第89話 想いは届く…金の華


「…いけませんわね。感傷に浸るのは、良い癖ではありませんわ」



空に上がった青く輝く光が小さく萎むように衰えていくのを何分も見上げ続けたラウラは、ふ、と我に返るように首を横に振った


明日には武争祭の後半戦とも言える指導者戦が幕を開けるというのに…昔のことに思いを馳せて気を落とすなど、あっていい筈もない


明日の優勝者への報賞は自分、すなわちラウラ・クリューセルが贈る事となるのだ。気が抜けていては自分の家の名を穢すことに繋がる



ふぅ…と吐息を漏らして窓から離れると机に立て掛けた小さな写真立てを手に取り、星の光でそれを照らして見つめてしまう…写っているのは旅に出る直前に撮影された勇者パーティ一行の写真だ


外へ泊まり掛けで出かける時は必ず持ち歩いている、お守りのような写真…そこに写っている自分の姿は背もここまで伸びておらず、身体つきもまだまだ成長途中で…何よりも済ました顔で、生意気にも自分が優れていると信じている目付きがなんとも小恥ずかしい


これが、在りし日のラウラ・クリューセル


己の魔法と才能を疑うこと無く、その歳に見合わぬ「大聖女」の看板を掲げた紛うことなき天才にして…世間知らず


あらゆるものを救ってきた。街の人々を癒やし、傷ついた兵を癒やし、倒れた冒険者を立ち上がらせ…この魔法は、もはや立てないと言われる者達を尽く救い上げてきた


数多のものを守ってきた。逃げ惑う民を、戦う戦士達を、走り続ける旅人達を…焼き尽くす業火から、喰らいつく顎から、引き裂こうとする鋭爪から…この魔法は鉄壁の守りで彼らを守護してきた


それなのに…よりにもよって愛した男だけ、救うことも…守ることも出来なかったのだ


こんな皮肉があるだろうか…今でも思い返して苦笑いを浮かべてしまう



(なんて青臭いのでしょうね…ふふっ…。まだ何も知らない私…敗北も、失敗も、辛酸も味わったことがなくて……何よりも、人を愛したことがない小娘。だからこそ……彼の苦悩にすぐさま寄り添うことが出来なかった…)



目を閉じれば思い出がフラッシュバックする


旅の最中、慣れない野営に初めての料理、初めての戦闘、歩き疲れた時のことも、眠れない夜も…他愛ないパーティとの会話までもがはっきりと思い出せる。全てが今の自分を形作る為に積み上げられた経験と思い出…


でもその中に……勇者ジンドーとの明るい思い出は存在しない


あるのは…彼が鬼神の如く撒き散らした死体の山と、それを作り出す時に上げる咆哮と………自らが作り出した骸の山の上で項垂れながら漏らす慟哭だけ…


彼は目に付く魔物と魔神族を鏖殺すると、力なく肩を落として亡霊が荒野を彷徨うかのように歩き…そして小さな声で、誰に対してでもなく呟くのだ


「帰りたい」「助けて」「もういやだ」……その言葉すら、旅の後半にかけて無くなっていく様はあまりにも見てられず…しかし、どうする事も出来なかった 


泣き溢す弱い少年から、自分の目の前で…無情の戦闘兵器へと成り果てていく様を見てられなかった。あまりの惨さに涙を流して彼を抱き締めた…思いの言葉を聞かせてみせたけれど…何もかも遅かった


その時には既に…勇者ジンドーの世界には自分と狂おしい程の望郷の念だけしか、存在していなかった


帰還の手助けなど出来る筈もなく、その心を癒やす術は持たず、戦いを助けようにも自分は彼に付いていけない。ならばせめて、拠り所となりたいと思っても、もはや彼の心は一切その隙間を見せず…


思わず俯き、影が差す…胸が締め付けられるようにぎゅっ、と痛み、求めるものに触れたいように、写真のその人物を指でなぞりながら…後悔の念は口から自然と溢れていた……



「…何が『問題無し』なんでしょうね…。はぁ……何もかも、上手く行っていませんのに…ここに至るまでの全て、何もかも…」











『何もかも、全て問題無しだ。あの合図通りにな』







後ろから聞こえたその声に目を見開いた


写真立てを持つ手がぴくり、と震えた



ーー何故ここに?どうして…?



