第91話 呼ばれた者と、名乗る者


「指導者戦のぅ……どうせカナタもなにがしかのトラブルに巻き込まれるに決まっておるからな。諦めた方が良いぞ?」


「…既に変なのに目付けられてるしな。あーあ、ほらあそこ…ずっと俺のこと見てやんの。やってられんね」


「ん……熱視線っ…。…きっと熱烈なアプローチがある…っ」


「嫌だなぁそれ…。ほら、なんか企んでる顔だあれ。この前のはあんまり効いてなかったか…」


「まぁ無理だと思いますよ?見てください、あの私達に向けてる「待っててね子猫ちゃん達」みたいな気持ち悪い目線……早く潰して下さい、不愉快ですあれ」



時は1日進み、指導者戦の開幕日


武争祭の後半戦とも言える大イベントは一部のファンに本戦よりも人気があるほどの熱狂を見せる


本戦に出ている出場者になんらかの教えをしている者のみが出場出来る、という事もあり本戦よりも高度な技術を用いた戦いになることが多い指導者戦は1日で終わる事と、出場人数が多くないのが特徴だ


なにも本戦出場者が全員自分の教え手を連れている訳もなく、むしろ珍しいパターンだ


今回の指導者出場者もわずか9人という少なさだが、その盛り上がりは本戦に引けを取らない


カナタ達は入場ゲートの控室に居るのだが、この場にいる出場者の中でも特別熱い視線を向けてくる相手が居ることに、マスクの下で大きな溜息をついているカナタなのであった…


かのからの熱い熱い注目を浴び続けているのだ


少し脅かしたが、どうやらそれでも諦めていないらしい…恨めしそうな視線をカナタに向けながら情熱的な視線を三人に向けているのだから溜息もつきたくなる


だが、それを抜きにしてカナタは気になることがあった



(…レオルドが居ない。変だな…こういう馬鹿騒ぎは大好きのはずだろアイツ。いの一番にここで待っててもおかしくないと思ったんだけどな…)



出場者はこの場に8人……その一人を除いて全員集まっているのだがレオルドだけが見当たらない


なんなら一緒に居るだろう弟子のライリーも姿が見えないのだ


もうすぐ開始時間のはずだが…



「カナタ、どうやって戦うんですか?鎧はなるべく着たくないんですよね?」


「ん?あー…基本は素で戦うかな。と言っても、普通に素で殴り倒しても面白くないから…は使おうと思ってる」


「む、それは…」


「…あ、見覚えある……学院で戦った時のやつ…」



シオンの問に、右腕に付けられた細めのシルバーリング3つを見せるように腕を上げたカナタ


リングはぴったりサイズで腕に嵌っており、それぞれ銀色のリングの中心を赤、青、緑の鮮やかなラインが走っている簡単なデザイン


三人はそれに見覚えがあった


学院でカナタに3人で仕掛けた時、一度倒したと思ったカナタが謎の復活の後に装備した物と同じ見た目なのだ


それはシオン、マウラ、ペトラが持つ属性魔力を操れるようになる魔道具である



「これ改良しててなぁ。結構上手くいったから、これで頑張ろうかなー、と」


「む、だがそれは確か…2つくらいしか我らの魔法を使えんのではなかったか?」


「そこを改良してたのよ。今は俺が組んだ魔法を5つまで使えるようにしてある。ちょいと、3人の魔法術式を弄らせてもらってね…こんな使い方もある、ていうのを見ててな」


「そんな事まで出来るんですか?正直、これだけ間近で見ててもカナタの神鉄錬成ゼノ・エクスマキナはかなり謎が多いです…。それはつまり、どんな魔法でも作れてしまうのではありませんか?」


「あ、それは無理だな。そこまで融通は効かないんだよ、俺の魔法。この大きさの魔道具だと魔法の付与も5つが限界だったし、大規模な術式は刻めない。効果の強い魔法を使おうとする程、希少な素材を複雑な組み合わせで構築しないといけなくなる…あんまゴツいのじゃ不便だし」


