第90話 見習い勇者と水の森


「……これ、本当に食用になるのかな?いくらボクでもこれはちょっと……」


「…ぼ、僕も抵抗はあるけどね?でもほら、貴重な食料と言えば仕方ないというか…」


「す、好き嫌いは駄目よ?耀、ルルエラ…ほら、食べて欲しそうに見てるわ。これは2人で行くしか…」


「もう死んでるよ、朝霧さん…。なら僕も食べるから一緒に…」


「絶対に嫌よ。死んでもお断りね」


「それはずるいよ、サギリ…」



ぬるぬると滴る粘液、海産物が如き生臭さ、濡れた段ボールを思わせる触感、灰色にピンクの斑模様……おまけにピクッピクッ、と時折痙攣しているそれを見つめる3人は顔を引きつらせて心無しか体が離れようと反っていた






現在地、ガボノス湿地帯


広範囲の所々に沼地や水林が点在しており、ぬかるんだ地面が続く場所は金級の魔物も生息している危険度がある程度高めのポイントは金級冒険者も近付くことはあまりしない


生息する魔物と魔獣の強力さもさる事ながら、常に足首辺りまで水に浸かってしまうこの場所は歩いて回るだけでもなかなかに体力を消耗する


水没林だけならば良いが、泥沼やハマれば抜け出せないような悪地も多く、その厄介さはただの魔物の生息地を歩き回るよりも面倒だ


しかし、この場所を危険を承知で通る者は多い


その理由は立地にある



レルジェ教国国境に位置する街ランネア


そこから先はラヴァン王国の領域となるが、まともな街に辿り着くまではかなりの距離を進まなければならず入念な旅の準備が必要となる


とは言え、大国家の都市間を結ぶ道が整備されていないはずもなく大型通商路がしっかりと整備されているのだ


しかし、この大型通商路はこの魔獣や魔物の群生地を避ける形で大きく迂回する、言わば遠回りの道となる


馬車があるならばまだしも、徒歩にてこの大型通商路を踏破するには非常に面倒な距離を歩き続けなければならないのだ


だが、当然ながら迂回するべきその場所をまっすぐ突っ切る事ができたなら…その旅の行程は大幅に短縮される。距離で言うならば徒歩たけで十分踏破可能なのである


だが、それはまっすぐ踏破するだけの場合だ


平均的な討伐アベレージが金級に近いとされるその場所……ガボノス湿地帯は間違い無く危険地帯だ


周辺は穏やかな平原が続いているのに対して、その場所だけは広大な湿地帯が広がっている理由は定かとなっていない


一説には地下水が全面に噴き出しているから…はたまた湿棲魔物がその生息に適した環境に変えてしまったからなのか、とも言われている


ここを突っ切って次の街まで到達するのはかなりの危険を伴う悪路なのだ


そんな水没林地帯…背のある木々の間、水に沈んだ草葉の中をじゃぽじゃぽと音を立てながらくるぶしまで水に沈んだ脚を動かして…目の前に横たわる生き物を3人が囲んで見つめていた


大きさは2メートルを超える、更に大きく見えるのは背中と思われる部位に背負うようにある…硬くて丸く、螺旋状の溝がある部位


頭部と思わしき場所にはすり鉢状の中に鋭利な牙が生え揃った口と、目と思われる長い棒状の先に真ん丸な極彩色の球体…胴体には常に粘液が戻っており足元の水にそれが垂れ流れて油のように違う色を放って広がってきている



そう、言ってしまえば巨大カタツムリである



それが目の前で息絶えているのだ



とは言え、仕留めたのは3人の方だ



銀級魔物、テンタクルマイマイ


マイマイ種の魔物の1つであり、種類がたくさんあるのが本種の特徴であるが基本的には巨大カタツムリである


テンタクルマイマイは肩部分に2本の触手が生えており、それを使って獲物を捕える事ができる特性があり、弱点は以外にも炎などの熱では無い


マイマイ種は一部の例外を除いて熱に耐性があり、体を覆うように分泌される粘液が熱を極端に遮ってしまうのだ。また、同じように打撃に対しても強い耐性があるのも厄介な点でぬるぬるとした粘液に軟体の体は打撃や衝撃が響かず受け流してしまう


2mのテンタクルマイマイはまだ小さい方であり、マイマイ種は大きくなれば6,7mを超える物も現れることがある…そうなれば金級を超える場合すらあるのだ


そんなマイマイ種の巣窟であるガボノス湿地帯が危険地帯とされるのは当然のことだろう


そんな情報の中に、耀が己の魔法で見た1文に信じられない1行が存在していたのだ





【食用・歯応えがあり、高タンパク。調味料を入れて煮炒めるのがオススメ】




………食べられるらしいのだ、この巨大カタツムリ



「ほ、ほら。日本にもエスカルゴあったから…」


「私、サイ◯リヤのヤツも口にしたこと無いの。美味しくても流石に無理……どうしてもと言うならこの場で死体をシャーベットにして粉々に砕き割るわよ」


「ヨウ達の世界にも居るんだ、マイマイ。ボクは初めて見たけど…こ、これを見てからだと抵抗あるかなぁ…」


「いや、こんなに大きくないよ?でもまぁ、好き嫌いはある…かな」



そう、問題なのは食料である


水は魔法でいくらでも用意できるから良いのだが食料ばかりはどうにも量が限られているのだ


ランネアから資金を溜め込んで無事に出発するのに3週間…装備、野営道具を全て信頼できる物に更新させることが出来たのは3人がコツコツと採取系の依頼をこなし続けてきたからだ


