第94話 僅か昔の我が身なら


古に栄えた古代文明の魔法使い達は研究と解明の日々に明け暮れた


そして敵となる異なる国家との闘争に明け暮れたのだ


世界の覇権を求め、国家の安寧を賭けて、または新たなる知識を求めて様々な魔法が開発され、使用され、付与されてきたのだ


現代の水準よりも遥かに高い魔道具…現在はアーティファクトと呼ばれるアイテム群はその開発競争が生み出した産物の中で、現代まで残る高い高品質素材が使用されたものである


高度な魔法文明が残した魔道具は現在の魔道具を置き去りにする強力なものばかり、それは過去の魔法文明がどれほど進んだ存在なのかを思わせていた



そんな過去の文明達が…こぞって使い、そして対処に困った魔法があった



強力な魔法や武装で敵を穿つ…だが殺しきれなかった敵は、さらなる狂的となって再び現れてしまうのだ。これが致命傷や後遺症が残るほどの傷に苦しむならば戦う意味もあったのだが…全ての敵は与えた傷を何もかも回復させて立ち上がってくるのだ


全ては…『聖属性魔法』と呼ぶ、治癒と回復、癒やしを生業とする属性魔法の所為である


高度な癒し手であれば素早く、致命傷すら問題ないレベルまで治癒してしまい決定打とならない


負傷の度合いによって治癒しきれない傷もあるようだが、それでも度重なる戦いでの傷を全て無としてしまう聖属性魔法は戦闘魔法を操る者たちにとって目の上のたんこぶ、といえる存在だった

当時の最高位の聖女である大聖女ラヴィアラ・シーレランスは臓器に達する深い傷すらも十数秒あれば治してしまうような魔法の使い手



だが、ある魔法研究者が言った



『攻撃魔法に固執するのではなく、アイテムへの付与に限定することで「治癒を不能にする」魔法効果を作れないか?』



最初はたった一本の槍に、完成した魔法を付与して…それを今まで苦戦していた敵の隙をついて横腹に突き刺した


なんて事はない傷だ


戦っている最中ならばまだまだ動ける程度の些細な傷なのに…戦いを生き残った後、その魔法使いは苦しみに苦しみ抜いた


流れ出る血が止まらない、傷は一切塞がらず、次第にその傷は感染症や壊死により傷が拡大していく…そして感染症や壊死まで、その傷の部位にはまったく癒しの効果が現れない


腹に虫が湧き、臓腑まで響き、長引く苦痛に悶え苦しんで……死んだ



味を占めた



この魔法があれば、聖属性魔法による不死身のような復活力が無くなる…トドメをさせるのだ、と


全ての魔法文明が躍起になって、治癒不能の魔法効果を研究した


優れた魔法研究者様々な武器に、道具に…治癒不能の魔法効果を付与し、それを決戦武器としたが…それ自体を攻撃魔法とすることは如何なる手段を用いても実現出来なかった


故に、あらゆる武器に、武装にこの魔法を付与する研究と開発が進み始める


血で血を洗う殺し合いの歴史が幕をあけた


数多の血が流れ、各国は気が付く…




「殺すか殺されるかの接近戦によって敵を確実に殺すよりも、回復による優位性を押し付けたほうが遥かに戦力と国力が維持できる」




その結果……あらゆる国の間者、暗殺者が蔓延り敵国の魔法研究者を殺して回り始めた


そもそも作り出させなければいいのだ、と……それにより夥しい数の研究者が闇に葬られて来た


敵国の次世代が治癒不能の力を扱えぬように研究資料を破壊し、その知識に携わる者は皆殺しにした


全ての国が、である


その結果はどうなるか…?




