第106話 進む未来は何色か


「ん〜っ、いいですわね…こうして広くのびのびと魔法を使うのは久しぶりですわ。あまりわたくしの魔法は町中で使うと狭いですし、何より目立ってしまいますから中々思い切り広げられませんの」



カラナック近郊、第3オアシスの畔にシートを敷きピクニック形式で四角いバスケットに入ったサンドイッチや露天で買い込んでおいた串肉、カットフルーツを広げて4人揃ってのどかに座っての昼食


先程まで地を揺るがし空が焦げるような魔法が連発されていたとは思えない平和な光景が広がっていた


時間にして、カナタがレオルドからの指名依頼に肩を落としながら向かって行った後の事…ラウラからの連絡を受けた3人は彼女と合流することになった


ちなみに連絡というのも簡単ではなく専用の魔道具や通信魔法が互いに必要となるのだが、ラウラやシオン達に関しては『勇装通信』という魔法で会話が可能だった


カナタの作った装備を持つ者同士で会話が可能な即席携帯電話であり、本来はカナタが連絡を取る用にと付与していたが当然装備を持つ者同士ならばカナタ以外とも連絡可能


4人は指に片時もなく嵌めてあるカナタからの愛情満点の贈り物である指輪から通信が可能となっていた



『少し試しておきたいので……お相手していただいてもいいですか?』



そんなメッセージを受け取った3人はマウラが記憶深い場所として覚えていた第4オアシスへと遡行の羅針盤トレーサー・コンパスで転移、そこから徒歩で隣の第3オアシスへと移動したのであった


ちなみに何故記憶に強く残っていたのか、といえば当然ながらマウラが初体験でカナタと結ばれた場所だからである!


それはもう鼻息荒く第3オアシスの畔で「んっ…!…ここっ…!……この辺りで二人で寝そべって……それでカナタがっ…!」と思い出を語り始めたマウラをシオンが脇に抱えて移動したのはちょっとラウラの目を点にさせていた…!



何を試したいのか…ラウラが呼び出した愛杖、シャングリラを手にすればそれもすぐに理解する



「試した事はありましたけれど…大規模に魔法を行使したことがまだありませんの。わたくしの魔法は町中では狭くて大きくは使えませんので…ですからーー」




ーー全力で、私を攻撃してくださいな




そう言われた時は流石に躊躇った


今のシオン、マウラ、ペトラは生身ならば勇者であるカナタすら一方的に倒せてしまう。生身とは言えカナタはそれだけでも冒険者で言えば白金級に相当する力を持っている筈であり、その力を非戦闘者のラウラに向けるのはあまりにも危険


いくら彼女の特異魔法…慈母抱擁アマティエルが防御の魔法だからと言って、流石に全力でそれを撃てばどうなるか…


防御系の魔法は得てして「一時凌ぎ」に使われることが殆どだ。撃たれる攻撃をただ受けとめ続けるなど卓越した魔法使いでも受け入れるには限度がある…それこそ、大規模結界や複数人による儀式魔法、アーティファクトの力によって巨大かつ恒常的に防御を施すことは不可能ではないが、個人でするにはあまりにも非効率的かつリスクが高い


挙げ句、3人が持つ魔法はどれも凶悪そのもの


無限魔力、位階強化、消滅と来ているのだ。攻撃を向けるには危険すぎる



そう思っていたのも、最初だけのことだった



そもそも慈母抱擁アマティエルが結界を創り出す防御一辺倒の魔法…そう考えていたのが間違いだったのだ



学院で一度見た彼女の力が如何に………手を抜いていたのかを思い知る



「ふふっ、では最初はこのままで……攻撃してくれないと、怪我してしまいますわよ?」



「「「へ…?」」」



ドゴォォォォォォンッッッッ!!



3人は気の抜けた声を揃えて空高く舞った!