本来はそこまでの量を取り続けるのが面倒な採取依頼を、三人は持ち前の能力によって乱獲を繰り返していき大量の資金を確保するに至った


今では身に付けている軽装な防具やルルエラの装甲付き魔法使い用の法衣、短剣や杖も特別級とは届かずとも名のあるブランドの一級品を取り揃えた



耀の装備は胸部を厚の革とその間に挟んだ装甲で守る軽装であり、内部に織り込んだ装甲には硬く軽いニッカ鉄のプレート、革はアーマーライノのなめし革


同じく腕甲、脚甲に装甲が仕込まれその他にもインナーには丈夫で火や斬撃にも強いラーヴァモスの糸から編み込んだ服。その上に同じくアーマーライノのなめし革による服状装備を着込んだ姿は見た目だけでは分厚い装備を着ているようには見えないだろう


だが、その丈夫さは信頼ができる


耀は強化魔法で接近して叩くことがメインとなるので動きにくい鉄製アーマーは嫌がったのだ


それに旅の邪魔にもなる…動きやすい革製を選ぶのは元より考えていたのであった


短剣もササラン鉄製の短剣であり、分厚く頑丈


自分のファイトスタイルに合わせた選択である



朝霧も同じ装備だが、脚の革防具は膝下のみで太腿はタイツ状のもので多い、下半身は細かな装甲片が織り込まれたスカートとなっていた


また、腕甲は無く胸元はボタン式となっており彼女のモデルさながらの胸元がしっかりと膨らみを帯びて分かるようになっている


…というのも、この装備は戦闘と旅装を兼ねたものだ


胸を締め付けるようなギチギチの装備では長時間の行動どころではなくなってしまうのだ


故に、胸のサイズが分かるようなピッタリとしたサイズ感の装備となるとどうしてもボディラインはくっきり浮かび上がるデザインになってしまうのである


手にしているのはトネル木芯の鉄短杖……魔力を吸い集める特性があるトネルの木枝を中心に鋼鉄製の杖本体で覆った30cm程の真っ直ぐな杖だ


それを普段は太腿のホルダーに装備しているのだ


狙ったわけではないのだが…黒いタイツ風の布地に覆われた太腿に杖を差し込む仕草はなかなかに艶めかしかったりする…



ルルエラは薄紫色の魔法衣だ


魔法衣とは魔法効果の織り込まれた布地で編まれた服装である。ルルエラの身に付けている物に使用されているマクシムタランチュラの糸は鉄製の剣すら切断できない強靭な糸を幾重にも編み上げた繊維だ


基本的に魔法使いが装備する物であり、装着者の魔力を僅かに吸って機能を発揮する。その効果は様々だがメジャーなものは「衝撃耐性」「斬撃耐性」「魔力効率上昇」だろう


それに漏れず、その3つを備えてかつ「属性軽減」の効果を付与された上等品


そこに「レラの光長杖」……魔力を集め蓄える性質を持つ石を先端に嵌め込まれた金属製の杖は使用者であるルルエラの身長と同じ程はある長さだ



装備一新にて3人が最短ルートで教国から離れるべく選んだのがガボノス湿地帯横断コースだったのである



ということで、その新装備にも資金を大きく使い更に野営道具も新調、食料もがっつり揃えたものの食料に関しては底無しの量を買えるわけではない。どうやって食料だけは有限なのだ


可能な限り現地調達しなければ、どうやっても次の街には辿り着けないのだ。なのでこうして倒した魔物や魔獣で食用となる物はなるべく回収しなければならない


幸いにも耀が持つ反則的な鑑定の魔法である真羅 天誠ザ・シャーロックはその魔物が食用となるかどうか、毒や中毒性があるかの有害さも全て見通せる


なのでこうして色々な倒した魔物を鑑定して食べられる魔物を探しているのだが……



「ボ、ボクはやめておくよ。ほら、まだ干し肉とかあったからさ…あ、はは…」


「そ、そうね。ほら?他にも魔物は出てくると思うし?えぇ、この魔物は見送りましょ」


「もう見送ったのはこれで八体目だよ…。これじゃガボノス湿地帯を抜ける頃には食料が殆ど無くなるよ?」


「「うっ…そ、それは……」」



呆れた溜息を漏らす耀の言葉に言葉詰まり、視線を逸らす朝霧とルルエラも自覚はあるようだが…すー、と視線を巨大カタツムリに向けると流れるように空へと視線を逃がした


それを見て「はぁ……だめかな…」とボヤく耀



(分からなくはないよ?僕だってこんなヌルヌルの巨大カタツムリ目の前で解体して食べるのは抵抗あるけどね?でもこのままだとなぁ…)



