第五話:宿命の矢

 まばゆい輝点がディスプレイ上にいくつも浮かんだ。

 アラドヴァルの艦橋ブリッジに大音量の警告音アラームが響く。

 艦長席キャプテンシートに座ったショウジに、クロエはあくまで坦々と告げる。


「後方の敵艦が遷光速ミサイルを発射しました。弾数は六、すでに第一次加速に入っています。この距離では機動マニューバによる回避は不可能」

「クロエ、どうすればいい!?」

「しっかりなさい、ショウジ。――――この程度で慌てていては、キャプテンの代わりはとても務まりませんよ」


 クロエは悠揚迫らぬ口ぶりで言うと、ショウジの眼前でつうと指をすべらせる。

 音もなく浮かび上がったのは、半透明の立体モニターだ。


兵装選択アーマメント・コントロールパネルです。砲術長席ガンナーシートで見たことがあるでしょう」

「あ、ああ……」

「彼我の距離と相対速度から判断して、網状迎撃キャストネットミサイルが最も効果的と判断します。後部ミサイル発射管、全弾装填よし。いつでもご命令を」

「撃ち方はじめ――――」


 ショウジがほとんど無意識に叫んだのと、アラドヴァルの艦尾スターンから八条の航跡が伸びたのは同時だ。

 螺旋を描いて飛翔した八基の迎撃ミサイルは、それから数秒と経たないうちに一斉に爆発した。

 むろん、ただ爆発したわけではない。弾頭に内蔵された無数のワイヤーケーブルが四方八方に飛び散り、べつのミサイルから放たれたワイヤーと絡みあう。

 超硬質の金属糸からなるワイヤーは、まるでそれ自体が意思あるもののように蠢動し、またたくまにみずからを織り上げていく。

 まもなくアラドヴァルの後方に出現したのは、宇宙に浮かぶ巨大なクモの巣だ。

 遠目には隙間が目立つものの、その空隙には極細のワイヤーがみっちりと張り巡らされている。

 

網状構造体キャストユニット、展開完了。敵ミサイル迫る」


 クロエが言うが早いか、クモの巣の表面でオレンジ色の火球が膨れあがった。

 敵の遷光速ミサイルがワイヤー・ネットに命中したのだ。

 光速の三○パーセントで飛来する遷光速ミサイルを回避することはきわめて困難だが、その速さはミサイルの側にとっても諸刃の剣なのだ。

 いったん加速に入ってしまえばもはや針路を変更することはできず、もし標的ターゲットとのあいだに予期せぬ障害物が出現した場合、ミサイルはその莫大な運動エネルギーのすべてをむなしく費やさざるをえないのである。