黄金の剣のような形をした巨大な結界が目の前の地面に突き刺さり地面ごと彼女達を天高く吹っ飛ばしたのである


慌てて空中で姿勢を取り戻し、落下しながら見下ろした光景に…3人は息を呑む


まるで金色の水晶を切り出したかのような美しい結界が音を立てて組み上がり、城塞の如く巨大な構造物にも似た形を作り上げていく。移動する結界が様々な場所へと嵌り、組み合わさり…地面から見上げるほどの要塞と化していたのだ



「ご心配なく。もし怪我をしてしまっても……死んでいなければ治して差し上げますから」



金華の城に優雅に立ち、指先を自分達に向けるラウラは普段の自分達のように杖も何も使わずに…柔らかく微笑んでいるだけなのに、こんなにも…背筋が震える


それは間違いなく、怖ろしい魔力の波動が草原の草葉を台風の風のようにビリビリと薙ぎ渡っているからだ



「ッ……やりましょう、ペトラ!加減できるような人では無さそうです…!!」


「だな…!今の我らが出せる力で挑むとしようっ!」


「んっ…!……いくよっ…」


「「「換装エクスチェンジっ!」」」



決戦装備ではなく、まず自分達の力で…空中から降りながら自らの戦闘装束と武装を呼び起こす。まずは攻撃を通すところから…


着地と同時に戦いのエンジンを踏み込んだ3人は躊躇うこと無くラウラへの攻撃を開始するのだった



だが




「まぁっ、かなり強いですわね…少し押されましたわよ?ふふっ、そうです…その調子ですわ」



「当たれば即消滅…凄まじい魔法ですわ、見たことがありませんし……成る程、ラジャン・クラシアスの傷跡はこれでしたのね」



「無限の魔力…まるでお伽噺の力ですわ。ふふっ、少し胸が高鳴ってしまいます…そんな相手と魔法を交えるなんて」




(((強くないこの人っ!?!?)))




一言で言うなら、めちゃくちゃ強かった


いかなる魔法で仕掛けに行っても「あらあらぁ」とのほほんと弾き返され、縦横無尽に振り回される黄金の結界はまともに当たれば完全にアウトと言える硬度…ただ1つの「立体結界を操る魔法」だけなのに近寄ることも難しく、攻撃は微塵も通らない


今まで3人の中では、最初に出会った頃の貴族の姑息な婚姻に悩む姿や学院のテロに対して身一つで交渉に乗り出す姿が鮮明に残っていた


自然と考えてしまっていたのだ…



『彼女は後衛、自分達の方が戦いは上手で前に出るのは自分達だ』…と



とんでも無い


ただ護りと回復が得意…なんて生易しい程度ならば魔神討伐の旅など出来るはずもないのだ


彼女は旅の中で…自らを護り、自らが滅する術を闘いながら編み出し、習得していった。それまで積み上げた聖女の常識とプライドを捨て去り無我夢中でその男の背中を追いかけた…その強さは尋常の物ではなかったのだ


挙句の果てに…



「あらあらっ!さぁ、上げていきますわよ!来なさい、シャングリラ!」



カナタから送られた錫杖、シャングリラの実践的な試運転を開始したものだから3人からすれば度肝を抜かれた


ただでさえ手も足も出ずに居たのにカナタ特性の杖まで装備してしまったのだ、そこから先はさらに手が付けられなくなったのである


そして…







「さぁ、お昼ご飯にしましょうか。久し振りに魔法が沢山使えて、気持ちよかったですわっ!…あら?3人とも大丈夫です?変ですわね……傷は一筋も残していない筈ですけれど…」


「だ、大丈夫です…はい…」


「ちと……自信を失くした、というか…」


「……ラウラさん、強かった……っ」



コテンパンにされたのである


もそもそとクリューセル家特製サンドイッチに舌鼓を打ちながらも肩を落とす3人にこてん、と首を傾げるラウラ


ちなみに彼女がピンボールのように結界で弾き飛ばし撥ね飛ばした3人の傷はラウラ自身の治癒の魔法によって綺麗さっぱり治されていた。元よりただ弾き飛ばしていただけで衝撃はあれどもダメージはそれ程でもなかったのだが…


最初に言った『試してみたい』というラウラの言葉は…自分の魔法の調子の事ではない。シオン、マウラ、ペトラの強さを試してみたい…そういう意味だったことをようやく理解した所である



「いえ、間違いなく3人とも強かったですわ。ふふっ、思わず途中から杖を出してしまいましたもの」


「いや…杖無しの時から遊ばれてた気がするのだが…」


「ですね……カナタで感覚麻痺をしていましたが、もしかして勇者パーティって……怪物級の強さを持った方々の集まりなのでは…?」


「この調子だと……他のメンバーがどれだけ強いのかも分からなくなってきたのぅ…。良く考えればそうだ…独断専行が目立ったカナタに生きて着いて行けていたのだ、中途半端な強さの筈もないか…」


