第十二話:復讐は誰がために
いま、
ベネデットとジョルジオの兄弟であった。
「くそったれめ……いったいなにがどうなってやがる!?
ベネデットは悪態をつくと、床にツバを吐き捨てる。
「
「ジョルジオ、まさか沈むなんてことはないだろうな?」
「こいつは天下のガングレイ級戦艦ですぜ。ルベルみたいな小便くさいガキが逆立ちしたって敵いやしませんや」
前方に細長い影が伸びたのはそのときだった。
赤色灯が降りそそぐなか、影はたちまち黒髪の少女の姿を取った。
「おーおー、なんや聞き捨てならん言葉が聞こえてきたやないの。だーれが”小便くさいガキ”やて?」
ルベルはレーザーマシンガンを腰だめに構えたまま、二人の元・異母兄に冷たい微笑みをむける。
「ル、ルベル!!
「なんや、知らんのかいな。ガングレイ級戦艦は真っ二つにへし折れて航行不能。
「バカな……そんなヨタ話、俺は信じねえぞ!!」
「嘘だと思うんなら格納庫を見に行ってみい。
からからと笑うルベルとは対照的に、ベネデットは満顔に朱を注いだようになっている。
ジョルジオは懐に手を差し込んだまま、じりじりとルベルににじり寄る。
「ルベル。いくら腹違いの妹でも、これ以上
「勘違いすんなや。あんたらはとっくに破門されてんねんで。もう
「このガキァ、言わせておけばッ!!」
ジョルジオの懐から黒光りするものがすべり出た。
旧式の大型
義眼に搭載された弾道解析プログラムが射線を予測し、ほんのわずか首を傾けるだけで、ルベルは致命的な一撃を回避したのである。
飛び退きざま、ルベルはレーザーマシンガンを三点
三本の光条は、あやまたずジョルジオの眉間と心臓、腹部を貫いていた。
レーザーによる貫通痕は出血をともなわない。数千度の熱で血管が焼き止められるためだ。
ひょろひょろと三本の細い白煙をたなびかせるジョルジオの亡骸は、どこか滑稽でもあった。
「ひいッ!! たのむ!! 助けてくれ――――」
弟の死を目の当たりにして錯乱したのか、ベネデットは恥も外聞もなく叫ぶ。
「なにがほしい!? 金ならありったけくれてやる! 次の
「目腐れ金なんぞいるかいや。それに
「だったら、どうすれば……」
言って、ルベルはレーザーマシンガンの銃口をベネデットの額に突きつける。
じゅう――と、ちいさな音が聞こえた。高熱を帯びた銃口が皮膚を焼いたのだ。
けっして消えないそれは、罪人の烙印にほかならなかった。
「うちが
「……」
「そんな回りくどい手を使ってまで
わずかな沈黙のあと、ベネデットは呻くように声を洩らした。
「そう……だ。おまえとその母親を誘拐させたのは、俺とジョルジオだ」
「ようやく
「だがな、これだけは言っておくぜ。もとはといえばおまえたち母娘が悪いんだ」
いかにも好色そうな笑みを浮かべたベネデットは、ルベルの身体に舐めるような視線を這わせる。
「おまえの母親はそりゃあいい女だった。死にかけの親父にはもったいないくらいのな。だから俺はこう持ちかけてやったのさ――――あんなくたばりぞこないの
「……」
「そう言った瞬間、あの
いかにも愉快げに語りながら、ベネデットはくつくつと笑う。
ルベルの動揺を見て取ったのか、その声にはあきらかな嘲弄の響きがある。
「拉致したあとは飽きるまでたっぷり楽しませてもらったぜぇ。あんなに強情張ってた女が、てめえの娘のことをチラつかせるとまるで娼婦みたいに媚びやがる。ルベルよ、
「やめろ……やめえ……!!」
「もうひとついいことを教えてやる。おまえの子宮を摘出したのは、親父の最後の希望を潰すためだ。親父がむかしから俺とジョルジオを嫌ってることは分かっていた。親父が百歳ちかくになっておまえを作ったのは、俺たちとは別にスコルピオーネ・ファミリアの血を残そうとしたんだろうよ。実際、おまえは子供のころからファミリアの誰よりも優秀だった……」
ルベルの顔からはすっかり血の気が引いている。
生身の両足は小刻みに震え、浅く早い呼吸を繰り返す。
そんなルベルをねぶるように、ベネデットはなおも言葉を重ねていく。
「親父はさぞ残念だったろうぜ。ファミリアの未来を託すつもりだった自慢の娘が、二度と子供の産めない女もどきにされちまったんだからなあ!」
巨体が動いたのは次の瞬間だ。
