第32話 Black Ox ―ブラック・オックス―


 「なぁ」

 「んー?」


 左の運転席にいるアルルカンに話しかける。運転中に話しかけるのはあまり良くないかもしれないが、彼女なら集中力とかも常人とは違うので大丈夫だろう。


 「音楽変えていい?」

 「いいわよ……好きなのにしても」


 音楽を一つずつ確認していく。

 何か、やたらと80年代から90年代のシティポップが多いな。アルルカンはこういった音楽が好きなのかもしれない。

 その中で選んだのは、80年代くらいの過剰なまでにサイケデリックで外連味けれんみの利いた音楽だった。シンセウェイブやエレクトロスウィング系の。


 「ああこれ。アタシの好きなゲームの曲だわ」

 「ふーん、お前は他人を傷つけるのか好きなんだな」

 「あら? アンタも知ってたの」

 「うん……そう言えば、ステインさんも動物、というかサメのマスク被ってたよな」

 「確かに。んでアイツ……相当な人間殺してるわよ」

 「やっぱり? あの手慣れてる感じ」

 「あそこまで来るともう作業かしらねぇ」


 俺達の話は、そこそこ盛り上がった。内容はかなり血生臭いが。まあ、俺にとって血は『いい匂い』に分類される……サメなので。


 「殺しといえば……あ、もうそろそろ着くわよ」

 「もう終わってんじゃないの?」

 「まだ戦ってる最中みたいよ。このまま一気に突っ込んで、漁夫の利を狙うわ」

 「分からんぞ。向こうが漁夫で、俺達は別の何かかもしれない。ほら、俺サメだし、この車ブラックオックス黒い牡牛だし。俺達が漁夫ってのもおかしくないか?」

 「言葉のあやだし、んな細かいことどーでもいいでしょうが。アンタどっからどう見ても人間じゃない、ギザ歯なだけの。大体、漁をするから漁夫なのよ? 狩る側のアタシらは漁師側よ」

