第34話 Go outnumbered ―多勢に無勢―


 ある日のこと。

 いきなり学校が休日になったと聞かされたので、買い物に行ったついでにぶらぶらと散歩をしている時だった。


 『いたぞぉぉぉぉぉ!!! あの包帯頭だぁぁぁぁ!!!』

 「!?」


 道を歩いていると、いきなり前から50人以上の滅茶苦茶ガタイのいい奴らが、俺をめがけて走って来たのだ。その半分くらいは、明らかに外国人だった。

 『包帯頭』と言っていることから、狙いは俺なのだろう。俺はまだ包帯を巻きっぱなしだからだ。


 しかし、何の前触れもなくいきなり出てきてこれとは、何が目的か分からない!


 「な、な、何だぁっ!?」

 『アイツが殴打男オウダマンったって噂の虎鮫タイガーシャークだぁぁぁぁ!!! 殴れええええぇぇぇぇ!!!』

 『うおおおおぉぉぉぉ!!!』

 『殴打!!! 殴打!!! 殴打!!!』


 異様、狂気的なまでの熱気だ。

 俺よりもはるかに背が高く、筋肉モリモリな奴らが、サメを殴ろうとしている。

 いや、それに俺は殴打男を殺した訳じゃない、引き分けだ。どこで尾ヒレがついたんだ!?


 『いたぞぉぉぉぉ! 虎鮫だぁぁぁぁ!!!』

 「うわぁこっちにも!?」


 慌てて逃げようとしたのだが、背後からも追加で50人くらいが来ていた。勿論、外人らしき人間も交ざっている。

 逃げ場無し、多勢に無勢、絶体絶命……


 『殴るぞぉぉぉぉ!!!』

 「……さ、先にお前らを皆殺しにしてやるよぉぉぉぉ!!!」


 俺は量子格納ワッペンから消火器を取り出し、前の奴らに投げつけた。

 その消火器は真っ直ぐに先頭の奴に命中し――


 ドワオォォォォ……


 『ぐああああ!!!』

 『畜生、爆発だ! アイツの消火器だ!!!』

 『ぶん殴ってやるぜぇぇぇぇ!!!』


 大爆発を起こした。

 何故、爆発を起こしたのかは分からない。多分、渡してきたアルルカンが何か細工したのだろう。

 もしかして俺、爆発の危険性があるものを平然と振り回してた……?


 『死ねぇぇぇぇ虎鮫タイガーシャークぅぅぅぅ!!!』

 「お前が死ねぇ!!!」

 『うああああ!!!』


 俺の振り下ろした腕が、目の前の男を完全に引き裂いた。

 たった一撃で袈裟けさ斬りにされた屈強な身体が、崩れ落ちた。

 しかし、それで戦意を失う奴らではない。むしろ、更に士気が高揚こうようしている!


