第35話 Martial Arts ―神拳への道― (グロ注意)


 「シィッ!!!」

 「ぐっふ!?」


 確かに、駆け出したのは同時だったかもしれない。

 しかし、初動が違う。加速力が違う。おまけに、向こうの方が背が高いのでリーチも違う。


 一瞬で肉薄された俺は、単なる直突きの一発によって吹き飛ばされた。

 これが鮫欧拳こうおうけん……


 「おや? これは小手調べですよ?」

 「あぁ……」


 痛い。だが、それだけ。

 サメに侵食された俺は、いつからか、傷つく程に力が湧くようになった。

 まあ、殺しは無しのルールではあんまり関係ないが。


 「まだまだ行きますよ!」


 起き上がろうとする俺に、再び迫りくるリーさん。

 しかし、対処法はある。


 「うわっ!?」

 「捕まえたぞぉ~」


 俺は、起き上がろうとする姿勢から、地面スレスレの低空タックルでリーさんの脚を狙った。

 速いなら、その元を潰してしまえば良いのだ。


 「甘いっ!」

 「何っ」

 「はっ!」

 「ぐ」


 しかし、強めに掴んでいたはずなのだが、するりと抜けられてしまう。

 そのまま、俺は顔面に回し蹴りを食らった。


 「まだまだいきますよ! はっ――」

 「貰ったぁ!!!」

 「くっ!?」


 追撃の掌底しょうていが飛んできたが、俺は咄嗟にカウンターを決めてやった。

 結果、掌底は受けたものの、吹っ飛ばされずに済んだ。その上、何とか腹部にパンチを当てることに成功した。


 「てて……まさかこの掌底、『鰓打えらうち』を耐えた上、カウンターとは……」

 「俺は攻撃中スーパーアーマーなんでね」

 「そうなんですか!?」


 勿論ハッタリだ。スーパーアーマーなんて格ゲーじみたものがついてる訳ない。

 ただ、カウンター中にめちゃくちゃ踏ん張っただけだ。


 「ではこれはどうですか!?」


 リーさんの、普通の直突き。

 何か裏があることは確実だったが、戦闘経験がまるで違うだろうリーさんの狙いを読むことはできなかった。

 なので、やらないよりはマシだと、カウンターを繰り出すが――


 「はっ!」

 「え!?」


 俺のパンチをすり抜けるようにかわし、がら空きの胴体にもたれかかるような肩による体当たり……鉄山靠てつざんこうだ。

 鉄山靠により、俺は後方に吹き飛ばされた。


 「うぇ……死体でぐちゃぐちゃだ……おん?」


 死体を踏みしだきながら戦っていた俺に対して、リーさんは踏まないようにしていた。

 晴れて上下共に血塗ちまみれになった俺だが、死体の転がった頭部を見て、名案が浮かんだ。倫理的にはクソだが。


 俺は死体の中から一際デカい奴のを見つけ、それの胴体から背骨を抜き取る。思いの外、綺麗に取れたので、頭と胸骨、肋骨、そして内臓までついてきた。


 これで準備完了だ。

 俺は、ドン引きするリーさんに向き直った。


 「まさに人面獣心ですねぇ……人に見えても、サメという訳ですか」

 「いや、手頃な武器さえあればこんなことしませんよ」


 罪悪感や良心の呵責が無いのは事実だけど。

 しかし、武器が手に入ったのは良いことだ。それに、握る感覚もしっかりしている。流石に、消火器ほど手に馴染なじまないが。


 「ふんっ!」

 「うわっ!?」


 頭、胸骨、肋骨つきの背骨を振り回すと、その度に血が飛び散る。

 リーさんは、高速で迫る頭部を紙一重で避けた。


 「そっちか!」

 「えぇ!?」


 だが、俺の膂力りょりょくならば、急な方向転換が可能なのだ。

 予想外の方向から飛んできた頭部が、リーさんの腕をかすめた。それに危険を感じ取ったのか、リーさんが後ろへ飛んだ。


 「これでどうだ!」

 「そんな!?」


 俺は好機とばかりに、背骨についていた胸骨や肋骨を全てへし折り、リーさんへ投げた。

 高速で飛来する骨のつぶてに、リーさんは回避ではなく迎撃を選んだ。かなりの広範囲に飛んできており、回避は難しいと判断したのだろう。


 「はぁっ!」


 骨を一発ずつ、バンテージの巻かれた拳で砕く。

 その瞬間は、紛れもなく隙だった。


 「おらぁっ!!!」


 骨を投げた時には、俺は走り出していたのだ。

 鈍器はもはや頭のみと化した背骨を、リーさんの頭部へ振り下ろす。