 「そうかな……そうかも」


 そんな話をしていると、交差点が見えてきた。

 交差点では、多数の特撮に出てくる戦闘員っぽい奴らと、ヒーローっぽい奴らが戦っており、あちこちに火の手が上がっている。若干、ヒーローが優勢か。

 しかし、こんな燃えるものも何もない場所で何やってるんだ。地面を焦がしてるだけじゃないか。


 「どっちに突っ込むんだ!?」

 「んなもん……前にいる奴全部よ!!!」


 ブラックオックスがうなりを上げた。

 超合金製の心臓エンジンにはオイルが流れ、極上のハイオクタン・ガソリン排気の呼吸いきをする。

 その姿はまさに、世紀末の神インターセプターV8がつかわした、荒ぶる鋼の黒い牡牛ブラックオックス


 『ぬわぁっ!? な、なんだぁっ!?』

 『フィーッ!?』

 『フィーフィー!?』

 『フィー!?』


 特撮の怪人(改造人間)っぽい奴がかれかけ、轢かれた戦闘員っぽい奴らが次々に爆散していく。

 どこかで聞いたような間抜けな声だが……戦闘員の宿命か。


 「ほーら、コイツらが持ってる物」

 「あ、水晶だ」

 「指揮してる奴だけ捕まえましょ」

 『ぐわぁっ!』


 邪魔な戦闘員を轢きながら、怪人に体当たりする。

 その衝撃で倒れた怪人を見たアルルカンは、そいつの前でドアを開けた。

 ヒーロー達からはちょうど死角になる位置なことと、ボタン1つで全てのガラスがフルスモークになる機能のおかげで、バレる心配は無い。


 「ハァーイ、怪人さん。ちょっとお話しいいかしら?」

 『な、何だお前ら!?』

 「んー……漁師、かしらね?」

 『ハァ……?』

 「まあ、そんなことどうでもいいのよ。アタシ達が聞きたいのは、この水晶をどこで手に入れたかってこと」


 水晶を見せびらかすアルルカン。

 それに対し、怪人はかなり動揺している……ように見えた。いや、機械っぽい身体の表情なんて分からん。


 『そ、それをどこで……』

 「質問してんのはこっち。答えないと……こうよ?」


 アルルカンが水晶を遠くに放り投げる。すると、水晶がそこそこデカい爆発を起こした。

 それに慌てたのが、機械の身体を持つ怪人である。


 『お、お、お前!? ワタシは火気厳禁なんだぞ!?』

 「火気厳禁? あー、どうりでガソリン臭いと思ったよ」

 「あんだけ火、使っといてよく言うわよ。さっさと答えなさいな。正直に答えたら、命だけは助けてあげるわ」

 『ぐ……その水晶の入手経路は、ワタシも知らん! 組織から渡されたものだ!』

 「組織?」

 『知らんのか? KJを』

 「いや……」

 「何よ、つまんないわねぇ、馬鹿正直に答えちゃって……あ、そうだ。ねぇ怪人さん?」

 『な、何だ……?』


 突然、話題を振られたことに、戦々恐々とする怪人。

 こいつも、アルルカンの性格の悪さを見抜いたのかもしれない。


 「貴方、見たところガソリンの怪人よね?」

 『そうだ! ワタシは燃料怪人ガソリンマン! あらゆる石油燃料を生成できるのだ!!!』

 「ご丁寧に自己紹介どうも……ん、アンタはこれでも投げてヒーローを牽制けんせいでもしときなさい」

 「ええ? まあいいけど」


 手渡されたのは、いくつかの水晶。

 俺は早速、窓から水晶を投げた。そして、小規模の爆発。

 牽制にはなっているようで、残った戦闘員やヒーロー達があわあわしている。音を見た目だけっぽいのだが……


 というか、この怪人はガソリンの怪人だったのか。

 言われて見れば、何となくガソリンスタンドっぽい色合いと形をしている。


 「で、ガソリンマン。貴方がこの車のガソリンを満タンにしてくれたら、あっちのヒーローから逃げるのを手伝ってあげる」

 『な、何だと……? それだけでいいのか!?』

 「ええ、だから満タンにしてちょうだい。そこの給油口からね」


 アルルカンは、給油口を指さした。

 なるほど、ただでガソリンを補給できるというわけだ。完璧なアイデアである……補給する奴の信用を除けば。


 『本当に見逃してくれるんだな……?』

 「まあ、こいつはこんなんだけどさ、約束は守るよ……自分の都合が悪くならない限り」

 「そ。正直、一怪人の生死なんてどうでもいいわけよ。貴方だって、赤の他人のことなんて気にしないでしょ?」

 『いや、それは……そうだが……この話とは何か違うような……』

 「あ、水晶切れた」

 「ほら、ヤバいわよ」

 『……ああ! もうどうにでもなれっ!! ハイオクタン! 注〜入〜っ!!!』


 ガソリンマンは、自らの身体についた給油機を、給油口に突っ込む。

 すると、ガソリンメーターがぐんぐんと上昇し、ついには満タンになった。

 こいつすげえな。何でこんな奴が前線で戦ってんだ。


 「ヒュー! やっぱハイオクは最高ね! じゃあ約束通り、逃げる手伝いはしてあげるわ。ブラックオックスに、掴めそうなとこがあるでしょ? そこに掴まりなさい」

 『ひ、引きずり回すのか!?』

 「ヒーロー共にやられるよかマシでしょうが。ほら、掴まった」

 『ヌゥ~! 背に腹は代えられん!!!』


 ガソリンマンは、世紀末仕様であるがゆえに存在する、有事の際に掴めそうな部分を掴んだ。

 このままでは引きずられることになるんだが、摩擦まさつとかは大丈夫なのだろうか。これで発火したら目も当てられない。


 「行くわよ!」

 『ヌアアアア!!!』


 アスファルトと金属がれる、ギャリギャリと不快な音を立てながら、ブラックオックスが走り出した。その目標は、ヒーロー達である。