 クロエの思惑どおり、ミサイルはことごとく蜘蛛の糸に絡めとられ、アラドヴァルに触れることなく宇宙の塵と消えたのだった。


「油断はなりません」


 ショウジの口から出かかった快哉の叫びは、クロエの厳しい声にさえぎられた。

 はたして、アラドヴァルの索敵システムはなおも警戒アラートを叫びつづけている。

 刹那、メイン・ディスプレイに映し出されたのは、三隻が真横に連なったような特異なシルエットだ。

 ヒルディブラント。

 遷光速ミサイルの爆炎と破片をものともせず、異形の三胴艦トリマランはアラドヴァルめがけて猛進する。


「ショウジ、火力では敵のほうが優っています。ここはいったん増速して離脱を――――」

「いや、だめだ」


 先ほどまでとは打って変わって、ショウジの声には年齢としに似つかわしくない重い響きが宿っている。


「あの艦を操っているのは一○○八オクトエイトだ。奴は手強い。逃げればむこうの思う壺だ。それに、二隻に挟み撃ちにされたら勝ち目はない……」

「では、どうするつもりですか?」

「戦うしかない。……クロエ、手伝ってくれるか」

了解アイ・サー。最後まで全力を尽くすことを約束しましょう」


 ショウジは「ありがとう」と短く言って、艦長席キャプテンシートに格納された戦闘用コンソールを起動させる。

 もともとキャプテン・ジュリエッタひとりで運用していたアラドヴァルである。

 操縦と戦闘に必要な機能のすべてがコンパクトにまとめられた戦闘用コンソールは、いわば人間と機械とをつなぐ究極のインターフェースなのだ。

 ショウジは深く息をすいこむと、左右のコントール・スティックを握り込む。


「転舵反転、一八○度――――砲戦用意!!」


***


 ヒルディブラントの広壮な艦橋ブリッジを甲高い電子音が領した。

 フレーシャは艦長席の一○○八オクトエイトに顔を向けると、常と変わらぬ無機質な声で告げる。


司令官コマンダーに報告――――敵艦アラドヴァル、一八○度回頭ターン。およそ二十・七秒後に本艦の針路と交差します」


 一○○八は驚いたそぶりも見せず、ただ深く肯うただけだ。


「まずはこちらから片付けるつもりか。あの少年、なかなか大胆な真似をする」

「回避運動を取りますか?」

「その必要はない。針路・速度ともに現状を維持しろ」


 一○○八オクトエイトの錆びた声には、どこか愉しげな色あいがあった。

 フレーシャはその理由を尋ねることもなく、「了解ヤヴォール」と短く応じる。


「火器管制システムの全コントロール権限を司令官に委譲します。よろしいかユー・ハブ・コントロール?」

まかせておけアイ・ハブ・コントロール

 

 艦長席が沈みはじめたのは次の瞬間だ。

 シートは一○○八オクトエイトを乗せたまま床面へと吸い込まれていく。

 一○○八の視界が闇に包まれたのと、五感がふっつりと途切れたのは同時だった。

 それもつかのま、まばゆいほどの光が彼のめしいた世界にあふれた。

 中性子星クェーサーゲミヌスΣⅢシグマ・ドライからはなたれた膨大な宇宙放射線を認識しているのだ。


 主人がに順応したのを見計らったように、フレーシャは一○○八オクトエイトの意識に直接語りかける。


神経系との完全同期フル・ニューロリンクを確認しました。全システム、正常に稼働中」

「フレーシャ、俺のはどのくらいだ?」

「およそ三分間。正確には一八一・○三秒です、司令官コマンダー


 アラドヴァルよりも巨大な船体を有するだけあって、ヒルディブラントの搭載火器は攻撃用だけでも百種以上におよぶ。

 そのすべてを制御するためには、数十人からの乗組員クルー、そして彼らを生かすための環境維持システムが不可欠だ。

 人間もその生活空間も、戦闘艦にとっては能うかぎり捨てさらねばならない贅肉である。無用の設備をかかえて肥え太った巨艦は、それだけ隙もおおきくなる。


 ヒルディブラント――――改アラドヴァル級高速戦艦は、人間をコントロール・システムの一部に組み込むことで、その問題を解決した。

 命令の伝達やインターフェースごしの操作にともなうタイムロスを解消し、艦をおのれの手足の延長として自在に操ることが可能となったのだ。

 艦の管制ターミナルであるフレーシャを攻撃あるいは航法に専念させることで、真の意味での人機一体が可能性となる。


 むろん、メリットばかりではない。

 システムとの高度な同期リンクは、人体とりわけ中枢神経系に不可逆的なダメージをもたらし、常人であれば一分と経たずに全身麻痺、最悪の場合は脳死に至るのである。

 わずか三分。

 一○○八オクトエイトにとってそれは、艦とのリンクのたびに失われていった生命の残量にほかならなかった。


(ショウジ・ブラックウェル。俺もエドワードである以上、おまえにとっての仇にはちがいない、が――――)

 

 一○○八オクトエイトの思考に生じたかすかなノイズは、しかし、ヒルディブラントに毫ほどの影響も及ぼすことなく消えていった。

 

「……せめて楽に家族のもとへ送ってやる」


 重く低い声で呟くが早いか、アラドヴァルめがけて無数の火線がほとばしった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る