第100話 金華の城へようこそ


カナタは迷っていた…


先刻、ユーラシュアの森で鳴らされた警戒警報は森全体を守るユーラシュア森林地帯の守護者、USMWアルティメット・スーパー・メガウッディ01タイプBより発された物だ


その森林に見せかけた樹木はすべてがカナタお手製の戦闘哨戒兵器、内部に侵入した物の姿行動全てが筒抜けのお見通し…なのだが、その侵入に「おや?」と目を細めた


なんだかとても見覚えのある顔が2つ並んでいるのだ



(あいつら……なんだってこんな所に来てた…?)



そう、レルジェ教国が召喚した日本人2人が何故かユーラシュアの森の中を彷徨い歩いているのだ


もう一人は見たことがある…教国幹部のブラックリストにカナタが入れていたレルジェの聖女の頂点、ルルエラ・ミュートリア。表舞台に姿を表した事はないが、その力は正体不明の特異魔法によって神出鬼没にして治癒の力は聖女教会の一級聖女を遥かに上回る…その力の強力さと反して容姿や他の情報が一切不明であり、不気味な実力だけが外へ伝わっていることから諸外国からも『無貌の聖女』と怖れられる存在だ


実際、カナタもその姿を潜入型の魔道具で補足したのはあの日、レルジェ教国を強襲して潜伏させた魔道具による情報が初めてのことだった


それが何故…地球の2人と共にこんな場所をうろついているのか…


そう、少し前の事だった…レルジェ教国中枢、セントラルに忍ばせてある魔道具からの情報で予想外なことに…日本人2人とルルエラの行方が突然ロストしてのだ。前日までは補足していたのに、ある夜を境に…まるで瞬間的にセントラルから姿を消したように、その反応を捉えることが出来なくなっていた


高度な転移魔法の可能性が非常に高い…噂にある神出鬼没とは恐らく彼女の持つ転移魔法の事だろうと予測を付けてはいたが…転移の際に起こる空間歪曲や魔法座標の選定痕跡が一切残っていない事だけが不可解だった


普通の転移魔法ならばどうやっても転移先に魔力を集中させて移動先を選定しなければいけないのだ。だが…ここで見つけたのはカナタにとって運が良かった


即ち…始末するか否かだが…



(ちっ……なんでそこまで真っ直ぐ進めんだよ…この森には方向認識を狂わせる魔力波長を全体に張ってんだぞ…?…いや、ルルエラと1人には効いてるな…効いてないのは男の方…。あ、そうかこいつ…!バグみたいな強さの鑑定魔法使えてたな!まさか…パッシブで幻惑だの変調系の効果を全部無視して本当の事だけ見えてんのか!?冗談だろ…!)



今、問題なのは明らかに耀の方だった


本来ならばあらぬ方向を向いて勝手に森から追い出される筈なのに、それらの魔道具効果を全部シカトしてまっすぐ本命の方向へと構わず直進し続ける耀はカナタにとって非常に厄介そのもの


せっかく朝霧とルルエラが道をそれようとしても耀がすぐに気づいてしまうのだ


かつて一度あった時に見せた耀の鑑定魔法らしい魔法…どうみても普通の鑑定魔法では無かった


カナタの情報欺瞞を貫通することはほぼ不可能なレベルであり、魔法の極地に至っているとされるサンサラでさえもカナタの正体までは依然として掴めていない。付与された物からすらも情報を引き出せないのだ


それなのに…この世界に来てまともに魔法を使い続けていない筈の耀が使用した魔法はカナタの偽装情報を全て貫通して見せた


本来ならば嘘の情報を鑑定に見せさせ、偽装されたことにすら気付かせないカナタの鑑定妨害…それが一切通じず済んでいるという異常さ


成る程、カナタが彼を「真実の勇者」と喩えたのも当然のことだろう


カナタを鑑定すれば「勇者ジンドー」と表示される筈…サンサラでさえも、そう表示されるのに耀の魔法は初見にて〘名称・ジ⊃∂∈%∨タ〙と表示された……そう、偽装を貫通して名前を2文字まで露わにしているのだ


どう見ても異世界産勇者に相応しい能力を保有している…この時点でカナタの警戒度は高いのによりにもよって進む先にあるのがなのだ


挙句の果てに…



(おいおい…ウッディ君まで看破されたのか…!気付かれたぞ、この森の正体に…!ええいやむ無しだ!アマテラス、捕縛させろ!なるべく傷つけるなよ…!)