 特に恨みは無いし、なんなら日々の平和を守ってくれていることに感謝しかないのだが、俺ではアルルカンを止められないのだ。許してくれ。


 『ヒィ~!!! 摩擦がぁ~!?』

 『うおっ、突っ込んでくるぞ!』

 『危ない!?』


 ブラックオックスは、明らかに100キロを余裕で超えるだろうガソリンマンを引きずっても、速度が落ちることはなかった。

 それとやっぱ摩擦はダメなのな。


 「到着っと。この辺でいいかしら」

 『どわっ!?』


 ヒーロー達を振り切ると、別の道に出たようだ。

 ちょうど、俺達の探してたガソリンスタンドの前だった。


 「ここなら機材に化けたりしとけばバレないでしょ」

 『いい感じの場所を選んでるのが腹が立つなぁ!』


 ガソリンスタンドは、ガソリンマンにとってはいい感じの場所らしい。


 『釈然としないが……あのままでは負けていたと考えられる。そこは、まぁ……感謝しておく』

 「別にいいわよ、水晶の出所も聞き出せたし、ガソリンも満タンになったし」

 「出所と言えば……KJだっけ?」

 『ああ。非人道的な活動を繰り返す組織だ。ワタシも、死にかけていたところを勝手に改造人間にされた過去があるんだ』

 「えっ?」


 そんなノリで悲しき過去出さないでくれよ。正直、反応に困る……


 「大した悪事も働いてないっぽいし、その能力なら引く手あまたでしょ。じゃ、アタシらはもう行くわ」

 「お達者でー」

 『ああ……』


 アルルカンが大したことないというなら、殺人とかの重罪はやってないはずだ。

 まあ、何か律儀っぽいので、その辺はどうにかして暮らすのだろう。


 ブラックオックスが走り出す。目的地は、アルルカンの思うままに。

 俺は、ガソリンマンから聞いた組織を、博士に伝えることにした。


 「もしもし、博士ですか? 横流ししてるとこが分かりましたよ。はい、水晶の。KJとかいう組織らしくて……改造人間? まで作ってるとか」




 ◇




 後日。アルルカンに乗せられ、ドライブしていた時のことである。


 『オーラーイ、オーラーイ』

 「ガソスタ~。空いててよかったわ」

 「平日の昼間だからな」


 俺達はガソリンスタンドに来ていた。例によって、ガソリン切れになったからである。

 ブラックオックスは、給油機の前に止まった。


 「ありゃ、誘導してた人どっか行ったな」

 「慌ててたし……まあ、どうでもいいわよ、ガソリンさえ入れてくれるなら」

 『いらっしゃいませー。ご注文は何になされますか?』

 「ああ、ハイオク満……タン……で……?」


 歯切れの悪くなったアルルカンが気になり、俺もそっちを向いた。

 そして、俺はその店員に驚愕した。


 『あれ!? お前達は!?』

 「ガソリンマン!? 何でこんなとこに!?」


 その店員は、ガソリンマンだったのだ。ご丁寧に制服まで着ている!

 ぱっつんぱっつんどころではなく、機械の塊が無理矢理、布をまとっている。もう少しどうにかならなかったのか。


 『お前達にここまで引きずられた後、ここの店長が俺を雇ってくれたのだ』

 「ええ……その店長、懐深すぎない?」

 「でも、怪人のあんたがわざわざ真面目に働く理由は? 何か、裏組織から引く手あまたなんじゃないか?」

 『そうだな、ワタシには真面目に働く理由がある。これを見てみろ』


 ガソリンマンが、器用に携帯を操作し、俺達に見せてきた。

 ガラケー……


 見せられた待ち受け画面に写っていたのは、ガソリンマンと、もう1人の機械でできた怪人だった。

 こちらは、何と言うか、エンジンに似た感じがする。


 「んー? アンタと同じ、怪人?」

 『そう、彼女はレディ・エンジン。ワタシの……彼女だ』

 「彼女!?」

 「うそん……」


 ガソリンマンには、彼女がいた!

 エンジンの怪人らしいので、相性が良すぎる。まさしく運命の相手だ。


 「おめでとう?」

 『ああ、ありがとう……いや、惚気のろけはここまでにしよう。えー、ご注文は何になさいますか?』

 「ハイオク、現金、満タンで」

 『は、承りました!』

 「馴れ初めとかはまた教えてちょうだい」

 「結婚式には呼んでくれてもいいんだぜ」

 『……考えておこう!』


 慣れた手つきで給油するガソリンマン。

 人間時代は、ガソリンスタンドで働いていたのかもしれない。


 『満タンで……50リットル!? は、8650円になります』

 「マジで燃費悪いの。カードでいいかしら?」


 今日は思わぬ出会いがあった。波乱の1日になりそうだなぁ……




 ――――――――――


 


 【ガソリンマン】

 胸らへんにあるタンクへ、ゴミでも何でも入れると軽油、レギュラー、ハイオクのみならず、重油や原油まで生成できる。

 肉弾戦になると、衝撃でガソリンが飛び散る。周囲が燃えてたのはそのため。

 アルルカンに見逃されてからは、ガソリンスタンドで働き、【レディエンジン】という女怪人と付き合い、後に結婚する。

 怪人の中でも上澄みの実力を持ち、特に指揮能力が脅威的。


 【Feシリーズ】

 設備さえあれば、鉄からできる戦闘員。掛け声は『フィー』。

 能力の程はお察し。命令を理解できる知能はある。完全に使い捨て。

 元は、すでに壊滅済みの悪の組織が作り出した戦闘員だったが、あまりにも量産が容易なので、壊滅間際に誰かが設計図などをばらまいた。



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