「……もしかして……私達、弱い……?」


「かもしれませんね。この様子だと…かなり気合を入れて修練しないと不味いかと。恐らく武器と防具をあちらに変えても今の私達で勝てるかどうか…」


「無理だろうな。はっきりと分かる…我らが真に特異魔法を支配しなければならん」



その常軌を逸した強さ…パーティで一番非力な筈の後衛回復役にしてこれ程の戦闘力を保有している非常識ぶり


完全に強さの土台が違うのだ。ラウラは慈母抱擁アマティエルを完璧に使いこなし操っている。杖がなくとも己の手足のように従え、その使用法や効率的な運用を極めているのだ。今、時間制限付きでようやく特異魔法の力の一部を引き出している自分たちとは…完全にステージが違う


数か月前から比べれば格段に強さの段を飛び越えているはずだが…上を見ているとどうにもその段を上がれている気がしなくなってしまうのであった


だが、ラウラはペトラの言葉にくすっ、と笑いながら首を横に振った



「少し違いますわね。特異魔法の習熟度は確かに関係ありますけれど、本質的にどうかは別の点にありますわ」


「ま、魔法の有無ではないのか?だがラウラさんは慈母抱擁アマティエルを使いこなせている…我らは最近になってようやく扱えるようになったばかりで…」


「えぇ。なので無関係ではありませんの。ですが、戦いにおいて重要なのは…特にペトラさんは当て嵌まりますわね。…これが重要でしてよ」


「……頭で……?……私、そういうの苦手……」


「ふふっ、マウラさんが一番これが出来ていますわね。例えば……」



ラウラの指先が、くるり、と振られる


きらり、と金色の魔力光が指先に灯り、どこかメルヘンさを感じさせるような魔法の起動を行ったラウラはその直後…






剣状にされた黄金の結界がラウラの真後ろから凄まじい速度で撃ち放ったのだ





「ッ、な、なにをっ……!?」




ペトラの目の前に




目を見開き、昼食の最中に説明の真っ只中で…顔面に向けて放たれた超硬質の結界の切っ先


当たれば頭部に巨大な風穴が開く必殺の一撃


それがペトラの眉間ど真ん中に飛び込み……彼女の柔肌に直撃する紙一重の場所で、びたっ、と停止する


顔を少し前に動かせばその一切が肌に食込む…そんな突然のラウラからの攻撃に驚愕と共に心臓を跳ね上げたペトラ



「こんな感じ、ですわね」


「こ、こんな感じと言われてもっ……わ、分からん…。流石にこのタイミングで攻撃されるとは思わ…」


「でも……


「っ……!?」



急いで振り向くペトラの視線の先…マウラは首を傾けて顔に迫った結界を回避しており、その体に微量のスパークを纏っているのを見れば…今、その肉体に強化の魔法を施しているのがよく分かる


マウラの背後…遙か先では地面の一部が吹き飛び煙が上がっているのが見えることから、ペトラのように寸止めではなく思い切り通過していったことを物語っていた



「そう……ペトラさんは攻撃されると思わないと。攻撃されてからも考えませんでしたか?…『何故、ラウラはこのタイミングで攻撃を繰り出したのか』『なんの意図があってこんな事をしたのか』……色々と考えたのではありませんか?」


「それ、は…」


「戦いにおいて、一番最初に動くのは頭だけではなく。何故私が攻撃してきたのか…頭でそれを考えながらも。肉体よりも先に頭が動きすぎると…人は動けなくなってしまいますのよ」



その言葉に、呆然とする


確かに考えたのだ。


何故攻撃が来たのか?何かの意味があるはず?でも今撃つなんてどうして?


様々な思考がペトラの頭に走り抜けた


その結果…回避と防御をしようと



「ですが、これは身に付けようと思って身に付く事ではありませんの。ひとえに……経験だけが、これを育てますのよ」


「経験、ですか…ならマウラは…」


「何か…そういう経験をされて、強い衝撃を受けたことがあるのではなくて?考えてしまうよりも先に、肉体が最悪を回避する…そうしなければいけなかった事が。戦っている時から、マウラさんは明らかに気の張り方がシオンさんとペトラさんとは違いますもの」