『了解です、マスター。捕縛を開始します』



即座に捕縛を開始するも…これがまた面倒な事に彼らの勇者ボディもなかなかにハイスペックであり、寸での所で取り逃がし続けるのだ。朝霧による凍結の妨害は損傷するような威力ではないがとにかく足止めで放たれる氷結魔法の氷が硬い、硬すぎる…ウッディ君のパワーでも破壊して動くのに一瞬時間がかかるのだ、普通の氷ではない。そのせいでルルエラを抱えた耀すらも捕らえることが出来ないのはかなりもどかしい…


最終的には一瞬にして姿を消し、ひとっ飛びに歴代勇者達を安置している最奥まで瞬間移動したのだからカナタもこれには目を剥いた


まさか防衛網をいきなりすっぱ抜かれて突然ワープするとは思ってもいなかったのだから



(くっそ…!なんだ今回の勇者パーティもチート集団か!?鑑定、氷結、回復と転移…内二人は強化魔法常習…バランスいいパーティだなおい…、あとタンクと攻撃役いれば完璧かよ…!しゃーない…こりゃ色々見せてみるか。下手に隠すと面倒な事になりそうだし…)



カナタは森林の防衛網での捕獲が叶わなかった時点で3人を止めることは諦めた…3人の実力を見誤った事を自覚する。恐らく、無傷で捕獲するつもりでは触れる事は難しいだろう。それこそ、足留めのために負傷させる選択肢しか無い…カナタ的にそれはやり過ぎの範疇だ


それくらいならば、ここがどんな場所なのかを案内する方がいい


と言うわけで、あの場所で勇者達の霊廟を見せたのだ


まぁ、その後に判明した衝撃の事実で全部吹き飛んだ訳なのだが…


そう、悩んでいるのはそこだ


果たして彼女達に日本人が呼び出された事を、そこに知り合いがいる事を知らせるべきなのだろうか、と


特別大して教える事に問題はない…無いのだが、教える必要性があるかも怪しい所。正直、内々に処理してしまえれば何よりだ。面倒事には違いないのだから


彼女達にはもっと厄介な事に関わらせてしまうのだ。あまり考え事を増やさせたくはない…でも共有しておけば助かることもあるかもしれない




そう……悩みどころなのであった





ーーー





カラナックへと向かう魔物の大群…群性暴走スタンピードは依頼を受けて出撃した金剛級冒険者、レオルド・ヴィットーリオによって完全に殲滅されたと冒険者ギルドにから報告が出された


冒険者ギルドによる調査隊により現地への視察が行われ、群れの中核と思われる巨竜、地凰竜エルグランド・ドラゴンはその手で頭部を両断するようにして討伐され、残りの魔物も大規模な戦闘痕跡の中で完全に討滅されており事後の被害は完全に防がれている、と判断


その後の経過を観察し、残存する脅威となる魔物は出現しなかった事をもって冒険者ギルドはカラナックの安全を保証


カラナック自治政府はこれに伴い非常事態宣言を解除し、事態は終息した事を公式に発表したことにより、この発表より暫くの後にカラナック内で起きていた混乱はその日のうちにひとまずの終息を見せた


また、大混乱となった大闘技場にて行われていた武争祭指導者戦決勝は中断となっていたが、その一方であった金剛級冒険者でもあるゼネルガ・クラシアスがこの群性暴走スタンピードへと向かい、死亡した事は冒険者ギルドに衝撃を走らせた


