第九話:エルトギャウ沖艦隊戦(2)
「ガンマ線
海賊戦艦アラドヴァルの
キャプテン・ジュリエッタは無表情で肯んじると、手元の立体レーダー・ディスプレイに視線を落とす。
残る敵艦は四隻。
ほんの数秒まえまで無傷だった海軍艦隊は、早くも一隻を失うという痛撃を被った。
艦隊戦における損失は、たんに戦力が低下するというだけではない。持ち駒がひとつ減るたび、指揮官が取りうる戦術の幅も狭まっていく。
攻守の両面にすぐれ、艦隊の要とされる巡洋艦であればなおさらだ。
「ガングレイ級のほうは?」
「
「想定内ね。重巡が一隻片付いただけでもよしとしておきましょう」
ジュリエッタはいたって冷静に言うと、レーダー・ディスプレイ上に輝くひときわ大きな光点を指さす。
「アラドヴァル、前進――――
「
「目標ガルグレイ級ガンストーク。艦首
ジュリエッタの声に呼応するように、アラドヴァルは猛然と加速を開始した。
二基の主推進器が青白い炎を噴き上げる。各部にもうけられたフィン状の姿勢制御スラスターは、たえまなく位置と角度を変え、艦をつねに最適な
一切の無駄を排した
「キ、キャプテン――――」
副長用のシートに座ったショウジは、首だけをジュリエッタにむける。
「宇宙服がすこし窮屈でもがまんしなさい。万が一のときにあなたを守ってくれるものなのだから――――」
「そうじゃなくて! 俺、ほんとうになにもしなくていいのか?」
「さっきも言ったはず。あなたの仕事はそこで私とクロエのやることを見ていること。艦隊戦がどういうものか、よくその目に焼き付けなさい」
メイン・ディスプレイが赤く染まったのはそのときだった。
大量の
「キャプテン、ガンストークからの攻撃照準波を確認。ロックオンされました」
「
「
クロエが応答するが早いか、けたたましい
ガンストークが攻撃を開始したのだ。
おびただしい数のレーザーとミサイルがアラドヴァルめがけて殺到する。
一帯を包むプラズマ
点を狙えないならば、圧倒的な火力を投射することで、面ごと敵艦を殲滅しようというのだ。
巨艦だからこそできる力業であった。
「
ジュリエッタの命令を受けて、アラドヴァルの舷側装甲がなめらかにスライドする。
装甲下からせりだした多連装
宇宙空間にばら撒かれた総数はすくなく見積もっても三百はくだるまい。
ショウジがいぶかしげに手元のモニターを覗きこんだのと、すさまじい閃光が走ったのは同時だった。
白とオレンジの火球がふくれあがり、互いを呑み込みあうように連鎖していく。
「電子防御爆雷の作動を確認。本艦に接近中のレーザーおよびミサイル、無力化されました。本艦の損傷なし」
艦のすぐそばで起こった大爆発をよそに、クロエはこともなげに告げた。
「キャプテン、あれは――――」
「あの爆雷のなかにはジャミング・フレアのほかにレーザーを屈曲させる人工水晶粒子が詰まっている。もちろんすべては防げないけれど、入射角のそれたレーザーでアラドヴァルの斥力フィールドを貫くことは出来ないわ」
ジュリエッタの声色は、しかし、安堵とはほど遠かった。
「だけど、あれはそう何度も使える手じゃない。長期戦に持ち込まれればこちらが不利――――」
言いさして、ジュリエッタはすばやく立体レーダーに視線を移す。
敵艦隊が二手に分かれたのだ。
重巡洋艦ナルキッソスと二隻の駆逐艦はルベル率いる海賊艦隊へ。
そして、旗艦ガンストークは、ただ一隻でアラドヴァルへ。
「ルベルのほうに行ったのが戦艦じゃなくてよかった」
ジュリエッタはぽつりと呟く。
重巡洋艦と駆逐艦二隻は侮りがたい相手だが、ルベルがスコルピオーネ・ファミリアの直参衆を指揮するのであれば、勝ち目はじゅうぶんにある。
問題は旗艦ガンストークだ。
単艦といえども、その戦闘力は重巡洋艦の比ではない。
アラドヴァルの火力でガンストークに損傷を与えることは困難だが、ガンストークがアラドヴァルを粉砕するのは赤子の手をひねるよりたやすいのだ。
被弾は死と同義である以上、アラドヴァルが取れる戦術はひとつしかない。
「クロエ、斥力フィールドのレベルを
「よろしいのですか? キャプテン」
「どのみち防御力で勝負できる相手じゃないもの。役に立たない鎧は脱ぎ捨てるにかぎるわ」
こともなげに言って、ジュリエッタはショウジのほうに顔を向ける。
「ショウジ、あなたも覚悟を決めなさい。いまなら救命ポッドを戦域外に打ち出すこともできる。着替えの手間も要らないわ」
ジュリエッタが自分だけに宇宙服を着せた意図を理解して、ショウジは打ちのめされたように顔をうつむかせた。
震える喉をなだめるように、少年は一語一語言葉を継いでいく。
「俺は……ショウジ・ブラックウェルは、この艦の
「ここで死ぬかもしれないとしても?」
「助けてもらったあのときから、俺の命はキャプテンのものだよ。死ぬときはいっしょだ」
ためらいなく言い切ったショウジに、クロエは「あらあら」とからかうような忍び笑いを洩らす。
ジュリエッタは端正な顔に一瞬やわらかな微笑みを浮かべると、ふたたび前方に視線を移す。
敵艦を見据えるするどい眼差しは、歴戦の女海賊のそれにほかならなかった。
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