「…そもそも、何故そなたが他人の魔力を使用したり、魔法を操れるのか不思議でならんのだが。そうなるとカナタよ、そなたはこの世の魔法全てを操れる事にならんか?」


「よくそんな事まで考えるね…。まぁ答えから言うと無理だよ。この魔法…《神鉄錬成ゼノ・エクスマキナ》にはがある。…だから最初の方は激弱だったんだよなぁ、俺」



遠い目をしながらぼやくカナタにペトラは一人考え込む



ーー神鉄錬成ゼノ・エクスマキナ……あらゆる金属を錬成し、金属に魔法を込めてそれを操る魔法


字面だけ見れば錬成の強み以外、ただの金属に限定された付与魔法でしかない……だが、彼はこの魔法一つで世界を救うに至る強者へと登り詰めた


「そういう魔法」と言い切ってしまえば簡単だ


しかし…あまりにも不自然な点が多すぎる


人の魔力を操り、人の魔法を使用できる…込める魔法に制限がないならばこの魔法はまさしく無敵の魔法ということになる


なにせ、言葉通りに捉えるならばこの世のあらゆる魔法を使えることに他ならないからだ


だが…



(…カナタは明確に「使えない」と明言している魔法がある。1つは特異魔法…これはカナタが話しておった。才宿る魂を通った魔力に発言する特異魔法の効果はどうやっても扱えない。恐らくこれは神鉄錬成ゼノ・エクスマキナが干渉できない根本的な不可侵領域だ。だが…気になるのはこの前話していた『死霊魔法ネクロマンス』。これは「使えない」ではなく正確には……ーー)



ーー死霊魔法ネクロマンスは持ってないんだ。最近欲しいとは思ってんだけどなぁ…



(ーー「持ってない」「欲しいと思ってる」…そう言っておった。つまり……なんでも魔法を使えるのではなく、神鉄錬成ゼノ・エクスマキナには大前提として他の魔法を金属に付与するための、明確なが存在するはず。死霊魔法ネクロマンスはその条件を満たしていないから使えない…と)



曰く…特異魔法とは魂という特殊な変換器によって、その魂が稀に持っている異彩なる力を通した魔力に宿らせた物


言わば魂から溢れた、魂の力そのものだ


そこまでは使えない、ということなのだろう。事実、カナタはペトラの風属性魔力や魔法は操れても刻真空撃エストレアディバイダーを使用したことは一度としてない


だとすれば…



「ペトラ」


「っ…?」


「まだ秘密」


「むっ…ぅ……そ、そうか…」



少しからかうようなカナタの声と、マスクの上から口に指を当てる仕草に思考を遮られたペトラもカナタにとってここか先はまだ秘密にしたい領域だというのは嫌でも察した


何故かは分からないが…






「出場者の皆様にお知らせします。トーナメントに欠員が出たので本大会は出場者8人にて開催とさせていただきます」



その声に全員が振り向き、驚きを露わにした


大会の運営側であろう男が、1人の不出場を知らせに来たのだ


驚くのも無理はない、この場に欠員らしき人物は唯一人しかおらずその人物はこの世で一番名の知れた冒険者だ



「レオルド・ヴィットーリオ選手は、本日の出場を取りやめましたことをお伝えいたします」



そして、その欠員は…大会優勝の最有力候補が居なくなった事を意味していた





ーーー





「お、結構良い技とか魔法使うなぁ。確かに本戦は殆どが勢いで出場してる奴多かったし、これはこれで見てるの楽しいね」


「んっ……悪くない…っ。…でも…今のところカナタの勝ち方が一番…地味っ…」


「う……そ、それはまぁ…色々使うまでもなかったと言いますか…」


「あれは仕方あるまい……というか、先の2戦は棒立ちでも勝てたであろうに」


「…確かに見栄えはイマイチでしたね。やはりカナタは鎧がなくても強いと思いますよ?技術的な部分も独自のものですが」


「俺のはただの喧嘩殺法というか…適当に戦いやすく暴れてたら体に染み付いただけだからね。技術とは言えないかな…」


「…むしろ、よくそれでここまで戦えるようになったものだのぅ。ま、戦いの中で効率的に動くようになったのなら…それは確立された戦闘法に違いなかろう」


「そうかなぁ…」



観客席で試合を眺めるカナタ達だが、既にカナタの試合は終わってしまっていた


レオルドの不出場が決まり、シード戦の無いトーナメントとなった指導者戦は8人での優勝争いとなった。カナタの出番はあの後すぐにあったのだが…




『くくっ……正体を隠して参加など、目立ちたがり屋め…。貴様を大地に沈めた後にその気色の悪い仮面を剝いで大衆に敗北者の顔を覚えさせてやーー』


『せいやっ』


『ーーぐあぁぁぉぁっ!?この、この一撃はァァァ!?』








『まったく…このレッツラー流元祖であり1000人以上の門下生を抱える私と相対するとは運が悪い。君も私の強さに気が付いたなら、試合が終わった後に弟子にしてあげよう。さぁ、遊んであげーー』


