第八話:エルトギャウ沖艦隊戦(1)

 恒星オデッサから放たれる強烈な光が、隊列を組んですすむ五隻の航宙艦を宇宙に浮かび上がらせた。


 両脇を固めるのは駆逐艦フリゲートバーガンとベガ、その内側には重巡洋艦ヘビィ・クルーザーラオコーンとナルキッソス。

 どの艦も系外海軍アウター・ネイビーの標準的な戦闘艦である。

 なかでも重武装・重装甲を特長とする重巡洋艦ラオコーンとナルキッソスは、戦艦と見まごうほどの威容をもっている。

 だが、その二隻も、艦隊の中心をゆく巨艦に較べればまるで小魚みたいにみえる。


 全長千五百メートル。

 全幅およそ三三○メートル。

 太く力強い角張った艦首と、船底ハルから艦尾へとつながるゆるやかな曲線の対比が美しい艦である。

 両舷側に取りつけられた左右一対の大型安定翼ビルジキールとあいまって、その姿は、かつて地球の海に生息していたマッコウクジラを彷彿させた。

 他を圧倒する存在感は、一隻のふねというよりは、一個の要塞と形容したほうがふさわしい。

 系外海軍アウター・ネイビーの最強戦力として名高いガングレイ級戦艦バトルシップ――――。

 その八番艦”ガンストーク”であった。


 ガンストークには外部から視認できる艦橋ブリッジはない。

 操艦や航法・通信といったもろもろの機能は、艦内奥深くに置かれた戦闘情報中枢室CICに集約されている。

 室とは名ばかりの、実際には中二階をそなえた広大なホールだ。

 艦橋にはつねに五十人からの各科担当員が詰め、二百人あまりの乗組員クルーが代わる代わる当番に当たっている。

 完全自動フルオートメーション化が進んだこの時代でも、これほどの巨艦をコントロールするためには、やはり相応のマンパワーを必要とするのである。


「いやあまったく、いつ見てもご立派な艦じゃ――――」


 ふいに軍艦には似つかわしくない野太い声が上がった。

 声の主は、ゲスト用シートにどっかりと腰かけた肥満体の男だった。

 年齢は六十歳を超えているかどうか。油脂を塗りたくったようにてらてらと光る顔面と分厚い唇、つぶれた団子鼻の取り合わせは、一度見たらそう簡単に忘れられるものではない。

 男が身につけているのは軍服ではなく、黒のクラシック・スーツだ。

 この種の衣服は、現在いまでは一般にはほとんど流通しておらず、もっぱらのトレードマークとなっている。

 尻の大部分をシートの座面からはみ出させた男は、太く短い指同士をすりあわせながら、なおも続ける。


「このベネデット・スコルピオーネ、海軍ネイビーさんには感謝してもし切れんわい。ワシらのためにこんな上等な戦艦を出してくれたとなりゃあ、身内へのメンツも立つというもの――――のう? ジョルジオよ?」


 長兄ベネデットはちらと隣の席の男に視線を転じる。

 スコルピオーネ・ファミリアの次兄ジョルジオ。

 見た目の年齢は五十前後といったところだが、実際はもうすこし若いかもしれない。

 痩せぎすの体型に総白髪という風貌が、ジョルジオに老人みたいな雰囲気を与えているのだ。

 落ち窪んだ眼窩に宿ったするどい光は、彼もまた裏社会の人間であることを物語っていた。


あにさん、あんまし油断せんほうがええですよ。むかしはキレ者で鳴らした親父のことだ。裏でどんな絵ェ書いとるか分かりゃしませんぜ」

「ジョルジオ。おのれ、まさかこの期に及んでイモ引くつもりじゃねえだろうな?」

「誤解せんでくださいよ。俺は可能性の話をしとるだけです。このあいだも余所者を追わせた子分が四人まとめて殺られとりますんで……」


 兄弟のあいだに険悪な空気が流れはじめたとき、ちょうど二人の背後で咳払いの音が生じた。

 

