第7話 マイ・ピュア・レディ-7
快晴。
金属バットの音が鳴り響き、グラウンドに歓声が上がった。
日曜の午後、午前中の練習を終えた加代子は、いつものように試合を見ていた。美智代は帰った。自分も帰ろうかと思ったが、いままで応援していたのに、彼女がいると知っただけであっさりと裏切るように背を向けるのは嫌だった。憧れることは許されるんだと自分に言い聞かせた。もしかすると、まだチャンスはあるかもしれない、とも言い聞かせた。もしかして、告白すれば、振り向いてくれるかもしれない、と思った。とにかく、いままで応援していた自分を恥じるような行動は取りたくはなかった。それだけだった。でも、こうして応援していると、やはり五十嵐は魅力的だった。
熱中してしまった加代子の肩をポンポンと叩く人がいた。振り返ると、百合子がそこにいた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ちょっとね、応援に来たの」
「野球部?」
「うん。来て欲しいって言われたの」
「ふーん。誰に?」
「五十嵐君」
「え?!」
加代子ははっとした。百合子は五十嵐と同じクラスだった。でも、それだけの理由で来て欲しいなんて言われるだろうか。姉は、二歳しか違わないが随分落ち着いていて大人びて見える。自分とは違って、美人だと思う。もしかしたら、五十嵐の彼女は、姉ではないだろうかと思った。
「お姉ちゃん、今日は用事があるって」
「うん。午前中、友達と図書館で勉強して、それから、これ、応援」
「お友達は?」
「帰っちゃったわ。野球に興味はないって」
「応援…頼まれたの?」
「うん。五十嵐君…、あ、このチームのキャプテンなんだけどね、五十嵐君が来てくれって」
「…ふーん。それで、来たの…?」
「うん。あたし、野球好きだし」
にっこり微笑む百合子に加代子は戸惑った。野球が好きだなんて、初めて聞いた。問い掛けてみようか。迷いながら、姉の横顔を見つめた。
「去年までね」百合子は加代子の視線に気づかず話し出した。「緑川直樹さんっていう人がいたの。知ってる」
「ーん」
「知らない?有名よ。旭学園に行ったんだけどね、甲子園のヒーローになるんじゃないかっていうくらいすごかったの」
「そう…」
「あたし、ファンでね、それで時々見に来てたの」
「え」
『ファン』という言葉に加代子は戸惑った。姉がそんなミーハーな言葉を使うとは思ってもみなかった。
「カッコよかったわよ」
「ん」
「五十嵐君も、上手だし、人気あるけどね、もっとすごかったの」
「…ぅん」
「それにね」
百合子は微笑みを向けながら言った。
「このチームは、もっと素敵な人たちが集まっているのよ。いつも、熱くて、努力を努力として意識しない人たちがいるの……」
はっきりと言い切った百合子に加代子は何も言えず見入ってしまった。いつも無口で、やんちゃな加代子を慈しむようなお姉さんが、いまひとりの少女として想いを語っている。そんな眩しい表情に加代子は少したじろいでしまった。そうして、ようやくわかった気持ちになった。姉があれだけ一生懸命勉強していることも。姉は、クラブの代わりに勉強に打ち込んでいるんだ。いま自分のできる手近なこととして、手抜きをしないで頑張っているのだと。それが、この野球部の人たちを手本としていて、おそらくはその一人が、五十嵐先輩に間違いないと。
打球が甲高い金属音を上げて飛んでいく、追いかける白いユニフォーム。立ちのぼる土煙。そして、歓声。
加代子は、百合子と二人、熱中していた。もう、どうでもよかった。姉が五十嵐の彼女でも、そうでなくても。五十嵐に彼女がいてもいなくても。ただ、この瞬間のゲームに熱中してしまった。
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