その疑問が頭の中に浮かんでくる


自分が今、一番会いたいその人が…こんなに求めている時に来てくれるなんて都合のいい話がある訳がないのに……



ーーいや、決まっている。偶然やきまぐれなんかではない……あの光を見て、来てくれたのだ



写真立てを置いてゆっくりと振り返る…そこに、漆黒の鎧が夢ではなくしっかりとそこに居た


窓辺に腰掛けるようにして、金色の双眼を向けながら…元の声が分からない程の低い変声した声だった


文字通り、夢にまで見たその姿が……



『…あー、そうだな…。もう…声は変えなくても良かったな」



彼の声が機械的な声から「ザザッ…」とノイズのような音が混ざり、聞いたことのある肉声へと変わる


その声はどこか諦めたようで、困ったようでもあり…しかし、なんだか緊張しているようにも聞こえた



「…ジンドー…っ」



思わずその姿を見れば大きな声を上げて、駆け寄って抱き締めそうになるの堪えたラウラ。写真を置き、そっと近寄りながら、今まで通りその名を口にして…目の前へ


本当にそこに居る…追い求め、憧れて、恋い焦がれだ相手が…まるで幻かどうかを確かめるように、漆黒の装甲に覆われた兜の頬の辺りを手で触れる


冷たくて硬い、鋼の感触…その感覚が、本当に目の前に来てくれている事をラウラに実感させた


そんな頬に触れる手を、ゆっくりと鋼鉄に覆われた手が優しく掴み取り…



「……カナタでいいよ、ラウラ」



ふわッ…と


それまで触れていた冷たい漆黒の鎧が、勇者ジンドーの象徴であり自分達の前で何年もの間、決して脱ぐことはなかった鋼の人型がいとも容易く…光の粒子となって崩れ去った


鋼の手で優しく掴まれていた手は…自分より大きな温かい手に包まれており、視線を交わしていた筈の金色の双眼は困ったような黒い眼に代わって向かい合う


短い黒い髪、瞳も黒…細身ではなくしっかりとした体付きに、整った顔…と表現するよりも、安心感のある、落ち着いた顔立ち。東方の民と似た顔つきだがどこか違う…今まで学院で隣りあって教鞭をとっていた姿と全く同じ筈なのに…これが追い求めた勇者の姿と考えると、また違って見えてくる


決して、物語の英雄のようなキラキラした美丈夫ではないと言えるだろう…それなのに、こんなにも胸が高鳴ってしまう


格好はラフな膝までのズボンに麻布で作られた通気性の良いシャツ一枚…なんて事はない普通の格好だ



じわり、と…勝手に目が涙を溢してしまうのを止められなかった



「っ…カナタ、さん…っ。わ、たくし…っ、私は貴方にっっ…!!」





「ごめん」





溢れ出る言葉も整理出来ずに、それまでの全てに謝罪の言葉を吐き出そうとして…彼の謝罪の言葉がその全てを遮った



「俺が悪い、全部な…。ラウラの事も、皆の事も信じてなかった。ただ1人で戦っていたと勘違いして…この世界に信じて良い奴は居ない、なんて錯覚までしながら突っ走り続けた。ラウラの心配もなにもかも、無碍にした…本当なら、こうして会わせる顔もないのにな」


「違いますわっ!!そうじゃない…そうじゃ、ありませんの…っ…!貴方に言いたいことが沢山あって…っ、でも…私は……!」


「それなら大丈夫、言ったろ?…だ。なにもかも、な。それに、どう考えても悪いのは俺だろ?…ここまで来て、ラウラ達に被害者面出来るほど狂ってないよ」



こんな心境の時に会ってしまったからなのか…伝えようとしていた言葉は喉で渋滞をおこしたように詰まって、吃って、出てきてくれない


それを安心させるように、彼の言葉が紡がれる


聞きたくてしょうがなかった、勇者の言葉が目の前で…



「多分、もう分かってるだろうけど…。あんな俺でも変えてくれた奴らが居たんだよ。まぁ、きっかけは偶然…本当にただの偶然だったけど。勇者祭のあの日に、同じ宿に泊まった…あの偶然が無かったら正直どうなってたか分らないけどな」


「…では、後で3人に沢山お礼をしないといけませんわね。私も…あの日、泊まろうとしていた宿が満員でなければ…この偶然に出会えませんでしたわ…。………カナタさん、ごめんなさい少し……体を貸してくださいまし……っ」



勇者を自称する貴族の登場に、求婚と政敵…思い詰めた自分に暇を渡した国王に乗せられて勇者祭に沸く王都へと繰り出した


一番良い宿に声をかけてはみたが、案の定と言うべきか…一大イベントまっさかりの王都でそんな宿はその日に空いておらず、お気に入りの湯船がある二番手の大宿のセカンドスイートが残っており、転がり込んだ