ちょっと気まずそうにしている朝霧とルルエラの気持ちが分らないでもない耀だが、実際問題食べる物が無くてはガボノス湿地帯を抜けた先で困るのだ


ここは良くも悪くも獲物が頻繁に現れるから良いのだが、逆にここを抜けて安全な場所に出てしまえば食料となる獲物が現れなくなってしまう可能性がある


つまり、この魔物と魔獣の住処ではなるべく現地調達が望ましいのだが…



ポイズントード(紫の斑点がある粘液塗れの巨大蛙。煮て毒抜きすれば鶏肉のような味わい)だの…


バラズテンタクル(黄色と赤の斑模様がある粘液塗れの触手の塊。焼けばスルメのような食感と香り)だの…


ブルーワーム(真っ青な3mはある粘液塗れの巨大ミミズ。一晩干すと臭みが抜けてグミのような歯応えになる)だの…


バブルスライム(泡立つ緑色のスライム。水気が飛ぶまで炒めると餅のような食感)だの…



出てくる魔物がそれはもう生理的に受け付けない食材のオンパレードだったのである


これにはチャレンジャーかつ健啖家のルルエラも頬を引き攣らせた


料理として出てくるならまだしも、戦う段階でここまで気色悪いモンスターばかりでは食欲は刺激されないらしい



「取り敢えず、今日中に水没林から抜けよう。ここだとテントも張れないよ。それに……水から出れば生態も変わるかもしれないし」



耀の言葉に頷く2人


足首まで水に浸かる水没林の環境下では同じような獲物しか出てこないのに加えて、流石に新しく野営道具と言えども水の上には浮かべられない


今日の日が暮れる前になんとしても水没林エリアを抜ける必要があるのだ


巨大カタツムリに背を向けてじゃばじゃばと歩き始める3人…旅はまだ、半分も進んでいないのである









「逃がしたら駄目よ!氷気よ走れっ…冷源波フリーズウェーブ!」


「ルルエラ!脚の関節を狙って!」


「任せてっ!」



ジメジメとした木々しげる樹海の中、濡れた土と細い幹の木々が織りなす緑の中を3人が疾走する


朝霧が走りながら手にした短杖を正面に突き付け短く唱える魔法名と共に振り下ろせば、杖先から放たれた明るい白銀色の魔力光を纏った魔法弾が相手の地面に着弾


爆発はせず、変わりに空色の波動が地面に拡散して相手の8本ある脚を地面に氷漬けにして縫い止めた


三人が追いかけていたのは…地面の泥と同じ焦茶色の甲殻に先の尖った8本の脚、棒に乗せた玉のような真っ黒な目に口からは泡を常に吹き出している。何より特徴なのは凶悪な形をした2本の鋏だろう


脚まで含めればその体躯は5mに達する程の大きさがある……見た目はまさに、沢蟹のような巨大蟹である


足を地面ごと接着するように凍らされた巨大蟹…クルーキャンサーはなんとか脚を動かそうとするものの、見た目通りの氷の硬さではなくまるで鋼鉄のような頑丈さに慌てる様子が目に見える



「弾け、穿て!剛魔弾パワードシューターっ!」



遅れて走っていた筈のルルエラがヴンッ、とクルーキャンサーの真横に己の持つ特異魔法、視写跳躍フォーカス・ブリンクによる瞬間移動をし、ぐるり、と振り回した長杖の先端を差し向けて短く唱えた詠唱。言葉の力をもって唱えた魔法は白銀の魔力光を放ちに、ドムッ、ドドムッ、と発射音を響かせてラグビーボールのような魔力の弾丸がクルーキャンサーの足関節を真横から撃ち抜いた


かち割られた音を立ててクルーキャンサーの足関節はへし折れ、左側の脚3本が破損し胴体から崩れ落ち…そこに短剣を手にした耀が真っ直ぐに肉薄していく


胴体が地に落ちたクルーキャンサーも、急速に近寄る耀に反応して巨大な鋏を振り回し…まるでギロチンを落とすような異音を立てながら鋏を動かして耀を挟み込んで両断するべく振り向けるが…耀の動きに対してあまりにも鈍重だった


紙一重で鋏を開始した耀が飛び上がり、両手で構えた短剣の切っ先を脳天から叩き付け…頑丈なクルーキャンサーの甲殻を「バギャッ」と叩き割り貫通した短剣を真下に向かって思い切り振り抜いた


それだけで…強固な甲殻を持つクルーキャンサーはその巨体の半分に届く深さまでバッサリと縦向きに切り潰されて、即死


巨体が地面に沈む地響きのような音が夕日の指すガボノス湿地帯の樹海に鳴り渡るのであった










「よし!蟹よ蟹!これなら食べられるわね!」


「うんうんっ!これはボクもアリだ!それにこれだけ大きければ身もたくさんっ!ボクはボイルが好きなんだっ!」


「す、凄いやる気だと思ったらそういう事ね…。まぁ確かに食用らしいけど。樹海エリアに入ってから現れたから多分…さっきまでの水没林とは生態系が違うのかな…?」



強化魔法を得意とする耀が解体用の短刀でクルーキャンサーの関節部から適当な大きさに切り分けながらハイテンションの2人に苦笑いを溢す


どうやら蟹なら大歓迎で食べられるらしい


耀程ではなくとも強化魔法を使える朝霧が、耀の切り分けた大きなパーツをさらに小さく料理に使える大きさにバラしていき三人は念願の現地調達をした食料にありつけていた


先程までと違い、地面はしっかりとした土で支えられている樹海エリアはここまで歩いてきた足が水に浸かる水没林エリアと違いかなり進みやすい


そして何より…出てくる魔物ががらりと切り替わったのだ


間違い無く環境の違いからだろう


最初に樹海エリアで出会った魔物がこの巨大蟹、クルーキャンサーだったのだ


これを見た時の朝霧の戦意は…それはもう凄かった


目にも止まらぬ速度で太腿のホルダーから短杖を引き抜いて「あれ殺すわよ!絶対、絶対に殺しなさい!」と非常に物騒なセリフを言い放つ程度に凄かった…余程今までのが嫌だったらしい