その死亡も大した傷もなく生還したレオルド・ヴィットーリオによって証言されており、冒険者一同は驚愕に染まったという


ゼネルガは冒険者の頂点ランクである金剛級冒険者だ


その強さは他の冒険者とは訳が違う


特にゼネルガは魔物の討伐や遺跡調査ばかりを受けていた冒険者であり、偏重した依頼の受け方はそれ即ち…その分野で多く生還出来るだけの力を示していた


つまり、ゼネルガは魔物の討伐依頼において他の冒険者とは一線を画する能力を持っていたのにも関わらず、この依頼に出撃して帰らぬ人となった



………と、いうのもあるが



冒険者達が驚いたのはそもそもゼネルガがこういう時に率先して依頼を受けていた事に対してだった


何を隠そう、ゼネルガは性格素行に十分な問題を抱えた男であり、こういう時にプライベートより優先して人を守るような依頼の受け方をするような男ではないからだ


街1つ程度よりも自分の安全や用事、名声を気にするような男…それがゼネルガ・クラシアスであることはある程度の知識を持つ冒険者ならば皆が知っている人物像


それなのにいの一番に命を懸けて戦って力尽きる?


それは妙な話ではないのだろうか?


特に今回はゼネルガが出ていた武争祭指導者戦という大看板の大会の決勝戦に出場していたこともある。この男ならば間違いなく街の存亡よりもこの大会による優勝の名誉を選ぶに決まっているのだ


……と、冒険者皆が思っている


しかも挙句の果てにレオルドが現場に急行し、中核となる巨竜を討伐しているのだからゼネルガはどこで何をしていたのか?という話にもなる



結果として、ゼネルガの死は大した話題にも上がることは無かった



それよりも街を救った彼を讃え感謝する事の方が冒険者や街の者からすれば重要だった


…とは言え、当のレオルドは「はぁ!?いや待て俺じゃねぇ!」「何言ってやがる見てなかったのか!?」「だぁクソ!あの野郎デマ流して影消す気かよ!」「おい俺の話を聞け!」と何やら納得行っていない様子だったのだが……









「後でレオルド様に殴り倒されても知りませんわよ?あの人、こういうので褒められるのってあまり好きでは無い性格ですし」


「ま、まぁそこはほら…今度何とかするから…うん…」



カナタとラウラが肩を並べて大通りを歩きながら彼女の言葉に痛い所を突かれたカナタが視線を明後日の方向へと逸らす


現在夕方


カナタが突然「ちょっと出る」と呟いて姿を消してから約1時間後、彼が戻って来た後に大闘技場から出た一行は他の聖女達とライリーとはその場で別れていた


ラウラは大聖女のローブのフードを深々と被って顔を隠しており、今度はカナタが今まで嵌めていた埴輪ヅラのマスクを取り払って素顔で歩いている


ラウラのからかうような言葉に返す言葉はない様子のカナタ…


その後ろでシオン、マウラ、ペトラは顔を寄せ合って二人の後ろ姿を見ながら小さな声を交わしていた



「なんだか……新鮮ですね。カナタがこう…なんでしょう…押され気味でいるのって」


「……なんと言うか……大人……?……カナタの方が少し…翻弄されてる感じ……」


「流石、と言うべきか…パーティ時代から「お姉さん」をしていただけの事はあるのぅ…。我らとは少し違った雰囲気を感じる」


「でもいい雰囲気ですよね。こう…余計な壁とかは感じないのに嫌味は無いと言いますか…」


「……カナタも嫌がってない……困ってる訳でもなさそう…」


「年長者の余裕か…我らでは同じ空気は作れんな、あれは…」



そう、カナタとラウラのカップリングについて話し合っていた!


ラウラは何を隠そう初めて会った時から慈愛と包容力溢れる大人の魅力があり、あのラヴァン王国の宿にあった大浴場で裸の付き合いをした時から3人にとっては憧れのお姉様だったのだ


そんな彼女が、自分達の自慢の彼と仲睦まじく肩を並べて話す姿はなんと言うか…とても映えるのだ!


