第六話:死線交叉
おびただしい光の線がアラドヴァルのレーダー・ディスプレイを埋め尽くした。
ヒルディブラントから一斉に放たれた攻撃だ。
ガンマ線
最大の武器である陽電子縮退砲こそ含まれていないが、いずれにせよ、ヒルディブラントが持てる最大火力をアラドヴァルめがけて投射していることにはかわりない。
クロエはすさまじい
「ショウジ、副長として進言します。斥力フィールドに全エネルギーを集中、敵の攻撃を防ぎきったのちに反撃に転じるべきかと」
「だめだ」
「合理的な説明を求めます。なるべく手短に」
「
クロエは黙したまま、ショウジをまっすぐに見据える。
戦闘中とはいえ、いつになく険しい表情に、ショウジはおもわずたじろぐ。
いまのクロエは後輩の水兵をからかう茶目っ気ある人工知能ではなく、人のかたちを模した戦闘用マシンにほかならなかった。
「非論理的です。言っておきますが、キャプテン・ジュリエッタの真似は十年早いですよ、ショウジ」
「そんなつもりじゃない」
「ですが、もしキャプテンがここにいたなら、きっとあなたとおなじことを言ったでしょう。副長として、あなたのなかのキャプテンを信じます」
ショウジは安堵の息を呑み込むと、ふたたび正面ディスプレイに向き直る。
「ありがとう、クロエ。おかげで思う存分戦える」
「お礼ならキャプテン・ジュリエッタを無事に救い出したあとで――――敵ガンマ線ビーム、弾着まであと三秒。つづけて遷光速ミサイル迫る」
「斥力フィールドを
目もくらむような閃光がアラドヴァルを包んだのは次の瞬間だ。
斥力フィールドに接触したガンマ線がでたらめに熱エネルギーを撒き散らし、やや遅れて突入した遷光速ミサイルを巻き込んで大爆発を起こしたのである。
もし艦首に斥力フィールドを集中させていなければ、奔騰したエネルギー流はフィールドの内側になだれこみ、アラドヴァルは甚大なダメージを被っていたはずだった。
「クロエ、敵の第二波がくる。仰角九○度、艦首おこせ! 取り舵三○!」
「各砲門およびミサイル
「
「
努めて冷静に指示をくだしているつもりのショウジだが、その声は震えている。
ここまでの戦いでキャプテンのやってきたことを懸命に思い出し、自分なりに組み立てていく。
刻一刻と変化する戦場では、わずかなミスが死に直結する。試行錯誤も立ち止まって熟考することも許されない。
一秒ごとに神経をすり減らしていくショウジを見かねたのか、クロエはそっと背後から抱きしめるように――――実体のないその体を重ねる。
「クロエ……」
「大丈夫。あなたはよくやっています。もしミスを犯したとしても、その責任の半分は私にもあるということを忘れないで。私たち人工知能は、そのためにアラドヴァルに搭載されているのですから」
「わかった。俺の能力の及ばないところは、遠慮なくクロエを頼らせてもらう」
「
クロエはどこかさびしげに呟くと、艦長席から身を離す。
ショウジがディスプレイ上に目を向ければ、ヒルディブラントの現在地を示すマーカーがめまぐるしく明滅を繰り返している。
その表示がふいに消滅した。
「クロエ、敵艦は!?」
「本艦周辺の時空連続体に異常を観測――――本艦の周辺に
クロエが言い終わらぬうちに、アラドヴァルの艦体をすさまじい衝撃が揺さぶった。
ショウジは必死に艦長席にしがみつきながら、獣のうなり声に似た音を聞いた。
アラドヴァルの船殻が悲鳴を上げている。
斥力フィールドを艦首付近だけに絞っていたことが裏目に出たのだ。
ヒルディブラントは超・短距離の
およそ対艦戦の
けたたましい
斥力フィールドを展開していない部位に被弾しては、さしものアラドヴァルといえども無事ではすまない。
「クロエ、艦のダメージは!?」
「報告します。――――推力偏向ノズル、第一から第三、第六が大破・脱落。
クロエの報告に耳を傾けながら、ショウジはつよく唇を噛む。
キャプテンを助けるどころか、
このままアラドヴァルを失えば、家族の復讐を果たすことも、キャプテンを取り戻すこともできなかった無念をかかえて死ぬことになる。
ショウジはつよく拳を握りしめると、クロエに問いかける。
「クロエ、アラドヴァルはまだ動けるんだな?」
「機関出力は安定しています。ミサイル以外の兵器は問題なく使用可能。推力偏向ノズルを失ったことで
「この状況で最も効果的な戦術は?」
「全出力ですみやかに戦域を離脱し、安全圏に退避することです」
「悪いが、そのプランは採用できない。ここで逃げるわけにはいかないんだ」
「きっとそう言うと思っていました」
きっぱりと言い切ったショウジに、クロエは満足げにうなずく。