念願の蟹にありつけてホクホクした様子の朝霧はこれ見よがしに上機嫌だ



「にしても、上手くなったねヨウ。短剣、教国を出た時はそこまで使えなかったからビックリしたよ。あの時はこう……なんとなく振り回してる感じだったかな?」


「うん。かなり手応えはあるよ。セントラルでは剣の振り方ばかり教えられてたから短剣はイマイチ分からなかったんだけど……」 


「そこはいい先生に恵まれたわね。あの街に居た3週間でここまで短剣の使い方を仕込んでくれたんだから…感謝しないと駄目よ?」


「だね。…でも誰だったのかな、あの人?確か『通りすがりのおじさん』…とか言ってたけど…」


「通りすがりのおじさんがこんな完成した武器の使い方出来るわけ無いよ。多分、名の知れた人のような気がする…ボク、名前とかは分けるんだけど顔とかはからっきしだからなぁ。見ても誰かは分らないんだ…基本外に出たことないし」


「耀のセンスもあったんじゃない?とは言え、手本って振ってるの見た時は驚いたわね…」



耀の短剣は教国を出奔した時に自分の戦闘法を客観的に考えて選んだ武器だ


しかし、セントラルでは普通に剣を握らされていた事もあってどうにも使い方を掴みあぐねている部分があったのだが…


ランネアでの依頼をこなす日々を送る中で練習をしていたのだが、何かフォームを知っているわけでもなく我流で掴まなくてはならない中では習熟も遅い


そんな中で出会ったのが「通りすがりのおじさん」である


見た通りというべきか、四十代に見える男性であり小柄でどちらかと言えば細身かつ中性的な耀から見ればとても憧れる高い身長に鍛えられた体、後ろに流した髪に穏やかなかつ男気の感じる強い目元と無精髭、それを隠すようなその辺にありそうな旅装が彼のそんな雰囲気を覆い隠している…というような男だった


依頼を受け始めた頃に、森の中で果実の採取中に出会ったのだ


耀の短剣を見て笑いながら「うーん、おじさんで良ければ教えてあげようか?こう見えても、君が持ってるような剛短剣は得意でね」と、ランネア滞在中は耀に短剣使いを仕込んでくれていたのだ


ちなみに短剣には通常の軽く暗器として使える短剣と、頑丈な魔物を引き裂き剣や斧まで受け止めることを考えられた分厚くて通常の短剣よりも少し長い…頑丈な剛短剣の2つがある


耀が持っていたのはこの剛短剣だった


そして、現れたおじさんが持っていたのも剛短剣


見せてもらったがかなりの業物なのは目に見える程の一品で、それを明らかに何十年と使い込んだ痕跡がある…まさに「相棒」と呼ぶのであろう物だった


輝くような純銀色の刀身に目を引く漆黒の線が二本走る意匠は武器屋を見て回っていた耀も見たことがないデザインでもあった


ランネアを出る時に別れてしまったのだが…



「そう言えば名前も聞いてなかったね。ずっと「おじさん」って呼んでたから…でも、お陰でかなり手応えあるよ」


「いいわね、先生がいるのって。私、魔法に関しては殆ど手探りだからこれでいいのかも分かってないのよねぇ…。誰か強い魔法使いに教わらないと駄目なのかしら…?」


「うーん……サギリに仕込めるくらいの魔法使いってかなり限られるんじゃないかな?特異魔法持ちで、しかも今だって金級の魔物程度は3人で倒せるくらい使えてるんだからさ。ボクじゃ教えられる事あんまり無いし」


「そうなの?…やっぱり珍しいのね、特異魔法って。正直、ただ冷気を操る魔法ってだけなんだけど」


「いや、それは違うと思うよサギリ。特異魔法っていうのは2種類あるんだ」



自分の魔法が、ゲームの知識を通してみればただの氷属性魔法…数ある属性魔法の1つに過ぎず、朝霧は己の特異魔法がそれほど特出した魔法だとは思っていなかった。特に、耀のあらゆる物を鑑定してしまう特異魔法…真羅天誠ザ・シャーロックを見てきたからだろう


だが、それに対してルルエラは首を横に振る



「1つは異能型、どんな型にもはまらないような使うだけで特異と分かる種類の特異魔法…すっごく分かり易い例がヨウだね。通常の鑑定能力を完全に置き去りにする異常能力に、そこへ付随する魔法や呪いを看破する真眼…それ1つで特異魔法として始まり完結してるのが特徴だよ」


「完結した能力…って言っても幾つか使える魔法もあるよ?万象看破マスターアナライズとか真実の眼トゥルーサイトもあるけど」


「それは真羅天誠ザ・シャーロックという特異魔法を細分化して使っているんだ。根本は一緒だね。あ、ボクの視写跳躍フォーカス・ブリンクも同じだよ」


「難しいわね……特異魔法っていうのがピンの来ないのよ、私。珍しい才能なのは分かったけど、一般魔法でも攻撃は出来るんだし、私の場合なおさら普通の属性持ちと変わらないわよね?」


「結構難しい話になるよ?そうだね………ボクがさっき放ったような一般魔法はともかく、属性魔法は本人の肉体から魔力が出力される時に属性魔法の才能ある者の『肉体』っていうフィルターを通った魔力に属性が宿るんだ。だから、体一つにつき属性は1つしか保有出来ない…複数属性を持つものがほぼ居ないのはこれが理由だね」


「あ、成る程…てっきりそういう物だとしか思ってなかった。要するに『魔力を変換出来る才能が体に備わってる人』っていうのが、属性持ちってことかな。……って、?複数属性使える人って居るの?」