その階下にまさか…勇者が居たとも知らずに


その風呂場で出会った少女達がまさか…勇者と共に暮らしていたとも知らずに


彼の肩に顔を埋めるようにして、力強く抱き締める


かつて、言葉も心も届かず、体も触れられない彼に同じことをした…でも、今回は違う


生身の体を抱き締めている、目を見て話してくれている、心の内を明かし、自分の声で会話をしてくれている


ぎゅぅっ、とカナタの体を強く、強く…彼の体の熱を全身で感じ取るように



(…温かい…動いてる…鼓動をしてる…やっと貴方を、この胸に抱くことが出来た…っ。鋼鉄の外からしか触れられなかった貴方を、ようやく…っ)



その念願が、叶えられた


たった1人の寂しい勇者を、その旨の中に抱きとめる…1人ではないと、己の体を全て使って伝えるこの願いが5年の歳月を超えて遂に…成就したのだ


全てのやり残した事が…今この瞬間に洗い流された



「ーーら、ラウラ?その……で抱き締められると色々と感触を感じちゃうというか…ちょっと男心には刺激が強いというか…」



思いに耽っていたラウラに、少し恥ずかしそうにカナタが遠回しながら今の状態を伝える


そう、ラウラの格好は太腿も殆ど露出し、肩まで露わになっているネグリジェ1枚のみなのを忘れてはいけない


色々と、当たったりしてしまうのだ


それはもう立派なお胸の押し付けられる感触やら、体の柔らかい感触がうっすいネグリジェ一枚越しからむにむにと伝わってくるのである


男には刺激が強い…どころの話ではない


ラウラの育ちに育った発育の恵体はあまりにも刺激が強すぎる


それはシオン、マウラ、ペトラと幾度と逢瀬を重ねてきたカナタでさえも例外ではなかった



ーーちょっと真面目に話す雰囲気だし、離れてくないっすか…?



カナタはそう言いたいのである…!



目を閉じたラウラは「…なるほど」と一言落ち着いて呟くと、彼の言った言葉を理解しながら当然だ、と頷き…



むぎゅぅぅっ



……もっと強く抱き締めにかかった


カナタの「あれぇっ…?」という声が聞こえてくるが、それに対し…ラウラは少し頬を膨らませて言った



「……私がこんなに抱き締めているのですから……カナタさんからも抱き締めてくれて良いのではありませんの…?」


「うっ……そ、それはその……」



ぎくんっ、とビクついて言い詰まったカナタだが…ラウラの耳も頬も、朱色に染まっているのを見てしまえば彼女だけにそんな格好はさせられまい…と、「…なら、失礼して…」と遠慮がちに呟いてラウラの背中に腕を回した


背中に流れる黄金のような髪をまるごと抱き込むように腕の中に収めて、最初は柔く…しかし触れた後は少しずつ力強く…互いの温度が混ざり合うように



ラウラは感じ取る……鬼神の如き殲滅と鏖殺を繰り返すあの勇者ジンドーだって、こうして体温があり女性と触れ合えば気恥ずかしそうにする…一人の生きた男性なのだ、と嬉しくなる



カナタは驚きを持つ……芯の通った大貴族の名を背負い、先頭に立って癒しと守護を示し大聖女とまで謳われる、この世で最も高貴で強い女性であろうラウラでも…こんなに柔らかくて、抱き締めたら壊れてしまうのでは…そう怖くなってしまいそうな程の、一人の女性なのだ、と緊張してしまう



