第六話:失われた記憶をもとめて……
「あんたは……」
ショウジは震える喉をなだめつつ、目の前の男に問いかける。
家族を奪ったあの男と、キャプテン・ジュリエッタが恋人同士だった。
とても信じられない――――信じたくない事実に打ちのめされた衝撃は、いまも鈍い痛みとなって心と身体を苛んでいる。
だからこそ、どうしてもたしかめておかなければならない。
「あんたはいったい何者なんだ……? どうして俺にそんなことを教える!?」
「俺もエドワードさ。正式名称は
男――――エドワード
濃い色のレンズが顔を離れたのと、ショウジがちいさく叫んだのは同時だった。
老化と皮膚病によってすっかり様変わりしているが、その端正な顔立ちは、まちがいなく写真の男と合致する。
「あの日、ブラックウェル提督とその家族を殺したのはまちがいなく
「じゃあ、俺の家族を殺すように仕向けたのは……」
「お察しのとおりさ。
言って、
船乗りに特有の眼病を患っていることはひと目で知れた。
長年にわたって強度の宇宙放射線を浴びた人間は、加齢とともに視力が急激に低下し、最終的には失明に至る。いちど発症すれば投薬や手術による回復はもはや望めず、機械によって視力をおぎなうほかに有効な手立てはない。
一○○八にしても、サングラス型の
「約束を守れるなら、俺を殺すチャンスをやる」
「約束?」
「べつにむずかしいことじゃない。……ジュリエッタとアラドヴァル、そしていま話したことを死ぬまで自分の胸のなかだけに閉じ込めておくと約束できるなら、俺はここで君に殺されてやってもいい」
「ふざけるな!! そんなバカな話を信じられるとでも思っているのか!?」
「これを見てもまだそう思えるかな」
とっさに身構えたショウジのまえに突き出されたのは、にぶい金属光沢を帯びた
一○○八の右手は銃身を掴んでいる。銃口を自分に向けたまま、銃をショウジに手渡そうとしているのだ。
「なぜ……」
ショウジはぽつりと呟いた。
差し出された陽電子ブラスターを奪い取るでもなく、ただ銃把に手を置いているだけだ。
少年と仇敵は、銃を仲立ちに握手を交わすような格好になった。
「あんたは、どうしてそんなにあっさりと生命を差し出せるんだ……?」
「俺を殺すことで君の復讐を断念させられるなら安いものだ。どのみち、中性子線を浴びすぎたこの身体はあと半年と持たん。そして俺が死ねば、次のエドワードが俺の代わりを務めるだろう」
「すぐにあたらしい身体に乗り移れるから、古い身体を捨てるのに未練はないというわけか」
「いいや――――たしかに俺は大勢のエドワードのひとりだが、俺の死は俺だけのものだ。集合意識としてのエドワードを形成するのに無価値なデータ、たとえば俺がもっている固有の意識や感情は、他の個体との
「俺は
ふいに銃口から手を放した。
ショウジはバランスを崩し、よろよろと二、三歩も後じさる。
体勢を立て直したショウジは、そのまま陽電子ブラスターを腰のホルスターに戻す。
けげんそうな面持ちで見つめる
「……俺は、撃たない」
「家族の仇を取れるチャンスをふいにしていいのか?」
「いまの話を聞いてわかった。俺の父さんと母さん、姉さんと妹を殺したのは
「面白いことを言う。だったら、この俺はエドワードでなくてなんだ?」
「俺の家族を殺した男なら、わざわざ俺を助けたりはしない。俺がこうして生きているのは、あんたが
ふたたび陽電子ブラスターに指をかけたショウジは、先ほどまでとは別人みたいに重々しい声で告げる。
「だから、たのむ。俺をキャプテンのところに案内してくれ」
***
見渡すかぎりの広壮な空間を闇と静寂が埋めていた。
トンネルを抜けたショウジと
人工重力が作用していた居住区画とは異なり、港内は完全な無重力状態だ。
周囲に視線を巡らせてみれば、その理由はすぐに知れた。
天井といわず壁といわず、そこかしこに大小さまざまの艦艇が繋留されている。
先の戦闘でアラドヴァルに攻撃を仕掛けてきた三十隻の艦隊だ。
数隻を失ったことで戦力はいくらか目減りしているものの、目をみはるほどの大艦隊であることに変わりはない。
「ゲミヌス
どこかなげやりな
「遺跡というのは?」
「三千年まえ、航空宇宙軍は
いったん言葉を切った
「エドワードとジュリエッタの転送実験からしばらく経ったころ、ゲミヌスΣⅢはすさまじい勢いで縮小しはじめた。質量はそのままに、密度と圧力だけが高まっていったのさ」
「それは、つまり――――」
「ふつうなら永い時間をかけて進行するはずの中性子星のブラックホール化が、信じられないような短期間のうちに起こったということだ。いまではゲミヌスΣⅢの中心核は事象の地平面に落ち込み、光さえ脱出不能な特異点に変化している。航空宇宙軍はステーションを放棄し、施設は永らく無人のまま捨て置かれた。……消えたはずのエドワードが、千三百年後に出現するまでは、な」
壁から突き出したメンテナンスアームを蹴飛ばし、艦と艦のあいだをすりぬけながら、ショウジと
「転送実験と中性子星のブラックホール化とのあいだにどんな因果関係があるかのは分かっていない。このさきも解明されることはおそらくないだろう。それでも、ここがあの二人がめざした
しばらく無重力の宙を泳ぐうちに、前方に見覚えのあるシルエットがみえてきた。
いかにも兵器然とした他の艦船とは一線を画する流麗なフォルム。目にもあざやかな
海賊戦艦アラドヴァル。
あれほど激しい衝撃に見舞われたにもかかわらず、外装には目立った損傷は見当たらない。
「驚いたか? ジュリエッタはもちろん、アラドヴァルも極力傷つけるなというお達しだったからな」
「キャプテンはどこに?」
「そのことなんだが……」
ショウジの身体が弓なりに反り返ったのは次の瞬間だった。
どこからか硬質の物体が飛来し、少年の背中をしたたかに打ったのだ。
激痛にゆがむ視界の片隅に、ショウジは銀色のカギ爪のようなものを認めた。
資材固定用のアンカーワイヤーだ。
何者かがショウジめがけて投擲したらしい。命中するまで気づかなかったのは、アラドヴァルに気を取られすぎていたためだ。
「よくやった、フレーシャ。いいコントロールだったぞ」
「なにを……」
「ショウジ・ブラックウェル。度胸と執念は認めるが、海賊にしてはすこしお人好しが過ぎるな」
「最初から……こうするつもりで……」
「俺の生命がもう長くないのは本当のことだ。ジュリエッタに再会できて思い残すことがないのもな。だが、俺もエドワードとしての役目は最後まで果たさなければならん」
「なぜ一思いに殺さない……?」
「君にはまだ役に立ってもらうからだ」
「アラドヴァルが拿捕される直前、ジュリエッタは艦の起動権限を君に移した」
「キャプテンが……俺に……?」
「君の生体反応が消えれば、アラドヴァルは二度と動かせなくなる。我々もうかうかと君を殺すわけにはいかなくなったというわけだ。姑息な手だが、ジュリエッタの計らいに感謝するんだな」
「なんだ……?」
「白馬の王子様のご到着だ。はるばる太陽系から愛しい姫を迎えにきたのさ」
言って、
誘導灯に沿ってゆっくりと入港する一隻の航宙艦を視界に捉えた瞬間、ショウジは声にならない声を洩らしていた。
白亜の外装をまとった美しい艦。
それは、もう一隻のアラドヴァルにほかならなかった。
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