「ん………」



こくり、と頷くマウラにペトラとシオンは思い当たる節があるあった


カナタの素性を知った時…彼女は彼を盾にする形で守られていた。自分に向けられた攻撃に唖然として動く事ができず…「どうしよう…!」と考えてしまった


そのせいで自分の愛した男に攻撃を体で受けさせ、挙げ句相対していた敵を逃がす大失敗を見せた。二度と、その失態は見せないとあの時強く誓ったのだ


その経験が…己に迫る危機が迫るそれに対処するように肉体を動かした



「勘違いしてはいけないのは、考えなくてもいい訳ではありませんわ。特にペトラさんの強みはその思考の組み立て…ですが、そこに肉体を乗っ取られてはいけませんの。重要なのは思考と肉体の連結、冷静な思考をノータイムで肉体にフィードバックさせ、反射的に理性的な解答を実行する事。これは…数多の実戦を得なければ難しいですわね」



ラウラが3人へ落とした情報は彼女達には衝撃的でもあり、同時に納得出来てしまうものがあった


夜、荒野へと移動して魔法と戦闘の為に3人は互いに闘った。武争祭の記憶は彼女達に新たな課題と新たな経験を積み重ねた結果となったのだ



小細工に翻弄されたペトラ


格上に及ばなかったマウラ


同年代に敗北しかけたシオン



その結果と過程に歯噛みし、それを埋めるために今ある魔法を更に早く、さらに強く…構想だけしていた魔法を構築して実施、強化の力を高めて実際に闘い合う…間違いなく昨日の自分よりも強く


カラナックに来てから、カナタも3人と愛し合う以外にそこで戦う事を教え伝えた


だが、カナタとの闘いで敗北することは…3人にとって慣れてしまった結果となっていた


3年も手解きを受けている己の師…勝ちには行くが、負けてしまえば「また負けた」…そうボヤく


だからこそ、ラウラからの言葉が強く耳の中に入ってくる



ーー足りないのは経験値。実践で、己の身と命を賭けて得る濃厚で濃密な時間…それは一朝一夕で手に入る物ではない。如何に激しく戦おうとも…勝手知ったる姉妹のような身内で戦うだけでは限界が来てしまう



「ですから、皆さんの訓練…これからは私も参加致しますわね。きっと私を倒そうとするその経験は、この先役に立つと思いますから」



穏やかな笑みで伝えてくるラウラのなんと頼りになる事だろうか


だが…この一件で3人は何となく察してしまう…



ーー見かけによらず…結構スパルタな人なのでは?……と






ーーー




「思ってたよりも早い……これもガヘニクスが出た影響か。分かっちゃいたけど面倒だな…予定は前倒しになりそうだ」


『ですが、既にこちらの盤面は完成しています。マスター、いつでも問題ありません。しかし封印の損耗が計算よりも激しいのは事実です。グラニアス開放タイミングを再計算・・・』


「だいたい分かる。あと10日程度しか保たない、だろ?」


『・・・計算完了。開放は約234時間と推測されます』


「ガヘニクス…というか四魔龍がそういう奴らなんだ。間違い無く、空気が変わりつつある…グラニアスも封印の中からそれを感じ取ってる筈だ」


『魔神族の軍勢は現在、エヴィオ砂漠にて集結を確認しています。先制攻撃による殲滅も不可能ではありません』


「やめとけよ?どうせ上手くいかないし…折角来てくれるんだ、丁重にお迎えしないと」


『悪い顔になっていますよ。ですが、それもマスターのオペレーション『バックドライブ』には必要不可欠。このまま『バードストライク』を決行します』


「でも流石に何もしないのはわざとらしいか……?いや、ここは乗せておこう。余計なことはしないに限るな、うん」



クリューセル家別邸の一室、与えられた一人用の客室の中で独り言のように話すカナタの言葉が室外に出ることはない


時は夜遅く、カラナックの空に満天の星空が広がる時間帯


少し癖になってきた夜半の夜酒として、カラナックの名産の1つでもあるナクラサ草から作り出した酒…その中でもハイグレードのものをこっそりと買っておいてグラスで飲んでいた


ナクラサ草は美しいオアシスの周辺に生える背の高い肉厚の葉を持つ植物、アロエにかなり近いものであり味はかなり甘く独特な酸味のある香りが特徴。歯肉はスイーツ感覚でも食べられ、根は頭痛や解熱に効く生薬にもなる


