第1章 やけっぱちのモノローグ
第1話
(なんで、こうなるんだ?)
恭介はそう思う。
悪いことが、なだれのように次から次へと、雪だるま式に膨れ上がっていく…
最初は沙里だ。
ろくに話もしないうちに、突然家を飛び出して行った。
彼女は気が強くて、ワガママだけれど…可愛さだけが取り柄だった。
「あなたは、何を考えているのか、わからない!」
いきなりそう言うと、止める間もなく、出て行った。
しかも慌しくしている早朝だ。
起きがけのボンヤリいている間に、一方的にまくしたてて、カバン1つで飛び出して行った。
(一体、何を考えているんだ?)
てっきり、2~3日で帰って来る…とのんきにかまえていたけれど、
まさかのなしのつぶて。
しかもある日帰ってきたら…見事にもぬけの殻だった。
これは、計画的犯行だ。
確信犯だ。
「ボクが、何をしたって、言うんだよ!」
「何もしないのが、いけないのよ!」
やはり女のことは、よくわからない…
せっかく電話をした、というのに、すぐさまブロックされてしまった。
(女のヒステリーには、困ったものだ…)
そう思っていたら、本当に帰って来ない。
いきなりの出来事に、ぐうの音も出てきやしない。
今日も缶コーヒーを飲もうとしたら、何とプルタブが切れて開かない!
たたられているのか?
厄日なのか?
そんな時…あの話が、彼を待っていた。
「おい、おまえ…大丈夫か?」
本当は、とても仕事に行く余裕などなかったのだが…
「いいから、来い」
鶴の一声で、しぶしぶ彼は、打ち合わせに向かった。
彼は普段は、フリーで働いているので、毎日仕事に行く必要がないのだが、
時折こうして、仕事の連絡が来ると赴く、というスタイルだ。
雇い主は、鬼と噂される編集者だが、この際ぜいたくは言ってられない。
心に余裕などなくても、正直食べていくには、稼がないといけない。
(浮世の世界は厳しいなぁ)
とにかく手っ取り早く行って、さっさと帰ろう…
そんな風に、覚悟を決めた。
彼は元々、社交的ではないので、親しい仲間というものは、ほとんどいない。
だがたった1人、同期の編集だけは、多少彼に心を許していた。
「おまえ…まるで幽霊みたいだぞ」
デスクを離れた彼に、そっと廊下で呼び止める。
「そんなにひどいか?」
「ひどいなんてもんじゃない。亡霊だ」
わざと大げさに顔をしかめると、「げぇ」と言う。
「そうか?」
「そうだよ」
遠慮なく、ズケズケと言ってくれるのが、彼のいいところだ。
顔をのぞき込んできたので、わざと目をそらして
「うん、まぁ、色々…」
言葉を濁した。
まさか女が原因で、夜もよく眠れない…などと、口が裂けても言えるわけがない。
「よければ、話を聞くよ」
廊下の端にある、自動販売機に小銭を突っ込むと、ガタンと缶が出て来る。
「ほいっ」
ブラックコーヒーを、こちらに投げてよこすと、そこにある作り付けのベンチに
2人並んで腰を下ろした。
「さては…彼女に逃げられたのか?」
いきなり切り出すので、思わず彼はプッと吹き出しそうになる。
「おっ」
同僚はニヤリと笑うと、
「さては、図星だな!」
ドンマイ、と肩をたたく。
恭介は口元をぬぐうと、
「違うってぇ~逃げられたというか、追い出された、というか…」
ぼそりと口の中で答える。
すると、口の中に苦いものがこみ上げてくるように、先日のいさかいを思い出す。
「おまえ…しかし、よくわかったなぁ」
さすが同期のエースは、違うなぁ~
おかしなことに、感心する。
「おまえ…人のことを感心している場合か?」
投げてよこした缶コーヒーのプルトップを開けると、ゴクゴクと喉を鳴らして
勢いよく飲み干す。
「おまえ…このままだとヤバイぞ。
アイツ…おまえをどうしようと思っているのか、知ってるか?」
急に真剣なまなざしになると、彼の方を気づかわし気に見る。
「あっ、まぁ~クビなのかなぁ」
缶をもてあそびながら、恭介は何てことない、という顔をする。
「クビ?
まぁ、そうだな。
正確に言うと、契約打ち切りってことかな」
彼の顔色をうかがいながら、同僚は彼の顏をのぞき見た。
やはり、そうなのかぁ…
思ったよりも、シビアな現実に彼は
「そうだよなぁ」とため息をつく。
こうしている間にも…話がどこまで進んでいるのか、わからない…
同僚は彼の肩を揺さぶると
「何が何でも、ネタをつかむんだ。
おまえが出来る最後のチャンスは…たぶん、それだけだ!」
彼は最後の一口を、ゴクリと飲み干すと、
「がんばれよ、相談にはのるぞ」
空き缶をクシャリと握りつぶすと、彼の肩をポンとたたいた。
そうは言ったものの、どうしたらいいものか、と彼の頭はいっぱいになった。
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