『よいしょっ』


『何ぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?わ、私が…レッツラー流師範であり王都にも訓練場を構えるこの私がぁぁぁァァァ!?!?』




…以上がカナタの試合の様子である


カナタは目を覆った…まさかここまでおかしなノリの相手がやってくるとも思わず、挙句の果てにそこまで相手にならないとは思わなかったのだ


なんだかとても大物めいた口上やら構えを見せてくれてのに自分は後手のチョップ一発でものすごい絶叫を上げながら飛んでいってしまった…もう少し手合わせ的な事をしたほうが良かったのではないか?と思わないでもないのだ


ちなみに客席のシオン、マウラ、ペトラは大爆笑していた


お腹を抱えて笑っていたらしく、肩を落として客席に戻ってきたカナタを目端に涙を浮かべる勢いで笑いながら出迎えてくれたのである


とは言え、素人ではなかったのは確かだ


技術は確かにあったのをカナタは先手の一撃を受けて確かめた事もあり、そこだけは流石教え手と感心したものだ。ただ…地力があまりにも違っただけで



「しかしまぁ…これで最終戦の相手は殆ど決まったようなもんだ。ペトラが言った通り…これは一波乱あるかも」



8人のトーナメントだ。早々に2勝したカナタは決勝というにも小さな規模だが最終戦に進んだことを意味している


だが…あの程度のレベルが相手では流石に…



「金剛級冒険者は止まりませんね。ワンサイドゲームです、それもあしらう程度の戦いで。…あれと当たるのはほぼ決まりですよ、カナタ」


「だよなぁ。負ける気はないけど、どうなるんだか…」



金剛級冒険者  ゼネルガ・クラシアス


今行っている戦いに彼が勝利すれば最終戦として

カナタとの一騎打ちが決定する


カナタとしては叶えたくなかった対決が目の前まで来てしまった形なのだ


シオンとマウラがその様子を見ながら「あぁ、これは…」「ん……カナタと当たるね…」と嫌な予想を漏らすのを横に聞いていればかくん、と項垂れるのも無理はない


大闘技場の盛り上がりに反してカナタだけ纏う空気が若干重たい…




「………なぁなぁ、カナタよ」


「…どしたの、そんな小声で」


「随分と濃い魔力が染み付いているが……もしや、のか?」


「えっ?濃いまりょ……あ」



そんな中、耳元で聞こえる程度の声音でペトラが囁いた言葉にカナタがぎくりんちょっ、と固まる


その様子を見てにやり、と笑うペトラが指先で…カナタの右胸、肩甲骨の下辺りを突ついた


魔族であるペトラの眼と感覚にはしっかりと、カナタに刻み込まれたその魔力が認識出来ていたのだ


続いて指でカナタの着ているボタンのシャツから留められているボタンを2つ外して横に開くようにしてみれば、そこには誰のものがあからさまに分かるような……菱形に覆われた1枚の黄金の花弁のような紋様が刻み込まれている



