第三話:殺戮戦域

 アラドヴァルの右舷ではげしい閃光がまたたいた。

 ヴォルスングから放たれたガンマ線投射砲バースターが斥力フィールドを貫通し、外装の防護コーティングと反応・蒸発させたのだ。

 コーティングが完全に剥ぎ取られるまでの猶予はおよそ三秒。

 それまでに手を打たなければ、アラドヴァルの船体はガンマ線ビームの直撃によってたちまち破壊される。

 

「クロエ、後進強速! 降下角三○度! 敵の射界から出る!」


 ショウジはジュリエッタのやり方を必死に思い出しながら、あらんかぎりの大声で叫ぶ。

 艦長席キャプテンシートには艦を動かすための操舵輪ホイールやサイドスティック、フットペダルといった各種の入力装置インターフェースが備わっているが、クロエに指示したほうがよほど安全かつ正確に艦を動かすことができるのだ。

 はたして、アラドヴァルは艦尾を沈めながら、すばやく後進に移りはじめた。

 ちょうどヴォルスングの後方を占位した格好だ。

 かつての航空機同士の戦いでそうだったように、宇宙における対艦戦闘においても、敵の背後を取ることは戦術上きわめて重要な意味をもつ。後方についているかぎり、敵がどこへ移動しようと、その軌道を見越して攻撃をおこなうことが出来るためだ。


 ショウジはヴォルスングに照準を合わせると、ガンマ線投射砲バースターのトリガーに指をかける。

 けたたましい警告音が鳴りひびいたのはそのときだった。


「警告――――敵艦、爆雷投下の兆候あり」


 クロエが言うが早いか、ヴォルスングの艦尾が左右におおきく展開した。

 開口部から細長い樽に似た物体が飛び出したのは次の瞬間だ。

 それも一つや二つではない。その総数はゆうに二十個を超えている。

 ヴォルスングが投下した爆雷群は、まるで吸い寄せられるみたいにアラドヴァルにむかってくる。


「この距離では回避は間に合わない。クロエ、対空迎撃を!!」

了解アイ・サー。自動迎撃システム起動します」


 刹那、アラドヴァルの各部に内蔵された対空レーザー砲塔が一斉に火を噴いた。

 爆雷はレーザーに触れたそばから爆発していく。爆炎とともに飛散した破片は、アラドヴァルの斥力フィールドに弾かれ、あらぬ方向へと流れていった。

 異変が起こったのは、何個目かの爆雷を破壊した直後だった。


 爆雷の破片に混じって、小型のカプセルがアラドヴァルめがけて飛来したのだ。

 カプセルは斥力フィールドに触れた瞬間に炸裂し、その反動でフィールドの内側に網状の組織を潜り込ませていく。

 クモの巣を彷彿させるそれは、アラドヴァルの船体に付着したかとおもうと、まるで意志あるもののように周囲に根を伸ばしていった。

 そうして艦首に巣食ったクモの巣状の組織は、互いに結びつき、周囲の装甲にも根を広げようとしている。


「クロエ、あれはいったいなんなんだ!?」

「侵食型ナノマシン弾頭です。寄生菌をモデルに設計されたナノマシン群体は、標的を捕食して自己増殖を繰り返し、最終的にすべての機能を乗っ取るようにプログラミングされています」

「それなら、いますぐ手を打たないとアラドヴァルが……」

「有効な対策は存在しません。航法システムが侵食されるまであと五分三○秒――――」


 ショウジは血がにじむほど強く唇を噛みながら、一語一語、血を吐くように言葉を紡いでいく。

 

「……クロエ、この艦のキャプテンはだれだ?」

「現在の運用責任者はショウジ・ブラックウェルに設定されています」

「ちがう。俺はアラドヴァルのキャプテンなんかじゃない」

「発言内容の矛盾を確認――――」

「この艦のキャプテンはただひとり、キャプテン・ジュリエッタだけだ。思い出せ、クロエ。俺たちはキャプテンから借りたこの艦を、無事にあの人に返さなければならない」


 ショウジは深く息を吸い込むと、クロエにむかって語りかける。


「俺は見習い水兵のショウジだ。……クロエ、未熟な俺に力を貸してくれ!!」


 重い沈黙が艦橋ブリッジを支配した。

 実時間にすればほんの数秒でも、ショウジには永遠にも等しく感じられた。

 やがて口を開いたのはクロエだ。


「……まったく、見習い水兵は世話が焼けますね」

「クロエ!?」

「あのとき、キャプテンはあなたにアラドヴァルの艦長としての全権限を譲ったのです。私もいったん人格をリセットし、新しい艦長に合わせて最適化を図るつもりだったのですが、当人のあなたが艦長権限を放棄した以上、私もキャプテン・ジュリエッタのクロエに戻るのが筋というものでしょう」