この世界は何百年も前から男が少ない


大戦は多くの男達の命を奪い、女性も勿論戦いに参加していたがそれでも戦場に立てる者の比率は圧倒的に男が多かった


故に、男が少ない世界での一夫多妻は何百年も昔から当然のように行われていた事であり人という種の存続に必須の形でもあった。その経緯も含め、女性は1人の男性を複数人で愛する事に違和感が無い


と言うより、仲の良い女性同志で同じ男性を愛するのはかなりありふれた形であり、最も幸せな形の1つでもある。男性側は皆等しく抱える甲斐性がある、というのもステータスの1つであった


勿論、仲の悪かったり認められない女性はこの囲いに入れなかったりするのだが…基本的に同じ男性を愛したという事はその女性達も通じる物がある。という事でなんだかんだ言って輪の中でかなり上手く行くのが不思議なところなのであった


ラウラと初見で意気投合し、その苦労等も聞いていた3人からすれば彼女がカナタと懇意にするのは断然ウェルカムな話


それに寿命の問題もある


強大な魔力を持つ者は肉体年齢が全盛期のまま極端に老化を停止、鈍化する。大魔女サンサラ・メールウィがその典型であり、少なくとも300年近く昔から一大魔法使いとして名を馳せているのにその容姿は美しい美女のまま変わることが無いのは莫大な魔力を身に宿し操れるからである


あまりに強い魔力を持つならば数百年は若いまま、と言うのは当たり前であり勇者として絶大な魔力を誇るカナタを置いて逝くなどもってのほか


その点、3人は才能とポテンシャルの権化であり今となっては魔法戦では素のカナタですら及ばない程の強大な魔法使いへと至った。彼と同じ時間を歩む事が出来るのは言うに及ばず、そしてラウラも同じ事が言える


なにせ聖女教会でも稀に見る史上最高の大聖女とまで謳われるラウラの魔力は強大無比であり、何百という年月を生きるに当然のスペックを誇る


要するに、三人から見てもカナタから見ても彼女が輪に入る事を反対する理由など微塵も無いどころかむしろ大歓迎の状態なのだ


そして今気になっているのは自分達の時とは違うカナタとの距離感や雰囲気…そこに違いを感じ取り、「やはりお姉様は違う…」と思っちゃったのである



「まぁレオルド様も今頃色々と否定してらっしゃるのでしょうねぇ…それに、ほぼ正体は明かしたのでしょう?別に顔出してもよろしかったのに…」


「うっ……そ、れはごもっとも…。で、でもな?俺のメンタル的にいきなり顔合わせて「こんにちは〜」ってのはちょっと厳しいというか…」


「カナタさん、恥ずかしがり屋ですものね。そう…私と顔を合わせるのに5年もかかるくらいには」


「いやその……ほんとごめんなさい…」


「ふふっ、構いませんわ。その分は沢山取り戻してくださるのでしょ?…期待、しちゃいますわね?」



頬をほんのり紅く染めながら悪戯にはにかむラウラにドキリ、と胸が弾むカナタ。そんな彼の反応に嬉しそうにカナタの腕を抱きかかえるように組むラウラの姿を後ろから「「「おぉ〜…」」」と楽しそうに見ている3人…なんとも仲が良さそうである


そんな一行がラウラに連れて行かれるようにして歩き向かって行った先…そこには視界いっぱいの豪邸が門を構えていた


鋼鉄製の門に分厚い魔法石製の塀がぐるりと囲み、その中に大理石を思わせる白色の石造りの巨大な館


その手前には荷台付きの場所が何台も留まれるメインロータリーがあり、柱と屋根に続く正面玄関へと迎えられるように作られている


切り揃えられた植木、色と種類を考えて植えられた花、枝が伸びすぎないように間引かれた樹木か整列し、鉄門の両側には優にプレハブ小屋を超える大きさの警備待機所が備えられており、そこだけでも生活できる程の設備が整えられ、館を守る警備の者達にも無理が効かないように造り込まれていた