僅か半世紀の間にして、治癒不能の魔法効果を扱える者は根刮ぎ根絶されたのだ


治癒不能はこの時点で再現不可能なオーパーツと化し、残された武器だけがその効果を携えて現世に残り続けた


しかしそれも…手当たり次第に作られたような武器は時代とともに朽ち果てていく


高価で高性能な素材を使用した一級品だけが、その内に最悪の能力を孕んだまま…幾星霜の時を渡り現代まで現存して来ているのだ


現代、人はそれを究極の「呪い」と称し、恐れ……廃絶の為に法を整備した



その歴史を見てきた、かつてから存在する聖女教会はこれを「禁呪」と制定



世に決して蔓延らないよう強く訴え、使用した者は聖女教会の名の下に指名手配がされる


聖女教会は世界全ての癒しを担う慈善の存在…それが敵に回す物を、世の人々が許すことは決して無かったのである





ーーー



ーー








「っ…待て!シオンっ!」



ペトラが叫び声と共にシオンへと飛び掛かり、全身全霊で声を出そうとした彼女の口を手で塞いだ


何故なら…それはペトラにとって最大の屈辱であり、そしてこの身に起きた最低な経験のある物にとても酷似している状況だったから


弟よりも巧妙に口で煽り、考えを鈍らせ、怒りのままに喋らせようとしたゼネルガの罠


驚くシオンを他所に…ペトラは憎らし気にゼネルガが首にぶら下げている、青色の首飾りを睨みつけた



「っ…兄弟揃って同じような下衆な真似をしおって……!!ライリーを操ったのもそのアーティファクトかっ!」


「ハハハハハハッ!お利口だねペトラ!流石は俺が見初めた女だよ!それでこそ、俺に侍り奉仕するのに相応しいね!」



先程までの屈辱に塗れた顔を機嫌良く喜色に染め替えて笑うゼネルガが、首にかかる首飾りのチェーンを引き千切ってぶらぶらと吊るして見せた


青色の宝石が嵌った、少し趣味の悪いがどこにでもありそうな首飾り…


ペトラはその宝石の形に見覚えがあった


そう…自分の魂に触れた憎きあのアーティファクト、その赤い宝石と全く同じ形状、カットが施された物だと…シオンのフルネームを叫んだゼネルガに悪寒を感じた瞬間に気が付いたのだ



ーーあれば同じ、支配のアーティファクトの類…!



弟よりも巧みな誘導故に、見逃す所であったが…確かに、この男はライリーのフルネームを叫び投げかけていた


悔しそうに、怒りに染まってただ不躾な視線を向けてきた小娘に怒り当たるように叫んだ「ライリー・ラペンテス」の名前


ライリーはそれに…言葉を返してしまっていた



(あの時か…!ライリーが持つ剣を投げ付けた時…あの瞬間にライリーはゼネルガに支配された…!カナタが攻撃を行う直前の最も無防備な瞬間を狙って…アーティファクトでカナタを背後からライリーに攻撃させた…!そうか…カナタは偽名で出場してる上にフルネームで登録していなかったから支配出来なかったのだな…っ)


「あぁ!最高にハマったねぇ!これは傀儡の青石ブルー・マリオネットというアーティファクトさ。ラジャンに持たせていた魅惑の赤石レッド・ハイチャームと対になって保管されていた物でね。こっちは名前に応答した者の肉体だけを掌握出来るのさ。それも……意識だけは残して」


「っ………潰す…っ!」



語るゼネルガの最後の言葉を待たずして、マウラが動いた


喋らせる必要もない…マウラの決した無常の判断は目にも止まらぬ速度によって死神の鎌の如く飛び上がり様の回し蹴りがゼネルガの側頭部を正確に捕捉する


が…これを目で捉えているゼネルガにマウラはぞわっ、と悪寒に襲われる


己の瞬速を…正確に捕捉されている


それだけで、マウラは手負いながらに金剛級冒険者であることを認識しながら背後に迫る殺気に空中で体の向きを即座に反転させた


そこに…古ぼけた小剣をカナタから引き抜いて追随する速度で迫りくるライリーの姿があったのだからマウラに緊張が走る



(……あの剣…っ…っ触れたらだめっ……!)



小剣を引き抜かれたカナタが地面に倒れ伏すのを見ればその効果のえげつなさを嫌でも認識させられる…最大限の警戒を走らせるが、直前でライリーの手元で小剣がくるり、と反転し柄の端でマウラの頭部を狙ったのだ


これを手で弾き、続けざまに放たれる首を掴もうとする彼女の手を宙返りで躱す



(っ…そっか…!……こいつの狙いは私達…っ…!…この武器で傷付けずに捕まえたいんだ…!)



