悲しみのペットボトル
教室に戻ると既に守永の姿はそこになかった。おそらく寝袋を部室かどこかへ運びに行ったのだろう。
まさかクラスメイトにドン引きして一日が始まるとは思っていなかった。まぁしかし、バレンタイン前日にモテない男が必死になるのも仕方がないのかもしれない。
ガラガラガラ
「おはよー、伊藤」
「お、ハヤタ」
引き出しの整理をしているとハヤタが入ってきた。自転車通学の彼も毎朝この時間帯に登校してくる。
「伊藤さ、あれ見た?」
「何?」
ハヤタが廊下の方を指さす。ドアが閉まっていて見えないが、おそらく守永の教材用ロッカーだろうと察した僕は、
「凄いアピールだよね」
と軽く笑った。
「あ、アピールなのか。お金持ちですよー、みたいな」
「ん?」
「確かに守永が使ってるシャーペンすげぇいいやつだもんな」
「あ、ちょっと待って」
即座に自分の勘違いに気づいた僕は、もう一度ハヤタの指す方向に目を向ける。すると守永の机に上に、何かが置かれていることに気が付いた。
「あ、ロッカーじゃないのね」
「ロッカー?」
「あぁ何でもない。で、何だあれは」
守永の机の上には、上半分が切られ、下半分だけが残るペットボトル。そしてその中には、大量の小銭がぎっちりと詰められている。家に置いておくような、超簡易的貯金箱。
「超簡易的貯金箱かなぁ」
ハヤタとコメントが思い切り被った。恥ずかしい。
「俺これ、貰っていいのかな」
「いいんじゃね」
ハヤタが上からお金を盗み出すふりを見せたので、何の躊躇いもなくいいんじゃね、と言ってしまった。しかしなぜ大量の小銭が机に剥き出しで置いてあるのか、真相は守永に聞くしかない。
——キーンコーンカーンコーン
一時間目開始5分前のチャイムが鳴る中、扉のすぐ近くでは七、八人の男子が密集している。当然にそのペットボトル貯金箱に興味を持った生徒らがその意味を問うため、座る守永を円く囲んでいるのだ。僕もその近くで耳を傾ける。
「……要するにさ、明日はバレンタインでしょ。そこでまず女子には、今日ここからお金を持っていってもらうのよ。で、そのお金で帰り道にチョコを買う、そしてそれを明日僕が貰うっていう……」
それはバレンタインなんかじゃない。ただのチョコの購入だ。
「そういうことか。じゃあ俺たちがここに集まってたら意味ねぇじゃんか」
「もっと女子にそれ言えばいいのに」
「あまり言いすぎるのもなぁ、って思って。てか授業始まるじゃん、教科書取ってこないと」
物分かりの良すぎる男子たちが皆その場からざわざわと去っていき、守永も廊下へと出ていき、僕の視界には硬貨がパンパンに詰まったペットボトルだけが残った。
「あぁー、多少お金の損失があってもいいから、少しでも多くのお金が明日チョコとして僕の元に返ってきますようにっ!」
とにかく女子からチョコを貰いたい一人の高校生の悲しすぎる願いが、廊下で響いている。
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