第33話 Blood Bath ―大虐殺―


 ここは、秘密組織KJの本拠地である雑居ビル。

 一見してただのビルなのだが、中では日夜、非人道的な実験などが行なわれている。


 そんな典型的な悪の組織のアジト前に、1台の車が止まった。全てのガラスをフルスモークにしたハイエースだった。

 ナンバープレートすら存在しない車のドアが開くと、中から1人の男が出てきた。ツナギと帽子を被った、いかにも作業員という風体ふうていの男だ。


 「……」


 この男は、本間博士の研究所で働く、高瀬たかせ光士郎こうしろう。虎鮫とアルルカンをシャークウェポンから回収する役割を担っている。

 何故、そんな人物がこのような場所にいるのか。


 ――その理由は、これから分かることだ。


 「ん? なんだぁっ――」


 パシュッ。

 乾いた音と共に、出入り口の前にいた、警備員に偽装したと思わしき見張りが崩れ落ちた。

 その見張りのひたいには、小さな穴が開いていた。


 高瀬の右手には、拳銃らしきもの。

 これによって、見張りを殺害したことは明白だった。


 「……」


 周りの監視カメラなどを全て破壊した高瀬は、建物の中へと侵入していく。


 「あれ、荷物の配達で――」

 「テメェ何――」


 正面から堂々と侵入し、目につく者全てを撃ち殺す。アクション映画さながらの光景だが、やっていることは洋画の殺人鬼に近い。


 「おいっ、早く警備を呼べっ」

 「だ、ダメだ警報が鳴らない」

 「ギャッ」

 「ヒィィィィッ、た、助け――」


 非戦闘員らしき者も、命乞いをする者も、一切の慈悲は無い。

 能面のような無表情でそれをやってのける高瀬は、今や機械のようでもあった。


 『おいっ、貴様だな。ここの職員を殺したのは』


 隠れた者も粗方し終えた矢先、高瀬に声がかかった。

 その声の主は……怪人だった。


 「……」

 『ククク……どこの組織の回し者かは知らんが、このKJに歯向かったことを後悔するがいい!』


 機械のような身体を持つ怪人が、高瀬に襲いかかる。

 常人なら反応もできずに接近され、即座に殺されるだろうスピードだった。

 しかし、高瀬はそれに防御などの反応もしなかった。


 機械の身体ゆえに表情を出すことが叶わず、内心でほくそ笑んだ怪人。しかし、その笑みは次の瞬間、驚愕に塗りつぶされた。


 『ば、馬鹿な!?』


 怪人の腕が、高瀬ので静止していた。


 『バリアだと!? 貴様、能力者か――ぐあぁッ!?』


 高瀬は狼狽うろたえる怪人を無視し、無情に銃を撃ち込んだ。

 その弾丸は、拳銃程度なら容易よういはじくだろう身体を、いともたやすく貫通したのだ。


 『き、貴様……バリアを、弾にして撃ち出したというのか……!?』


 高瀬の持つ拳銃は、単なる拳銃ではない。

 これは、バリアを弾のようになるまで圧縮し、銃身から撃ち出す兵器である。

 だからこそ、硬い身体を持つ怪人を殺すこともできるのだ。


 『む、無念……』


 全身を撃たれハチの巣と化した怪人は、力尽きた。

 それを一瞥いちべつした高瀬は、上の階に上がって行った。




 ◇




 高瀬が上の階に上がると、そこは血の海だった。

 銃で撃ったのとは訳が違う、力任せに引き裂かれたり、砕かれたような死体が散乱している。人間のものだけではなく、怪人すらその有様である。

 そんな異様な死体だらけのフロアで、誰かが椅子に座っていた。


 「あら、高瀬さん。下はもう終わったんですね」

 「……」


 頭をすっぽりと覆う、一目で作り物と分かるニホンザルのマスクを被っている少女だった。

 この虐殺を引き起こした張本人のようだが、返り血の一つも浴びていないことから、その実力がうかがえる。

 高瀬は、この少女に対して警戒も何もしなかった。


 何故なら、彼女は味方として本間博士が雇った人物なのだから。

 本間博士とて、流石に高瀬1人を特攻させるほど狂っている訳ではなかった。


 この人物は、通称『モンキー・クラン』と呼ばれる殺人鬼集団のリーダー的存在で、『モンキー・マスター』と呼ばれている。

 このクランは、一般人を狙った殺人ではない。綿密な計画と大胆な犯行により、この町『矢場谷園やばたにえん』に巣食う悪人を粛清していたのだ。


 これまでに、ブラック企業や悪の組織など、多くの者達が手にかかっている。しかし、彼らの尻尾が掴まれたことは、一度としてなかった。

 ただ猿の姿だけが語られる。ゆえに『モンキー・クラン』なのである。


 「3階も終わったらしいんですけど、生き残りが4階に立てこもっているらしくてですね。今、が逃げないように見張ってますよ」


 猿マスは、血を踏まないよう、器用に床を歩いたり、壁を這ったりしながら言った。

 怪人よりも怪人らしいその姿を見ても、高瀬は無表情を貫いた。


 「数は?」

 「5人ですね。研究者や責任者みたいですよ」