それを勘付いた


あくまでゼネルガの狙いは自分達の拘束と捕獲…治らない傷を付けるわけにはいかないのだろう


ならば…


マウラはそのままライリーに向けて組み付いた状態で突進し、普段の彼女にあるまじき押し合う形で勢いよく…自分諸共ライリーを遠くへと吹き飛ばした


背中から倒れるカナタをシオンが受け止め、すかさずペトラが前に出ると問答無用で放った風の刃がネックレスごとゼネルガを縦に両断するべく放たれる


が…



「チッ……まだ動けるか…!」


「当然だとも!この程度の動きは負傷してても簡単だ!さぁ、俺のパーティに加えてあげよう

力尽くでもね!」



それを思いも寄らない素早さと身軽さで回避したゼネルガにペトラは舌打ちを漏らす


……金剛級冒険者、隙という者ものを決して見逃す事はない


ペトラの魔法を数m先から放たれて、負傷した体でも即座に回避に移れるのは未だその程度の力は残している証拠だった


ただ…それすらもカナタの前ではあまりにも避ける隙が無さすぎたのだ。この程度の動きで避けても…カナタには読まれていただろう、その最悪の可能性が見えていたからこそ、動けなかっただけのこと


さらには自動回復…いわば強めのリジェネ系アーティファクトによってゼネルガの体はカナタから受けたダメージを少しずつ回復させてきていた


それを寄せ付けないようにペトラはゼネルガに向けて豪雨の如き風の刃を乱れ撃ちし始めるが、ゼネルガはこれを隙間を縫うように避け、至近弾となる物は不可視の壁に触れてかき消されるように防がれた


もはやペトラも加減はできない…後ろのカナタを巻き込まないようにしながらも、手にした愛器アルドラを手にすれば瞬間的にパーツが展開、レーザーのような魔力の弦が伸びて弓の形へ変形を果たす



「消えろ低俗…ッ…魔弾・ルベリオッ!!」



バラララララララララララララララララララララララララッッ



マシンガンでもぶっ放したような連射音を鳴り響かせながら消滅の魔弾が弓より放たれゼネルガへと殺到する


もはや大闘技場への被害など二の次、壁に地面に客席までも連続で飛び交う消滅の魔弾の弾幕の中…ゼネルガは己の脚に履いた軍靴のような物を光らせ…その瞬間、速度が激増させる


残像すら見えそうな、カナタにも見せた超速度…それをもって全ての魔弾を回避にて捌く


弟であるラジャンが受けた傷、魔法…ゼネルガはしっかり、丁寧に、丹念に観察をしていたのだ


特に…ペトラの魔法である刻真空撃エストレア・ディバイダーの凶悪さは観察済み…それを防御系アーティファクトに任せて受け止めるような愚行は犯さない



「素敵な才能だ…!是非、俺の為にその力は奮ってくれ!もうそのマスクの元で素晴らしい才能を腐らせる事はない、俺なら存分にそれを活かし見合う対価を与えてやれる!」


「断る!我らの男を殺そうとした罪、貴様の死で償ってもらおうか!この世に肉片も残さず消し飛ばしてくれるわッ!」



そのペトラの後ろで…倒れるカナタを抱き止めたシオンが溢れ出る彼の血液を、胸に手を当てて必死に押し留めようとしながら額がくっつくような距離で必死に呼び掛けを続けていた



「カナタっ!どうにか…っ…どうにかなりますよねっ!?その傷…な、何か治せる魔道具はあるんですよねっ!?起きて下さいっ…カナタぁっ!」



息はギリギリまだしている


ギリギリ心臓を外した形だ、ライリーは恐らく突然動き出した自分の体に抵抗しようとしたのだろう…その抵抗が、心臓ど真ん中を刺し貫く最悪の未来を回避させたのだ


しかし…このままでは最悪の結末は変わらない






「おどきなさいシオンさん!」





その声に、はっ、と顔を上げた


見れば険しい表情を浮かべたラウラが聖女達を引き連れて来ていた


もはや藁を掴むような思いのシオンが頷いて下がれば、聖女達がカナタを囲むようにして周りに膝を付き、両手を組み合わせて祈るように鼻先へと近づける



「皆様、第1聖唱『ユーグリッドの御唄みうた』を!」 


「はっ!」



一声、ラウラの号令と共に膝を付いた聖女達が声を揃えて「Ra…♪」の1音にて聖歌の如き歌を重ね合わせ始めた


…聖属性儀式魔法『ユーグリッドの御唄』は聖女達が数人がかりで回復の魔法による波動を重ね合わせ、より効果的に治癒の力をかける物でありその効果は第1から第4まである「聖唱」の中でも非常に効果の高い物