まさにこの街と共に生きてきた植物故に、非常に根強く人気のある名産品


そこから作るナクラサ酒は爽やかなレモンのような酸味の香りと、蜂蜜を加えて混ぜ込んだことによる深い甘みが特徴…老若男女、一人飲みから宴会まで御用達の地酒である


澄んだオアシスの水と乾燥しながらも肥沃なカラナックの大地が組み合わさらなければ高品質なナクラサ草は育たないこともあり、輸出すれば高級酒として人気の品だ


そのトップグレードと来れば本来貴族が用意するようなアイテムなのだが…カナタはこっそり買い込んでいたりする。…みんなには秘密で


ほぅ……と吐く息はちょっと熱が籠もってある。カナタは案外、スモーキーな物より甘い酒が大好きであった。ちなみに度数は高めの16%…それを感じさせない飲みやすさはある意味危険ではあるが、勇者ボディ故にアルコール耐性は高いのが幸いしてカパカパ飲みまくっていた


フルーティな香りと甘みはつまみ要らずでとっても飲む手が進むのだ



『しかし、マスター。また声に出して話していてはペトラ嬢に会話を盗み聞きされますよ?』


「頭の中で会話してると周りの事が頭に入りにくいんだよ……声出してたほうがマシだっての。ま、何度も聞かれてるとまずいからな。結界に接触探知機能を入れてある、ペトラの魔法が防音結界セイレーンに少しでも触れれば警報音がなるようにした。これで盗み聞きは無い」


『入られなければ問題ありませんね。・・・・・・入られなければ、ですが』


「おいなんて不吉なこと言うんだ…まるで部屋の中に誰か居るみたいな…」


『もしかして気が付いていませんでしたか?』


「……え?」



自信満々に新たに追加した防音装置セイレーンの機能を語るカナタに疑問形を付けたアマテラスの機械音声が不吉な言葉を繋いだ


なんだか嫌な予感がするカナタ…そう言えばこの魔道具を作ってから割と頻繁に中の様子を盗み聞かれることが多い気がする…自信作だけど無効化される回数多くない?、と


だから新機能で結界への魔法干渉に反応した警告音が鳴る機能を追加したのだ


解除しようとしたり消滅させようとすれば防音装置セイレーン本体からそれを知らせる音が鳴り響く


……鳴り響くのだが…



『設定を間違えましたね、マスター。貴族の部屋というのは対で1つになっている部屋があるのはご存知ですか?』


「対で……1つ……」


『マスター、防音装置セイレーンの設定を「一室内」という空間の括りに設定していますがこの部屋は正確に言えば2つの空間が繋がった大きな一部屋です。なので結界は繋がっています』


「隣の……」


『貴族家主人の部屋は、そのパートナーの部屋へ好きに訪問できるようにその部屋と繋げた構造になっているのはご存知ありませんか?夜這いも好きに行えるように、外に出ずとも相手の部屋と繋がっている、と』


「えー……つまり?」


『この部屋はクリューセル家別邸の主人部屋であるラウラ嬢の部屋と繋がっています』


「知らなかったんたけどぉ!?い、いやいやラウラの部屋って確かにこの部屋からだいぶ歩いた先にあったはず…」


『屋敷の全体図を表示します。出入り口自体はマスターとラウラ嬢の部屋で離れていますが、部屋自体は実は背中合わせの設計となっています。つまり、マスターの部屋と壁1枚という事です』



今まで各地帯の戦力配置図や魔神族の動向を示す遠くからの映像、様々なグラフやパラメータなどが目まぐるしく表示されていたいくつもの空間ディスプレイがチカチカと切り替わり、この屋敷の図面のような物を映し出す


確かにカナタが居る部屋とラウラの部屋は扉を行き来するには少し歩かなければならないが……その実、完全に壁1枚で隣り合う造りになっているのが確認できた


これには素っ頓狂な声が上がるカナタだが、隣り合う壁の方向…大型の戸棚や本棚が立ち並ぶ壁の方向を見るに…



「で、でもどう見ても壁で仕切られてる…それなら防音装置セイレーンはこの部屋だけで機能してるはずだ、うん…。あんま慌てさせるなって…」


『それがですね、マスター。こちら、恐らく壁ではありません』


「はい?」


『仕掛け戸棚です。壁際にある戸棚の類いは恐らく可変式で、その向こうにあるこの部屋への道を隠しているだけかと。だから防音装置セイレーンの設定を間違えていると言ったのです。マスターが設定により扉や壁で一部屋と括っているのでこの戸棚の類いを。そしてその向こうに繋がるもう1つの部屋まで防音装置の結界が伸びています。つまり、隣の部屋にだけは防音出来ていません』


