第十一話:彼らの選択
「キャプテン、俺だ――――」
傷ついた身体を引きずってジュリエッタのもとに辿りついたショウジは、血を吐くように声を絞りだす。
必死の呼びかけもむなしく、仰臥する女宇宙海賊の玲瓏な
「たのむ……目を覚ましてくれ……」
ショウジは消え入りそうな声でつぶやく。
おびただしい出血によって視界はかすみ、傷ついた手足は思うように動かない。
もしジュリエッタが目覚めたとしても、無事にこの場を離れることはほとんど不可能だろう。
すべてを承知のうえで、少年はなおも諦めることなく、昏々と眠りつづけるその
「俺はどうなってもかまわない。もともとキャプテンに救われた生命だ。俺は弱くて足手まといで、いつもキャプテンに助けてもらってばかりだったけど、最後くらい恩返しがしたい……」
我知らずあふれた涙をぬぐいもせず、ショウジは切々と言葉を継いでいく。
「俺はキャプテンのことが好きだ。ほんとうは、ずっとそばにいたい。いつまでもアラドヴァルで
乾いた銃声が響いたのは次の瞬間だった。
「その女から離れろ」
ショウジを睨めつけながら、エドワードは怒気のこもった声で告げた。
弾丸はショウジの身体を掠めただけだ。
わざと外したことは言うまでもない。万が一にもジュリエッタを傷つけないようにとの気遣いであった。
自動
乱れきった髪もそのままに、エドワードは底冷えのする声でふたたび警告する。
「聞こえなかったか? その女から離れろ、小僧。さもなければ……」
「おまえの命令には従わない」
「この期に及んでつまらん意地を張ったところで、私の勝ちはゆるがない。それとも、ジュリエッタを盾にすれば撃たれないとでも思っているのか?」
「撃ちたければ撃て。たとえどうなろうと、俺はここから一歩も動かない」
二度目の発砲音がショウジの言葉をかき消した。
それがエドワードの返答であった。
鮮血がショウジの顔の右半分をみるまに紅く染めていく。
エドワードが放った弾丸は、少年のこめかみを引き裂き、右の
衝撃波をまともに受けた鼓膜は破れ、右目はおびただしい出血のためにまぶたを開くこともままならない。
まさしく満身創痍のショウジは、左目だけでエドワードをしっかと見据えたまま、ジュリエッタの傍らに根を張ったみたいに佇んでいる。
「言ったはずだ。俺は死んでもおまえの命令には従わないと……」
「どこまでも愚かな小僧だ」
吐き捨てるように言って、エドワードはショウジの眉間に狙点をさだめる。
ジュリエッタに危害が及ぶことを恐れ、どうにかショウジと彼女を引き離そうとしていたのは事実だ。
より正確に言うなら、そうだった。
これ以上のためらいを見せれば、目の前の小僧をさらにつけあがらせることになる。神にも等しい自分を畏れないばかりか、死の恐怖にさらされて、なおも反抗の意志を棄てようとしない不届き者を……。
エドワードにとって、それは到底許容できるものではなかった。
なにも難しいことはない。ジュリエッタを巻き込まなければいいだけのことだ。
引き金にかけた指にほんのすこし力を込めれば、すべては終わる。
そのはずだった。
***
自分に
動物的な恐怖に衝き動かされた、それはほとんど反射的な動作であった。
ようやく肉体の主導権を取り戻したエドワードは、およそ受け入れがたい状況を必死に咀嚼するように、かっと両目を見開いていた。
「なぜだ――――」
表情をこわばらせたエドワードは、ようよう言葉を絞りだす。
陽電子ブラスターの無骨な
簡素な
見まがうはずもない。
これまで数多のエドワードたちが、永い年月を費やして探し求めてきた女の姿にほかならなかった。
「ジュリエッタ……!!」
エドワードは喉を震わせてその名を呼ぶ。
「私だ!! エドワード・クライゼルだ。わからないのか!?」
ジュリエッタは答えない。
ただ、陽電子ブラスターの照準を目の前の男に合わせたまま、首を横に振っただけだ。
殺意をはらんだ緊張が張りつめるなか、ショウジは消え入りそうな声でジュリエッタに問いかける。
「キャプテン……?」
「じっとしていなさい。出血がひどいわ」
「でも、俺……」
「心配はいらない。あとは私にまかせてちょうだい」
ショウジが弱々しく肯んじたのをたしかめて、ジュリエッタはふたたびエドワードにするどい視線をむける。
「死にたくなければ、私たちを脱出用の
「この私を脅迫するつもりか? 君をよみがえらせるために、いままで私がどれほどの時間と労力を費やしてきたと思っている!?」
「私はあなたの知っているジュリエッタじゃない。……そのことは、あなたがいちばんよく理解しているはずよ。それに――――」
ジュリエッタはあくまでそっけなく言うと、催促するみたいに銃口を動かす。
「あなたは私の艦の
ジュリエッタの言葉は、有無を言わさぬすごみを帯びていた。
エドワードもこれ以上の問答は無意味と悟ったのか、いかにも不服げに視線をそらす。
そして、銃を下げろと右手でジェスチュアを送ると、
「
努めて平静な語り口とは裏腹に、エドワードの言葉の節々には、隠しきれない苛立ちと怒りとがにじんでいる。
「さっさとその小僧を連れて行くがいい。これは君のためを思って忠告するが、このまま逃げ切れるなどとは思わないことだな」
「……」
「この宇宙の果てまでもが私の掌の上だということを忘れるな、ジュリエッタ。どこへ行こうと、君は永遠にこの私から逃げられはしない。籠の鳥にほんとうの自由などないのだ」
ジュリエッタはショウジを抱き上げたまま、ちらとエドワードを見やる。
ヘーゼルグリーンの美しい双眸には、研ぎ上げられた
「あなたがどう思っていようと、私には関係ない」
冷ややかに言って、ジュリエッタはついとエドワードから視線をそらす。
「私の進むべき
「ジュリエッタ……!!」
「私の邪魔をする者は、誰であっても容赦はしない。たとえあなたが神だとしても、私のまえに立ちふさがるなら倒す。ただそれだけのことよ」
エドワードに背中を向けたまま、ジュリエッタは出入り口へと歩を進めていく。
「さよなら。……もう二度と会うことがないように祈っているわ」
言い終わるが早いか、気密扉が音もなく閉鎖された。
刹那、エドワードが発した獣じみた怒声と、半狂乱で撃ちまくった発砲音は、ついにジュリエッタの耳に届くことはなかった。
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