うちの犬はよく喋る
池田春哉
第1話 うちの犬は悩んでる
朝目覚めると、うちの犬が喋っていた。
「やはり朝の一番の悩みといえば、今日という一日を散歩から始めるかご飯から始めるかということだな。散歩は早朝の清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んで歩けるし、ご飯は言わずもがな幸福の代名詞であるわけだ。正直どちらのスタートを切っても素敵な一日になることは間違いないのだが、それゆえどちらの選択肢も捨てがたい。さてどうしたもんかねえ、飼い主よ」
「喋りすぎだろ」
あまりにも流暢な語り口に、犬が喋っていることに対しての驚きよりも「なんだこいつよくもまあそこまで舌が回るな。犬か。犬だからか」という思いが上回ってしまった。いや私だって「ええー! うちのポチが喋ってる!?」なんて可愛く驚きたかったよ。
改めて私は目の前にいるウェルシュ・コーギーを見つめる。真ん丸な瞳に短い脚、ピンと立った耳もいつもと変わらない愛くるしさだ。変わっているのは喋っていることと、やけに紳士的なその口調くらいか。
「む、まさか吾輩の声が届いているのか? いつもとは明らかに違う反応ではないか飼い主よ。いつもなら『わー起こしに来てくれたのポチ~! 今日もいい子だねえ。ん、なになに? 今日も
「やめてくれ、そのダンディな声で私のデレデレモードを再現するのはやめてくれ」
そうだよ。起こしに来てくれてるんだと思ってたよ。私のこと千佳ちゃんって呼んでくれてると思ってたよ。飼い主って呼び方なによ冷たいな!
いつも喋りかけてくれてるなとは思ってたのだ。わふわふ言ってたしさ。私と会話したがってるんだろうな、かわいいなって。
それがまさか本当に喋り出すときが来るとは思わなかったし、いざ喋り出すと早く元に戻れと願うとも思わなかった。知らなくていい現実というのは確かにある。
「おお、本当に聞こえているようだな。不思議なこともあるものだ」
「私にはキミのキャラのほうが不思議だけどね。吾輩ってなによ」
「ある有名な文学作品があってな。幼き頃に母に読み聞かせてもらい、その物語にひどく感銘を受けたのだ。出てきたのは猫だったが」
「なんとなくわかったわ」
文学を嗜んでるとは。もはやポチにいつもの愛くるしさは無くなっていた。もう名前もポチじゃないほうがいいんじゃないかと思ってきた。ジェームスとかのほうが似合うよ。
ひとまず私はポチの頭を撫でてみる。もふもふとした感触もいつも通りで気持ちいい。撫でられているポチは気持ちよさそうに目を細めた。
「くっ、まずい、これはっ、思考が、ぶれる、吾輩は散歩に、いやご飯、うわああああ!」
「静かにして」
ポチは頭を撫でられると「くぅーん」と愛らしく鳴くことは知っていたが、こんなに叫んでいるとは思わなかった。
知らなくていい現実というのは確かにある。
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