「これは…家、なのか…?」


「……森にあるカナタの家の………50倍……?」


「そ、それで足りるかのぅ…」


「次元が違います…さ、流石はクリューセル家と言いますか…」



はっきり言おう…めちゃめちゃ外観だけで圧されていた


カナタもだが、シオン、マウラ、ペトラの3人も貧相な暮らしをしてきた訳でない。それ相応にしっかりと満足した暮らしをしてきており、カナタがこの世界に建てた家も四人で暮らしてもなお余裕のある2階建ての大きめな家だ


だが……目の前に建つ建造物はどう見ても生活する世界が違う者の住処だ


もはやどのスペースを何に使ってるのか想像もつかない…美術館と言われた方がカナタは納得の御屋敷、それが目の前にあるクリューセル家カラナック別邸であった



「ふふっ、本邸よりも控えめですがしっかりとおもてなし出来ますわよ?警備に防犯もしっかりしておりますからご心配なく……まぁ、先日はお一人だけ、私の寝室に侵入者を許してしまいましたけれど……ね?」



その視線が悪戯にカナタへと向けられ、それに釣られてカナタが「うっ…」と呻く…心当たりがありすぎたのだ…


ペトラもにやにやしながら「ほぅ…あの時か…」と呟いているのが聞こえた…胸に刻まれた4枚の紋様が妙に疼くのは気の所為ではない筈…


それを振り切って「お、お邪魔しまーす…」と小さく声を伸ばしたカナタはラウラの後を追うように目の前の豪邸へと入っていく事となったのであった









「「「「「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」」」」」



ぴたり、と顔を揃えて頭を下げるメイド、執事達がシャンデリアが照らす玄関フロアで統率された軍隊のように動きを合わせて出迎えた


その数、メイド15人、執事10人、その頭となる執事長、メイド長が1人ずつ。コック帽を胸に降ろして頭を下げる料理長と調理班5名。館内護衛に就くクリューセル家直属の腕利き戦闘員5名が両側にずらりと並んでいるのだ


カナタ、シオン、ペトラもこれにはびくんっ、と体を固まらせてとてもやりづらそうに「あ、どうも…はい…」とか言っている…どう考えても普通の金持ちとか貴族ではない


それもそのはず、クリューセル家はラヴァン王国の中でも最高位の貴族家、建国より王家を支えた初代貴族のうち1つであり、その権威は絶大無比


むしろこのレベルの貴族であれば出迎えの人数があまりにも少ないと言えるだろう、この規模の館でクリューセル家ならば何倍もの人数が居ても不思議ではない


これはラウラが信用して自らスカウトした者や、古くから世話役として共に居た者だけを連れてきているからであった


クリューセル家の他の者達が信用できない訳では無い無いのだが、ラウラが特に気を許しているのはこの場に居る者達なのだ



「戻りましたわ。…宝客ほうきゃくです、丁重におもてなしなさい」




「「「「「「「「お任せください、お嬢様」」」」」」」」




(なに!?「ほうきゃく」ってなに聞いたこと無いよ俺っ!?)


(わ、我にも分からんっ…!なにかの専門用語かっ!?)


(……ふわふわのベッド……おっきいお風呂……っ!)


(ち、ちなみに「宝客」は貴族で言う「来客の最上位版」みたいな感じです。確か「宝より大事な客人」という意味だった筈です…要は主人にとって宝よりも大切な相手って事になります)


((そうなのっ!?))



カナタとペトラが数多の本から得たシオンの知識の引き出しによって明かされる聞き覚えのない言葉の意味にぎょっ、と小さな声で驚き顔を見合わせた


なんだか何もかも世界が違う…ワクワクしているマウラ以外の3人は明らかに質の違う空間に慄いていた。ちなみにメイド達に関してはちらちらとカナタの方を見ては「まぁ…っ」「見て…きっとあの方よ…っ」「あの方がラウラ様の…っ」みたいな事黄色い声で囁やき合っている。カナタの居心地が地の底まで悪化していく…!