「ラウラ、そろそろ…」


「駄目ですわ」



ラウラにとってこの場所は…想い人の腕の中というポジションは夢にまで見た桃源郷


窓から吹き込むぬるい夜風が部屋を涼しくしていた冷気を浚っていき、体温が少し汗を滲ませそうな気がしても、それを上回る幸福感がこの温かさにはあった


でもそれと同じくらい…自分の温度を彼に感じて欲しいのだ


そして…自分がどれだけ彼に心を許しているのかを、この行動から知って欲しい


母の教え……「タイミングが来たら押しなさい」という有り難い教訓はこれでもかと生かされる


男性に対し、強い感情を持ったことは無く…あっても父と弟への親愛、ザッカーやレオルドへと友愛に限られていただろうラウラの胸に溢れる…深愛


初めて…触れていたい、と思える殿方に抱き締められる感覚はラウラが予想していたよりも遥かに幸せな気持ちをもたらしてくれている



「な、なぁ…そろそろ…」


「延長ですわ」



きっと父と母もこのように互いを確かめたことがあるのだろう


長年追い求めた者をようやく己の胸にしかと受け止めた…その達成感は素晴らしく、長きに渡って触れられなかったからこそ、その反動は大きい


あれほど通じ合えず、一時は全ての関わりを絶たれたと言うのに…どんな因果か自分の抱き合っているのはその相手なのだ



ラウラは祈ることはない



手を合わせることはあろうとも、行動や結末に関して何かに祈る事はしない主義であり、事実として彼女は自らの手で進み結果を掴み取ってきた


しかし…今だけは祈りたくもなる


3人の天使達が自分の元に運んでくれた、運命


これに祈らずしていつ祈るのか…



「も、もういいんじゃ…」


「許しませんわ」



………………



もうそろそろ、話を戻さなければならない


カナタが恥ずかしそうに抱きとめながら、胸に押し付けられる感じたことがないボリュームのむっちり柔らか触感やら、シオンですら及ばない女性的な柔らかさ、魅力がみっちり詰まったラウラの肢体に男心をじりじりと炙られてしまい、一度落ち着きたい所なのだが…


ラウラはこれを即答で拒否


なんとかリフレッシュしたいカナタの申し出を言葉頭からばっかりと両断して、今まで離れていた距離を埋めるかのように回した腕には力が籠もる


だが……カナタもこれを断る理由は他に存在しなかった


距離を離していたのも自分、その心を無碍にしていたのも自分…彼女がそうしたいと望むのならばいくらでも問題無いのだが、何せ彼女の格好がとても毒だ


まさかマウラ並みに夜は薄着族だとは思いもしなかったのだ


こんなことなら昼間に訪ねた方が良かったかもしれない…



「ならこのままでいいから…少し聞いて欲しい。今の俺の…現状について」


「そうですわね……そういえばカナタさん、今まで姿を晦ましてどうしていましたの?あれだけ探しましたのに…影も形も掴めませんでしたから」


「今はリーバスの森に家を置いてる。あそこなら誰も来ないからな。ちなみに…あの日、王都に出てきたのは本当に気まぐれにだよ。シオン達がどうしても勇者祭を回りたいって言ってて、引き摺られてったんだ」


「ふふっ、らしいですわね3人とも。ちなみに…貴方の目的は未だ変わらないですのね?カナタさんはまだ…故郷に帰られる事を目指し続けている、と…」


「…その通り。俺の目的はこの世界に連れてこられた時から変わってない。結局、勇者なんて言われてもホームシックに駆られた子供なんだよ俺…」


「そう卑下するものではなくてよ?…誰だって同じ事を考えると思いますもの。でも、気になるのは……も計画通り、ということでよろしくて?」


「あー……やり辛いなぁ…。3人は上手く誤魔化せるんだけど…」


「気にもなりますわよ。3年間…これほどの時間がありながら、カナタさん……なぜ?「人や街を巻き込む危険があるから殺しきれない」…それならば、今の人外魔境に封印された四魔龍はいつでも始末できたはずですわね?」


「い、いつでもって程簡単じゃないけどね?とは言え……ま、概ねその通りだ。俺は今まで…。ガヘニクスが開放されるあの瞬間まで…殺したくない理由があったんだ」


「…分かりませんわ。それは何故…」


「言ったろ?俺の目的は故郷への帰還……それも全部、ってね」



ラウラの疑問に、少し悪戯で…それなのに不敵な笑みを浮かべたカナタ


だが、そこから先は話さなかった…ラウラもそれを感じ取る



ーーまだ、そこまでは話してくれないですのね



それを思って、今は聞かずに目を閉じて抱きしめる腕をぎゅっ、と強く力を込める


…きっと、今日会いに来てくれたようにいつか自分にも…その全貌を明かしてくれると信じて



「…それはそうと、カナタさん?私、もっと聞きたいことがありましたの」


「ん?」


、ですわ」


「返事?…………あっ」



最初は頭に「?」を浮かべたカナタも瞬時にラウラが何を言いたいのかを察してビキッ、と固まった


そう…ラウラはまだ返事を貰えていなかった…



再開した時に言った、プロポーズばりの告白の返事を…!