また、状態異常に対する絶対的な根治能力を有するのが特徴でありさまざまな呪いの解呪に用いられるものだ


だが…それでもラウラの顔色は優れない


即座に己も治癒の魔法によるの癒やしをカナタの胸に手を当てて施すが…



「ラウラさん…っ…どうにかなりますよねっ!?」


「………」


「ラウラさんっ!!」


「…悔しいですけれど、効果はあまりありませんわ。呪いを解こうにも…相手が『治癒不能ノーエイド』では聖属性魔法は…」 


「なっ…んでっ…だって聖属性魔法なら呪いも怪我も…っ」


治癒不能ノーエイドの呪いは…過去の文明で生まれた『聖属性への対抗魔法』ですの。優劣を受けるならば…それは聖属性魔法があまりにも不利になりますわ」



絶句するシオン…だって、今聞いたことがその通りならもうカナタは…



ラウラは黙っていたが……実は治癒不能ノーエイドには1つだけ治療法がある


それは…治療不能ノーエイドによって傷付けられた部位をその部位を治癒して再生させる事だ


シオンはそれを知らないが…だがラウラが見た限りこの方法は不可能だ。腕や足なら問題無い。はらわただってごっそり無くなっても即死しなければ治せる自信がある

 

しかし…



(よりにもよって心臓の真横……!しかも掠めていますわ…これでは呪いにかかった部位を切除しようにも…どう頑張っても心臓を一部抉らないといけなくなる…!それではいくらカナタさんでも……無理…!)



…刃は心臓の真横を通過、僅かに心臓を傷付けるほどすれすれで横を貫通していた


この方法は…今のカナタに対して使えば自分の手でカナタを殺す結果となる


しかし…やらないよりは……


その葛藤がラウラの手を人知れず強く握らせていた


もはや…カナタが助かる道は自分の手の中に存在しないことを、天才と呼ばれるからこそ即座に見て分かってしまった



「ラウラ・クリューセル!大聖女と呼ばれた君なら分かるだろう?真の勇者たる者がいかなる男であるのかを…さぁ!この子達に教えてあげてくれ!この俺こそが、勇者を冠するに相応しい英雄になれると!」



ゼネルガの声が聞こえてくる…それに、ラウラの目が剣呑に光った


直後………






「ぐっ……ぉ…!?これは…ッッ…!!?」





ゼネルガがに、バゴンッと音を立てて挟まれた


そう…大闘技場の壁と、黄金の結界という壁の間にプレスされるように


ペトラの弾幕をすべて避けきるほどの速度で動き回っていたゼネルガではあったが…が迫ってきては避けようにも避けられないだろう


そもそも物理的に逃げるスペースが空にしか無いのだから


地形が変わる一撃どころではない……無理矢理地形を作り出すような荒業にひゅっ、とシオンの息が詰まった


ゼネルガは巨大な黄金の結界と大闘技場の壁に挾まれたまま手を使って押しのけようとするように暴れるが……あまりの頑丈さと結界の押す力にこれから抜け出すことが出来ない



「……皆様、もうよろしいですわ」



唄を奏でていた聖女達にぽつりと呟くラウラがゆっくり、立ち上がる


挟まったゼネルガに向って歩き出し



「教えて差し上げますわ。勇者とは………私にとって勇者とは、今のこの世界で唯一人を指す言葉ーー」



その声音は落ち着いているようで、どこか何かを堪えているようで



「ーーそれは…カナタ・ジンドウをおいて他に存在しませんわ。勇者とは…自ら冠するのではなく、渾名された時初めて、生まれるものですのよ」



その杖先をゼネルガに向けたその目から…一筋の涙が零れ落ちた









ーー






『魔力充填率、76%。マスター、無事ですか?』


(無事じゃねぇ…!早く魔力溜めきらないとマジであの世行きだっての…!勇者ボディが頑丈じゃなきゃ普通に即死だったわ…!)


