第5話 終わり
数日後、俺と廟は、とある地方の駅で待ち合わせをした。空白の数日間は、休暇などでは決してない。任務の準備期間を取っただけだ。
駅の人通りはまばらで、この町が日本全国に進行する過疎の波に飲まれつつあることを、無言で示していた。
人口減少で世界中から人がいなくなったら、
自動改札には、入ってくる客を不審に思う機能はついていない。俺らは、容易に新幹線に乗り込んだ。
最も、たとえ
東海道新幹線で駅弁を食べながら、窓の外を流れる風景を眺める。東京に行くのは、久しぶりだ。
前回行ったときに、警官に呼び止められてから、足が遠のいていた。
ちなみに、止められた理由は飲酒運転のチェックだった。
これが職質だったら、俺は、スーツの内側に付けられた、つまようじやナイフについて、有効な説明をする必要に迫られただろう。
まあ、一番の理由はそんな冗談みたいなものではなく、単純に、東京からの依頼が少ないからだ。そもそも、国内の依頼自体が少ない。
まあ、日本は法律が厳しいからな。ついでに、警察も優秀だ。
東京の駅は、最後に来た時と同じように、酷く混雑していた。俺らは、看板から情報を把握して、事前に暗記しておいた駅の地図と重ね、何とか群衆の中から脱出した。
その後は、予定していた安ホテルに向かう。空き部屋があることを確認すると、そこにチェックインした。
部屋の大半がベッドに占拠され、部屋の隅にテレビと机が置かれている、少し、というか非常に手狭な部屋だった。
日本の警察は優秀だから、信用できる人物の経営する店を、どうしても使わなければならない。だから、高い割に、狭く古びた宿に泊まらねばならないのだ。
自分らが攻撃されることを防ぐために、龍の爪は日本に本部を置いたのだろう。
「黎明。情報は?」
宿に着くなり、廟が聞いてきた。まあ、部屋は防音だし、ここは四階。盗聴なんかの心配は、零ではないが少ない。
「ああ。奴らの本部は、IT企業の本社を装っている。派手な騒ぎを起こすと、すぐさま逮捕されるぞ。近くには無関係を装った、護衛のための企業がいくつかあったが、その会社は最近、公に記録が残らない形で全滅したから、あとは本部だけだ」
俺は、送られてきた情報と、独自調査で手に入れた情報を言った。
「銃はやめた方がいいな。後、手榴弾も論外だ。職務質問を受けた時に言い訳できないし、音で通報される」
「可能なら、ナイフも避けたい。やはり職務質問を受けた時に困る。職務に忠実な警官に、いらない流血を強いるわけにはいかないだろう」
廟が、殺し屋らしくないことを言った。まあ、
そんなこだわりに、意味などないかもしれないが、殺人鬼とは違うと信じなければ、
「武装は最小限。
俺は、そう提案した。ナイフが無いのはなかなか厳しいが、仕方がない。
「そうだな。敵の方も、支部が壊滅したことはつかんでいるだろう。優秀な殺し屋が集中している可能性が高いから、人力の部下を、狙撃班として待機させよう」
廟はそう言うと、人力へと電話した。狙撃銃は言い訳が聞かないが、人力の部下は大勢いるから、一人や二人、銃刀法違反でしょっ引かれても、別に困らないだろう。
問題は、消息を絶った優秀な殺し屋たちだが、それは考えないことにしておこう。警戒はしておくが、もう、任務を止めることはできない。
「決行は今夜」
俺の提案を、廟は二つ返事で了承した。俺は、電話する廟を置いておいて、寝ることにした。できるだけ、体力を温存しておきたいからな。
◇◇◇
仮眠を取っていた俺らは、嫌な気配を感じて、ふと目覚めた。目を開けて見える風景は、俺らがチェックインしたホテルと何も変わっていない。
だが、何か違和感を感じる。どこか、感じ慣れたような気配。殺気か。まさか、先手を打って攻撃してくるとはな。どこから情報が漏れたのだろう?