「うん。勇者一行の1人、大魔法使いサンサラ・メールウィは特異魔法…魔極掌握マギアス・ルーラーの効果によって自然系6大属性である冷、熱、雷、地、風、水の全てを操れるのさ。バケモンだね」


「めちゃくちゃチートだね、清々しいくらい」


「うわ…な、なによそのチート能力。普通に私の六倍強いじゃないそれ。ズルいわね…もしかして私の魔法、やっぱ大した事ないのかしら…?」


「…と、言えないのが『特異魔法』なんだよサギリ」


「え?」



積み上げた薪に指先に灯した魔法の火種を放り込み、焚火を起こしたルルエラが2人の言葉を正した



「それがもう一つのタイプ、発展型の特異魔法だ。サギリが持ってるのは間違い無くこれだよ」



テキパキと焚火の上に吊るし台やヤカンを用意していき、食事の用意を進めながらルルエラは首を傾げる朝霧へ彼女の才能を伝えた



「発展型はね、最初は属性魔法と同じ魔法しか使えないんだ。でも属性魔法とは全く違う…特異魔法の基礎として、その属性魔法が使えているんだよ。だから使い続けていけばその属性の魔法を基礎とした…明らかな異能が発言する、言い方を変えると大器晩成型だ。代表的なのが、ボクが言うのも変だけど……勇者と世界を救った大聖女ラウラ・クリューセルがその典型だね。希少な治癒…世に聖属性って呼ばれる属性を基礎とした特異魔法…慈母抱擁アマティエルだ」


「……あれ?聖女ってそんなに沢山居るの?」


「あー…ボクはレルジェ教が勝手に定めたレルジェ教の聖女なんだよ。でも、この世界には聖女教会っていう何百年も聖属性魔法の担い手を保護して人々を救ってきた…言っちゃうと「本物の聖女達」がいるのさ。色々階級があるんだけどね、その中でも頂点に君臨するのが「大聖女」……ラウラ・クリューセルは聖属性から発展させた結界魔法の究極点みたいな障壁を操れる」


「…なんか、本当に本物の勇者一行って凄い人達ばっかりなんだなぁ。これ知ったら恥ずかしくて勇者なんて名乗れないよ…」


「…出奔して正解ね。はぁ…蓮司達、どうしようかしらねぇ…勇者様ロールプレイに必死よ?あの二人」



ここに来てようやく2人は世界の広さを痛感し始めていた


上には上がいる…なんて事は分かっていたが、流石に世界を救ったパーティとなると次元が違う。今の自分達では逆立ちしても1人すら勝てない自信があるくらいだ


日が暮れるガボノス湿地帯の樹海の中、木々に囲まれたスペースでその日は野営をする事となるが……教国に残してきた友人2人が今頃どんな痛々しい「勇者様」になっているか考えるとそれだけて…こっ恥ずかしくなる朝霧と耀なのであった










野営用のテントを張り、贅沢はせずに大きめのテントで3人一緒に就寝する


これはテント1つずつの奇襲を受けた時の事を考えて全員一緒の方が安全と判断したことや、朝霧の耀に対する信用からもこの形を取っていた


ルルエラも旅の最初から耀と過ごしていた事から彼のことは信用しているらしく、同じ幕の下で川の字になって寝るのに否は唱えなかったのだ


…というか、否と口にしたのは耀の方である


彼曰く「も、もうちょっと男に危機感ないとマズいんじゃない?日本じゃないんだし…」との事だったが朝霧がこれに対し



「あら、襲われちゃうの私?」と言い始めれば耀も「そ、そんな事しないけどさっ」と反射的に返してしまい…「なら大丈夫ね」と綺麗に流されてしまったのだ


ならばルルエラは…と彼女を見てみれば「ぅえ!?な、何も考えてないよっ!?うんっ!ボクが襲うとかある訳ないよ、あははっ安心してよ、ヨウっ」…とのこと


一体彼女はどこを心配していたのだろうか…


そんなこんなで、耀としてはちょっとドギマギした夜を毎晩過ごしていたりする


決し三人入れば広くないテントの中で肩を寄せながら眠るのだ


朝霧は言うまでもなく凛とした和風美人であり自分よりも少し背が高いくらいのプロポーションは慣れて無くては普通に話すのも緊張してしまうだろう


挙げ句、ルルエラに至っては自分よりも背が低い小柄な少女ながら異世界溢れる美しさがあり、幼いとは少し違う愛らしさとその奥に秘めた未来の美女を思わせる美しさがとても心臓に悪い


端に寄るように横たわっているのだが、特に横で体が触れる距離に寝転がるルルエラの柔らかい体が当たったりいい匂いがしたり、吐息が聞こえてきたり……とてもよろしくない


耀は学校でもはっきり言えば大人しく騒がずにいる少年だったこともあり、ゲームやアニメで繋がった朝霧瑠と瑠璃の例外2人を除けば女性とまともに接したことは殆ど無いのだ


そんな彼にこの状況はちょいとばかり刺激が強いーー



(ーーんだけどなぁ…っ。僕だけでもお古のテントで寝るって言ったのになんでこんな状態に…。朝霧さんはともかくルルエラはいいのかな…?警戒心とかあったほうがいいんじゃ…)



ーーいや、信用してくれてるのは嬉しいんだけどね?でもこれはこれで男として微妙なのかと不安になったり……



そう、男心は複雑なのだ


まるで自分に男性を感じていないようでちょっと複雑なのだーー




「……ヨウ、起きてる?」


「っ……お、起きてるよ。どうかした?」


「ちょっとさ……外で話さない?別に大したことじゃないんだけどさ…ほら、サギリ寝ちゃってるし起こしたら悪いよ…」


「そっか………」



ーーえっ、なに話って!?緊張するよっ!?



