第36話 Hero & Villain


 「一体、何が目的で……こんな……」

 「目的……? いきなり襲われたんだ」


 身に覚えはあるが、その覚えが殴打男オウダマンのみということが問題だ。

 恐らく、襲われるまでに何らかの因果関係があったはずなのだが、結果として俺が知ることができたのは100人くらいのマッチョに襲われたという事実のみである。


 だから、俺もいきなり襲われたとしか言い様が無いし、それに対抗して虐殺したのだ。勿論、こんな行為は法治国家たる日本で許されるものではない。


 しかし、俺にはキリング・ライセンスがある……これ見せたら見逃してくれねぇかな……いや、見せてみるか?

 この前、本間博士に合った時に『裏の事に詳しそうな奴に絡まれたりしたら見せて脅せ』みたいなこと言ってた気がする。が、そもそも見せて何とかなるものなのかこれ?


 ふむ……この錦龍きんりゅうがフリーでやってるのか公職? でやってるのかにもよるな。

 フリーで活動してるなら、こんな許可証を知ってる確率は低いかもしれない。逆に公職、というか組織だと、上の人から連絡がきているかもしれない。

 一旦、聞いてみるか。


 「襲われた……?」

 「うん……ところで、君は趣味でヒーローしてるタイプ? それとも何か国家とかがバックにいる?」

 「え? ……一応、国営ってことになってる……」

 「!」


 これは、もしかするかもしれない。俺は、さっさと帰りたい気持ちから、急いで懐をまさぐる。

 お気に入りの青いジャケットまで返り血でベトベトなんだ、早く洗わせてくれ。


 俺は、キリング・ライセンスを見せつける。

 何故か『虎鮫』名義かつ、今みたいに顔に包帯を巻いているので、見せても大丈夫ではある。


 「じ、じゃあこれ知ってる?」

 「……!? それは!?」


 お、これは効果がありそうだ。

 もしかしたら、無用な戦いとかにはならずに済むかもしれな――


 「そんなものは知らないッッッ!!!」

 「ええええぇぇぇぇッッッ!?」


 平和的解決ができなかった!

 錦龍は、攻撃を繰り出してきた。俺はバックステップで避けた。


 「例えどんな理由があろうと、大量虐殺を行った奴を逃すことはできない!!!」


 ぐうの音も出ない正論だ、何も言い返せない。

 それと同時に、凄い速さで距離を詰めてきた。回し蹴りだった。

 胴体(身長差で、俺にとっては胸になる)を狙ったものらしい。俺は、腕でガードすることにしたのだが……


 ゴキッ

 

 「……? え……あ!? い、一発で折れた!?」


 右腕が動かないと思っていたら、あらぬ方向に曲がっていた。

 軟骨っぽいだけだが柔軟性は本物である俺の骨が……


 耐えられないほど痛い訳ではないが、これはまずい。

 捕まったら色んな所に迷惑をかけることになるだろう。それは避けたい。


 「……はっ!」

 「うっ……!?」


 俺は、咄嗟とっさに足元の死体を蹴り飛ばした。

 比較的綺麗な状態のものを本気で蹴ったので、内臓やら何やらが破裂し、多量の血液が錦龍に降りかかる。

 効果の程は分からないが、目潰しである。


 「らぁぁぁぁッ!!!」

 「ぐあっ……」


 お返しと言わんばかりに、頭部へ飛び蹴りを食らわしてやった。

 脚は腕の3倍の筋力があるとされる。サメの影響で筋力が高い俺の蹴りなど当たれば、防具があってもかなりの衝撃が浸透する。

 それが頭となれば、しばらくは立っていられない。今の内の逃げよう――


 「錦龍!!! はぁぁぁぁ!!!」

 「危なっ!?」


 後ろからの不意打ちじみた一撃。ロレンチーニ器官が仕事をしなかったら死んでいたかもしれない。嗅覚は……周囲に死体が多くて機能していない。


 「ぐぁぁ、い、イグニス……」

 「大丈夫!?」

 「僕は大丈夫だ……それより、あの人を止めるんだ……!」

 「分かったわ!」


 イグニスと呼ばれた少女が、俺に向かって炎の剣を振るう。

 それ生身の人間に向けるやつじゃないだろ絶対。もしかして俺、人間扱いされてない?