横のベッドを見ると、廟も起き上がっていた。指でチャクラムを回している。俺も、スーツの内ポケットから、つまようじを取り出した。
直後に、窓が爆ぜた。何!砕け散るガラスの中に、鋭い白刃が月光を浴びて光る。
「久しぶりですね。黎明さん」
その声には、聞き覚えがあった。
「
「ええ。あの程度なら、まだ大丈夫です。貴方、絶対詰め将棋苦手でしょう。詰めが甘々ですよ」
彼女は、生存能力も並外れているようだ。まあ、あの時は、俺も背中を切られていたから、確実に急所に刺した自信は無いが。
「俺はこいつと戦ったことがある、こいつは強い。俺らじゃ殺せん。ここは俺に任せて、先に行け」
俺は、チャクラムを構えて臨戦態勢に入った廟に、そう言った。
廟の方が俺より強いが、俺は、こいつと戦ったことがある分、多少癖を知っている。廟は、一瞬で結論を出した。
「任せた。本部の壊滅は任せろ」
「ああ。任せた。必ず、生きて会おう」
「それは無理ですよ。黎明さん」
廟が窓から飛び出すのと、
俺は、
火花が散った。打撃が重いな。俺は、そのエネルギーを殺しきれず、後ろに吹き飛ばされた。
足を地面について、強引に減速する。何とか、壁に叩き付けられる前に、止まることができた。
「やっぱり強いですね。ナイフごと切ったと思ったのですが」
見ると、俺の手元にあるナイフが、真っ二つになっていた。あの刃に秘密があるのか、彼女自身の力なのか。
彼女は、地面を蹴ると、一気に肉薄してきた。俺は、柄だけになったナイフを投げ捨てると、スーツの内ポケットからつまようじを取り出した。
素早く投げる。この距離なら、外れない。彼女には当てはまらないので、俺は、襲い掛かる打撃を避けるため、後ろに大きくジャンプした。
そのまま、窓から外へと飛び出す。つまようじは弾かれ、俺の目の前に白刃が爆ぜた。危ないところだった。
俺は、五点着地で地面に転がると、つまようじを構えた。上から降ってきた、彼女の全体重が込められた刃を、俺はつまようじで受ける。
つまようじが折れるまでの0.1秒で、俺は何とか打撃を回避した。俺は、地面を転がる。素早く、地面に手をついて立ち上がった。。
「やっぱり強いですね。今までも、その技術で多くの人を殺してきたのでしょう。だから殺します。これは罰です」
「お前は俺の
俺は、それだけ言うと、さらにつまようじを投げた。このまま続けても
「強者が
「そう。その理屈から、俺たち
「ええ。だけど私たちは、そんな
「許さなくていい。認めろ。そして、俺らは
「
本当にそうか?命は平等ではないというのは、殺し屋として働いて良く分かった。だが、殺すという動作に善悪は存在するのだろうか?