耀は気が気では無かった!


寝ていたと思っていたルルエラからの声だけでもびくり、と驚きに体が震えたのにまさかの「表に出ろ」どのお達しだ



ーー呼び出し!?僕何かしたっけ!?



まるでクラスでワイワイ騒いでカラオケとかプリクラとかお洒落の話に花を咲かせる女子グループから呼び出されたかのような緊張が耀を襲う!


するり、と外に出たルルエラに続いてそぉ…っとテントから外に出れば夜の闇に包まれた樹海の中で椅子代わりにしていた大きめの石に腰掛けるルルエラが見えた


普段のサイドテールを下ろしており白銀の髪が降ろされた姿はなかなかに新鮮だ



「ん?ほら、座ってよ。………あれ、どうしたんだい?」


「あっ、いや…何でもないよ、うん」



まさか普段と違う姿を樹海の枝葉から漏れる月明かりの下で見て、ちょっと見惚れてた…なんて言える訳が無い


首を傾げる彼女の隣へ向かい、そそくさと隣の石に腰を下ろせばルルエラの表情を伺うように視線を向ける…普段の元気な雰囲気を引っ込めて、どこか静かな印象を感じてしまう



「なんか話あった?今後のこととか、気になること?」


「今後の事……うん、そうかな。あんまり遠回しなのも嫌だし、聞いちゃうけどさーー」



どこか、不安なのか…勇気を出すように目を閉じてから話し始めるルルエラは、聖女らしくしていた時と似たようで…それでいて作っている訳では無いように見える



言いづらそうなのに、言わずにいられない…そんな彼女の心情が、揺れ動いる様が伝わってくる



「ーーヨウ達は……元の世界に帰りたい?」


「え……?…そうだね。正直に言うなら僕達の最終的な目的は地球…元の世界に戻る事だよ。まぁ、帰り方なんて検討もつかないけど……」


「そうなんだ…。…すっごい、ものすっごい我儘だと思うし、ヨウとサギリの気持ちはそう思わないかもだけどさ……ーー」



元から言い難そうにしていたルルエラが更に言葉にするのを躊躇うかのように言い淀む


その言葉を、言うか迷ったのだろう


唇を少し食み、一呼吸置きながら



「ーー……帰らないで欲しいな、なんて……思ってるんだ、ボク」



その言葉に耀は目を見張った



「ヨウ達が居なかったらボクはあの城で終わってたんだ。例え抜け出しても2人が居なかったらすぐに詰んでたと思う…。それにさ、楽しいんだ!こうやって見たことのない場所を一緒に歩いて旅して、戦って、同じご飯を食べて…ボクは今までの人生で一番輝いた時間を送ってるんだよっ!」



まるで夢を語るかのように、飾らない笑顔で今を語るルルエラの姿に耀は見蕩れていた


紛れもない本音なのだろう、だからこそなのか…



「だからっ……サギリもだけど、ボクはヨウと居たい。…離れたく、ないんだ…この旅が終わっちゃうのが、今は一番怖いよ…」


「ルルエラ……」



予想もしていなかった彼女の告白に騒いでいた気持ちが凪いでいく


教国を出て一月程だろうか…たったそれだけと言えばそれまでだが、耀にとってもルルエラとの時間は……この世界に来てセントラルで過ごした時間を遥かに超えて楽しいと思っている


自嘲気味に苦笑いを浮かべながら「ごめん、こんなこと言って…。あははっ、なんで言いたくなったのかな」と呟くルルエラを見ていると…耀はどうしても、彼女を1人にしてはいけない気持ちが強まるのを感じた


きっと帰ろうとする自分達を引き止めかねない自分の願望を責めているのだろう…容易に想像がついてしまった


だから…



「僕も正直言うとね……すっっごい楽しいよ、ルルエラと一緒に居るの」


「………っほんとっ?」


「うん。まぁ最初は胡散臭いなぁ、とか思ったけどね?どういう子か、一緒に過ごしてたらすぐ分かったから」


「あ、ははっ…いやぁ、あの時はキャラ作りしまくりだったしね」


「ははっ!今思えば作りまくってたよね、ルルエラ。不安にさせたならもっと早く言うべきだったかな…朝霧さんとは話したんだけど、僕達の現状の最終目標は地球に帰ることじゃないんだ」


「ぅえっ?帰りたいんじゃないの?」


「帰りたいよ。でも、さっき言った通り…帰り方なんて予想も検討も付かないんだ。だから取り敢えず、出来もしない事は考えてない事にしててね」


「じゃあなんでラヴァン王国に行くの?ボクはてっきり本家の召喚魔法陣を使うのかと思ってたけど…」


「本家の召喚魔法陣…?な、なんかすごく気になる情報だけど…。と、取り敢えず最後の勇者に会うために色んなところを探そうとしてるんだ。僕達が唯一知ってる他の国の名前がラヴァン王国だったから向かってるってだけなんだよ」


「そうだったんだ…少し早とちりだったかな。ボク…最近こんな事ばっかり考えてて…ご、ごめんっヨウっ!今の話はとりあえず忘れていいよっ」



少し慌てて手を振りながら取り繕うルルエラだが、耀もよく考えてみればルルエラの境遇に思うところはずっとあったのだ


不穏な実験の実験台被験者、闇の多い国の中枢に居て、外にも出されず日々を過ごす……それは彼女にとって、とても窮屈で退屈で…怖かったはずなのだ


この旅が終わって欲しくない……その考えは当然なのかもしれない


自分達が無事に帰ったら残ったルルエラはどうする?


