第四話:船長の役目

 けたたましい発射音が空気を震わせた。

 二両のエアムーバーが警告もなしに機関銃を発射したのだ。

 ジュリエッタとショウジが乗ったエアムーバーは、交差する火線のあいまを縫うように駆け抜けていく。


 この時代、昔ながらの実弾兵器はもはや骨董品と呼ぶべきものだが、レーザー兵器よりすぐれている点もいくつかある。

 たとえば、レーザー兵器は出力に応じた電力供給を必要とするのに対して、銃火器は引き金トリガーを引くだけで発射できる。発射時に発生する燃焼ガスを再利用したガス圧作動方式オペレーションの機関銃ならば、電源なしで数百発から数千発の連続射撃をおこなうことも可能なのだ。

 さらにレーザー兵器に較べて構造が簡易なためメンテナンス性にすぐれ、劣悪な環境下での信頼性も高いという美点もある。

 それゆえ、実戦での確実性を重んじる傭兵や殺し屋ヒットマンのあいだでは、いまなお実弾兵器が主流を占めているのだった。


 頭上をひっきりなしに弾丸がかすめていくなか、ショウジはおそるおそるジュリエッタに問いかける。


「キャプテン、あいつらいったい何者なんだ!?」

「さあね。たぶんどこかの組織シャフトに雇われた殺し屋だろうけど、それ以外は私にもわからない」

「狙われるような心当たりは――――」

「ありすぎて思い出せないわ」


 あっさりと言いのけて、ジュリエッタは車体をおおきく右に傾斜バンクさせる。

 地面すれすれの超低空飛行。ショウジは悲鳴を上げるのも忘れて、女海賊の身体を強く抱きしめる。

 転瞬、曳光弾まじりの火線がむなしく宙空を薙いだ。

 回避がコンマ一秒でも遅れていれば、いまごろジュリエッタとショウジは二人とも無残な肉片に変わっていただろう。


「このまま逃げていても埒が明かないわ」


 ジュリエッタは車体を立て直しつつ、ちらとショウジを見やる。


「ショウジ、あなた、銃を撃ったことは?」

「い、いちおう……父さんと狩猟ハンティングに行ったときに、扱い方はひととおり教えてもらったけど」

「ホルスターに私の銃がある。それであいつらを追い払いなさい」

「いいのか!? 俺なんかがキャプテンの銃を使っても!?」

「迷ってる時間はないわ。操縦を代わるのとどっちがいいか、はやく決めてちょうだい」


 ジュリエッタの言葉に、ショウジはぶんぶんと首を横に振る。

 操縦どころか、エアムーバーに乗るのも正真正銘今日がはじめてなのだ。

 ジュリエッタのように敵の攻撃を右に左にかわしながら超高速で突っ走るなど、考えただけで背筋が凍りつく。

 それに較べれば、銃は実弾もレーザーも撃ったことがあるぶん、いくらかマシだ。


「キャプテン、失礼します……」


 ショウジは小声で言うと、ジュリエッタの腰に巻かれたガンベルトに右手を伸ばす。

 そのあいだにもエアムーバーは激しく動いている。片手が使えないショウジは、ほとんどジュリエッタの背中に顔を埋めるような格好になった。

 当然、ガンベルトからホルスターを見つけ出すのは手探りということになる。

 少年の指先に当たるのは、弾薬や救急処置ファーストエイドキットを入れたポーチ、水筒といった小物ばかり。肝心のホルスターを探しあぐねているうちに、車体がおおきく跳ね上がった。

 意図せず触れてしまったやわらかな肢体の感触におもわず手を引っ込めかけたとき、指先が硬質の物体に当たった。

 それが銃の台尻グリップエンドだと気づいた次の瞬間には、ショウジの指はホルスターの留め具をすばやく取り外していた。

 ずっしりとした重みに戸惑いながら、ショウジは手にした銃を見やる。

 