 「武器は?」

 「貴方からすれば玩具レベルですねぇ。意外と早く終わりそうでよかったですよ。この後もがあるんで」

 「そうか。感謝する」


 高瀬は、それだけ聞くと、上の階へ上がった。


 「無愛想だなぁ」




 ◇




 3階も生存者はいなかったので、高瀬は4階に来た。

 そこでも死体が散乱していたが、そのどれもが、切断されたような傷口だった。

 それらをたどっていくと、とある一室の前に、男がいた。


 「何だ、早かったな」


 精巧に作られた、リアルなチンパンジーのマスクを被った男だった。

 全て黒で統一された、作業着のような服を着ており、手袋までしている。

 かなり細身に見えるのだが、身長は180センチ以上ある高瀬よりも高い。


 彼はモンキー・クランにおいて、通称『被猿ヒサルのジョージ』と呼ばれる男である。

 その名の由来は、ネット上の都市伝説からきている。勿論、目つぶしも得意技だ。


 モンクラ内においても、猿マスを除けば跳び抜けて強く、特に速度と頭脳が優れている。

 ゆえに、モンクラの司令塔として動くこともある。だが、こうして自ら行動することの方が多い、恐るべき男だった。


 しかし、チンパンジーは『猿』ではなく、『類人猿』なのだが……モンキー・クランとは何だったのか。


 「生き残りはこの中だぜ、高瀬さんよ……オラァッ、いい加減開けやがれっ」

 『ヒィィィィッ!?』

 「ほらな?」


 ジョージが、硬そうなドアを蹴ると、中から怯えたような声が聞こえた。


 「棚か何かがつっかえてんだが……から入るなら、何の意味も無いよな?」


 ジョージは、ドアとは違う壁を、、新たな入口を作った。

 廊下に転がった死体は、これのせいで斬殺死体に見えたのだ。


 「礼を言う」

 「なぁに、礼ならもうもらってるさ」


 そう言って、USBメモリを見せるジョージ。この中に入っているデータは、全てKJの研究データである。

 彼らはすでに研究室などに入り込み、データを吸い上げていたのだ。


 「そうか……」


 高瀬は、返事をしながら部屋の中に入った。

 中には猿マスからの情報通り、5人の人物がいた。彼らは、最後の抵抗なのか、銃らしきものを構えていた。


 「く、来るなーっ! 撃つぞ……ギャッ!?」

 「ヒィィィィッ!?」


 銃を持つ者の腕を撃ち抜き、無力化する。

 目にも留まらぬ早撃ちで、しかも、命中率も百発百中。高瀬が殺し屋に抜擢ばってきされた理由の一つだった。


 高瀬はのたうち回る者を無視し、懐から水晶を取り出した。

 あの水晶トカゲ……レプリスタルという魔怪獣の水晶である。


 「この水晶をどこで手に入れた?」 

 「ど、どこかの魔術組織だ! 名前は忘れたが、少数の強い奴らが集まってる!」

 「取引した際、直接会った者の特徴は?」

 「分からない、取引が終わったらグズグズに溶けて死んだ!」

 「今までどこにこれを流した?」

 「流してない! 例の魔術組織がやったことだ!!!」

 「ふぅん……嘘はついてないみたいだが、コイツらからはじっくりと聞き出す必要があるんじゃないか?」


 ジョージの言葉に、高瀬は少し考える。

 しかし、開けられた入口から、高瀬と同じような服装の男達が入って来たのを見ると、考えるのをやめた。


 「そうだな……連れて行け」

 「了解」

 「何をする!? やめろー……」


 男達はテキパキと中の者達を拘束し、連れて行く。

 やがて、部屋の中は静かになった。


 「さて……おれも行くよ。これからまたクズ共を皆殺しにしなきゃならないんでね」


 ジョージは、窓の無い部屋の壁を切り取り、外に出て行った。

 4階。それも地面とは10メートル以上は離れているというのに、着地して駆けて行ったのだ。まさに怪人である。


 『研究データや機材は残らず全部持ってけー! の奴が全部有効活用してくれる!』

 『先輩、この死体はどうします?』

 『全部持ってけー! 怪人の死体も大事な研究材料だー!』

 「……」


 大きな声が響く。

 矢倍高校の生徒達が、資材を根こそぎ奪っているのだ。

 モンキー・クランとの契約で、KJを壊滅させた際の研究データは矢倍高校にも回るようになっているのだ。


 つまり、猿・マスターとジョージは矢倍高校と関係があると考えられる。

 彼らが本間博士陣営にそれを隠さないのは、隠す必要が無いと考えているのだろう。


 悪人専門の殺人鬼集団と、人類のためならいかなる犠牲もいとわない狂った博士。

 お互い、何か気が合う所があったのだろう。


 しかし、冷徹な殺し屋である高瀬に、そんな狂人達の考えなど分かるはずも無かった。

 高瀬は、本間博士に任務を完了したことを伝えると、帰って行った。



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