第十二話:終局航路
「う……ぁ……」
声にならない声を洩らして、ショウジは薄目を開いた。
身体じゅうから烈しい痛みが押し寄せてくる。
おもわず情けない悲鳴を上げてしまいそうなほど過酷なそれは、しかし、まだショウジが生きていることの
そんなショウジの様子に気づいたのか、ジュリエッタはショウジを抱き寄せる。
「動かないほうがいいわ。応急処置はしてあるけれど、無理をすれば生命の保証はできないもの」
「あの、キャプテン……ここは……」
「ヴォルスングの格納庫。
ジュリエッタの言葉に、ショウジはようやく自分が簡易ベッドに横たわっていることに気づいた。
「よかった……キャプテン、無事で……」
ようやく緊張の糸が切れたのか、ショウジは喘ぐみたいに何度も深呼吸をする。
全身の痛みは一向にやわらぐ気配もないが、いまの少年にとって、それはけっして耐えられない苦痛ではない。
「でも、キャプテン。どうしてあのとき目覚めてくれたんだ……?」
「アラドヴァルが奴らに拿捕される直前、ショウジに艦の起動権限を譲ったことは知っているわね」
「それとこれと、どういう関係が?」
「あのあと、私は自分自身を仮死状態に導いた。最低限の生命維持機能を除いて、脳のほとんどを意図的にシャットダウンしたと言ってもいい。抵抗してどうにかなる相手じゃないし、拷問や自白剤を打たれるリスクを考えたら、そのほうが安全だもの」
言って、ジュリエッタはショウジの頬をいとおしげに撫ぜる。
「でもね、私は同時に仮死状態を解除するための
「それって……」
「そう。ショウジ、あなたの肉声をすぐそばで聴くこと。それが私の仮死状態を解除するためのただひとつの方法だった」
「なんで……なんで俺なんかに、そんな大事な役目をまかせるんですか。俺が来なかったら、キャプテンはあの男に連れ去られていたんですよ」
「あなたはきっと来ると信じていた。――――それだけじゃ不足かしら?」
ショウジはそれ以上なにも言えず、しゃくりあげるみたいに嗚咽を洩らす。
キャプテン・ジュリエッタが自分をそこまで信頼してくれていたこと。
彼女の期待を裏切らずに済んだこと。
そして、いまこうして、
ひっきりなしに胸に打ち寄せるさまざまの感情の波に、少年はただただむせび泣くことしかできなかった。
「キャプテン、俺……キャプテンのことが好きだ。
「……」
「だから、
そこまで言って、ショウジは黙り込んだ。
エドワードが追い求めてやまないオリジナルのジュリエッタがどんな人間だったのか、ショウジは知らない。
知る必要もないのだろう。
自分にとっては、目の前にいるキャプテン・ジュリエッタがすべてだ。
本来の記憶が欠落した失敗作だとしても、ショウジにとって、この宇宙でただひとりのかけがえのない
とっさに立ち上がろうとしたショウジに、
「あなたはここにいて。すぐ戻る――――」
それだけ言いおいて、ジュリエッタは操縦席へと駆けていった。
***
「おたがい派手にやられましたな」
通信ディスプレイごしのエドワード・クライゼルに、
もっとも、それも
「だまれ、
「そうはおっしゃっても、ヒルディブランドの状態はご存知でしょう。アラドヴァルの
「言い訳はもうたくさんだ。奴らは
火を吐くようなエドワードの言葉に、
オリジナルのエドワードなら、たとえ不測の事態に陥った場合でも、こうまで取り乱しはしなかった。
この男も自分同様、しょせんは失敗作なのだ。
エリートと位置づけられてきたのは、今日までたまたま情緒面での欠陥が表面化しなかっただけにすぎない。
あるいは、完璧なオリジナル・エドワードなど、どこにも存在しない幻影なのかもしれない。
「了解、ヒルディブランドは
「
ヒルディブランドの広壮な
フレーシャもいまはいない。
静寂と暗黒、そして孤独だけがある。
無理を押して神経接続を行ったことで、
視力だけではない。聴覚や嗅覚、触覚といった五感も、櫛の歯が欠けるみたいにひとつまたひとつと失われていく。数日中には心臓も鼓動を止めるだろう。
「これがようやく手に入れた俺だけのもの、か――――」
五感の喪失と、遠からず訪れるであろう避けがたい死。
ほかのエドワード・クライゼルがこの感覚を共有することはない。
正真正銘、
「俺だけの死。悪い気分はしない。……が、最後にまだやっておくことがある」
ヒルディブランドとは長い付き合いだ。
たとえ目が見えず、フレーシャの支援がなくても、艦の動かし方は身体が覚えている。
さらに音声コントールを活用すれば、
各部の
手負いの獣が渾身の力を振りしぼるように、ヒルディブランドはゆるやかに前進を開始した。
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