「――――!!」


 異様な銃だった。

 横長の長方形をふたつ上下に重ねた特異な銃身バレル

 飾り気とはおよそ無縁の、ひたすらに機械としての実用性のみを突き詰めた無骨な機関部レシーバー

 かすかな赤みを帯びたガンメタルに染め上げられたその外観は、駆逐艦モーターキルダの艦内で突きつけられた銃とはまるでちがう。


「キャプテン、この銃は――――」

対装甲陽電子アンチマテリアル・クーロンブラスター。安全装置セーフティはグリップの付け根にある。レーザーだから片手でも問題なく撃てるはずよ」

「わ、分かった!!」


 ショウジはジュリエッタの背に半身を密着させたまま、迫りくる二両のエアムーバーに狙点ポイントを合わせる。

 緊張のために手はかすかに震え、口の中は乾ききっている。

 むかし父に撃ち方を教わった銃は、どれもコンピュータ連動の照準補助装置エイムナビゲーターが装着されていた。スコープが捉えた映像をもとに最適な射角を計算し、射撃のタイミングまで指示してくれるのだ。

 対していまショウジの手のなかにある異形の銃はといえば、いたってシンプルな照星フロントサイト照門リアサイトがついているだけだ。

 コンピュータによる手助けは望むべくもなく、標的に命中させられるかどうかは射手の腕次第……。

 ショウジは息を止め、両眼をかっと見開いてをまつ。


 ふいに機関銃の猛射が熄んだ。

 攻撃ポジションを変えるつもりなのか、ゆるやかな砂丘の上で二両のエアムーバーの軌道が交叉する。

 その瞬間、なにかを考えるより早く、ショウジの指は引き金を絞っていた。

 赤紫色の閃光が銃口からほとばしり出る。

 音も反動リコイルもない。なにかが灼けるようなジリジリという音は、超高温のプラズマが空気と接触した際に生じたものだ。

 

 赤紫色のビームは、先頭を飛ぶエアムーバーのに命中した。

 耳を聾する爆発音とともに、砂の柱が高々と噴き上がったのは次の瞬間だ。

 高出力レーザーと衝突したことで、砂の分子中に内包されていた電子が強制的に弾き飛ばされ、残った陽子が激烈な反応を起こしたのである。

 クーロン爆発――――それは小規模な核融合反応にほかならなかった。


 砂柱の高さは百メートルにおよび、波紋のようにひろがった衝撃波が砂埃を巻き上げた。

 爆心地はクレーター状に凹み、溶けた砂と塩がふつふつと煮え立っている。

 エアムーバーに乗った四人の殺し屋たちは、文字どおり塵一つ残さずに消滅したのだった。

 愕然とその光景を見つめるショウジに、


「砂を撃ったのはいい判断ね。いちいちエアムーバーを狙うより、爆発を起こして一気に片付けたほうが手間が省けるもの」


 ジュリエッタはこともなげに言った。

 ショウジは銃を懐に抱えたまま、ジュリエッタの背中に額を押し当てる。


「あの……キャプテン」

「なに?」

「お、俺、人を撃ったの……はじめてで……まさか一度に四人も殺すことになるなんて……」

「あなたが気に病むことはなにもないわ」


 怖気おぞけのあまり歯の根が合わないショウジに、ジュリエッタは飄然と答える。

 

「先に攻撃を仕掛けてきたのはあの連中のほう。そして奴らを撃つように命令したのは私。それとも、ここでおとなしく殺されていたほうがよかった?」

「そんなことは――――」

「だったら胸を張りなさい。あなたは乗組員クルーとして船長キャプテンの命令を遂行しただけ。そして命令を下した以上、その結果に関するすべての責任は私にある」

「キャプテン……」

「覚えていてちょうだい、ショウジ。船長キャプテンはそのためにいるの。艦から降りてもね」


 ショウジは言葉を呑み込んだまま、ジュリエッタの背中に当てた額をわずかに上下させるのがせいいっぱいだった。


 砂丘をいくつか飛び超えたところで、ふいに周囲の景色が一変した。

 眼下に広がるのは岩石砂漠ではなく、ひび割れた舗装路だ。

 前方に目を向ければ、行く手をさえぎるように灰色の壁がそびえている。

 遠目には石塊のようなそれは、近づくにつれて、無数の高層建築物の集合体であると知れた。


 かつて栄華をきわめた惑星エルトギャウの首都。

 そして、現在はあらゆる暴力と悪徳が蔓延る無法地帯――――”海賊たちの聖域パイレーツ・アサイラム”の中心地であった。

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