第6話 マイ・ピュア・レディ-6

 曇。風向、南西。


 少し風が強くなってきた。そう思いながら空を見上げると、夕陽を覆うように雲が広がってきた。

「明日、雨かな」

「クラブ休みね」

「でも、また体育館でやるかも」

「無理よ。バスケとかバレーの方が優先権あるもん」

「なんか、コニちゃん、クラブ嫌がってるみたい」

「カヨちゃんは楽しい?」

「うん…まぁ」

「あたし、嫌だな。だって、基礎訓練と素振りばっかりだよ。一年でも、もうそろそろ本格的に練習させてくれてもいいじゃない」

「だって、部員多いから」

「でも、退屈だよ」

不満そうな美智代に感化されて加代子も気分が落ち込んできた。

「あ、そうだ。今度の日曜日、野球部練習試合なんだって」

元気づけるつもりで加代子はそう言った。しかし、美智代の反応はいまひとつだった。

「行くの?」

あんなにはしゃいでた美智代とは思えない返事だった。

「行かないの?」

美智代は加代子のほうを見ずに、前を見ながら歩いている。

「だって、コニちゃん、ファンなんでしょ、五十嵐先輩の」

「まぁね。でも、もういいの」

「どうして?」

「……カヨちゃん、知らないのね。こないだね、先輩の人に聞いたの。この学校じゃあね、クラスが違うと身分が違うのも一緒なんだって」

「え?」

「五十嵐先輩って、頭もいいじゃない。Aクラスで。そしたら、他のクラスの女の子なんて相手になんないんだって」

「なに、それ?」

「だって、そうでしょ。ちょっとでも成績が悪かったらすぐにクラスを変わらなきゃならないくらい厳しい学校なのよ。初めからクラスが違ってたら、身分が違うのと一緒なんだって。士農工商、カースト制度、だって、二年の人たち言ってたわ。…あたしなんて、絶対Aクラスなんて無理だもん」

「そんな……」

「それに、Aクラスに五十嵐先輩の彼女いるらしいわよ」

「え、嘘ッ?」

「ホント。仲のいい人がいるんだって。きれいな人だって噂よ」

「そんな……」

「カヨちゃんのお姉さん、おんなじクラスなんでしょ。訊いてみたら」

 真っ直ぐに前を見据えて歩く美智代の横顔を覗き込みながら加代子は自分を恥じた。こんなに熱を上げていた自分が恥ずかしくなってしまって、美智代から顔を背けた。美智代は、それきり話さなかった。そして、別れる時も、じゃあ、とだけ言葉を交わして別れた。

 風が少し湿っぽい。雨だろうかと空を見上げると、雲間だけが微かに紅に染まっていた。


 お風呂から上がると雨が降っているのに気づいた。さっきまでは自分の水しぶきで聞こえなかったが、結構強く雨は降りつけている。加代子はタオルを頭にまいて部屋に入った。姉は、ヘッドホンで音楽を聞きながら勉強している。

 そう言えばいつもそうだった。加代子がマンガを読んでいても、姉はこうして自分の時間を確保して勉強していた。成績がいいのも当然だと、いまさらながら納得できた。受験生だから、という姉の言葉はほんの照れ隠しでしかないことは、この姿を見ればすぐにわかった。加代子は自分が努力していないことをはっきりと自覚できた。

 クラブもただ漫然としている。同じ学年の仲間と同じように練習をしている。特別な努力をしているわけでもない。かと言って、空いている時間を勉強に費やしているわけでもない。ただ、漫然と、一日を過ごしている。

 ―――これでいいのかな。

疑念を持って姉を見ていると、ふと百合子が振り返った。加代子は慌てて目を逸らした。百合子はヘッドホンを外して、

「どうしたの?」と問い掛けてきた。

「ん…なんでも。ごめんね、勉強の邪魔して」

「んん。別に。ちょっと気になって振り返っただけだから」

そう言うと百合子はまた勉強を始めた。邪魔すると悪いな、と思ってそのまま部屋を出て居間へ行った。テレビを見ながら、ぼんやりと考えた。自分がクラブを頑張るのと同じように、姉は勉強を頑張っているんだと。そして、とりあえず、好きで入ったクラブに打ち込もうと。

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