そこからの体験は、4人にとって人生で類を見ない体験であった




「こちら、滞在される間にお泊りいただくお一人様分の客室でございます。御用があればいつでもお呼び下さい」


「ひっろ……え、俺の家ってもしかして質素に造り過ぎたのか…?結構欲張って造ったつもりだったのに…1人分の部屋がこの大きさなら…」


「か、考えてはいけませんカナタ…!住んでる世界が違うのです…こ、ここは「こういうもの」と割り切るしか…」


「んっ……おっきいベッド…っ!……ふわふわの枕……っ!……何故か付いてるベッドのカーテン……っ!……お休みが捗る…っ!」


「それは……捗る物なのか?とは言え天蓋付きのベッドとは……恐れ入るのぅ」



カナタの家の自室が4つは優に入って余りある大きな客室、中央にはどう見ても庶民の一人用ではない天蓋レース付きベッド。魔道具による洗面台、ガラス張りのシャワー、お手洗いも付いており、置かれている家具は落ち着きのあるダークブラウンにニス塗りされ磨かれたアンティーク調のタンスや机が綺羅びやかではなく上品な落ち着きのある空気を演出する。反発力のある3人掛けのソファに、肘付きの椅子は「来客者の来客」まで想定されているのだ


カナタの価値観が崩壊しかけるのを、ぺしぺしと背中を叩いて我に返らせるシオンですらも、数多読んだ物語にこんな上質で上品な貴族の部屋など想像したことが無い


マウラ以外の3人は、そんな最高品質の客室を目の当たりにして「…ここで寝泊まりするのかぁ」と期待と緊張を混ぜ合わせるのであった





「こちら、食堂でございます。皆様は一般来賓用の食堂ではなくラウラ様とお食事をされますので、こちらのお部屋でおめし上がりください。ラウラ様のご希望で、長机ではなく円卓をご用意させていただきました」


「分かる……本来ならどんだけ長くてデカい机がこの部屋に横たわってるのか簡単に想像できる…!」


「い、いわゆる「上座」というべき場所なのだろうな。…見よ、部屋の向こう端を…家名が彫刻された石版が壁にかかっているのだが…」


「こういう場所だと屋敷の主が自らの席の後ろに祖先の肖像画等を上座として飾られるらしいですが…家名だけ、というのは控えめな方らしいです。あと、来賓と食事をする貴族は居ません…っ!」


「んっ……ごはんっ…!…お肉と、お魚と………あとお肉……っ!」



まるで大きな会議室のような部屋には調理室から繋がる大きな扉があり、この部屋がどのように使われているのか見ただけで想像がついてしまう。食事の場所故か、調度品は最低限でありその分壁にはいくつかの絵画や花が上品に飾り付けられている。その部屋の一番奥には真っ黒で光沢のある2mはあろう石版に「クリューセル」と彫り込まれたものが架けられ、その席には一族の者しか座ることは赦されない事を示し出していた


…とは言え、現在は本来あるであろう長大な食卓は取り下げられており、まるで中華テーブルのような6人がけ程度の円卓が置いてあり椅子は5つ…皆で食事を囲む気満々のラウラの気持ちが可愛らしい


みんな揃って「ここてお食事するのかぁ」と楽しみと貴族邸の食事へのワクワクを抱くのであった






「こちら、当クリューセル家別邸自慢の浴場でございます。従者達は別の浴場がございますので、ここはクリューセル家の御人…今はラウラ様専用の浴場です。勿論……皆様もこちらの浴場をお楽しみ下さい」