 『うぉぉぉぉ!!! 殴打ぁぁぁぁ!!!』

 『1人殺した程度でイキってんじゃねぇぞヒョロガリサメェェェェ!!!』

 『サメ殴りの神バンザァァァァイ!!!』


 奴らは、はっきり言ってイカれていると考えられる。

 そっちが止まる気が無いのなら、こっちもやってしまおう。


 「見せてやるよサメの力をぉぉぉぉ!!!」

 『うがああああ!!!』

 『クソォォォォ!!!』

 『殴打ぁぁぁぁ!!!』


 俺は、サメ殴り軍団の群れに飛び込み、本能のままに暴れまくる。

 腕の一振りで首が宙を舞い、蹴りの一撃で胴体がはじけ飛んだ。最早、鎧袖一触がいしゅういっしょく。触れるだけで、身をよじるだけで相手は死ぬ。

 今の俺は、暴力の化身と化していたのだ。


 『抑え込んじまえばこっちのもんだぁぁぁぁ!!!』

 『殴れェェェェ!!!』

 「何人来ても無駄だぁぁぁぁ!!!」

 『ぐああああ!!!』

 『強ええええ!!!』


 10人がかりくらいで抑え込まれた……が、力の限り身体を回転させると、拘束してた奴らの腕や首がねじ切れた。

 この戦闘力こそが、サメ率100パーセントの真価である……らしい。詳しくは全然分からない。俺は雰囲気でサメになっている。


 『お、殴打ぁぁぁぁ……』

 「死ねッ!!!」

 『ガハッ……』


 最後に残った1人を、踏み潰す。もう動いている者はいない。無傷な死体にも、一応トドメを刺して回った。

 あたりを見回すと、死屍累々ししるいるいの惨状だった。俺は、真っ昼間の日本で100人以上の大量虐殺を行ったのだ。

 まあ、自衛のためだし、キリング・ライセンスもあるから許される……本当に倫理に喧嘩売ってるな、この許可証。


 「終わったか……? 何だったんだ?」


 100人で1人をリンチ未遂も、100人を返り討ちにして虐殺も、到底日本で許されるべきものではない。

 しかし、それがまかり通るのがこの世界だ。嫌だなぁ、マジで。


 俺は、一旦この惨状を本間博士に連絡しようとスマホを取り出す。

 そして、博士の電話番号を押そうとした時だった。


 「……ん? 誰だ? 誰かまだ隠れてんのか?」


 俺は、まだ人の気配があることを感じ取った。

 サメとしての力、『嗅覚』と『ロレンチーニ器官』である。

 これにより、俺は広範囲の獲物を探すことができるようになったのだ……もう人間じゃない!


 「いやぁ! まさか気づかれるとは。私もまだ修行が足りませんね」


 俺が人の気配を察知した方を見ると、そこから1人の人物が姿を現した。


 「格闘家か?」


 中国の拳法着とチャイナドレスを合わせたような服装の女性だった。

 煌びやかではなく、むしろ少し薄汚れている。しかし、頑丈そうな作りの服やズボン、靴、帽子、背負った荷物などから、世界中を回って強者と戦う修行中の中国拳法家、という表現が良く似合う。


 「よく分かりましたね……って、この服装なら分かりますよね、アハハ――」


 第一印象は、快活な格闘家か、イカれたサイコ女か。

 どちらにせよ、たった今、大量虐殺を行った相手に対してこの余裕はただ者ではないだろう。


 「あ! 申し遅れました。私、『サメナグ・リー』と申します! 勿論偽名ですよ! 芸名みたいな感じです。リーって呼んでください」

 「ああ、どうも……虎鮫です。俺のもコードネームみたいなもんで。虎鮫でいいですよ」


 わざわざ偽名であることを明かす清さには好感が持てる。

 しかし、ペースに乗せられそうだなぁ。こっちから質問してみるか。


 「ええと、リーさん。名前からしてここ転がってる奴らの仲間でしょ? 恨みとか、仲間意識と無いんです?」

 「仲間意識は、微妙ですね。会ったことも話したことも無い人なので。正直、恨みはありません」

 「ふーん……」


 コイツら、協力はしようとしてたが、イマイチ連携を取れてなかったし。知らん奴相手なら、まあそんなもんか。

 そう思ったが、リーさんの話はまだ続いた。


 「ですが、知り合いだったとしても、あなたを憎むことは無かったでしょう」

 「え、何で?」

 「彼らは死を覚悟してたからですよ。あなたに、自分達を殺す理由と権利、力があることを知ってなお、信念を持ってあなたに挑んだんです。その覚悟を、私の個人的な感情で汚したくはないんです!」

 「……」

 「あなたにこそ、我々を憎む権利がある。私はそう考えています」


 でも、流石にあなたから来て、一方的に殺されていたら怒るくらいはしましたよ。

 リーさんはそう言って締めくくった。


 何と言うか、クソ真面目で律儀って感じだ。嫌いではない。

 そして、こういう人がわざわざ出てきた目的は、言われなくても分かってる。


 リーさんは、荷物を邪魔にならない場所に置き、俺の方を向き直った。

 とても真剣な目をしている。


 「改めまして、今日はあなたにお願いがあって参りました」

 「まあ……戦いたいんじゃないですか、俺と」

 「はい!」


 間違ってたらめっちゃ恥ずかしかったが、あってたのでヨシ!

 まあ、彼女は真面目そうなので、俺としても否はない。


 「いいですよ。今、ここで」

 「本当ですか!? では!」


 リーさんが構えると、俺も無言で構えた。まあ、一番動きやすい体勢、というだけだが。

 一方、リーさんの構えは、右脚を軸にして腰を深く落とした、中国拳法でよくありそうなものだ。


 「『鮫殴拳こうおうけん』、サメナグ・リー。行きます!」

 「俺は虎鮫だぁ!」


 駆け出したのは、ほぼ同時だった。



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