一人寂しく過ごすのか、教国に隠れながらひっそりと…?



ーー忘れるなんて、無理に決まって…




「駄目よ。そういうのは語彙が空っぽになるまで話していきなさいルルエラ」




「サギリっ!?」


「あ、朝霧さん」



ピシャン、と彼女の会話の終わりをぶった斬るようにして、その声は後ろから聞こえてきた


振り返ればテントから靴を履いた朝霧がこちらに向かってくる所であったが明らかに寝起きで起こされたような感じではない


どう見てもずっと起きて話を聞いていた様子だ



「話は聞かせてもらったわ」


「えっと…どこから?」


「ルルエラの『……ヨウ、起きてる?』からよ」


「それは全部だよサギリっ!?」



最初っから何もかも聞いていたらしい


何事も無かったかのように来て、すとん、とルルエラの隣に腰を下ろす朝霧にルルエラの素っ頓狂な声が響いた


当たり前である



「馬に蹴られて死にたく無かっただけよ。気にしないでいいわ」


「どういうことっ!?」


「朝霧さんっ!?そういうのじゃないと思うよ!?」



済ました顔で髪を払いながら平然と言ってのける朝霧にルルエラの混乱の声と耀の慌てた声が出る


そんな2人の様子に何も気にしていないように「あら、違った?…というか、この言い回し異世界にはないのね」とか言っている…耀としてはちょっと慌て恥ずかしな勘ちが「そういうのでしょ、どう見ても」……勘違いではないのかもしれない


「よいしょ」と指先に灯した火種を薪の残りに付けて火を起こしてしまう…明らかに腰を据えて話そうとしている構えだ。ルルエラをこの話から逃さない意思を、耀は感じとった…!



「まったく……ルルエラ、打ち明けるのを待ってて、その前に相手が消えたらあなたは後悔しない?」


「消えるって…そ、そんな物騒な事考えるのは…」


「いいえ、考えなさい。目の前の相手は明日も自分の前に居てくれるとは限らないのよ。言いたいことと、伝えておきたいことは吐き出すの。そうしないと……言わないよりも後悔する時が来るわ」



火が強まり、互いの顔がはっきりと見えてくる中で…ルルエラと耀は朝霧の表情がからかったり、それらしいことを言っているだけではないのを見て理解する


口にしたことはあまりにも物騒であった。しかし目を僅かに臥し、燃える薪の向こう側を見つめるような朝霧の表情はどこか…物悲しさすら感じるものだ


その言葉、様子…耀の頭にある一文が蘇る


自分の中に宿る異能が見せた、彼女の鑑定文の中にその一文は刻まれていたのを思い出した



〘来歴・東京都出身の少女。性格は友人想いながらも俯瞰して物事を捉える事が出来、年齢に反して幼少期から大人びた性格であった。両親と弟の4人家族であり、家族仲は良好。特技は短距離走とチェス。好物はメロンと漬物、嫌いな物は猛暑。趣味は小学生高学年の頃からファンタジーやフィクション、漫画やアニメ、ゲームの類。小学校は有名な一貫校で大学までエスカレーターではあったが、家も近く仲が良かった幼馴染の同級生が小学6年生の頃に謎の失踪を遂げ、そのショックから不登校になり後に転校。その後、現在の高校へと進学する。高校2年生の春頃、レルジェ教国が行った勇者召還により勇者として異世界アルスガルドへと転移する〙



ーー家も近く仲が良かった幼馴染の同級生が小学6年生の頃に謎の失踪を遂げ…



「朝霧さん、それってもしかして…」


「…もしかして、そこまで耀の鑑定に出てる?ーーその通り、そうね…話させる前に私から話しておきましょうか」 



あ、と気がついた朝霧が耀の様子にこの話が既に彼には見られていることを察したが…ここまできて隠す気は無いらしい



「好きだった男の子が居たのよ。昔は私、すんごいもやしっ子で声を出すの人と顔合わせるのも怖くて…その私と、物心ついた時から一緒に居てくれた男の子。ずっと彼の背中に隠れてたのよ、その頃は。……私が12歳の時に、その子は忽然と姿を消したわ」


「失踪…誘拐とか…?」


「警察が何度も調べに来てた。その子、私の家の隣に住んでたからね。でも、何をどうやっても足取りは掴めなかったらしいわ…最後に確認出来たのは通学路のバス停。そこでぱったり姿を消したのよ」


「サギリにも好きな人が居たんだね」


「そう、今でも忘れられないくらい好きよ……それがあまりにもショックで、そしてその子にどれだけ自分が守られていたのかを自覚して、幼心に恋していたことを痛いほど実感したわ」



話されたのは、彼女の原点となる話


高校の同級生で頻繁に遊んでいた耀ですら、欠片も聞いたことがない話。そも、朝霧は芯の強い、心も容姿も大和撫子というべき強い女の子だ…少なくとも、耀は出会った時からそういう女性だった