「くくっ…しっかりマーキングされおって。もしや昨日か?」



からかうようなペトラの言葉に「うっ…」と息詰まりながら恥ずかしそうにシャツを戻してボタンを閉じる


きっとマスクの下の顔は赤く染まっているだろう


楽しそうなペトラの笑みから逃げるように視線を逸らしながら小さな声で続ける



「……『私だけ印がないのはズルい』って言われたんだ。俺の印刻んだら『お返し』って有無を言わさず…」


「何を言っておる嬉しい癖に」



カナタの言葉を笑いながら被せたペトラ


むぐぅ…と返す言葉も無いカナタは沈黙を選ぶしか無い…



パートナーの印を自分に刻む行為はアルスガルドにおいてメジャーな愛の示し方である


師弟の間ですら同じことをするのだから当然とも言えるだろう。魔力光を持っているならば非常に分かりやすくし誰の印か分かってしまう


ちなみに師を表す紋様は、師の紋様に二重円を囲って示されるものだが夫婦、恋人、パートナーとなる相手の紋様は菱形で覆われる


硬い金剛石を表す菱形は「この紋様の者と自分は固く結ばれた」という意味を表す物だ


それを己の心臓ハートに一番近い位置に刻む


一番大胆で、一番好意と結び付きをを強く表す形だ



「うぅむ…そう言えば確かに、カナタの形は刻んでもらったが我の方からはやってなかったか…」


「え、ペトラさん…?あっちょっ…」


「じっとしておれ。形がブレる…刻印魔法などやったこと無いのだ、変な形になったら格好がつかん」


「い、今じゃなくてもっ」


「えいっ」


「っ…!?」



だいたい何をしたいのか言葉だけで分かったカナタが流石にこんなところでしなくても…と言おうとしたものの、ペトラさんは止まらなかった


するり、と再びカナタのボタンを外すと手を中に差し込み…黄金の花弁の隣に指先を押し付けて魔力を流し込む


じりじりと熱い何かが体の中に入ってくる感覚は昨晩初めて味わったがどうやっても慣れそうにない。刻印魔法には魔法を付与できるが、ペトラはまだそこまで出来ないのか…自分の魔力と形を刻むだけに留まるがそれでも結構えも言われぬ感覚がある



数秒間、刻印が施された場所には菱形の内側に並んで金色の花弁の隣に新緑色の花弁が刻まれていた


まるで一咲の花に開く花びらのように隣り合って刻まれたその印にペトラも「うむ、これでよい」と非常に満足そうだ



「似合っているではないか。…カナタに我の光が宿っておると考えるとなんだかゾクゾクするな」


「…どーも。んじゃ、そろそろ恥ずいから俺は準備の方に…」



襟元をぎゅっ、と戻すカナタがこんな観客席の人混みであからさまな愛の形を示される恥ずかしさにそそくさと立ち上がる


ちょっと頭を冷まさないと彼女を求めて燃えてしまいそうである


そんなカナタが立ち上がるのを…



むぎゅっ、と二本の手が彼の服を掴むことによって阻止した



「え?…………………あっ」



振り向いたマスク越しのカナタの視線に…シオンとマウラの熱い視線が飛び込んできていた






試合直前、入場ゲートの前でカナタは自分の胸に刻まれた4色の花びらが輝く花の紋様を擦りながら、今度こそボタンを留めるのであった








ーー






「それで……よく俺の前に来れたな。割とキツめに脅したつもりだったんだけど…足りなかったか?」



大歓声の中でつまらなそうにボヤくフードを被ったマスクの男と、まるで物語の騎士とでも言わんばかりの鎧と、目を引く大振りな装甲を施された篭手を装備した美丈夫が向かい合う


レオルドが居ないことによる事実上の決勝戦の形となったが、ここまでの試合の運びは非常にスピーディーだった


カナタもそうだったが、金剛級冒険者であるゼネルガ・クラシアスをとどめられる出場者は居なかったのだ


それも…最強の冒険者とまで言われたレオルドが居ないからこその展開だろう。もしも彼が居れば、この場の2人のうちどちらかは必ず敗退してレオルドになっていた筈だからだ



「少し気を抜きすぎていた…あぁ、認めよう。お前は強い、この俺に危機感を覚えさせる程度には強かったのは認めてやるさ。だがこれまでだ…俺にここまでさせたことを後悔させてやろう」


「怖いねぇ…流石勇者様は脅しのスキルも一級品だ。これが人の女を奪うようなクズじゃなけりゃ英雄も夢じゃなかったろうに…」


「彼女達はお前にはあまりにも勿体ない…宝石というのは、身に付ける者によって輝きを発揮するものだ。それはこの、ゼネルガ・クラシアスをおいて他に居ない。さぁ、賭けてもらおう…彼女達を。俺が勝てばあの3人は俺のものだ、と」


「賭ける訳が無い。俺のメリットがゼロじゃないか脳味噌足りてるか?俺だけデメリットだけ背負うとは…勇者殿は人の女を奪うのに対戦相手からのお情けまで欲しいのかな?」


「ふん…欲しい宝をくれてやるさ。ダンジョン、遺跡…その他様々な場所から掘り出したアーティファクトの中にはかなりのレア物も多い。その中から10点、好きなものを持っていくと良い」


「物覚えも悪いとは救えない…。金だの品だのと自分の女をトレードする訳ないだろうに。「勇者」ってのはバカの称号じゃ無かったはずなんだけどね」


「物の価値も分からないかな?これらのアーティファクトは値段を付けさせれば何億…いや、その倍の価値はするだろう財宝だ。この俺がここまでサービスをしてあげてるんだ…あまり強情なのは男としてどうかな?」


