、よみはコーヒーを飲む。

その時、突然インターホンが鳴った。

「きたきた」と言いながら知依ちよが玄関に向かう。

小さめの箱を抱えて戻ってきた彼女に、よみは「なんですかそれ」と問いかけた。


「今朝、スマホに『今日何か欲しいものはありますか』ってメッセージが来てたから、『メロンパン』って返事したら、『後で送ります』って返ってきたから―」

「あぁ、管理人さん、ですかね。というか知依ちよさんは、もう少し危機感を持ったほうがいいと思います。」

「ええっ、このメロンパン危ないの!?」

「メロンパンが危ないわけではないですが…。」


慌てて箱の中を確認する知依ちよを横目に、よみはどこかに向かって語り掛ける。


「管理人さんというのは、文字通り、この世界を管理している方です。私も詳しくは知りませんがよくしていただいてます。」


小声で「何かと都合のいい方です」と付け足してから、知依ちよに向かって「中はどうでしたか?」と問いかける。


「おいしそうなメロンパンが入ってます!隊長!いただきます!」

「それはよかったですね。せっかくなので、私にもいただけますか?」


「どうぞー!」と言いながら、知依ちよよみにメロンパンを渡す。

その手が、こたつの上でぴたりと止まった。


「急に気になったんだけど、メロンパンってどうして『メロンパン』っていう名前なのかな?メロンの味しないし、発祥の地が由来とかなのかなあ。」


それを聞いて、よみのメロンパンを受け取ろうとしていた手もぴたりと止まった。


「どうして…?どうしてなんでしょう…気になりますね…。」


知依ちよはにやりと微笑み、よみが持っている本を、ズバッと指差し、唱えるように叫んだ。


「調べて!ヨミpedia!」


その言葉を聞くとやらざるを得ないといった様子で、手元の本を開き、スラスラと調べ物を始めた。

その間、知依ちよは、先ほど届いたメロンパンとよみが淹れたコーヒーをおいしくいただいている。


数分ほど経ってから、「うーん…」とよみが唸りだした。


「何かわかった?」

「それが、名前の由来ははっきりとしたものが無いようで、いくつかの説が存在することしかわかりませんでした。」

「いくつかの説?」

「大きく分けると3つほどあるのですが…1つくらい、『メロンパン愛好家』の知依ちよさんならわかりそうですが、当ててみます?」

「うっ…当て…なければ…しぬ…」


『メロンパン愛好家』という名のプレッシャーに中てられた知依ちよは、食事をする手を止め、真剣な表情で考え始めた。

「死にはしませんけど…」と言いつつ、今度はよみがメロンパンを食べ始める。

1つ丸々食べ終わるまで、知依ちよは長考していた。


「あの…単純すぎてたぶん違うと思うんだけど、見た目がメロンっぽいからっていうのもある…?」

「あ、はい。1つはそれで合ってます。」


知依ちよは「生き延びたー…」と言いながら、後ろに倒れこんだ。


「もう少し説明すると、ビスケット生地の格子模様が、マスクメロンに似ているという説と、円形ではなく紡錘形のメロンパンが、マクワウリ…こちらも紡錘形のメロンなのですが、それに似ているという説があるそうです。」

「ほえー。意外と単純なんだね。発祥の地とかそういうのはないんだ。」

「発祥の地は関係ないみたいです。これも曖昧で、日本、メキシコ、アルメニア…と諸説あります。」


知依ちよが「メロンパンは謎に包まれている…」と言いながら、難しい顔で、むくっと起き上がる。

よみはコーヒーのおかわりを淹れながら続けた。


「あと2つの説としては、『メレンゲパン』が訛った説と、調理器具の『メロン型』を用いて成型していた説があります。」

「メロン型?見たことないかも。まん丸で格子模様があるの?」

「いえ、紡錘形のマクワウリの方に似ています。チキンライスをきれいに盛り付けるための器具なのですが…少し待ってもらえますか?」


そういうと、よみは改めて手元の本を開き、手慣れた様子で少し操作した後に、本を広げたまま机の上に置いた。

すぐにその本から青白い光が溢れ、ホログラムが浮き上がった。

浮かび上がったものは、紡錘形をした、アーモンドのような形のメロンパンの表面に、取っ手がついたような形をしている。


「ヨミpediaにこんな機能もあるんだね!百科事典というより魔導書みたい…!」

「実体化しているわけではないので、触れはしませんが。それがメロン型ですね。」


ホログラムを触ろうとしている知依(ちよ)を眺めながら、よみはコーヒーを飲む。

それから思い出したように「あ、そうそう」と続けた。


「一般的なメロンパンのカロリーは、約300キロカロリーだそうですよ。チョコチップメロンパンとか、カロリーすごそうですね。」


よみが「ふふっ」と笑う。

知依ちよは静止したまま「カロリー…」とつぶやいた。


「いろいろな説がある、謎多きメロンパンですが、満足いただけましたか?」


知依ちよよみの方を見ずに、少し考えてから、意を決したように立ち上がった。


「わかったよよみちゃん!ありがとう!明日から運動頑張るね!!」


よみはそういう彼女を見ながら少し考え、「満足いただけたなら何よりです。」と微笑み、コーヒーを飲みほした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る