『傷口の解析は済みました。アーティファクト『キルスティン』は1100年前の文明から出土された治癒不能ノーエイドを付与されたアーティファクトです。とはいえ、ただの剣ですがあらゆる聖属性を受け付けず、マスターの傷はアルスガルドで治癒出来る物ではありません』


(ライリーに攻撃されたのがマズかった…手負いのゼネルガからなら強化した体表で弾けてたのにな…。ご丁寧に『バスタード・マキシマ』まで使わせて強化マシマシでぶっ刺させやがって…!俺、鎧着ないとこの手の連中の攻撃普通に食らうんだぞ…ったく…!)



意識の中、声も出さず消耗は最小限にしているカナタの中で思考の声とアマテラスの機械音声が鳴り響く


電撃で麻痺し、手酷く殴り倒したゼネルガから刺されたのなら大した怪我ではなかっただろう。しかし…万全の常態でやって来て、しかも生身のカナタをボコボコにできる今のシオンとまともに殴り合えるライリーが相手なら話は別だ


カナタの強化や生身の強さ自体は……一線級の者達からすれば若干物足りないものがあるのだ


生身で最強ならば鎧などなくとも世界は救えただろうが…カナタはあくまで生産職なのだ。そもそも生身である程度殴りあえることがおかしいのである


それを補うための戦いの経験と読みから来る戦闘法を得意としていたのだが…流石にライリーが後ろから殺しにくるとは思ってもいなかったのだ



『魔力充填率、100%。いつでもどうぞ、マスター』


(やっとか…。今回のは長かったな…ま、胸貫通なんて旅してる時もされたこと無かったし。……そろそろ、俺も我慢の限界だ)


『現在の周辺状況は分かりますか?ゼネルガ・クラシアスはまだ動ける力は残しているようです。さらに、マスターが与えたダメージは既に半分近く回復している模様。魔力流を見るに、腰に付けたアーティファクトによる効果で自らの自然治癒力を引き上げています』


(俺には回復させないのに自分は少しずつ治癒してってんのかよ…酷いもんだなぁ)


『ーーマスター、呑気なこと言ってると死にますが?』


(あー…そうだな。確かに聖女達でも治癒は出来ないみたいだし、そろそろ行くか…)