「その程度の価値しかあいつらに感じてないならお前はその程度の男なんだろうな。金でしか解決できないとは…男として終わってる。結局、下半身の言うがままに顔と体に釣られたんだろ?正直に言えよ




ビリッッ




空気が張り詰める音が聞こえてきそうなほどに、険悪


会場では爆音でアナウンスが響き観客のボルテージを引き上げるが、闘技場内の空気は正に絶対零度


諦めず食って掛かるゼネルガと、それを呆れとともに毒を含めて返すカナタが互いに言葉を発する度に空気の温度を下げていく



試合開始の大銅鑼が響いた



だが、2人はまだ動かない



「お前程度の男に、あの宝石達が惚れ込むなんてね…少し俺で見る目を養わせないと駄目みたいだ。英雄は色を好むものさ。美しい色を纏って、初めて英雄とも言えるかな?」


「ならお前はまだ英雄じゃない訳だ。ま、人の女に手出そうとして、挙げ句洗脳まで実行した奴にはいい女なんか付いてかないわな。成る程、その理屈で行くとお前は俺のことを「英雄」と言ってくれてるのか?」


「……あまり調子に乗るな。こうして手を下す前の慈悲というのが分からないか?彼女達は俺の女とする、決定事項だ。お前程度が口を挟むな」


「おっと、キャラが崩れてきたな。ほら、さっきまでの気取った色男風の演技はどうした?粉掛けた女に見向きもされないからって喚くなよ」



肩を竦めて言い放つマスクが瞬時に首を真横に傾けた


直後、衝撃波の塊が先程まで頭部のあった位置を通り抜けていき強風を撒き散らしながら背後の壁に破壊音とともに叩き付けられるのを振り向きもせず首を傾けたまま「…ほらね」と呟いた


ゼネルガが拳を突き出した姿勢…今の衝撃波が彼の拳撃から放たれたことを証明している


恐らくこれが「魔導拳」と呼ばれる所以なのだろう。魔力を乗せて打撃を放ち中距離にまで拳の射程を引き伸ばしている


恐らく、直に当てればもっと威力が上がるのだろう



「…もう我儘は終わりか?いい加減、聞いてて耳が腐りそうだったから助かるよ」


「殺してやる。お前程俺を怒らせたのは初めてさ、残念だが俺はそこまで寛容ではないよ」


「おいおい…殺しはご法度だろ?ルールくらい覚えてきたらどうだ?」


死んでしまったなら仕方ないさ。この大闘技場で命を落とした例なんて数知れずだ。…お前も、その1人になるんだ」


「はぁ……正直、俺はレオルドと戦うつもりで来たんだけど。同じ金剛級なのにここまで近くもんかね…メンタリティも、実力も」


「ほざけッ!俺こそが最強の冒険者に上り詰める男だ!勇者に媚びへつらう一員と、この魔導拳の勇者を並べて語るなッ!」


「あー…成る程。勇者を名乗る理由の1つはそのコンプレックスか。レオルドにどうやっても敵わないから、勇者を名乗ってレオルドより立場を上に見て欲しかった、と。…ははっ、しょーもなっ」



地面が爆ぜる勢いの踏み込みでゼネルガが踏み込んで来たのはカナタの言葉が終わる直後のこと


強化魔法の輝きを纏って瞬間、カナタの目の前まで距離を詰めたゼネルガが躊躇いなくマスクに向けて拳を叩き込み…それを素手で握るように受け止めるカナタにゼネルガは目を剥いた


受け止めた直後、拳から衝撃が伝わってくるもののカナタの手と体わ僅かに震えただけに留まる



「衝撃を生み出す魔法を打拳と同時に打ち込んで破壊力を上げる、ね。悪くない戦法じゃないの……いや、悪いのは性格の方か」


「黙れッ!確かにやれるようだがこの程度で防げたと思うならお前の程度も知れているッ!」



続く打拳が繰り出されるもカナタの手が外側に弾き飛ばし引いて打ち込まれる打拳も真正面から受け止める


だが、ゼネルガの攻撃はそれでも加速を続けていく


連打、連撃、当たるまで打ち込む猛烈なラッシュはこの大闘技場で目視できる者もそう居ないだろう。しかし、カナタはこれを的確に捌き流していく


攻撃方法自体はシンプルながら、衝撃を生み出す魔法と高い強化魔法による攻撃はそれだけでも木々を薙ぎ倒し岩石を砕く破壊力があるだろう


そしてその威力と速度は…



(……強まってる。ははぁ…そうか、弟にあれだけ豪華なアーティファクト持たせてんだ。自分には更に強力なアーティファクトがあって当たり前か)



