第三話:少年と女海賊、邂逅する

 みしみしと耳ざわりな音が部屋を圧していた。

 巨大な圧力に耐えきれず、船殻を支える構造材が悲鳴を上げているのだ。

 いまは艦内に損傷は及んでいないが、艦そのものが完全に破壊されるのも時間の問題だろう。


「ってえ……ちくしょう、あの馬鹿力の軍人め……」


 ショウジはどうにか起き上がろうと試みるが、カッセル中佐に痛めつけられた部分がひどく痛むうえに、手枷と足枷を取り付けられたままではどうにもならない。

 外の様子は杳として伺えないが、それでも艦になにかが起こったことは分かる。

 十中八九よくないこと――――たとえば、そう、機関部ジェネレーターが突然爆発したとか、中性子星クエーサーの脱出不可能な引力に捕まったといったような……。

 もし艦を捨てるようなことになったとしても、乗組員は内火艇ランチで逃げ出すだろう。

 そして、そこには自分の居場所などぜったいにないことも、ショウジには分かっていた。


 ふいにドアが開け放たれた――というよりは、外側から力まかせに蹴破られたのはそのときだった。


「――――!?」


 ショウジとジュリエッタは、同時に目を見開いていた。

 それも無理からぬことだ。どちらにとっても予想をおおきく裏切られた格好になるのだから。

 ショウジはなにかを言おうとしばらく口をパクパクと動かしていたが、ジュリエッタの手にした銃を認めて、ほとんど反射的に叫んでいた。

 

「う、撃たないでくれっ!! 誰だか知らないけど、俺はあんたの敵じゃない。ほんとうだ。信じてくれよ――――」


 手枷・足枷をつけたまま必死に弁明しようとするさまは、本人の意図に反して、傍目にはひどく滑稽だった。

 ジュリエッタの氷のような美貌にほんのわずかな微笑が浮かんだ。

 あいかわらずいつでも銃を撃てる体勢を保ってはいるが、ジュリエッタはゆっくりとショウジのもとへ近づいていく。


 そして、そのままショウジにぐっと顔を近づけると、

 

「あなた、何歳いくつ?」


 常と変わらぬ冷たい声で問うたのだった。


「……今年で十四歳。たぶん」

「どうして子供が海軍ネイビーふねに? 見たところ、見習い水兵というわけでもないようだけれど」

「その、無人船にもぐりこんで地球に密航しようとして……途中で海軍に捕まった」


 ジュリエッタの秀麗な面立ちが迫るたび、ショウジは落ち着きを失い、すっかりしどろもどろになっている。

 そんなショウジの反応などお構いなしに、ジュリエッタは少年の身体のあちこちに視線を移している。


 と、ジュリエッタの右手が船外服のベルトのあたりに伸びた。

 実際にはベルトとは名ばかりの、純然たるウェポン・ホルダーだ。銃や予備弾倉、手榴弾などを携行するための装備である。

 まもなくジュリエッタが取り出したのは、刃渡り二◯センチほどのコンバットナイフだ。

 形こそ人類がまだ地上で生活していたころの製品と大差ないが、複数の金属分子を均一に結合させるメカニカル・アロイング技術により、切断力は当時とは比較にならないほど向上している。

 係留索ワイヤーや軟らかい金属はもちろん、近接戦闘に用いれば、人体を骨ごと切断する程度は造作もないのだ。

 

「ま、まさか……」


 銀光を散らす刃を目の当たりにして、ショウジはおもわず後じさる。――と言っても、手足を拘束されている以上、もぞもぞと動くのがせいいっぱいだが。

 

「動かないで。すぐに終わる」

「やめてェ――――」


 ショウジが情けない叫び声を上げたのと、縛められていた手足がおおきく開いたのは同時だった。

 ジュリエッタは手枷と足枷にナイフを当てると、まるでバターを切るみたいにあっさりと切断したのだ。

 予期せず身体の自由を取り戻したショウジは、惚けたような面持ちでジュリエッタを見上げる。

 