「知るか」
俺は、考えることを止めながら、つまようじを投げた。今度は避けられた。参ったな。このままだと、本当に殺されそうだ。
彼女は、突然刀を下ろした。
「面倒なんで、もう殺します」
突然、彼女の殺気が変わった。鋭く、洗練された。あたりの空気がビリビリと震える。
俺は、つまようじを構えた姿勢のまま、鋭い殺気に緊張した。彼女が地面を蹴る音が聞こえた。
◇◇◇
気付いたら、地面に倒れていた。
「すみません、打つ方向を間違えて峰打ちにしてしまいました」
「酷いな。どうせ殺すなら、一度にやって欲しかったよ」
俺は、心臓のあたりを打つ激痛をこらえながら、そう言った。スーツの裏に隠していた
最も、たとえ武器が残っていたとしても、あばらが折れたらしい俺に、すぐさま戦うのは無理だ。本当に、一思いに殺してほしかったな。
「分かりました。廟さんを殺すときの参考にします。黎明さん」
「名前、憶えていたのか。ありがとうと言った方がいいか?」
「礼は無用です。私は貴方を殺すので」
彼女は、刃を振りかざした。流石に死んだな。俺が、ゆっくりと目を閉じた。
「やあ。無事かい?」
刃が、派手に弾かれる音が響いた。俺がゆっくりと目を開けると、そこには朧月夜が、日本刀を構えて立っていた。その横顔を、月光が照らした。
「やっぱり、お前の追っかけには美人が多いな。うらやましいよ」
こんな時でもふざけた口調だが、それでも、それができるほどに彼は強い。戦う前から、その表情には勝者の笑いというやつが浮かんでいる。
「爺さん。助かった。ありがとう」
「お前から礼が聞けるとはな。万年反抗期かと思っていたのだが」
朧月夜は、日本刀を下段に構えた。
「人の戦闘に手を出さないでもらえませんか?せっかく楽しんでいたのに」
「あの状態からは、もう楽しむ要素はなかっただろう。
「
「またまた。いつまで、そんなことを、言っていられるかな?
双方が、睨み合った。剣先がぶつかり合う、静かな戦いだ。しばらく、相手の隙を伺うように剣先を叩き合っていたが、突然、動いた。
朧月夜が踏み込んで、刃を繰り出した。鵩は、それを刀を横にして受ける。
素早く、互いが距離を取り、戦闘は再び静かになった。お互いが、剣先を払い合い、隙を伺う。
突然、携帯電話が鳴った。廟からだ。俺は、電話に出た。今、俺にできることは無いからな。間合いに踏み込めば、10中8,9の確率で死ぬだろう。
残りは、朧月夜の足を引っ張る。
「こっちは終わったぞ。とりあえず全員片付けた。俺より強い奴は一人もいなかった。多分、俺らとの戦闘を繰り返す間に、消耗しきったんだろうな。ついでに、いい情報が色々手に入ったから、ロッジのサーバーと、善良な一市民として、警察に送っておいたぞ」
「そうか。善良な一市民の下り以外は全てわかった。こっちは、朧月夜が対処している。俺は無理だったわ。殺されかけた」
「無事か?」
「ああ。やっぱり爺さんは強いな」
「そうだな。俺らの師匠だからな。じゃあ、健闘を祈る。お前じゃなくて、爺ちゃんな」
電話が切れた。俺が電話をしている間に、こっちの戦闘も、終盤を迎えようとしていた。
鵩は、朧月夜が振り下ろした刃を避けきれず、肩に深手を負っていた。刃先が、地面についている。
「どうした。もう終わりか」
朧月夜が、煽った。可能なら、ここで仕留めたいのだろう。こんな危険な奴を、野放しにしておくわけにいかなない。
朧月夜。もし殺し屋にアンケートを取れば、満場一致で、世界最強の殺し屋だろう。殺し屋稼業の方は、もう引退しているが。
「流石に無理ですね。逃げます。また会いましょう。黎明さん」
彼女は、地面を蹴ると、脱兎のごとく逃げ出した。朧月夜は、それを負うことはせず、日本刀を
「大丈夫か?」
朧月夜は、倒れたままの俺の方を向くと、そう聞いてきた。俺は、ゆっくりと立ち上がりながら
「問題ない。それより、追わなくていいのか」
と、聞いた。朧月夜は、笑いながら
「面倒だからな。それに、
「そういえば、そうだったな」
俺は、少し笑った。
「よし。怪我もひどくなさそうだし、今日は
「分かりました。口が堅い店主が運営している寿司屋にしましょう」
「廟に、連絡しなければな」
朧月夜が携帯を取り出して、朧月夜へと電話した。俺と朧月夜は、談笑しながら、東京の夜闇へと沈んでいった。
殺し屋と爪楊枝 曇空 鈍縒 @sora2021
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