治癒が不可能なのは自分が一番理解できた


周りを囲む聖女達がもたらす回復効果はかなり強力だが、それでも胸の痛みすら和らぐことはない…このまま行けば数分で死ぬ


治癒や治療はどう足掻いても不可能……だからこそーー










ーー『ナイチンゲール』…起動









「は、ハハッ!諦めて俺を勇者と認めてもいいんだラウラ?君の目の前に居る男の英雄の素質には気が付いているだろう?さぁ、仕えるべきは誰なのかそろそろ正直に…」


「お黙りなさい。この場で殺しても構いませんのよ?持っているアーティファクト全てを捨てるなら、命だけは残して差し上げますわ」


「ハハ…ッ…それは無理さ!魔物を引き寄せるアーティファクトは…俺の腹の中だからね。止められても嫌だから飲み込んでおいて正解だったよ!」


「…この……っ…!!」



杖を結界越しに突き付けるラウラに悠々と笑うゼネルガに思わず汚い言葉が口をついて出そうになるラウラが顔を顰める


それのどこか英雄なのか…勇者なのか…この男はまるで自分がどう映っているのかを理解していない



「流石は大聖女だ…その慈愛、慈悲!俺の聖女に相応しいよ、本当に…。さぁ、迎えに行ってあげるよ!俺のパーティへ今こそ………………………」



揚々と自らの力と功績を讃え、それをラウラにアピールするゼネルガが眼の前の結界ではなく、後ろの大闘技場の壁を破壊し始める


そのまま壁を破壊して脱出する気なのだ、動けなさそうな姿勢から肘や踵で壁を叩き砕くゼネルガが意気揚々とラウラを己の軍門へと招き入れようとし







目を丸々と開いたまま、動きを止めた



なにか信じられない物を見てしまったかのように



いや…信じたくない物が見えてしまったかのように



「う、そだ…なっなんで…嘘だ嘘だッ!どうなっているんだそれは………ッ!?」



取り乱すゼネルガに眉を寄せるラウラ達の後ろから、その声が聞こえてきた



「ら、ラウラ様っ!これはっ、一体……っ!?」



バチッ、バチッ……バリッ……ジジッ…バチンッ……


魔力がスパーク状に走る音と、驚愕する聖女の声


ラウラも、シオンも、ペトラも……遠くでライリーを抑え込むマウラすらも、振り返った


そこに






黒紫のスパークと魔力光をこれでもかと放ちながら、幽鬼の如くゆらり、と脚だけで仰向けから…背中を反らして立ち上がるカナタの姿があった




「カナタっ!!た、立つのは駄目です!傷が…っその傷はラウラさんでも治せなく、て………え……っ……?」



心配に駆け寄るシオンの言葉が窄む


おかしいのだ


世に誇る制達の儀式魔法ですら傷は少しも癒えなかったのに…カナタの胸に傷は一筋も見えない


それどころか…


傷を見ようにも切り裂かれた衣服が何故か元に戻っており、流れ出た血ですら来ていた服には一つのシミも残らずに消え失せているのだ


カナタはかつてもこうして目を離した隙に回復を果たしたことがあった


だが…今回は聖属性魔法の第一人者であるラウラですら治療を諦めた傷…なのに何故…?



「…油断した。本当に……よくもまぁあの土壇場でライリーに支配をかけれたもんだ。あれは読んでなかった…一つ間違えたら本当に殺されてたかもな」


「な、なんっ…な、ん…っ…………!?傷は…っ何故治ってる!?嘘だ!このキルスティンの力は本物だ!古代文明の負の遺産!聖属性魔法による治癒すら一切受け付けない!治癒するのは不可能だ!何をしたぁァァァ!!?」

   




「ん?あぁこれか…。別にんだ。これは…俺の創った魔道具でも傑作の1つでね。溜めも長い、燃費も悪い、自分にしかかけれない、戦闘中は使用できない……制約マシマシにした上でこういう形でしか効果を引き出せなかったんだが……今の状況見るに、創ってやっぱ正解だった」




何を言ってるのか意味がわかる者はいない


治癒も治療も不可能なはず、それはラウラ達がこの場で証明してしまっていた


それなのに…今のカナタには傷一つ付いていない


それどころか……戦闘で破れ、剣で貫かれた衣服まで戦う前のような状態



…このアルスガルドに「物を直す」魔法など存在しない

 


現在確認できるもので唯一「修復」が可能なのは金属を操る錬成魔法による、金属製品への修復のみである



だが…布地まで明らかに修復されているのは一体どういうことなのか



「俺の魔法を教えようゼネルガ。……俺の持つ特異魔法はあらゆる金属を錬成し、金属に対し色んな魔法を仕込むことが出来る。この腕輪も、それで創った…条件を達すれば他人の魔法や魔力まで運用が出来る」


「な、何を言ってるんだ貴様は……ッ…!そんな魔法は勇者ジンドーしか…………………………い、いやまさか………あり得ないッ!?嘘をつくなァッ!こんな場所に居るはずないッ!!?」


「ーー魔法の名は神鉄錬成ゼノ・エクスマキナ。奇遇だな、ゼネルガ。実は俺も………勇者と呼ばれているんだよ」



カナタがマスクを外した


普通の男の顔が現れる


それを見て、ゼネルガの顔が引き攣った


彼のカミングアウトは到底信じられる物ではない…筈なのに


放つ黒と紫の入り混じった魔力の光が、頭に伝わる危機感が…眼の前の男が普通の相手ではないことを訴えかける



「この場の全ての聖女へ伝えますわ…。ここから先、この場で見た事全てを墓場まで持ってお行きなさい。……あらゆる口外を、私の名において禁じます」



ラウラの言葉に、6人の聖女達か口を噤んだ


その言葉が何を意味するのか…次の瞬間、今まで倒れ死ぬ手前だった男の周りを闇色の放電現象による魔力の炸裂と共に現れた漆黒の装甲が現れ身に纏わり始めるのを見て、完全に理解した