「あ、あんた、俺を助けて……くれたのか?」

「初対面の人間に”あんた”なんて呼ばれる筋合いはないわ」

「だったら名前を教えてくれよ!! 俺はショウジ、ショウジ・ブラックウェルだ」


 ブラックウェルという名を耳にした瞬間、ジュリエッタの端正な面差しに動揺の相がよぎった。

 それもつかのま、ふたたび氷の美貌を取り戻した女海賊は、その場でくるりと踵を返す。


「ジュリエッタ。私を知っている人間は、女宇宙海賊キャプテンジュリエッタと呼ぶけれど」


 ショウジに背を向けたまま歩き出そうとしたジュリエッタは、ふいにその場で足を止めた。

 顔半分だけで振り返ってみれば、なにかを言いたげにこちらを凝視している少年と視線がかち合った。

 目をうるませたショウジは、なにかを言おうとしているのか、唇をつよく噛み締めている。


「なに? 私はもうあなたに用はないわ。内火艇ランチはもうないけれど、冷凍冬眠装置つきの救命ポッドならまだ残ってるはず。それを使って脱出するなりなんなり、あとは自分で決めなさい」


 あくまで冷淡に応じたジュリエッタは、しかし、そのまま視線をそらすことが出来なかった。

 ショウジは頭が床につきそうなくらい深々と頭を下げると、意を決したように口を開く。


「たのむ、俺もあんたの……キャプテン・ジュリエッタの海賊船に乗せてくれないか」

「……」

「キツイ仕事だって文句は言わない。気に入らなければ殴ってくれてもいい。あんたのふねに乗せてくれるなら、どんな仕打ちも耐えてみせる」

「そうまでして私の艦に乗りたがる理由は?」


 氷の針で心臓を一突きするようなジュリエッタの言葉に、ショウジは訥々と言葉を継いでいく。


「俺はどうしても地球に行かなくちゃいけない。密航がダメだったなら、誰かの艦に乗せてもらうしかない……」

「私が地球に向かう保証はどこにもない。太陽系内インナー・ユニバースに入るのがどれほど大変か、ショウジ、あなたも知っているはず」

「太陽系の近くで降ろしてくれればいい。あとは自力でなんとかする。だからそれまで、キャプテンの艦に乗せてほしいんだ」


 ショウジの両眼からはとめどもなく涙があふれている。

 まぶたを腫らしてしゃくりあげる少年を見下ろしながら、ジュリエッタは常と変わらず冷ややかな声で問いかける。


「地球に行ってなにがしたいのか――――乗艦を許すかどうかは、それ次第よ」


 ショウジは肩を震わせて深く息を吸い込むと、ぽつりぽつりと語りはじめた。

 その面立ちには、先ほどまでとおなじ少年とは思えないほど黒々とした翳が差している。


「……地球には俺の家族を殺したヤツがいる。親父もおふくろも姉さんも妹たちも、みんなヤツに殺された。あいつに復讐するために、俺はどうしても地球に行かなくちゃいけないんだ」


 少年の震える唇がようよう紡いだ言葉は、なまなましい血の匂いを帯びていた。

 家族を失ったのは不幸だが、ただ死の報せを受け取っただけではこうはならない。

 ショウジはその目で見たのだ。

 父と母が血の海に沈み、姉と妹たちが物言わぬ肉片へと変えられていくさまを。

 その日以来、復讐だけが少年の生きる目的になった。

 無人船への密航という大胆な行動に出たのも、すべてはもうこの世にはいない家族のためであった。


「だからキャプテン、たのむ……俺をあんたの艦に……」


 ジュリエッタは黙したまま、手首の情報端末を操作している。

 光の柱が上方に伸びたかとおもうと、そのなかにパンツスーツ姿の女性が浮かび上がった。

 立体映像ホログラフィだ。端末の向こう側にいる人間、場合によってはアバターを空間に投影することで、音声通信よりも高度なコミュニケーションが可能になる。

 

「クロエ、さっきはなかなかみごとな操艦だったわ。……この艦の連中はもう追っ払ったから、アラドヴァルを接舷させて。積んである食糧と燃料と水、それに使えそうな武器・弾薬を運び出さなくちゃいけない」

了解アイ・マム。接舷後、物資搬入ベイに移送用ユニットを接続します。作業用ロボットの数は五体ほどでよろしいですか?」

「そうね……いえ、やっぱり四体にしてちょうだい」


 それだけ言って、ジュリエッタはショウジに顔を向ける。


「どんな仕事でも文句を言わずにやる――――さっき、そう言ったように聞こえたけれど」

「キ、キャプテン、それって……」

「私たちの艦の乗組員なら、ロボットの代わりくらいは出来なければ困るわ」


 少年は感極まった様子で「ありがとう」と叫ぶと、ロボットよりも先に仕事に取り掛かった。

 

【プロローグ・完】

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