 サメだけど、人間だろ。


 「あなたは! 前にも怪人を殺していた人ね!?」

 「うっ!?」


 危ない。胴体が真っ二つになるかもしれないところだった。

 逃げたいが、逃してくれはしないだろう。


 「やってられるか!」

 「あっ!」


 俺は、死体が山のように積み重なる場所、その中にもぐり込んだ。

 そこで、俺は手頃な死体を咀嚼そしゃくし、骨片や血を多く口内に含ませた。目潰しの準備である。


 イグニスが死体の山の近くに来たのを感知した俺は、一気に飛び出した…… 


 「そこっ……!?」


 見事に引っかかってくれたイグニスは、飛んできた死体を炎の剣で。死体は特に斬れていない。

 もしかしたら、非殺傷なのかもしれない。


 しかし、どちらにせよ好都合。俺はイグニスに近づき、剣を持った腕を掴んだ。痛いのか、イグニスの顔が歪む。


 「くぅっ! まさか、死体を使うとは!」

 「……ベッ!!!」

 「うぇっ……!?」


 その顔に、ぐちゃぐちゃのペースト状になった死体を吐き出してやった。

 骨片などが入り混じるそれは、俺の思惑通りにイグニスの視界を奪い去った。


 「しゃっ!」

 「うっ!?」


 俺は剣を持った腕を掴んだまま、折れた方の腕で頭を殴った。

 遠心力などが合わさった結果、イグニスの意識を混濁させることに成功したようだ。


 「うぁ……」

 「イグニス……!?」

 「よし! まさか俺ごときにやれるとは思わなかったが……」


 仲良く転がってる2人。一瞬だけ殺しとくか、という考えがよぎったが、彼らは特に悪くないのでその必要は無い。

 むしろ、治安が悪化する可能性さえある。


 ならば逃げるか……だが、俺の足ではいずれ追いつかれそうだ。

 足くらいは潰しといてもいいかもしれないが。しかし、治安が……


 「ぐぅ……まだだ!」

 「やっぱ潰しとくか!? ……ん?」


 2人から距離を取りつつ、次の死体を蹴り飛ばそうとした時、こっちに向かってくる反応を察知した。

 これは……車だ。しかし、ブラックオックスではないし、アルルカンでもない。


 やがて見えてきたのは、一台の年季が入ったシビックだった。

 俺達の前で停車した車の中から、1人の男が降りてきた。


 「いや、どうもどうも、こんにちは」

 「あ、貴方は!?」

 「……?」


 やや痩せ型の、ちょっと胡散臭うさんくさい40代くらいのおっさんだった。

 ニヤついた、しかし全く不快ではない笑みに、毒気が抜かれていくのを感じた。

 この人物は……?


 「えっと……貴方は?」

 「私は宇佐美うさみ。こーゆーモンんですよ」


 宇佐美と名乗る男性が持っていたのは、警察手帳だった。

 宇佐美うさみしげる、45歳。警部補ながら現場まで来るとは……たまたま近くにいたのだろうか。


 「警部補の人でしたか……何か、用ですか?」

 「用ってたら……色々あるんですが……」


 宇佐美さんは、死体の山を見渡しながら言った。

 心なしか顔が強張こわばっている。まあ、こんな死屍累々の惨状で何も思わないのはおかしい。警察官とあればなおさらだ。


 「いえ、この際目を瞑りましょう。文字通りに。ここに来たのは、あなたに一つだけお願いがありまして」

 「お願い?」

 「単刀直入に言いましょう。この2人を見逃していただきたい」

 「え!? ちょ、ちょっと宇佐美さん!?」


 おっと、裏の事情に詳しそうな大人だった。

 多分、おやっさんとか何かと融通の効く協力者ポジションなんだろうなぁ。


 「んー……なぁ、錦龍」

 「な、何だ!?」

 「この人って、信用できる人?」

 「え……あ、ああ、頼りになる人だ……胡散臭いけど……何故そんなことを聞く?」

 「ふーん……なら、錦龍とイグニスの顔立てとくか」

 「え……?」

 「おや? こりゃあ、ありがたい」

 「代わりにこっちも見逃してもらいたいけど」

 「ええ、それは勿論」


 話はまとまったな。

 それにしても、話が分かる人で助かった……これ以上面倒になる前に場を収めたいようにしか見えないが。


 「ああ、そうだ。念の為に確認したいんですが……例の許可証、持ってます?」

 「これです?」

 「……はい、はい。確かにアレですね。確認できたんで、もうあなたはから狙われることはありませんよ。ま、なら分かりませんがね」

 「ほー」


 ヒーロー? からは狙われないが、仲の悪い……つまり悪の組織やら何やらからは狙われるのか。

 深読みすれば、ヒーローとズブズブな悪の組織が狙ってくるかもしれない……無いと思いたいが。


 「良ければ車で送りますが」

 「いえ……そのまま警察署まで送られそうなんでいいっス」

 「ありゃ、バレちった」

 「マジだったのか……? まあいいや。それじゃ、失礼」


 俺は飄々ひょうひょうとした態度を崩さない宇佐美さんを向いたまま徐々に後退し、ある程度の距離になると猛ダッシュでその場から離れた。


 ……あー、そう言えば、買った物も無くしたんだった。

 この血塗れの状態じゃあ店には入れないし、人気のない場所を伝って研究所まで帰るか……いや、博士に直接電話するか。


 アルルカンに迎えに来てもらうのもいいな。シートが汚れるのを嫌って置いていかれそうだが。

 俺は早速、右手でスマホを取り出し……あ! 右腕折れてんじゃん……



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