第2話 うちの犬は思い出す
「やはり朝の散歩というのは気持ちが良いな。空気が透き通っている。お、これは良い電柱だな。おや、あっちの電柱もいい。なんとその先も絶品だ。やはりこの町は素敵だな」
「町の良さを電柱基準で考えたことなかったわ」
私はポチのリードを右手で持ちながら誰もいないアスファルトの道を歩いていた。夜は仕事で遅くなることもあるので朝に散歩をするのが日課だ。
ポチは私の隣を歩いている。この子は良い子なので急に走り出したりしない。リードが引っ張られることすらない。いつも私と同じ速度で歩いてくれるのを密かに嬉しく思っていた。
「ポチはさ、行きたい場所とかないの?」
「行きたい場所?」
「ほら、公園とか田んぼとか、それこそ電柱とか」
「行きたい場所には連れて行ってくれているではないか」
そうだっけ、と私はいつもの散歩コースを思い出す。小さな町内をぐるりと一周する30分コース。その間には公園も田んぼもない。電柱はいっぱいあるけど。
「お、見たまえ飼い主。もう桜が咲いているぞ。美しいな」
「わーほんと綺麗だね」
細い川のほとりに一本の桜の樹があった。どうしてここに一本だけ桜があるのだろう、と春になるたび疑問に思うが、夏になれば忘れてしまうくらいの些細なものなので追究したことはない。
「いつもここを通るたびに思い出すよ」
「ああ、そういえばこの辺だったっけ」
ポチが捨てられてたの、と言いかけて言葉にするのはやめた。きっと犬にとって慕っていた飼い主に捨てられるというのはとても辛いことだろう。思い出したくない過去に違いない。
「いや~ダンボール箱に入れられてこの桜の根元に置かれたときは花見の席取りでもさせられてるのかと思ったが、蓋を開けてみればまさか捨てられてるときたもんだ。さすがにこりゃもう舞うしかないと思ったね。桜だけに」
「図太すぎない?」
私の心配は杞憂に終わったようだ。なんなのこの犬。
まだ蕾も多い桜に散る気配はない。私たちはその横を通り過ぎて、結局どこにも寄らず帰路についた。
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