第10話 マイ・ピュア・レディ-10
晴。風向、南西。
誰もいない通学路を歩きながら、加代子は得意になっている自分に少し呆れていた。確かに顔がにやけてくる。こんなに早起きしたのは随分久しぶりだった。昨日決心した朝の自主トレも、今朝は独りで起き出して、悠々の時間で登校している。こんなに努力している自分に思わず笑みがこぼれる。
校内に入ると、もう陸上部の朝練が始まっていた。トラックを周回する姿に加代子は唖然としてしまった。
―――こんなに早くから練習してるんだ。
校庭を横切るようにテニスコートに向かうと、途中野球部のグラウンドが目に入った。ネットの向こうに人がいる気配を感じて近づくと、何人かの選手がトレーニングをしていた。それを見て無意識のうちに五十嵐の姿を探していた。あいにく、五十嵐は見当たらなかったが、そこには知った顔がいた。
―――林君?
同じクラスの林が、黙々と筋トレをしている。誰に注意を向けることもなく、ただひたむきに自分に集中して。
―――そっか…。そうなんだ…。
一人納得して加代子は部室に向かった。あたしも頑張ろう、ただそう思いながら。
美智代と尚美が昨日のテレビのドラマで盛り上がっている。加代子は見てないドラマだったので、話に乗り損ねた。はしゃぎながら話している二人を見ているだけでも楽しくて、ぼんやりと眺めていると、
「カヨちゃんはどうして見ないの?」と尚美に訊かれた。
「ん、その時間、勉強してるの」
「誰が?」
「あ・た・し」
「うそぉ?どうして?」
「だって、こないだのテスト悪かったし、お姉ちゃんのこと見習おうって思ってるの」
「へえぇ~、カヨちゃんがね」
そのまま二人はまた元の話題に戻った。加代子はまた取り残されてしまった。ふと振り返ると、隣で林が勉強している。思わず加代子は話し掛けてしまった。
「すごいね、まだ勉強するの?」
「え?なに?」
突然のことに聞き取れなかった林は訊き返してきた。
「だって、あんなに成績いいのに、まだ勉強するの?」
「ん。だって、次の数学の宿題やってないんだよ。昨日も練習で遅くなって、英語しかできなかったから」
「朝練もやってるし」
「え、どうして、知ってるの?」
「見たの。今朝。あたし、頑張って早起きしてきたのに、もうやってるんだもん。すごいね」
「でも、みんなやってるし」
「うそうそ。見てたよ。十人もいなかったじゃない」
「まぁ、それはそうだけど…」
「あたし、結構ショック受けたのよ。あたしだけが、頑張ってるんだって思ってたのに」
「そんなの、もっと頑張ってる人、たくさんいるよ」
「そう?うちの部はいなかったよ」
「うちのクラブは、結構いるよ。江川さんとか三沢さんとか、緑川先輩とか」
「緑川先輩?緑川先輩って、卒業したんじゃないの」
「その弟の人がいるんだよ、二年に。この人がすごいんだ。去年からレギュラーだけど、本当に上手いんだ」
「へえ、そうなの」
「それに、練習もすごいよ。あんなに上手いのに、練習の量は一番多いんじゃないかな」
「ふーん。その人のこと見習ってるのね」
「うん、まぁ」
「あたしが、お姉ちゃん、目標にしてるのと一緒ね」
「…ぅん」
「ごめんね、邪魔して」
「んん、いいよ」
林はまた教科書の問題を解き始めた。加代子はそんな林をちょっとの間見ていたが、すっと振り返った。すると、美智代と尚美がにやにやしながら、加代子を見ていた。
「なに?」
「なにって…」
声をひそめて美智代は話し掛けてきた。
「いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「そうそう、いい雰囲気」
「そんなじゃないよ」
「なに言ってるのよ。いい雰囲気だったわよ」
脇をつつかれ身を捩らせながら加代子は否定した。否定しながら、まんざらでもない気分だった。
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