 だが――


 「パリィですッ!!!」

 「何っ!?」


 振り下ろしは左手によって弾かれてしまい、致命的な隙となった。

 何とかもう一度振ろうとするが、時すでに遅し……


 「超海激震波ちょうかいげきしんは!!!」

 「がっ……」


 リーさんの右手が、俺の腹に触れた。

 その瞬間、とてつもない衝撃と、凄まじい不快感が全身を駆け巡る。

 そのあまりにも気色悪い感覚に、思わず背骨を取り落とした。


 「うがぁぁぁぁ!」

 「!?」


 しかし、それだけだ。衝撃があって、クソ程気持ち悪いだけ。

 俺は腹にえられたリーさんの腕をつかんだ。


 「らああああッ!!!」

 「うああああ!?」


 一本背負い……ですらない。ただ力任せに持ち上げ、地面へと叩きつける。

 リーさんは驚愕しながらも受け身を取った。だが、衝撃を受け切れずに、大きくバウンドする。


 「うらあぁっ!!!」

 「――!!!」


 宙に浮いたところを……全力で殴り抜く。

 見事に顔を打ち抜かれたリーさんは、はるか後方へ吹き飛んだ。


 「フゥー……ッ!」


 俺は息を整えながら、すかさず接近を試みる。

 だが――


 「……何だ? また誰か来てる?」


 かなりのスピードで何かが近づいて来るのを感じた。

 何にせよ、取りあえずリーさんの近くに行くことにした。


 「うわぁ、凄く痛い」

 「リーさん」

 「ええ、分かってますよ。誰か来るようですね……多分、ここから離れた方がいいですよ」

 「勝負は中断ですか?」

 「そうなりますね……正直、私としては負けたと思ってますがね。邪魔さえなければ」


 またサメ殴り関係者の乱入かと思ったら、違うらしい。

 頬をさすりながら、リーさんが起き上がる。全力のパンチだったが、受け流されたのだろうか。


 「私も、そろそろお暇させてもらいましょう。この勝負の続きは、いつか必ず……そちらさえ良ろしければ」

 「まあ、機会があれば? じゃあ、お元気で」

 「はい! それではまた!!!」


 リーさんは、物凄く早いダッシュでどこかに去って行き、あっという間に見えなくなってしまった。

 あのダッシュを戦闘中に使わなかったのは……まあ、隙が大きいからだろうな。


 「……」


 さて、この死体の山をどうしようか。

 俺が滅茶苦茶に暴れたせいで、足の踏み場もない程に内臓やら肉片やらが飛び散っている。

 ここに向かってる何者かは、もうあと数秒で到着する。俺の脚じゃ逃げられない。迎え撃つかぁ


 「こ、これは……!?」

 「……」


 この声には聞き覚えがある。

 前に怪人? を撲殺した時に会ったヒーローっぽい奴らの片割れ……錦龍きんりゅうと呼ばれていた、仮面ラ〇ダーっぽい人だ。


 「あなたは……! これはあなたがやったのか!?」

 「あぁ……」


 彼の目には、俺が大量虐殺犯として映っているようだ。

 まあ、正解だし、襲われたから以外の言い訳も一切できないんだがな。


 俺がゆっくりと振り向いた先には、仮面の奥からでも分かるほどに怒りをたぎらせた錦龍がいた。

 和解は無理そうだな……俺が全部悪いから。




 ――――――――――




 【サメナグ・リー/リー万姫ワンチェン

 ・世界中を旅し、武者修行をしている少女。名前は偽名で、芸名のようなものである。

 サメを殴るための拳法、『鮫欧拳こうおうけん』の使い手で、若いながらも何匹ものサメを殴ってきた期待のルーキー。

 使った技

 ・鰓打えらうち:鰓を攻撃して呼吸困難にする。似た技に鰓貫えらぬきがある。こちらは鰓をぶち抜く技。

 ・超海激震波ちょうかいげきしんは:奥義となる技の一つで、浸透勁しんとうけいという発勁はっけいの一種。本来は、サメの内臓をまとめて破裂させたり、海に直接打ち込んで荒波を作ったりする。しかし、リーのものはまだ未熟なので、異様にタフな虎鮫を止めるには至らなかった。

 ・顎断裂転身あぎとだんれつてんしん:サメに噛まれた時に身体をひねり、サメを破断しながら抜ける技。虎鮫に腕を掴まれた時、この技を使用し、虎鮫の右腕に深刻なダメージを与えるに至った。



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