「………」



ガコンっ


何かが動き出す音が鳴った


そこから静かに、壁際に置かれていた戸棚や本棚が迫り出し、スライドして移動していき一部の戸棚は地面に沈み込んでいく


まるで忍者屋敷のようなカラクリであっという間に戸棚類は消え、その向こう側に…たった1m程度の通路が現れその先からもう1つの部屋が覗いていた。そう…カナタが1週間もの間滞在していた、彼女の部屋が… 





「成る程……聞き耳を立てるつもりはありませんでしたけれど、これは少し…お話を聞きたいですわね、カナタさん」




その戸棚の向こう側に、彼女が立っていた


恐らく、夜の時間をカナタと共に過ごそうとこの部屋を訪問しかけていたのだろう。その手には小さめのバスケットをぶら下げて、中には2本ほどのワインと思わしき瓶と適当な菓子や軽食が入れられていて


偶然、カナタが話している最中にこの仕掛け戸棚を動かそうと近づいて…聞こえたのだろう


ちょっと眩しいくらいに、ドキドキしてしまう袖無しのネグリジェ姿にでボリュームのある黄金色の髪は一房に緩くまとめているその姿は非常に煽情的だ


だが…いつもなら胸を高鳴らせてしまうものの、今だけはカナがもごくり、と喉を鳴らした理由は別の事にあるのであった








【side ラウラ・クリューセル】




どぷん、どぷん


少し重みのある音を立ててワインボトルのような瓶から透明感のある薄い緑色の液体がグラスに注がれ、唇を着けてそれを口の中に含むラウラが珍しそうに目を瞬かせた



「これ…マパオ酒造店が出しているナクラサの特級酒ではなくて?随分と良いお値段の筈ですけれど…」


「一口で店まで分かんのか…すげぇ……。ま、お金には困ってないからな。この程度の贅沢じゃ誰にも怒られられないだろ」


「あら?ペトラさんに言っても良いのですか?」


「………やっぱりここだけの秘密で」



2人揃ってベッドに腰掛け、目の前に夜空の見える窓を据えながらキャスター付きの寝台机に乗せた酒と軽食を置き、薄暗い星の光だけが照らし出す中での時間


肩肘張らずに、格好つけた乾杯もなくグラスを傾けるカナタと自分の近しいこの空気がなんとも愛おしい


悪戯に笑ってしまうのに対してちょっと苦笑気味のカナタ……お酒大好きのペトラさんに秘密で良い酒を独り占めしているとバレるのはよろしく無いのだろう


少し前までの固くて距離を測るような距離感でも、先日までの僅かな距離すら許さない激しい距離感でも無い…ゆっくりと、静かで、それでいながら肩が触れる距離にいるのを互いに当たり前とする温かな2人の姿


互いに2杯目に突入した頃合いで、それを訊ねた



「人工精霊…3人から聞いていましたけれど、中々に驚きますわね。カナタさん、そんな事も出来るなんて…」


「あれは色々工夫したからなぁ。俺が創った物の中でも、最高傑作の一部だよ。普段は他の魔道具の管理とかもしてくれてる」


『私の名前はアマテラス。よろしくお願いします、ラウラ・クリューセル』


「まぁっ、こちらこそですわ。では、アマテラスさん…カナタさんの計画はご存知ですの?」



ーーやはりそう来たか…



カナタが小さな声でボヤく…それもそうだろう。カナタに聞いても恐らくは正確な情報をぼかしてくる可能性がある。人工精霊ならばこの辺りの情報はYESならばYES、NOならばNOと返ってくると踏んだ



『はい。私はマスターの全計画を知っています。ですが、これらはセキュリティランクによって保護されている機密情報になります。現在、この情報にアクセス可能なのはマスターのみです』


「成る程……しっかり保険はかけてありますのね、カナタさん?」


「う………ま、まぁね……」



ちょっと困ったように視線を逸らすカナタに、妖しく視線を向ける


ふぅ…とアルコール混じりの吐息を漏らしながらも「それなら…」と仕切り直す



「では……『バードストライク』というのはどういう意味ですの?カナタさんの行っているプランの1つですわね?」


『はい。オペレーション「バードストライク」は現在進行中のプランです。封印指定施設「SPRING」内に収容された魔鳥龍グラニアスを殲滅する為、現在はフェーズスリーを待機中・・・』


「いいですわ…では、『バックドライブ』とは?」


『セキュリティランクが足りません。情報開示は不可能です』



ふむ……とラウラは喉を鳴らす



(…と、言うことは…この『バックドライブ』という計画こそがカナタさんの目指す、他にはバレたくない極秘の計画…。恐らくその目的は…ーー)



