第七話:反撃の狼煙

 青い閃光がアラドヴァルの艦橋ブリッジにあふれた。

 ヴォルスングから放たれた無数のビームが斥力フィールドに接触し、激烈な反応を引き起こしているのだ。

 大破したヒルディブラントの防御システムもかろうじて稼働しているらしい。

 二隻分の斥力フィールドを重ねていなければ、いまごろはどちらも宇宙の塵と消えていたはずであった。


「クロエ、応答してくれ――――」


 ショウジは声も枯れよと叫びを上げるが、しかし、一向に返答はない。

 それも無理からぬことだ。捨て身の衝角突撃ラム・アタックは、アラドヴァルにも甚大なダメージを強いた。

 それはとりもなおさず、であるクロエも艦と同等かそれ以上の痛手を被ったということを意味している。

 万が一アラドヴァルの中枢制御メインフレームが致命的な損傷を被っていた場合には、クロエが目覚めることは永遠にないだろう。


「少年。戦場の真っ只中でガキみたいに泣きわめいてもいいと、ジュリエッタにはそう教わったのか?」


 一○○八オクトエイトの冷たく錆びた声に、ショウジははたと我に返った。


「そんなことは……ない!! たしかに俺は見習い水兵だけど、戦いのなかで泣いたりするもんか」

「だったら、戦場にいるあいだは戦士の顔をしろ。最後の最後まで弱音を吐くな。たとえ死んだとしてもな」

「あんたに言われるまでもない――――」


 さきほどまで意気消沈していたショウジの声には、ふたたび闘志がみなぎっている。

 一○○八オクトエイトはふっと満足げにため息をつくと、


「フレーシャ、アラドヴァルに行け」

「よろしいのですか、司令官ヘル・コマンダー

「この損傷では、どのみちヒルディブラントは長くは持たん。……そして、


 自嘲するように言って、一○○八オクトエイトは苦しげにむせこむ。


「アラドヴァルは制御システムが復旧するまでは身動きがとれん。二隻そろって固まっていればしばらくは持ちこたえられるが、ヴォルスングの全火力を叩きつけられればひとたまりもない。あの小僧っ子をたのんだぞ、フレーシャ」

かしこまりましたヤヴォール司令官閣下ヘル・コマンダー


 言い終わるよりはやく、フレーシャの姿はアラドヴァルの艦橋ブリッジに移っていた。

 

「君は……!?」


 とっさに身構えるショウジに、黒髪・黒衣の美しい少女は氷の眼差しで応じる。


「心配は無用です。あなたとこの艦アラドヴァルに敵対的な行動を取るつもりはありません」

「いきなりそんなことを言われて、信じられると思うか?」

「これは一○○八オクトエイトの命令です。アラドヴァルの全システムが復旧するまでのあいだ、私がこの艦の副長として任務に当たります。なんなりとご指示を、司令官ヘル・コマンダー


 常と変わらず冷淡で機械的なフレーシャの言葉には、それゆえに欺瞞が入り込む余地はない。

 なにより、いまこの瞬間もヴォルスングからの攻撃は続いている。迷っている猶予がないことは、ほかならぬショウジがだれよりも理解しているのだ。


「話は分かった。だけど、その司令官って呼び方は勘弁してくれないか」

「では、なんと?」

「ショウジ。……ただのショウジでいい」

「かしこまりました。以後はそのように――――」


 フレーシャが言い終わるが早いか、にぶい振動が艦を揺さぶった。

 被弾したのではない。停止していた推進器スラスターが再起動したのだ。

 慣性を得たアラドヴァルは、ゆっくりとヒルディブラントから離れていく。


「フレーシャ!?」

「ヒルディブラント・アラドヴァル両艦が同時に斥力フィールドを展開できるのはあと八・○九秒が限度です。一隻のみで敵の砲撃に耐えることは不可能。すみやかに離脱する必要があると判断しました」

「だったらなおさらだ。いまアラドヴァルが離れたら、ヒルディブラントは……」

「私は”現状において最も生存率サバイバビリティの高い行動を選択せよ”との至上命令プライオリティ・オーダーを与えられています。これに関しての変更は受理できません」


 フレーシャの言葉には、一切の反論を許さない鉄のごとき重さがあった。

 一瞬の沈黙のあと、ショウジは意を決したように


「……分かった。クロエが目覚めるまで、アラドヴァルの操艦は君にまかせる。やってくれ、フレーシャ」

了解ヤヴォール――――”我が新たな主人マイン・ノイア・マイスター”ショウジ」


 次の刹那、アラドヴァルの推進器スラスターがいっせいに青白い焔を噴き上げた。

 満身創痍の朱紅クリムゾンレッドの艦は、しかし、手負いとは思えない俊敏さで宇宙を駆け巡る。

 むろん、フレーシャが妖しげな魔術を使ったわけではない。

 アラドヴァルの残存エネルギーと生き残った推進システムの配置を分析し、現状でもっとも効果的な戦術機動スキームを算出・実行しただけだ。


「フレーシャ、大丈夫なのか!?」

「心配には及びません。ダメージ・コントロールと高速演算は私の最も得意とする分野です。システム最適化によってアラドヴァルは通常時のおよそ七○パーセントの機動力を発揮することが可能です、ショウジ」

「このまま敵艦ヴォルスングに食らいつけるか?」

「結論からいえば不可能です」


 こともなげに言いのけたフレーシャに、ショウジは愕然と目を見開く。


「あの艦には勝てないというのか、フレーシャ!?」

「ヴォルスングはアラドヴァル級巡洋戦艦の最終生産型です。これまで蓄積されたアラドヴァル級および改アラドヴァル級の運用データを取り入れたことで、既存艦の欠点もすべて改良されています。こちらが勝利する確率はきわめて低いと結論せざるをえません」

「フレーシャ、君はどうすべきだと思っている」

「戦域からの可及的速やかな離脱――――もっとも合理的かつです。それ以外の選択における生存率は……」


 なおも続けようとするフレーシャに、ショウジは「もういい」とだけ告げた。


「……あの艦にはキャプテンがいる。ここで引き下がれば、たとえ生き延びることができたとしても、あの女性ひとを取り戻すチャンスは永遠に巡ってこない。あの人を見捨てて自分だけが生き延びるなんてことは、俺にはぜったいにできない」

「では、敵艦との正面戦闘を想定した戦術プランベーを提案します。この場合、本艦の生還率は……」

「もちろん、ここで死ぬつもりもない」


 語気つよく言い切ったショウジに、フレーシャは氷の視線を向ける。


「不合理です。作戦案の再検討を――――」

「いや、手はある。キャプテンを助け、アラドヴァルも沈ませないたったひとつの方法が」


 それだけ言うと、ショウジはフレーシャに背を向けた。

 腰のホルスターからは陽電子クーロンブラスターの銃身が覗いている。

 ほんのひと呼吸置いたあと、ショウジは覚悟を決めたように告げた。


「フレーシャ。ヴォルスングに俺を乗せたミサイルを撃ち込んでくれ。直接敵艦に乗り込んでキャプテンを助け出す」

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