「ベネデット氏、ジョルジオ氏。お二人のには感謝しているが、航行中の戦闘艦のなかだということはくれぐれもお忘れなきようねがいたいですな」


 おごそかな声で告げたのは、濃褐色ダークブラウンの肌に白い顎髭をたくわえた初老の軍人だ。

 制服の胸には金糸銀糸で編まれた飾緒モールが輝き、腰には軍刀サーベルを佩用している。どちらも将官クラスの軍人だけに許されるものだ。


「オ、オーバードルフ大将……!!」


 いまにもつかみ合いの喧嘩を始めそうだった海賊兄弟は、老将軍の氷の視線を受けてようやく冷静さを取り戻したようだった。


「もちろん承知しておりますとも! ほかならぬ大将閣下の仰せとあればなおのこと! なあ、ジョルジオ?」

「みっともねえところ見せちまって申し訳ねえ。どうかご勘弁を……」


 先ほどまでとは別人みたいな兄弟の態度に、ヨゼフ・オーバードルフ海軍大将は鷹揚にうなずいただけだ。

 眉間に刻み込まれた深いシワは、ならず者が自分の艦に便乗していることへの不快感の表れにほかならない。


「しかし大将閣下、ワシらは本当に感謝してるんですぜ。……宇宙海賊はもう先がありませんや。年々シノギの実入りは減る一方だし、当局の取締はどんどん厳しくなる。そのうえ仲間うちではったられたのと物騒な話ばかり。まともな神経の人間なら、いまどき海賊なんぞやっとれませんわ」

「君たちの父上はまだ抵抗を諦めていないようだが」

「あのがなんと言おうと、ワシらがサインした証文があるかぎり、海軍さんにはエルトギャウ近海をご自由に通行してくだすってかまわねえんですよ」


 ベネデットは下卑た笑みを浮かべながら、オーバードルフ大将の耳に顔を近づける。


「しかし、ワシらも雲や霞を喰って生きていくわけにはいきませんからな。ここはぜひとも大将閣下のお力添えを賜って、どこぞの惑星開発公社のとして平穏な余生を送らせていただければ……と」