不自然なほどに増強され続けていた



明らかに素の力で引き上げるにしては異常な増強のされ方に、カナタはまっさきにその可能性を思い付く


ついには大振りな拳撃を受けた衝撃はカナタ脚を地面に摺りながら後ろにノックバックさせられるまでに至る


手に残る痺れたような感覚は先程からは考えられない程に威力が引き上げられている証拠だろう。カナタもこの戦法には正直に…金剛級の強かさと己の強みを図る能力を評価した



「…ほんとに強いのか。普通にびっくりしたな…成る程、その強化系アーティファクトがあれば俺に通せる威力が出せるのな」


「確かに硬いが、それではこの俺を止められないさ。あぁ、謝罪はもう遅い。お前の命でしかこの怒りは収まらないんだ…あとはこの乾きを、あの子達に潤させれば100点だ」


「いちいち口に出すなよきっしょいな…」


「ほらどうだい!?反撃はしないのかなァ!さっきから受けてばかりじゃないか!」


「おっ、と……」



酔うように語るゼネルガにマスクの下で「おえっ」と表情を歪めたカナタの様子を知ってか知らずか、再び衝撃を放つ拳撃による連打を繰り出すゼネルガは嬉々としてまくし立てながら猛攻で轢き潰しにかかった


力が通る、防御を通せる…それを確信したゼネルガは余計な回避や翻弄する動きは混ぜず真正面からの連撃でカナタ沈めんと、顔、胸、腹、と致命傷を狙える部位を執拗に狙い続ける


これを器用に捌くカナタではあったが驚くことに…アーティファクト込みではあるが、カナタの強化を上回る力が発揮されているのだ


後に跳び、下がり、受け流すように防御するものの確かに反撃をしていないカナタは…



「いいね。ならこっちも道具に頼ろうか。使い時があって良かったよッ…!」



思い切り叩き付けられたゼネルガの拳をいとも容易く片手で受け止めた


真紅の魔力を纏いながら



「な、んッ」


「まさかワンサイドゲームで勝てるとか思ってたか?そんな甘い世界生きてねぇだろ」


「ぐべっァ!?」



受け止めたゼネルガの拳を握ったまま、ゼネルガの顔面に拳を叩き込んだ


派手に吹き飛び短い苦悶の声を上げたゼネルガではあったが、瞬時に空中で姿勢を取り戻して綺麗に地面へと降り立つのを見ればカナタ「へぇ…いいね」と少し以外そうに呟く


ダメージを受けてもただ倒れる悪手は打たない…それにカナタがシオンの魔力による強化を乗せた一撃を顔面に打ち込んでも打たれた直後に態勢を整えられる程度に頑丈



(金剛級は伊達じゃない、か。悪くない一発だとは思ったけど…いや、この手応えは防御のアーティファクトも併用してるか?弟と違ってシンプルな効果のアーティファクト…それだけに効果はかなり強力か。…そういや、天然物のアーティファクトと殴り合った事は無かったな)



思えば、カナタは自分で何もかも装備品を誂えていた事もあり…この世界で装備品を調


さらに希少価値の高い古代遺産のオーパーツであるアーティファクトなんて触る機会も無く、そんな物を戦場でいくつも振り回す輩と相対したことは無かった


その時……カナタの中で、珍しく燃えたプライド


競いたくなった、優劣を付けたくなった…己の得意技と、国宝とまでされる魔道具の頂点であるアーティファクト…


即ち…



" 天然物と自分の力作、どちらが上なのか "



