第九話:対峙

 ヴォルスングの艦内に踏み込んだとたん、ショウジの五感にすさまじい光と音の奔流が流れ込んだ。


 自動銃座ガン・タレットからすさまじい銃撃が降り注いだのだ。

 生身の人間であれば、たちまち血と肉片とを撒き散らして絶命していただろう。

 ショウジが銃火のなかで生きながらえているのは、出撃にあたってクロエから与えられた白い装甲服をまとっているためだ。


 ただの装甲服ではない。

 無骨な外観と頑強さから”足つき戦車レグド・タンク”とも呼ばれるそれは、海軍陸戦隊で運用される高性能機だった。

 装甲の表面には、熱エネルギーに反応してみずから剥離・蒸発することで、光学兵器の威力を大幅に減殺するアンチ・レーザー加工が施されている。

 もっとも、いかに堅牢無比な人型戦車といえども、着弾の衝撃ショックまで完全に消し去ることはできない。見えないハンマーで全身をめった打ちにされるようなにぶい痛みにくわえて、高出力レーザーの火線が装甲を舐めるたび、灼熱感がじわりと皮膚にまで染み入ってくる。


 かつてない死の恐怖に足を止めたのもつかのま、ショウジは怖気を振り払うように、一歩ずつ前進を開始する。

 愛用の陽電子クーロンブラスターは腰のホルスターに収めたままだ。狭い艦内で使用すれば、射った側にも被害がおよぶおそれがある。

 かわりにショウジが手にしているのは、銃身バレルを限界まで切り詰めた大口径ショットガンである。

 本来は遭難時に信号弾を打ち上げるための救命器具サバイバル・ツールだが、徹甲弾を装填ロードすることで、対人・対物戦闘において絶大な破壊力を発揮するのである。

 ショウジが引き金を弾くたび、前方の自動銃座ガン・タレットはひとつ、またひとつと吹き飛んでいく。

 通路の安全が確保できたことをたしかめて、先へと進もうとしたそのとき、ふいに地鳴りのような音が響いた。


「……!!」


 ただならぬ気配を感じ取って、ショウジはとっさに後じさる。

 右手の壁が砕け、ぱっくりと開いた裂け目からが姿を現したのは次の瞬間だった。


 八本の脚をそなえた銀色の歩行機械。

 関節を縮めているため正確な大きさは判然としないが、すくなく見積もっても高さと幅はそれぞれ三メートルはあろう。

 前方にぬっと突き出した細長い器官は、どうやらセンサー類が集中する頭部ユニットらしい。

 その先端で妖しく輝くのは、するどい赤光しゃっこうを宿したカメラ・アイだ。

 ショウジにとって生まれてはじめて目にする、それはおそるべき鋼鉄の毒蜘蛛であった。


「こいつ……そこをどけっ!!」


 ショウジは蜘蛛に狙いを定めると、がむしゃらにショットガンを発射する。

 自動銃座ガン・タレットを跡形もなく破壊した徹甲弾は、しかし、乾いた音とともにむなしく弾かれるばかりだった。

 ならばと関節やカメラ・アイに狙いをつけようとしたとき、蜘蛛の脚が音もなくショウジへと伸びた。

 とっさに身をかがめたことで直撃は免れたものの、壁面に刻まれたなめらかな爪痕は、ショウジの心胆を寒からしめるのに充分だった。


 超高周波ウルトラ・ソニックカッターに特有の破壊痕――――。

 カッターとはいうものの、刃それ自体に

 物質をなりたたせている分子間構造に直接干渉することで、触れたものを文字どおりするのである。

 この宇宙に存在するいかなる物質も、超高周波カッターのまえでは無力だ。

 刃にほんのわずか触れたが最期、ショウジが着込んでいる装甲服のごときは、塵ものこさず消滅するだろう。


(まずい……!!)


 こみ上げる怖気おぞけをこらえつつ、ショウジはすばやく後じさる。

 まともに戦って勝てる相手ではない。

 それでも、いまのショウジに逃げるという選択肢はないのだ。

 生きるにせよ死ぬにせよ、前に進むしかない。

 いまこの瞬間も、銀色の蜘蛛は八本の脚をしならせながら、注意深く間合いを詰めてくる。

 逡巡している余裕がもはやないことはあきらかだった。


(キャプテン、俺に勇気をくれ――――)