「私の一存では答えられん。だが、自発的に協力をおこなった功労者にたいして、海軍はかならず相応の謝礼と待遇を用意してきた。私の口から言えるのはそれだけだ」

「へっへ、そのお言葉をいただければ充分で――――」


 警報音アラートが鳴りひびいたのはそのときだった。

 レーダー士官は席を蹴立てて起立すると、オーバードルフ大将にむかって声も枯れよと叫ぶ。


「報告します。本艦の進路上に多数の未確認艦を確認。敵味方識別装置IFFへの応答なし。隻数、艦種ともに不明!」

「ほかのセンサーで捕捉できんのか?」

「恒星オデッサから吹きつける太陽風が一帯の空域にプラズマ渦流ストリームを形成し、全レーダーおよびセンサーの感度がおおきく低下しています」


 オーバードルフ大将は最上段のキャプテンシートに移ると、通信機インカムを通して艦隊に呼びかける。


「艦隊司令オーバードルフより麾下の全艦に告ぐ。非常警報エマージェンシー発令、総員ただちに戦闘配置につけ。砲戦用意――――」


 命令を復唱する声がそこかしこで上がる。

 軍帽をかぶりなおしたオーバードルフ大将は、蒼然と立ち尽くすベネデットとジョルジオに冷ややかな視線を送る。


「スコルピオーネ・ファミリアは一切手出しをしないという約束だったはず。これはどういうことなのかご説明ねがえますかな」

「し、知らん……ワシは知らんぞ!! ジョルジオ、おまえ、なにか知っているんじゃないのか!?」

「バカなこと言わんでください。ずっと兄さんといっしょにおったのに知るもクソもないでしょうが。だいたい、あれがウチの艦だと決まったわけじゃ――――」


 ジョルジオが言い終わるまえに、艦橋前面の大型スクリーンに映像が映し出された。

 センサーが補足した微弱な光を増幅し、さらに機械的な補正をかけることで、ようやく映像として出力することができたのである。

 細部は潰れているが、かろうじて艦の識別は可能だ。


「ふむ……旧型の軽巡洋艦ライト・クルーザーが一隻、駆逐艦フリゲートが三隻、民間船改造の砲艦スループが五、六隻といったところか?」

「見ろ、どこにでもいるようなボロ船ばかりじゃないか。スコルピオーネ・ファミリアとは無関係のゴロツキだ。ワシが言うんだから間違いはない!」


 ふいに艦橋内のスピーカーが耳ざわりなノイズを吐き出した。

 数秒の間をおいて流れたのは、ノイズではなく、人間――――若い娘の声だった。


「あ”~あ”~、本日は晴天なり――――うちの声、ちゃんと聞こえとるか? どうせ兄貴たちもそこにおるんやろ?」


 その声を聞くや、ベネデットとジョルジオの顔はみるみる怒りに紅潮していった。


「ルベル……!! 妾腹の小娘が、ナメた真似しやがってッ」

「あのガキァ、俺たちの顔に泥を塗るつもりか」


 異母兄二人の罵声などどこ吹く風というように、ルベルはなおも続ける。


「まずは兄貴たちに大親分ドンからの伝言や。

 『宇宙海賊の掟にしたがい、ベネデットとジョルジオの両人は本日をもってスコルピオーネ一家ファミリアを破門とする。なお両人はすでに勘当の身につき、今後スコルピオーネの姓を名乗ることを固く禁ずる』

 ――――どや? ちゃんと聞こえとったか? 


 怒りのあまり目を血走らせたベネデットとジョルジオは、異母妹への呪詛の言葉も出てこないのか、鼻息荒くモニターを睨みつけるのがせいいっぱいだった。


「さて、お次は海軍さんやけども――――もともとスコルピオーネ・ファミリアでは海軍との内通は御法度。まして大親分ドンの許しもないまま勝手にハンコ押した証文なんぞは紙ペラとおなじや。どういう契約かしらんけど、こっちはとして扱わせてもらう」


 ルベルの声がふいに低くなった。

 茶目っ気のある年頃の少女から、冷酷な宇宙海賊のそれへと。


「”宇宙海賊の聖域パイレーツ・アサイラム”に土足で踏み込んだツケは安うないで。きっちり落とし前つけてもらおうかい――――」


 音声が途切れたのと、外部視認用モニターがあざやかなオレンジの光に染まったのは、ほとんど同時だった。

 刹那、オーバードルフ大将をはじめとする乗組員たちの視界を占めたのは、機関部から爆炎を噴きあげる重巡洋艦ラオコーンの姿だ。

 こうなってはダメージコントロールも間に合わない。


「重巡洋艦ラオコーンより緊急入電!! ”ワレ機関部ニ被弾セリ 航行不能”」

「全乗組員は艦を放棄、すでに内火艇ランチで脱出したとのこと――――」


 刹那、ガンストークの斥力フィールドがはげしく発光した。

 後方からビーム砲撃を浴びたのだ。

 むろん、この程度ではガンストークの堅牢な防御を破ることはできないが、問題はどこから撃たれているかだ。

 コンピュータが算出した砲撃位置は、恒星から吹きつける太陽風の真っ只中――――通常の艦艇なら、電子機器の性能がおおきく低下する一帯だった。


「バカな……プラズマ渦流ストリームに隠れていたとでもいうのか……!?」


 モニターの映像が切り替わった。

 七色にきらめくプラズマ雲のなかにあって、ひときわあざやかな朱紅色クリムゾンレッドをまとう一隻の艦。

 そのマストにはためく髑髏の海賊旗スカル・アンド・ボーンズを目の当たりにして、オーバードルフ大将は言葉を失った。


 海賊戦艦アラドヴァル。

 早くも一隻を葬りさった美しい猛禽は、まだ満ち足りないとでもいうように、戦場へと羽ばたいていった。

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