「いいね、っはは!やり甲斐出てきたな!ただ戦うより楽しくなりそうだ!」



楽しそうに笑うカナタ



「この俺にッ……殺す!殺してやるッ!」



憤怒するゼネルガ



指導者戦の決勝は、こうして幕をあけたのだって





ーーー





「おい終わったかライリーッ!」


「終わってねーよ手伝え脳筋ゴリラ!」


「ダッハッハッハッ!それじゃ修行になんねぇだろうが!ほれ、次の群れだ10分で潰してみろ!」


「アホばっか言ってんじゃねーぞ!?俺は人生初の大敗北で意気消沈だってのによー…!」


「そんなタマかよライリー!ジョーク言ってねぇで次行くぞ!オオトリまでざっと150体ってとこか!」



鮮血と肉片が花火のように撒き散らされ、それが灼熱の陽光に晒され異臭を放つ荒野のど真ん中


血塗れのバトルアックス…愛器グレイゼルを振り抜き刃を染める血とへばりつく肉を弾き飛ばしたライリーが声を上げて己の師へと文句を叩きつける


そんな事はお構い無しと、豪快な笑い声を上げる大男…レオルドは肩に担いだライリーの物より更に巨大なバトルアックスで肩をとんとん、と叩きながら視線をその先に向けた




ここはカラナックの先に広がる広大な荒野だが、現在レオルドが見つめる先には本来居ないはずの大量の魔物が犇めき合って移動しているのが見えた


獣型の魔物が多く群れをなしている…亜人型がいないのはこの灼熱の天候では長持ちしないからだろう。この荒野に適した魔物達があるはずのない群れ化してカラナックに向かっているのだ



「なぁ師匠。大会出なくて良かったのかよ?俺が出ればどうにかなんだろこの依頼。せっかくエントリーまでしてたのによー」


「あぁ。んなことぁ気にしなくて良い。この辺の雑魚なら街の奴らでなんとかなっかもだけどな…はライリー、お前でもちと危ねぇ」


顎で指すようにレオルドが示した先に…小山のような岩塊が地響きを立てて移動しているのが見えた


いや、小さな岩山にすら見える魔物だ


それは良く見れば巨大な翼のようなものがあり、4本の太い脚に太い首、巨大な牙がよく目立つ…大型の竜であることが分かるだろう



地凰竜エルグランド・ドラゴンだ。なんだってあんなデケェのが出てきたのか知らねぇが…純粋な一等竜種の1つだ。ソロじゃちと重てぇだろ」



竜種には種類がある


ワイバーン、サラマンダーなどの下等竜種…下等とは言え危険度は最低でも水晶級を超える魔物達


その上に君臨する三等竜種から一等竜種、その上の特等竜種までが存在しており一等竜種に近づくにつれて強力な個体となる


地凰竜エルグランド・ドラゴンは地属性の竜種の中でも特例である特等竜種を除き頂点に君臨する怪物である


足踏みすれば地震を引き起こし、地属性魔法による岩盤の隆起、巨岩を弾き飛ばし流星群の如く降り注がせ溶岩のブレスを吐く…そして何よりも、飛行できない代わりに重く、強靭な岩石状の龍鱗は攻城兵器すら寄せ付けない防御力を誇るのだ


間違いなく、一体だけで街を踏み潰し人々を滅して通るモンスター


それが魔物の群れを率いてカラナックに向けて進軍中なのだから、冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような大騒ぎになったのだ


生半可な冒険者では対処どころか餌になるだけ…それを見かねたレオルドが大会出場を辞退して、こうしてライリーを引き連れ群性暴走スタンピードの解決に乗り出したのだが…



「なー師匠…なんか変じゃねーか?こんだけ横から削ぎ落としてんのに群れの奴ら見向きもしねーし」


「きな臭ぇな……群れの外側をいくら削っても群れの中心が全然食いつかねぇ。こういう場合考えられんのは2つだけだ」


「こんなパターンあんのかよ…」


「おうよ。1つは魔神族が指揮してる場合だな。「カラナックを襲え」って命令されてんなら俺らを無視すんのも納得だ。仕掛けたそばの奴らは俺等に引っ掛るが他の奴らは命令一筋だ」


「魔神族…見たことねー。ホントに魔物なんか操れんのかよ」


「まあな。…ま、この群れは恐らくもう一つの理由だろうよ。何度か見たことがあんだ、こういうのは」



目を細めて唸るように息を吐くレオルドは異様な進撃を続ける魔物達を見詰めながらその心当たりに「面倒だなぁオイ」とボヤく


冒険者歴の長いレオルドは同じような現象を目撃したことがある


しかしそれは…あまりあって欲しくはない可能性だ



「カラナックに走れライリー。こいつらは……何かに誘導されてる。大抵こういう場合ってのはな、何かしらのになる魔道具に引き寄せられてる。それをぶっ壊せ」


「はぁ!?んだよそれ!?いやいや魔道具ってそりゃ……!」


「おう。あの群れはな……ーー」



ーー人に呼び寄せられてる可能性が高ぇんだ









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【後書き】




ーーあれ、皆そんなに幼馴染好きなの?