アマテラスが掲示した情報開示順序はラウラにカナタが進める計画の優先順位を暗に教えてくれた…


やはり封印が開放されるのは間違いないようだ。元より彼がこの地で戦闘行為に及んだのを見て駆け付けたが、最悪のパターン…つまりグラニアスは封印から出てくるのは決定だ


封印が破損したのか、はたまた不慮のトラブルが起きたのか…魔神族の暗躍やガへニクスの復活、何が起きてもおかしくはない


この『バードストライク』という計画は、復活したグラニアスを抹殺する為のもの


だが、問題なのは…



(……『バックドライブ』…四魔龍復活という世界滅亡の危機よりも、さらに重要度が高く秘匿された計画…。知る者はカナタさん以外に存在しないと来れば…)



仕掛け戸棚の向こうから聞こえてきた、2つの言葉


気になったのはこの『バックドライブ』だ


集結する魔神族を先制攻撃で制することも不可能ではない…だが、それをせずにむしろ来ることを想定して動いている。まるで……彼らに来て欲しいかのように…



「そこから先は俺が話す。アマテラス、もういいぞ」


『了解しました、マスター。待機状態に移行します』



彼が、人工精霊を下がらせた…少し考え込むように一口酒を含みながら



「…知りたいか?」



その一言は、どこか彼が敷いた境界線を示しているような気がした…恐らくは、あの3人の少女達にすら語っていない部分


彼はまだ…一線を引いてその内側に誰も入れていない


入れてはいけない、と…判断している部分がある



「勿論ですわ」



だから、即答した


もう置いていかれるのは散々、全て彼と共に運命を歩むと決めたのだ


ここで怖気づくほど…女を捨てていない



「そっか……。……バックドライブは簡単に言えば、この世界に来た時から俺が目指してる内容を名前付けした計画だよ。ここに会いに来た時に言っただろ?」


「故郷へ帰る為の…でしたわね。確か「四魔龍はわざと生かしておいた」とも…。教えていただきたいですわ、カナタさん……一体貴方は何をしようとしていますの?」


「それも、言った通り。俺はただ……帰ろうとしてるだけ。その為にとれる手段は全てとる」


「聞いてしまいましたが……カナタさんは魔神族すらも今まで放置していた様子に聞こえましたわ。本拠地まで既にご存知なのでしょう…?先手を打たれないのは何故ですの?」


「勿論、危険だからだ。奴らの牛耳ってるエヴィオ砂漠は厄介かつ面倒な天然の要塞…砂と岩、何より隆起するナザチウムの巨大鉱脈が山のように連なる地形…攻めるのは簡単じゃない」


「……わかりましたわ」



ーー彼はまだ隠し事をしている。それは良く分かった…。それは攻め難さであって先手を打たない理由にはならないはず…なんなら、四魔龍が開放されると分かっているならその前に先制攻撃を仕掛けてもいいくらい


だけどそれをしない…ここまで手を込めて用意しているあたりグラニアスは絶対に殺したいのに、魔神族への殺意が妙に低い…?


まさか彼にとって魔神族は…



「俺にとってこの世界の価値は今のところ…惚れた4人の女と、1人の親友と、共に旅した仲間達だけだ。もしかしたら俺の帰りたいだけのこの想いは……世界を壊すのかもしれない。なぁ、ラウラ……ーー」




ーーそれでも俺に、着いてくるか?




彼の目は……笑っていなかった


本気で言っている…心の底から自分の行為がこの世界に危機を持ち込むと考えて…いや、予想している


その行動を、起こそうとしている…多分、もう既に起こしている


この世界に来た…5年前のあの日から、ずっと


たった1人で……













「当たり前ですわ。今更何を言ってますの?」



ーーその覚悟もなく、貴方を愛した覚えは無い



彼の目が僅かに見開かれた


予想していた応えとは少し違うと言わんばかりに、ほんの少し返答に悩むように口を噤む


彼の言葉は演技でも芝居でも無い、間違いなく本心から溢れた物だ


まるで世界と自分を天秤に掛けるように問いかけた…でもその言い方は少し狡いのではなくて?