「それじゃ、いまは俺の知っているクロエなんだな!?」

「ええ。キャプテンが戻るまで鍛えてあげますから、覚悟してください」


 クロエはいったん言葉を切ると、ショウジの傍らに姿を現す。

 むろん立体映像だが、こうして近くにいてくれることの安心感は計り知れない。


「ショウジ、まずは本艦に取り付いた侵食型ナノマシン弾頭を除去します。このままでは艦のコントロールを乗っ取られてしまいますからね」

「でも、さっき手立てはないと……」

「たしかに海軍の戦術教本に載っているではそのとおりですが、海賊のならそのかぎりではありません」


 クロエは不敵に笑ってみせると、ショウジの手元の兵装選択パネルを呼び出す。

 無数の兵器のなかからクロエが選んだのは、対艦兵器ではなく、地上攻撃用の特殊爆弾だ。

 

超高熱焼夷弾インセンダリー・ボム? こんなもの、なにに使うんだ?」

「自己増殖型ナノマシンの弱点は高温です。そして焼夷弾の温度は八千℃。アラドヴァルの外装は耐えられても、奴らは一匹残らず死に絶えるでしょう」

「アラドヴァルに焼夷弾を撃ち込むのか!?」

「言ったでしょう? 海賊ならではのだと――――」


表向き穏やかなクロエの言葉には、「早くやれ」という言外の圧力が込められている。

ショウジは前部甲板に焼夷弾の投下ポイントを設定し、自分自身を落ち着かせるようにひと呼吸置いたあと、引き金を強く押し込んだ。

 アラドヴァルの艦橋基部に設置された多目的ランチャーから放たれた超高熱焼夷弾は、ゆるやかなカーブを描いて艦の前部に吸い込まれていく。

 烈しい爆炎とともに外装が弾け飛ぶ。

 艦のダメージを知らせるアラーム音が艦橋ブリッジに鳴りひびく。

 ショウジは荒い息をつきながら、クロエのほうをちらと見やる。


「侵食型ナノマシンの消滅を確認――――上出来です、ショウジ」


 至って涼しげな顔で告げたクロエとは対照的に、ショウジは深いため息をつく。


「こんなことをしてよかったのかな。俺、勝手にアラドヴァルを傷つけて……」

「艦全体を救うために部分を切り捨てる判断を下すのも艦長の役目です。キャプテンも褒めてくれるでしょう」

「ありがとう、クロエ――――」


 そうするうちに、ヴォルスングははるか前方へと遠ざかっている。

 そのあとを追って宇宙港を飛び出したアラドヴァルは、周囲に奇妙な構造物が浮遊しているのに気づいた。

 宇宙に浮かぶ巨大な銀色の八面体。

 かつて航空宇宙軍が建設した実験施設は、三千年の歳月を経ても、往時と変わらない姿を留めているのだった。

 八面体のさらにむこう側には、赤とも青ともつかない奇妙な光をはなつ中性子星クエーサーゲミニスΣⅢシグマ・ドライがみえる。なかばブラックホール化しつつある中性子星のほんとうの姿は、肉眼はむろん、どれほど高精度の観測システムでも完璧に捉えることはできないだろう。


「後方より接近する艦影あり。あの三胴艦トリマランです」


 クロエが警告を発したのと、アラドヴァルが回避運動に移ったのは同時だった。

 羽状の姿勢制御スラスターを展開し、朱紅の艦は優雅に側転する。

 転瞬、ほんの一秒まえまでアラドヴァルがいた空間を青白い光が薙いだ。

 大出力の陽子崩壊ビームだ。直撃していれば、アラドヴァルでも撃沈は免れなかっただろう。


一○○八オクトエイト……」


 ディスプレイに映った艦を見据えて、ショウジは苦々しげに呟く。

 改アラドヴァル級高速戦艦”ヒルディブラント”。

 敵はエドワードのヴォルスングだけではなかったのだ。

 これよりさき、アラドヴァルは自艦と同等かそれ以上の性能をもつ二隻を相手取って戦うことになる。


「前門の虎、後門の狼とはこのことですね」


 どこか愉しげなクロエの言葉に、ショウジはだまって肯んずる。

 いつものようにジュリエッタを頼ることはできない。

 ショウジにとって、ここからは正真正銘、自分の力だけで戦わねばならないのだ。

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