「好きらしいね。あそこまで反応貰えるのは思わなかったよなぁ」


ーーうん。個人的には割と物語に絡ませる気だったから読者さんの反応が貰えたのはかなり嬉しいんだけどね。……まぁ?まだ確定じゃないし?まだ誰のことか言ってないし?


「いや無理だって。あからさまだって。日本人なら誰でも分かるゴリゴリのフラグだって」


ーーま、突然現れてそういう展開にすると変だし。そう考えればフラグとは偉大な文化だなぁと感じるね。特に私はホラー映画とかスプラッター映画の死亡フラグが大好きでね


「あー、分かる気がする。あの手の映画って憎まれ役が大概立派な死亡フラグ立てて惨たらしく死ぬよなぁ」


ーーエイ◯アンシリーズでエイリアンを生物兵器にしようとした企業が絶対皆殺しにされるのとかとても好き


というか、私はエイ◯アンシリーズはね。スプラッター部分をちょいとエロスに路線変更するだけでとても立派なエチエチ映画になるのでは?と常日頃考えていて…


「うっわ…。いやまぁそうなると良くあるエロい近未来物になりそうであるけどな…。そんなこと考えんなよリ◯リー・スコットに謝れ」


ーーだって粘液まみれでよくわからない壁に埋まる感じで拘束させられて人の胎内に産み付けて中から産まれてくるんだよ?これをエロスフィルターにかけて見てご覧よ……もうエロ映画なんだよそれは!


「ちげぇよ!?お前そんな事考えながらあの映画見んなよ!?てかそんなこと言ったら男はどうなんだよそれ!」


ーーふむ……趣深いね。2パターンだ、男は殺されてしまうか、それとも同じように性の喜びを分からされてしまうかの…


「考えたくねぇ…!偉大なSF名作でこんな不埒な創作考えたくねぇなぁ…!」


ーー同じ様な事が考えられる作品には「スター◯ップ・トゥルーパーズ」とかが「ト◯マーズ」も良かったね。基本B級パニック映画はこういうの考えやすくてとても良いと思うよ、うん。私はね……異◯姦物にもとても理解があるのさ


「…そういや四魔龍エデルネテルがガチガチに生態してたような気が…おいまさかあれって…」


ーーふふ、感の良い主人公はいいね。その通りさ…あれは私の性癖の具現化の一部…ーー


「クソすぎる!?」


ーーだけとも言い切れないんだけどね。こういう世界観の1つには、この手の人類を利用する魔物が居ないと変だと思ったのはあるよ。生存競争的な観点とか考えれば自然なことではあると思ったね


「そ、そうか?結構レビューコメントでもその辺りがエグい描写で注意って言われてたりするぞ?」


ーー残酷やエグめの描写がないファンタジーを書く気はないさ。むしろファンタジーだからこそ、ファンタジーならではの残酷やエグみを出すべきだと私は思うよ。でなければ「異世界」を綴る意味が無い


現代、現実ではありえないからこそのファンタジーさ。死に際ややられ様だけオブラートに包んだら勿体ないと、私は感じているんだ。だから人を選ぼうとも、こういう設定、描写は必ず書き込む気だ


「…まぁ、なんとなく分かった気はする…かな?」


ーーエイ◯アンシリーズから、あのエイリアン誕生描写を抜きにしたら酷く味気なくて、あの怪物への恐怖とか得体のしれ無さが激減するだろう?私の中ではこれらの描写を書き込むことこそが、異世界物としてのしっかりとした味を付け足す行為に他ならないのさ


「それは理解できるかもな。なぁ、でも1つだけ教えてくれないか?」


ーーほほぅ、言ってご覧なさいな


「うちのヒロインズは……そういう描写の犠牲になったりしないよな?」


ーー………


「これ、エデルネテル編絶対来るだろ?その時に目に遭ったりしないよな?」


ーー………さ、今回の後書きはここまでだね。読んでくださった皆様、ここまでありがとうございました。これからも呼んでいただければ幸いでございま


「おい待て!聞き捨てならない!これだけは約束しろ!エデルネテル編ではそういうのうちの連中にはやらないってちゃんと明言してもらうぞ!」


ーーはっはっはっ。私はね、カナタ君…




ファンタジー作家だよ?




「今までの会話聞いた後だと最低な予感しかしねぇ!?」




※注意※エデルネテル編でどうなるかの予定は……まぁ多分カナタ君がどうにかします。多分…

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