「「「おおっ!」」」


「お、おおっ?………あの、俺も…?」


「はい、勿論でございます。当然ですが、お入りになる時間はーー」


「あ、ああだよな。うん。そこは気をつけるから安心して欲し……」


「ーーいつでも、お好きな時間にお入り下さいませ。お入りになる時はラウラ様もご一緒される、と……ラウラ様も仰っておられますので」


「…………え?」


「お入りになる時は私がラウラ様に御一報させていただきます。当然ですが……この館の警備と防音設備は万全でございます。ご安心くださいませ」


「あ、え……あの、それは…」


「では、次の場所へご案内をいたします」








「そして、こちらがラウラ様の寝室でございます。ノックはしていただきたいですが、勿論お好きな時にお訪ねいただいて……」


「ちょっ、ちょっと待とうかメイドさん!?主人の寝室売り渡しちゃ駄目じゃない!?なんか風呂場から様子が変…」


「いえ、問題ございません。全てこのように案内するようにと……ラウラ様より言い付けられていますので」


「うそんっ!?い、いやメイドさん達はそれでいいの!?大事な主人じゃ…」



挿すに突っ込んだカナタにさしもの3人もうんうんと頷いていた


なんだこの猛烈なプッシュは…予想会にもほどがある、と。正直、カナタはもっと警戒とか…「ウチのお嬢に近付く羽虫がよォ…!」とか思われてると思っていたのだ…割と本気で


それが何故にこの中年メイド長は何食わぬ顔で押しが凄いのか…



「だからこそ、でございますカナタ様。大事な、幼少期よりご成長を見守っていたお嬢様がお連れした御宝客ごほうきゃく…いつ、現れるのかと昔から背中を炙られる想いでございました。お嬢様が真に心を赦される方など現れないのではないか、とすら……お嬢様はお相手を間違える事などありません。カナタ様、あなたにどのような秘密があろうとも」



それに茶化すことも無く、穏やかな笑顔で答えたメイド長にカナタは声を返すことは無かった


彼女は思い返す…


このメイド長は…ラウラが産まれた時から常に側で世話をし続けた、言わばラウラにとってもう一人の母のようなものだった。それこそラウラのおしめを取り替えていたのだ。勉学、作法等の教養も彼女が最初に教え込んだ。彼女が聖女になった時も、最年少で大聖女へと昇格した時も、そして勇者と共に旅へ出た時も……ラウラの傍らには彼女が居た


昔は性格にツンケンした所が有り、お転婆な少女だったラウラをずっと心配していたのだ


ラウラはあまりにも…出来すぎた、挫折を知らなかったのだ。才能に恵まれ、家に恵まれ、環境に恵まれ、縁に恵まれ…ある程度の努力だけでも失敗などしたことが無かった


まさに天才、ある程度の努力だけで聖女教会の中で悠々と大聖女と謳われるに至った


最年少にして無敵の大聖女、与えられた特異魔法によって数多を守り、群を抜く聖属性魔法は数多の命を救いあげた


その内に、人との間に1枚壁を作るようになったのだ


出来すぎた自分と他の者との間に…それは、ラウラに他者への一線を越える事がない境界線となった。人に近づき過ぎず、むしろ高まる使命に親近感を覚え始めた。……他者との近しい関わり合いを、絶ちかねない程に


使命の為ならば、と進んで魔法を行使し…そして人を救う度に人のことが分からなくなっていった。彼女の中で他者とはもはや…使命を果たす為の「道」へと成り代わろうとしていた。栄光や称賛を欲するのでも無く、ただ使命を果たす為に…



「ある殿方との出会いが、ラウラ様を変えました。痛々しいほどに人の心を感じ取れるようになり、柔和で穏やかな方へと成長を遂げられたのです。私は…その殿にどれだけ感謝をしても足りません」



同時に彼女は失敗と挫折を思い知った


癒やしきれない、守りきれない英雄と出会った


その英雄はあまりにも哀しく、あまりにも凄惨な運命を背負わされたたった1人の男…彼の無惨なまでの慟哭が、彼女の中に引かれた人への境界線を粉々に破壊したのだ


真に心の底から人と共に…親兄弟、クリューセル家の者達以外で初めてその思いを胸に抱いたラウラはその殿方を癒やしきれないことに、守りきれない事に絶望した


天才と称され最年少で大聖女と謳われた力が…届かない


初めて自分の力の至らなさに絶望したのだ


旅の最中、彼を守り癒やす為にラウラは初めて…本気で命懸けの努力と修練を、ぶっつけ本番で積み上げ始めた。今までの自分の常識を破壊し、新たな経験を迎え、思いもしないアイデアを迎え入れ己を死ぬ気で磨き続けた


ただでさえ類を見ない天才と呼ばれた彼女が渾身の命がけによる修練と努力を重ねればどうなるか?