装甲と装甲が繋がり、体を綺麗に覆い尽くし、それが人の形を完成させていく


その正体を見た聖女達が膝を付き…その後ろ姿に祈りを捧げこうべを垂れた


金属音を立て、身の毛が震え立つ魔力の波動を放ちながら…彼女達の目の前に『伝説』が形となって形成されていく


ラウラがゼネルガを抑え込んでいた黄金の結界を解除した


それはもう…必要ない




「仕えるべきは誰なのか…でしたわね?教えて差し上げますわ…今、あなたの目の前に居る方こそが私が全てを捧げるーーー勇者ですわ」




落ちた涙を指で拭い、冷たい視線と自信を見せるその言葉を投げ掛ける大聖女


彼女の言葉は現実となる


今、勇者を騙る男の前に…




ーー勇者が現れた




『今まで出会った中でも一番を競えるくらい邪悪だ、ゼネルガ。悪いが…手加減は出来ない』





ーーー






あまりにも我儘で融通の効かない、気難しい魔法だった


その魔法を機能させるにあたり様々な方法を試してきたが、試作品は大型トラックのような巨大さに膨れ上がってなお…予想より十全に効果を発揮できない不良品


このまま身に付けられるようなサイズとするなら緊急時の機能は殆ど無いに等しく、様々な方面の機能を削り、簡略化し、省き…効果と実践機能の両立を探り合う


苦節2年の時を経て、ようやく完成させた物ですら戦闘中などでは不可能なほど魔力の精密な充填が必要な代物となっており、まさに「いざという時のワンチャンス」の為の魔道具…だが、それでも現状唯一の成功例となった


超極小の金属粒子を己の体内に流し、全身に巡らせることで自分自身を人型魔道具として機能させる…何もしていない状態でしか魔力を充填出来ないが規格外の充填を省略…対象を自分自身のみに絞る事で発動を簡略化…ここまでの工夫でようやく、本来の魔法のほんの僅かな効果の片鱗だけを発動出来る


実戦で使うにはあまりにピーキー…しかし、本当に「いざ」という時がきてしまった場合は非常に強力に機能することを考えて創り出された魔道具は、その性質上人目には決してつかないものだが…


カナタが持つ魔道具でも傑作と言える創意工夫の結晶だ


だが、自分自身を対象に絞りきれずに着ている衣服や肌に身に着けている簡単な構成物にまで効果が及んでしまう難点があるが…カナタからすれば些細な問題


これにより……カナタは先の致命の一撃から何事もなかったかのように立ち上がる


カナタを殺すのであればまず、この魔道具を使わせる前にならなかったのだ


数十秒も無防備に魔力を充填しなければならないが、それまでにカナタを殺さなければ彼の肉体は…生きてさえいれば回復や治癒などというレベルの話ではなく、完全な状態までーー






ーー






治癒でも治療でも無い……言わば肉体情報に限定された短時間のタイムリープ


カナタの負傷した肉体はダメージを食らう数分前の状態に…身につけた衣服を巻き込んで


そして、遡った肉体は同じ運命を辿ることはない…新たな「負傷させられていなかった自分」として現在の時を進み始める事により、本来ならば巻き戻した時間と同じ時間が経過したら同じ負傷に追いついてしまう未来を回避する…緻密かつ強引な、荒業


故に治癒も治療も出来なかろうとそもそも関係がない


この魔道具は旅をともにしたラウラですらも知らない物…何故なら旅の終幕を迎えるで、この魔法をカナタは当時いなかったのだから


その業はかつての宿敵が振りかざしてきた…時の権能







与えられた魔道具の名は『ナイチンゲール』







込められた魔法の名は






時限掌握魔法……ーー無限天征ムゲンテンセイーー









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【後書き】




ーー時間停止物のエッチアニメっていいよねぇ


「…それは我輩、時の魔神であるこのディンダレシアに言っているのか?」


ーー…出来るんでしょう?……時間停止


「それは出来るが……というか我輩、ここで喋っても良いのだろうか。本編では普通に死んでいる筈だが」


ーーめっちゃ死んでるね。カナタ君にぶっ殺されてるね


「おのれ異邦人のわっぱめ…。だが良き戦士であった。一度は殺してやったと思ったが…まさか再び我輩の前に現れるとは思わなんだ」


ーーまぁそれは置いといて…私はね、時間が止まってる間に色々とここでは書けないような事をして、時が進み始めると止まってた分の感覚が一気に戻って来るタイプがとても好みなんだ…分かるかい?


「いや分ける訳なかろうて。狂っているのか貴様」


ーー馬鹿な…!?じ、時間停止を使える男なら一度はやってみたいと思わないのか!?