そんな彼女が、コミュニケーションを苦手とする内気な少女だったなどと、一体誰が思うだろうか


ルルエラから見てもそうだ


物怖じせずズバズバ物を言って、決断も早く、理性的…少なくとも、ルルエラから見た朝霧はそういう女性だ


それなのに



「話す顔を合わせるのも怖い…でも、話さなければさらに怖い事が起こる。それを、彼を喪失してようやく気が付いたのよ。…今頃、どこにいるのかしらね」  



その淋しげな顔に滲む本物の後悔が、彼女が放つ言葉に力を持たせている



「ーー聞かせてよ、サギリ。好きだった人の話」



ルルエラは聞きたくなった


幼き日の朝霧と、そしてこんなにも強くなった朝霧が恋した人はどんな人だったのか


どんな気持ちだったのか


どんな日々を積み重ねてきたのかを



「ふふっ、いいわよ。恋バナといきましょ?」



悪戯に笑った朝霧が、夜中の話に花を咲かせる



「私が好きだった人…ゲームが得意で創作のお話とかSFモノを沢山知ってた、今思えばかなりのオタクだったわね。私がゲームやラノベにぞっこんなのは彼と一緒に沼にハマったからよ?」


「あははっ。そっか、それで僕達にもついていけるくらいオタクなんだね。もしかして、朝霧さんが学校でアタックしてきた男子に見向きもしなかったのって…」


「そ。今でも私の心には…異性としてはその子しか居ないの。ほんと……こんなことならさっさと押し倒しておけば良かったかしら?」


「うわっ!そ、それは過激だよサギリっ!押し倒すなんてそんな…ま、まずはキスからとか…っ」


「…そこなの、ルルエラ?ならキスしながら押し倒すべきだったわね」



ルルエラが顔を赤くしてきゃいきゃいと楽しそうに反応している


そんな反応を見ながら話す朝霧を見て、耀は嬉しさを感じていた


この手の浮ついた話には一切興味がないと思っていたからだ


学校では間違いなく高嶺の花…文武両道、多くは語らずミステリアスで、高校生と言うにはモデルすら追いつけない容姿と肢体、烏の濡羽色という艶のある黒髪、切れ長の目は絵に書いたような和風美人で上級生も誰もが憧れる学校のマドンナ


言い寄られた回数は本人すら数えておらず、それは玉砕した男の数に他ならない


難攻不落とまで噂になっていた彼女がここまで熱く懸想する相手がいると知れば驚きもするだろう


何よりも…



(こんなの聞いたら荒れるだろうなぁ………蓮司くん。卒倒するんしゃないかな……?)



耀はそこが、特に気掛かりなのであった








〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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【後書き】



「前回の後書きからこの話入れてくるとは…さてはそなた、あまり隠す気は無いな?」


ーーいやぁ、私としては盛大なフリのつもりだった

のよ?


「まぁそんな節はありましたよね。彼女が最後のヒロインでしょうか?」


ーー私の小説、ここから出会って云々からのゴールインはほぼ無いと思ってくれて良いよ。シオン、マウラ、ペトラの3年前から一緒に過ごした3人、5年前に2年もの時間一緒に旅をしたラウラ………この話のヒロインの条件は「主人公との積み重ねた時間」なんだよ


「……成る程……ならこのヒロインは最強……っ。……私は早く合流するの見たい……」


ーー間話みたいにしか書けてないから少し時間かかるかもね。まぁそこはご期待下さい、としか…


「というか、思い切りネタバレの類なのではないか、これ?果たして後書きでつらつら書いて良いものか…」


ーーこの物語のコメント読んだ?……みんな百年前から分かってたよ?


「それは……そうだったか」


ーーちなみに結構外伝風に直近勇者チームのお話も書きたいけど私には時間が無さすぎて書けていません。頭と手と胴体が3つなければどうにもならない…


「どう見てもモンスターですが…」


「……でも確かに物語としては分かれてる…。……あれ?3つ…?」


ーー本編でしょ?直近勇者編でしょ?


「何がありましたっけ?まだ描きたい物語あったとか…」


ーーノクターンエロ小説だよォ!私は下半身に悪い小説を書かないと生命活動に支障をきたすのを知らないのかい!


「知るかっ!あれ、そう言えば次の話は確か…」


「…んっ、私っ…!…お外で沢山っ、お部屋で沢山っ……!」


「あー…外で初めてをやったんでしたっけ」


「我だって外ではしておらんが……恥ずかしいとかないのか?」


「んんっ………癖になるっ…!…誰かいるかも知れない緊張感…っ…周りに何も無い開放感……っ…そして慌てるカナタっ…」


「「おおっ!」」






「あら、しっかりと地元にもカナタさんの魅力に気付いている女性がいましたのね?」


「エッ……い、今俺がコメントするのはズルというか…」


「言わなくても結構ですけれど…それよりも、前話から私も本格参戦でよろしいかったですわよね」


「……そうなるね」


「お誘い、ちゃんとしましたわよね?」


「……してたね」


「覚悟、よろしいですわね?」


「言われる方新鮮だなぁ!?くっ…だが俺は結構そっち方面はバケモンみたいに強いということが分かった…!そう簡単には…」


「ふふっ…私が聖属性魔法の第一人者であることをお忘れなく」


「…えっ?」


「人の生命力に関わる魔法ですのよ?……活力から精力まで、何段階も引き上げ可能でしてよ?」


「………え?」


「あと、回復というのも…体力スタミナの回復も可能ということを、しっかりと覚えておいて下さいまし」





「…もしかして、ラウラが一番手強いとか…そんなことある?」

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