第11話 一方その頃(マジック・モンス)


 ここは、統一魔道帝国マジック・モンス。

 かつて巻き起こった世界規模の大戦を、巨大な魔獣を使役することで勝ち抜いた国家である。


 そんな国家にある、悪趣味なまでに煌びやかだが、その実、機能性は全く失われていない荘厳な城。

 国を支配する『魔王』が住む本拠地、そこの執務室で、初老の男性が書類仕事を行っていた。


 「ふむ、『魔道騎士鎧メイガス・ナイトの量産計画』? これは……許可だな」


 年齢の割にはやたらと筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうな彼は、マジック・モンス軍のトップ、魔道元帥ニック・ダンセンである。

 今までの功績の他、指揮能力や魔法の腕により、ダンセンは元帥にまで上り詰めたのだ。


 コンコン


 ダンセンの執務室の扉がノックされる。


 「入れ」

 「ハッ! 失礼しいたします!」


 許可を出され、入って来たのは、高級そうな軍服を着た、将校らしき男だった。


 「珍しいな、ミーヤゲ准将。お前が直接来るとは」

 「ハッ! ダンセン元帥。この度は、異世界侵略についての吉報がございますので、私が推参いたしました」

 「ふむ? 続けたまえ」


 異世界侵略。その単語を聞いたダンセンの眉がわずかに吊り上がり、上腕二頭筋がピクピクと動いた。

 しかし、そのことに気づかず、ミーヤゲは報告を続けた。


 「侵略は調。送り込んだ魔獣や兵士は少々失ったようですが、転移ポイント付近に住むサル共の駆除は一通り完了したとのことです」

 「なるほど」

 「しかし、サル共の抵抗は激しく、領土拡大は芳しくないようです。ですが、奴らは徐々に疲弊している様子。この調子なら近いうちに駆除できるでしょう!」


 そう言って笑うミーヤゲ。

 だが、ダンセンの表情筋は、他の筋肉とは違い、ピクリともしなかった。


 「そうか。進捗報告ご苦労。行っていいぞ」

 「ハッ! では、失礼いたします!」


 ミーヤゲは、敬礼の後、執務室から出ていった。

 それを見届けたダンセンは、深々とため息を吐いた。


 「ハァ……馬鹿馬鹿しい」


 ダンセンは、書類仕事に戻った。

 彼はマジック・モンスの人間には珍しく、魔法をそれほど重視していない。

 魔道元帥という地位にいる者としては、希少種といっても過言ではないだろう。


 コンコン


 再びノック。しかし、今回のものは、ミーヤゲと比べると幾分か軽い。


 「入れ」

 「ハッ、失礼いたします」


 入って来たのは、まだ年端もいかない少女だった。

 しかし、きっちりと着こなした軍服は、彼女がただの少女ではないことを表していた。


 「……レイジアンガー大尉か」

 「どうも」


 彼女は、フューラース(ヒューラース)・レイジアンガー。

 10代前半という若さで大尉までのし上がった傑物である。


 また、近いうちに少佐への昇格は確実だろうとも噂されている。

 そんな期待のルーキーな彼女は、いっそ不遜とも言える態度で、ダンセンのもとにやってきた。


 「君も、異世界侵略の報告かね?」

 「おや? 既に報告は受けておりましたか?」

 「今さっき、ミーヤゲ准将が来てな」

 「ああ、准将が。すれ違った時、いやに上機嫌だったのはそのせいですか」


 納得のいったような、レイジアンガー。

 しかし、可愛らしい顔に、常に額に青筋が浮かんだような、怒りをこらえたような表情は変わらない。


 「それで、是非、君からもを期待しているのだが」

 「それは勿論。我が隊によると、異世界侵略は順調で、前線基地も完成目前であると――」

 「先程も聞いたな。もっと良いものは無いか?」

 「……ありますよ、取っておきが」


 彼女は、軍帽を取り、ガシガシと短く整えられた髪をかく。

 とても、大尉が元帥の前でする態度ではないが、どちらも全く気にした様子はない。


 「ではまず、魔導騎士鎧メイガス・ナイトのプロトタイプが、あの『急所突きのヴィクセント』ごと鹵獲されました」

 「いきなりか……」


 ダンセンは、眉間を揉んだ。

 予想以上の報告に、呆れを隠せていない。


 「残念ですが、はあと少ししかありませんね」

 「……他は?」

 「帰ってきた兵士以外は、死亡したか捕虜となりました。また、魔獣は全滅です」

 「……」


 ついに、ペンを持っていない方の手で顔を覆ったダンセン。

 呆れて何も言えないようだ。


 「兵士はともかく、魔獣も全滅だと? 最初に送り込んだのは確か、あのビッグリザードだと記憶しているが」

 「ほぼ、手も足も出ませんでしたね。尻尾と火炎は出てましたが」

 「どうやって死んだ?」

 「尻尾を切断され、身体の大部分を削り取られ、魔石がこぼれ落ちました」

 「……頭を吹き飛ばす、魔石を狙い撃ちにする以外で、ビッグリザードを殺す方法があるとはな」

 「殺せるんですね。ほぼ不死身だと思ってました」

 「並の魔法ではまずはじかれ、鱗すら貫けないから、その認識で合っている。少なくとも、我が軍の手持ちに、ビッグリザードを確実に殺せる魔獣は多くない。精々が5種類といったところか」

 「そのビッグリザードが死んだんですが」

 「更に、そのビッグリザードを一撃で殺せるヴィクセントが捕まったようだな」

 「……負け戦ですかね?」

 「その発言は聞かなかったことにしておく」

 「申し訳ございません」


 全く謝意の込められていない、レイジアンガーの謝罪。

 それに対し、特に意に介した様子もないダンセン。彼は、息を吐くと、また続けた。


 「……魔道転移装置か。1回の作動で、とんでもない量の魔力を食う。だから、送れる強い魔獣は1匹か2匹が限度だったか」

 「魔力の低い魔獣はその限りではありませんがね」

 「苦労するな、お互い」

 「そうですね」


 ダンセンの言葉に同意するレイジアンガー。

 依然として表情は変わらないので、何を考えているのか分からない。


 「元帥もお忙しいようですし、私はこの辺で」

 「ん? ああ、そうか。報告ご苦労だった。行っていいぞ」

 「ハッ、それでは失礼いたします」


 レイジアンガー大尉は、そそくさと出ていった。

 それを見ていたダンセン元帥は、手に持っていたペンを置いた。


 「――見ておられるのでしょう、魔王様」


 ダンセンが、何もない場所に向かって話しかける。

 すると、空気が明らかに重苦しくなり、どこからともなく声が聞こえてきた。


 『地球侵略は順調のようだな』

 「ええ、おかげさまで」

 『優秀な後進も育っているようだ』

 「私にはもったいないくらいです」

 『もう少しだ。それまで、地球侵略を続けろ』

 「御意に……」


 重い空気が飛散し、声も聞こえなくなった。

 それを感じたダンセンは、椅子の背もたれに、深くもたれかかった。


 「……せめて、かわいい後輩くらいはな」


 その言葉の意味を知る者は、ダンセン以外にはいなかった。



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