「貴様のような奇天烈な男が、世に「ウスイホン」なる魔本を生み出しているのだろうな。聞けばそれを読むと読んだものの趣向に歪みが生じる、と」


ーーいやそんな仰々しいものじゃないよ?あ、そうだ……ここに、カナタ君のヒロイン達がドウニカなっちゃう「if本」なる物があるでしょ?


「ぬ?」


ーーこれをディンダレシア君、君に少し読ませてみるでしょ?


「我輩にそんな趣向は無いが。…おい、なんだこの胸糞悪い展開は、これを作った者に人の心はないのか?」


ーーそうするとほら、ディンダレシア君の後ろに…





「やぁ、突然で悪いが……都合の悪い物を見てしまったお前はここで殺す」


「はっ!?わっぱ!?なぜここに…!?というかもう我輩は貴様の手で死んでいるだろう!何を平然と殺し直そうと…」


「悪いな…こんな未来の1つを誰かの記憶に残せるほど、俺は優しくないんだ。そんなifを残しておいたらどんな形で文章にされるか分からないからな…」


「…なら、我輩ではなくこの本を抹消するべきではないか?」


「お前の記憶に留めておくぐらいなら…お前は殺しておかないといけないだろ?悪いな…殺してやるーー」


「おいこいつもなかなか狂っているぞ!?というかいつの間にこんな流暢に話すようになった貴様は!?」


ーー大変だね、ディンダレシア君…


「ーー殺してやるぞ、未知広かなん…」


ーーなんで!?なんで私なの!?


「いや、普通に考えて貴様の方が邪悪だろうに。何を自分は関係無いみないな顔をしているのだ」


ーーくっ……自称勇者編から少し胸糞展開を差し込んだせいで読者さんからも「敗北if展開いいんじゃない?」とか言われてるんだ…!悪いがこのif本は守りきらせてもらう!私はエロスを書きたい…それだけだ。君はただ読んで喜び叫ぶだけでいい…


ひゅっ


ーーあっ……か、返……


ぐしゃっ


「容赦なく本を握り潰したな…しかも目にも止まらない速度で奪い取って。…というか我輩、もう本編での出番とか無いのか?」


「え?あー……多分回想とかに入るくらいじゃないか?」


「そうか……我輩は楽しかったぞ、わっぱ。貴様との死闘は久しく感じたことのない昂りを感じた。死しては言えなかったが、我輩は貴様との死闘によって果てるべく悠久を生きていたのやもしれん」


「……そうかい。別に俺はお前に恨みがあったわけじゃなかったんだけどな。謝んないぞ?」


「要らぬ。ただ誇れば良いのだ。この時の法皇と呼ばれたディンダレシアを討ち果たした事をな」


「…こういう会話は本編でやるべきだと思うんだけどなぁ」


「死者と話す機会などそうあるまい?なに、ここは面倒な垣根は全部取り払って話せる良い場所ではないか。……よく分からん狂人が住んでいるが」


「アイツは気にすんな。……病気なんだ、きっと」

 

「さっきから本を潰されただけで、まるで心臓でも抜き取られて握り潰されたように胸に手を当てて倒れているが?」


「…………病気なんだ、心の」


「…………哀れな…」


「…ところでなんだけどさ、一つお願いがあるんだ」


「ぬ?」


「『外の時間より10分の1の速度でしか時間が流れないけど老化はしない部屋』って作れる?」


「造作もないが…確か地球の魔本にそのような修練場を設けていた話が載っていたな。なるほど、己を鍛える為か…良い上昇志向ではないか」


「えっ………あ、あーね、うん。そんな感じよ。そりゃあもうビシバシパンパンと激しく訓練しちゃう予定でさ、うん。特に足腰から鍛えないといけないから」


「ふぅむ、それでこそ我輩を斃した男よ。好きに使うと良い」


「あ、ありがとディンダレシア。使わせてもらうわ、うん」


「足腰も良いが他にも鍛えるべきは多いぞ?何か鍛えるべきは無いのか?」


「え……まぁそりゃ一番ビシバシ鍛えるのは………………愛、かな」


「ほぉ、愛とは………哲学を語るようになれたか」


「…………まぁね」




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