そして、こう呼ばれるようになったのだ



ーー聖女教会にて史上最高の大聖女


ーー現世に降り立った美貌の天使


ーー救済を体現する慈愛と守護の化身である、と



「その殿方をお嬢様が強く想われているのは明らかでした。そして、その思いを胸に抱いてもう何年経ちましょう…ついに、その時が来たのですよ。だからカナタ様、なるようになさりたい事をしていただければ良いのです」



中年のメイド長はそう静かに語り、次の部屋へと歩き出した


そこにカナタは何も返さず…ただ後ろをついて行く


まるで…言うまでもない、と語るように







ただ…にやにやしながら後ろから指で背中をツンツンつついてくる3人娘には、さしものカナタも引き攣った笑顔を浮かべるのであった








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【後書き】


ーー遂に…遂に100話になってしまいました…!あぁ、なんだか遠くまで来た気がしますね…私のお話が3桁分もあるなんて


「長かったですものねぇ。ここまで2年と何ヶ月か過ぎていますもの、これでこの物語も少しは進むべきところまで進んだのではなくて?」


ーーそうだね。まぁ思い描いてるストーリー展開にはまだ時間が掛かりそうだけど、やりたいことはある程度やれてきてるよ。ほら、私は割とさっさとカナタ君に正体明かさせてヒロインといちゃらぶエッチさせる気満々だったし


「…そう言われるとなんだか穢れてますわね、動機。もうちょっと誇れる感じのやつはありませんの?」


ーー十分誇れるでしょぉぉっ!?最初にエッチ回書いた時はBANの恐怖と戦いながら描写するコンプラチキンレースだったのに、今では堂々とエチエチさせてるんだ…成長を感じるよね


「そんなだから、色々な方から『後書きに住んでる変な奴』とか『謎空間に潜むモンスター』とか『欲望に燃やされた哀しき獣』とか呼ばれますのよ、貴方」


ーーえっ、誰に言われてるのそれ。心外だなまったく…ひとまず名前を教えてくれたら、その人の名前で誰もされたくないであろう触手系ハードエチ小説を綴って音読してあげよう。勿論、男女問わずだ。激ハード描写をねっとり書いて創作の中で酷い目にあわせてあげよう


「それ、テロですわね…。あ。後はコメントでフェイバリットカードがジャンク・ウォリアーの方から『どの召喚法が好きですか?』とのお問い合わせがありましたわよ?」


ーーおいおい、それを私に聞くとはね…ふふっ、私は常に召喚の時はちゃんと口上まで言っているのさ。そう……『太陽神ラーよ!地より蘇生し天を舞え! 炎纏いし不死鳥となりて!』


「アドバンス召喚…!し、渋いですわ…!しかも出してるモンスターがあまりにも…」


ーーモンスターではない、神さ!ちなみに私は「氷水ラー」と「Asllapiscu入りシムルグ」と「オシリスオベリスクピン刺し0帝」を操りし者…だがふわんだりぃず、君達は駄目だ。私はあの害鳥が紙でもMDでも嫌いだ


「どストレートに言いましたわね…。まぁ確かに、召喚しすぎてアドバンス召喚とかの概念あまり無いですし…。あ、これは作者の個人的趣味ですので、勿論好き嫌いは人それぞれですわよ?好きなカードをお使いなさいな」


ーーコメント、ありがとうございました。あと、話数の調整をミスりました私…本当は次話でぴったり100話目にするつもりだったのです。うーん…計画ガバ太郎君とは私のこと…


「ふふっ、では次回予告は私からっ。さぁ、いよいよ私のターンですわっ。次回ーー『舞い乱れ咲く金の華』…お楽しみになさってくださいな!」


















「んっ…!…『欲望に燃やされた哀しき獣』はシオンが言った…!…だから、さぁっ……!…シオンの名前でぐちょぐちょのハード触手エチ小説を……っ!」


「わーっわーっ!!な、何をいきなり言うんですかマウラ…っ!?い、言わなければバレないのに……っ!!」


ーーへぇぇぇ…(ニチャァ)

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