ベネデットは肥満体からは想像もできない敏捷さでルベルに飛びかかる。
太い指でレーザーマシンガンの
「離せっ!! このドグサレ!!」
「くくっ、バカが。てめえのような小娘とは踏んできた場数が違うんだよ、場数が――――」
「くそ……!!」
「どうせ二度とスコルピオーネ・ファミリアには戻れねえ身だ。せめてルベル、てめえを殺して親父を絶望の淵に叩き落としてやる」
ベネデットは全体重をレーザーマシンガンにかけて押し付ける。
首と胸を圧迫される苦しさに、ルベルはほとんど窒息しかかっている。
「まだくたばらねえとは、往生際の悪いガキめ。さっさと――――」
言い終わるまえに、ベネデットは「うぐ」とも「ぬぶ」ともつかないぶざまな呻吟を洩らしていた。
背中に強烈な蹴りを見舞われたのだと気づいたときには、百キロ超の巨躯は数メートルも吹き飛ばされている。
床を転がったベネデットはすばやく立ち上がりかけ――――そのまま凍りついた。
「ジュリエッタ……
義眼から涙が流れることはない。少女の震える喉からはただ嗚咽だけが洩れた。
「ジュリエッタ姉……うち……うちは……」
「なにも言わなくていい。ルベル、あなたはよくやったわ」
「せやけど、うち、
「大丈夫。誰もあなたを責めたりしない。あとは任せてちょうだい」
我が子を慈しむようなジュリエッタの言葉に、ルベルはこくりと頷く。
「どこの馬の骨だか知らねえが、いまさら女が一匹増えたからどうした。まとめてぶっ殺してやる!!」
ベネデットはようやく金縛りが解けたのか、ふらつく足取りでジュリエッタに近づいてくる。
その手にはレーザーマシンガンが握られたままだ。
さしものジュリエッタも、この距離でレーザーマシンガンを乱射されては、ルベルを守りながら戦うことは不可能だ。
「へへ……殺してやる……まとめて地獄行きだ……」
血走った眼をジュリエッタとルベルに向けたベネデットは、引き金に指をかける。
廊下の奥で少年の声が上がったのはそのときだった。
「――――キャプテン、ルベルを抱いて伏せてっ!!」
刹那、赤紫色のビームが宙を奔った。
ベネデットを掠めたビームは、そのまま背後の天井に吸い込まれていく。
轟音とともに爆炎が広がったのは次の瞬間だ。
「うおおっ、ぐあおおっ――――」
爆風がベネデットの断末魔の叫びをはこんだ。
耐火隔壁が閉鎖されたのは、爆炎がジュリエッタとルベルまであと一歩と迫ったところだった。
隔壁のむこうは灼熱地獄と化している。あるいは外装まで貫通し、あらゆるものが真空の宇宙空間に吸い出されているかもしれない。
いずれにせよ、ベネデットが生存している可能性はゼロだ。
「キャプテン、ルベル、二人とも大丈夫か!?」
息を切らして駆けつけたショウジは、二人の顔を交互に見やった。
両手には陽電子ブラスターを握ったままだ。
むろん、偶然その場に居合わせたわけではない。
すべてはルベルの身になにごとかあった場合にそなえて、ジュリエッタが準備していたサブプランであった。
「ルベル、ごめん。余計な手出しをしてしまって……」
「そんなん気にせんでええ。ジュリエッタ姉とあんたが助けてくれんかったら、いまごろうちは生きとらんさかいにな。クサレのド外道の片割れはうちの手でケジメつけたんやから、それで充分や」
努めてあかるく気丈にふるまっていたルベルは、よろよろと数歩も歩くと、ジュリエッタの胸に顔を埋めた。
「なあジュリエッタ姉……うち、変なんや。ずうっと憎うて憎うて仕方なかった相手をやっと倒せたのに……胸がスカーッとせえへんのや……」
「仇を討ってもあなたのお母さんが生き返るわけじゃない。あなたの身体が元に戻ることもない。そのことは、あなた自身がいちばんよく分かっていたはずよ、ルベル」
「ジュリエッタ姉……」
「それでも、この先の未来にあなたを苦しませた者はもういない。あなたの憎しみや怒りを奴らのために振り分けてやる必要もない。復讐はむなしいかもしれないけれど、けっして無駄なことなんかじゃない――――」
ともすれば無感情で冷酷なジュリエッタの言葉は、一語一語、ルベルの心に深く染み入っていく。
ジュリエッタは
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