「敵艦はいまの
「その場合、予想されるこちらの損害は?」
「成功しても相討ち。……最悪の場合、敵にダメージを与えるまえに撃沈されることもありえます」
ショウジの顔にためらいの色がよぎった。
それも一瞬、少年はクロエに視線を向けると、迷うことなくその言葉を口にする。
「アラドヴァル、
「
次の瞬間、アラドヴァルは損傷をものともせず、ヒルディブラントめがけて猛然と加速に入った。
ヒルディブラントは
むろん、実際に止まっているはずはない。
アラドヴァルにむけて移動しているために、まるで動いていないような錯覚を引き起こしたのだ。
アラドヴァルとヒルディブラントは、どちらもかぎりなく等しい速度――――双方にとっての最大速度で接近する。
ヒルディブラントから音もなく数条の火線がほとばしった。
大型艦だけあって、アラドヴァルよりもすぐれた索敵能力を持っているのだ。
斥力フィールドの芯を巧妙にはずしたガンマ線ビームは、アラドヴァルの船体をじわじわと焦がしていく。
一撃一撃はほんのかすり傷でしかないが、それが蓄積すれば話はべつだ。
「ショウジ、これ以上は危険です。いったん離脱すべきです」
「だめだ!! ここで奴に背中を見せれば、俺たちはそこで終わりだ」
「生還の見込みがないとしても、ですか?」
「キャプテンを取り戻すまでは死んでたまるか。そうだろ、クロエ」
「見習い水兵に言われるまでもありません」
どこかいたずらっぽく答えたクロエの姿は、次の刹那、まるで幻みたいに
「私はアラドヴァルの操艦に集中します。ショウジ、射撃はたのみましたよ」
「まかせてくれ」
二人が会話を交わすあいだにも、ヒルディブラントから降り注ぐ砲火は容赦なくアラドヴァルを傷つけ、船体をえぐり取っていく。
彼我を隔てる距離は一秒ごとに縮んでいく。光学センサーごしにヒルディブラントを睨めつけながら、ショウジは引き金に指をそえる。
アラドヴァルの砲撃もヒルディブラントに命中しているが、しかし、致命傷にはほどとおい。
彼我の防御力、あるいは技量の差か……いずれにせよ、砲戦でヒルディブラントを沈めるのが不可能であることはあきらかだ。
「クロエ、ミサイル発射管は使えないんだったな」
「はい。しかし、この距離ではどのみちミサイルは使えません」
「分かっている。残っているミサイルを
「まさか、ショウジ――――」
「俺だってキャプテンから預かった艦を傷つけるような真似はしたくない。でも、奴に勝つ方法はこれしかないんだ」
ショウジの言葉には、有無を言わせない気迫がみなぎっている。
クロエもそれを察したのか、「
アラドヴァルの推進器が青白い焔を吐き出した。
はるかな昔、地球上の海戦でしばしばおこなわれた体当たり攻撃だ。
絶大な破壊力をもつ反面、自艦にも甚大なダメージがおよぶ捨て身の戦術でもある。
いま、アラドヴァルはみずからを一本の矢に変えて、ヒルディブラントにその全質量を叩きつけようとしているのだった。
「
「かまわない。
刹那、轟音と衝撃が
大小さまざまの破片がメイン・ディスプレイをかすめていく。
攻撃は成功した。アラドヴァルの
斥力フィールドに保護されているとはいえ、激突の衝撃を完全に減殺できるわけではない。
アラドヴァルの艦首は鋭利な刃で斬り落とされたみたいに消失し、艦前部の外装は見る影もないほどにひしゃげている。
「クロエ、敵は……」
言いさして、ショウジは絶句した。
アラドヴァルとの激突によって、ヒルディブラントは文字どおり粉砕されたのだ。
かろうじて原型を保っているのは、
その艦橋も、アラドヴァル級の特徴であるレーダー・マストやセンサー類はすべて破損・脱落している。骨組みがむき出しになった凄絶な外観は、皮膚と肉がこそげおちた
「――――やったな、少年」
アラドヴァルの艦橋にかすれた声が流れた。
彼自身も負傷しているのか、その声はこころなしか弱々しい。
「あと一歩、いや、半歩のところで攻めきれなかった。俺の甘さが招いた敗北だ」
「
「俺のことはいい。それより、まだ戦いは続いていることを忘れるな――――」
ガンマ線ビームが周辺に漂うヒルディブラントの破片に命中したのだ。
ショウジはとっさに索敵ディスプレイに視線を移す。
ディスプレイ上に映し出されたのは、こちらに接近しつつある一隻の艦だ。
白いアラドヴァル――――”ヴォルスング”。
行動不能に陥ったヒルディブラントごとアラドヴァルを葬り去るべく、純白の艦から無数の砲火が降り注いだ。
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