「それはなんというか…意外、かな。俺、今結構やばいこと言った気がするんだけど……」


「あら、意外ですわね。私のカナタさんへと信用と信頼が、その程度で揺らぐとでも?知ってますのよ?カナタさんが自分を悪し様に騙る悪癖があることは」


「えっ、いや悪し様とかじゃなくてほんとに…」


「そうならない為に手を尽くしているのではありませんの?昔からそうですわね、カナタさん……周りを見てないフリをして、なのに一番気にしてる…。カナタさんがなりふり構わずそうしていたなら、アルスガルドの人口は半分以下になっていますわよ」


「………それは…」


「そうですわ。でなければ、世界は貴方を『勇者』と呼びはしませんわよ。だから……貴方の信じる道を進んでいいのです。例えそれが、世界を恐慌に陥れる可能性があるとしても…それは必要な事だと、信じていますわ」


「…俺を信じ過ぎだよ」



どこか居心地悪そうに酒を煽るカナタはそれでも彼女の言葉が嬉しいのか、少し視線を外して呟く


一体どこからそんなに自分への信頼が来ているのか…そう思いながらも嬉しく感じてしまうのだ



「そうだなぁ……ならもう少しだけ追加で教えるとなーー」



彼はちょっと苦笑しながら、でもどこか嬉しそうにしながら…まるで謎々のように歯車の抜けた自分に言いかけるような言葉でそれを伝えたのだった







ーー俺の魔法は…きっとこの為にあったんだ







その言葉は…まだ、意味を成さない




















ちなみに、酒が進んで2人揃ってが身も心もぽっかぽかになった2人がそのまま「じゃあお休み」なんて言って別れるはずもなく


酒精に火照らされた体を重ねて、カナタは改めて認識したラウラへの激しい熱情をぶつけ…ラウラは自らを悪と貶めるお人好しの彼を求める


彼の愛の形を腹の中に欲し、彼女の中に自分を刻もうと注ぎ込む…声が出るのも気にしない。外に出る音は全て遮られるのだから


とはいえ、流石に今回は一晩で収める2人であった


流石に止まらなくなってまた部屋に籠もり切るのは不健全どころの話ではなくなってしまうのだ


そしてマウラにバレた……めちゃくちゃ2人から濃密ながむんむんに漂ってたのだから、それはもう即座にバレた


「んっ……ズルいっ…!」と頬を膨らませたマウラにカナタが朝っぱらから押し倒されたのは、また別の話…








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【後書き】




◯お題ーー好きな体位は?


「おぉっと、久々のやべぇお題来たな…てかどストレートが過ぎるだろちょっと控えろって」


「あら…何のか分かりませんけれど、答えて差し上げなければいけませんわね」


「えっなんでそんな乗り気なのラウラさん?俺、ここでこんな小っ恥ずかしい話するの嫌なんだけd…」


「カナタさんのお好きなプレイも含めて教えて差し上げますわ」


「話し合おう、ラウラ…まだ引き返せる……!」


「カナタさんは外に出すのは好みませんのよね、基本的に手でも口でも出すのは入れてから…」


「やめてって言ったじゃんっ!?」


「でもカナタさん、好きですよね?思いっきり奥まで入れてから思う存分注ぎ込むのとか、しっかり押し付けて注入するのとか…」


「分かった!今度何か言う事聞くから!だからこの話はやめようラウラ!」


「一番驚いたのは『抜かずに7回』でしたわねぇ。あれはお腹が重たくなりましたもの、こう…圧迫感というか、膨張感が腹の奥でしてくるんですの…。でも不思議と気持ち良くて、幸せな気分になりますのよね」


「聞こえない…俺には何も聞こえないぃ……!」


「あと、カナタさんは後ろからとか、上からのしかかりつつ、という体位が特に好きですわよね?ふふっ、立ちながら、四つん這い、体を横にしながら……沢山されてしまいましたわねっ。あれ、かなり奥まで受け入れられるので好きですわよ、私っ」


「「「分かるっ!」」」


「うぉっどっから湧いてきた3人ともっ!?」


「胸とかも好きなんですよね、カナタは。結構弄られますし、なんなら私は初体験の時に胸だけで…その、達しちゃいましたし」


「あ、我の初体験の時もそうだったのぅ。飴玉のように味わわれた記憶があるっ」


「んっ……私は上からしてる時に……ずっと指で弄られた……っ。……カナタは結構……テンプレなのが好き……っ!」


「やめろぉっ!ネットの海に俺の癖をバラすんじゃないっ!」


「まぁ要するにカナタさんは…中◯◯好きという事ですわね。ふふっ!変にマニアックよりも大歓迎でしてよ?その内カナタさんの子供を孕む予定ですし、ね?」


「「「ねっ?」」」


「もう寝る!今日は終わり!」

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