 ショウジが突撃の体勢に入ったのと、するどい衝撃が足元を揺さぶったのは同時だった。

 どうやらヴォルスングが被弾したらしい。

 アラドヴァルの操艦に専念しているクロエとフレーシャが、遠くはなれたショウジの危機を察知したとはおもえない。

 偶然だとしても、千載一遇の好機であることに変わりはないのだ。

 ショウジはショットガンの装弾口ローディングポートを開くと、すでに装填されていた徹甲弾を抜き出し、ポーチから取り出したを込める。

 次の瞬間、ショウジは勢いよく前方へ駆け出していた。

 高周波カッターの刃が触れるかという一髪のきわで身をかわした少年は、そのまま蜘蛛の脚のあいだへとすべりこむ。


「うおお――――」


 叫びつつ、ショウジはがむしゃらに引き金を叩く。

 鉄と鉄をぶつけあう重い音が立て続けに鳴りわたる。

 色とりどりの閃光がショウジと蜘蛛を包んだのは、それから半秒と経たないうちだった。

 まばゆいというには、あまりにも暴力的な光の爆発。

 装甲服の外部視認用カメラに自動遮光システムが備わっていなければ、ショウジはたちまち網膜を灼かれていただろう。


 ショウジがショットガンに込めたのは、徹甲弾でもなければ榴弾でもない。

 救難用信号ディストレス・シグナル弾――――。

 数億キロの彼方から目視と電波信号のキャッチを可能とするだけあって、その光量と電磁波は強烈の一語に尽きる。

 蜘蛛の外装にはさしたるダメージも見受けられないが、ショウジをまえにしても一向に動く気配はない。

 自律戦闘機械の中枢回路プロセッサーは、膨大な電磁波をまともに浴びたことで、永久にその機能を停止したのだ。


 強敵を撃破したにもかかわらず、ショウジが安堵の息をつくことはない。

 多量の電磁波による影響を受けたのは蜘蛛だけではなかった。

 ショウジの装甲服も、いまやほとんど機能不全に陥っているのだ。

 センサーも火器管制コンピュータも沈黙している。ディスプレイが消灯したヘルメット内は完全な闇であった。

 パワーアシストをつかさどる制御回路が働かなくなっては、あれほど頼もしかった装甲服も無用の長物でしかない。まともに身動きも取れない鎧を着込んだままでは、かえって危険ですらある。

 ショウジはヘルメット内の緊急脱出リリーススティックを探り当てると、奥歯でおもいきり噛みしめる。

 ぱん、と、小気味良い音を立ててヘルメットと胴体前面の装甲が弾け飛んだのはその直後だ。

 各部に内蔵された火薬による強制排除パージ

 ひどく原始的で乱暴な方式だが、その単純さゆえに、システムがダウンしても問題なく作動する。


(ここからは、俺の力だけで戦うしかない……)


 敵地の真っ只中に生身で放り出された心細さを打ち消すように、ショウジは腰のホルスターに手を伸ばす。

 陽電子クーロンブラスターの硬く重く、そして冷たい手触りは、千の励ましの言葉より強く少年の背を押した。


***


 最低出力のブラスターで行く手をはばむ自動銃座ガン・タレットを破壊しながら進むうちに、ショウジは奇妙な部屋に足を踏み入れていた。

 戦闘艦の内部とはおもえない広壮な空間である。

 四方の壁はおぼろげにかすみ、天井はどれほどの高さがあるのか見当もつかない。

 

「三次元立体映像ホログラフィか……!?」


 艦のサイズはアラドヴァルとさほど変わらないヴォルスングである。

 物理的にこれほど広い空間を確保できるはずがないとなれば、なんらかの幻惑と判断するのは当然だった。


「ようこそ、ショウジ・ブラックウェル――――」


 ふいに耳朶を打った男の声に、ショウジはすばやく陽電子クーロンブラスターをかまえる。

 忘れられるはずもない。それはエドワード・クライゼルの声にほかならなかった。

 

「まずは君の勇気を讃えよう。まさか直接この艦ヴォルスングに乗り込んでくるとは、この私も予想していなかったよ」

「エドワード・クライゼル、どこにいる!? キャプテンはどうした!?」

「そう慌てる必要はない。は無事だ。その証拠を見せてあげようか」


 エドワードの言葉に呼応するみたいに、空間の一角にぱっと光が差し込んだ。

 ほんの一瞬まえまでなにもなかった空間にぽつねんと現れたのは、飾り気のない寝台だ。

 そのうえにぐったりと横臥する女を認めて、ショウジはおもわず駆け出していた。


「キャプテン――――」


 寝台まであと数歩というところまで近づいたショウジは、そのまま前のめりに倒れた。

 むろん、自分の意志ではない。

 すさまじい衝撃と痛みが、少年の身体を強引になぎ倒したのだ。

 無意識に痛みの根源を見やったショウジの目交まなかいを埋めたのは、恐ろしくもあざやかな鮮血の色。

 そして、肉が爆ぜ、ほとんどちぎれかかった自分の右足だった。


「どうした? 我慢せずに啼いてみろ。それとも、一発だけでは不足だったかな」


 端正なかんばせに嗜虐的な笑みを湛えたエドワードは、ショウジに見せつけるように拳銃の撃鉄ハンマーを起こす。

 ショウジがなにかを言うより早く、二発目の銃声が響いた。

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