それを思い至った瞬間、カナタの心臓がぴょんっ、と飛び跳ねるのを己の胸に伝って感じ取る


視線を上げれば赤らむ顔で「そ、れはその…い、嫌じゃないというかむしろというか……でも…ほら3人もいるし…ラウラがいいかどうか…」と、しどろもどろに口が回るカナタが見えて…つい密やかに笑ってしまった


なんて……普通の男の子なのだろうか


…いや、それでいいのだ。大聖女と勇者なんてお伽噺のラブストーリーは要らない。ただ一緒に旅をして、恋に落ちて愛し合い、ただの男女が結ばれる……産まれも才能も、なにもかも特別だった自分にはなんて予想外で…きっと最も幸せなオチだろう。…ラウラはそう思ってしまうのだ


そんなカナタの口を指先を当てて閉じてしまうと少しだけ彼の顔を見上げた格好で悪戯に微笑んだ



「言葉は結構ですわ。……ここは1つ、行動で示していただければ百の言葉よりもはっきりと伝わりますもの」



そっ、と体を僅かに離してから…ラウラの期待を込めた瞳がカナタを真っ直ぐと射抜いた


強い意思に不屈の心が宿ったその目を見てしまえば…「あぁ……勝てないな」と感じてしまうカナタは己の心に従って…を行動に変える



(…嫌いな筈、ないだろ…。好きにならない理由なんてないだろ…この世界で一番に、俺のことを心配してくれてた女だぞ…?はぁ……俺って惚れっぽいのかな…なんかシオンにマウラ、ペトラに加えてってなると不誠実な気がしてならないんだけど…)



ーーそれでも、こんなに熱い気持ちがあるなら手放す選択肢なんてある訳がない。2番3番なんて考える隙間がないくらい、全員本気で惚れたのだ



(全員纏めて責任取るのが甲斐性、か…。俺もなんだかこの世界に染まってきてる気がするなぁ…)



月の光が2人の姿を優しく照らした


カナタの手が、ラウラの腰の後ろを支えるように手を当てて引き寄せると彼女の体は抵抗どころか軽く力を入れただけでカナタの体に正面から寄りかかる


言葉は不要、とならば…もはやこの先の確認などする必要もない




カナタが降らせるようにして、ラウラの唇を奪った




重ね合わせるだけの、柔らかい口付け


ゆっくりと、ラウラの手がカナタの首の後ろに回されて迎えるように顔を寄せ…唇を押し付け合うようにして互いのを受け入れる


相手の唇の温度が、ただひたすらに熱くて火傷しそうで……触れ合わせているだけなのに心臓が弾けてしまいそうなくらい高鳴っていて


それなのに、こんなに幸せな気持ちになっている


一体、何秒の間そうしていたのだろうか…


時間も忘れて、とはこの事だろう



ちゅっ、と唇を離せばまたも視線が絡み合う


今度はどちらともなく顔を寄せて再びのキス…一度唇を押し付け合い、そこから僅かに開いてお互いの唇を食み合うような…少し進んだ接触


その先よりも少し控えめで……でも前のキスより少し激しく


でもそれだけで……ラウラの心に巣食う暗闇は一片も残さずに一掃されていく


唇だけではない…こうしていると、心までしっかりと交わっていると感じるのだ



「んっ………ふふっ、これからよろしくお願いしますわね……ダーリンっ?」


「っ…よ、よろしくっす」



カナタもこれには照れくさいのか、ちょっと視線を斜めに向けながら赤い顔で頷いている…その仕草すら、今のラウラには愛おしい


仕草の一つ一つを…あのジンドーがしているのだ、と思うとさらに胸が高鳴ってしまう



「カナタさん。…明日はお互い出番がありますから、今夜はここまでで我慢いたしますけれど…。指導者戦の翌日から、お時間はよろしくて?」


「時間…なら空いてるけど…どした?」


「滞在中はこのお屋敷にいらしてください。勿論、シオンさん、マウラさん、ペトラさんも全員で…心ばかりですが、おもてなし致しますわ」


「…いいの?お礼とか何持っていこうか分からないけど……お、お菓子とか?」


「ふふっ、必要ありませんわ。ただ…………」



言葉を止めて、蠱惑的に微笑むラウラにドキリ、と鼓動を早めるカナタ…その笑みはどこか不思議な引力があるようで目が離せない


普段の彼女からは見たことがないその表情と妖しい雰囲気は…




「夜は……期待させていただきますわね…?私の全てを……平らげていただきたいと思いますので」



 

" 妖艶  "と表すのが一番相応しいのであった






ーー




【Side 神藤 彼方】





「………ぜっっ…………たいやり過ぎた…」



がしがしと濡れた髪の毛をタオルで拭いながら、ボヤくカナタの視線の先には…それはもうぐっすりと疲れ切った様子で眠る3人のお姫様の姿があった


シオンへのと称した熱烈な行為を昼前まで休み無く続けてしまい、そこから聞きつけて起きたマウラも当然の如く参戦


昼ご飯にはペトラも起きて、燃料補給を済ませた後にそのエネルギーも使い果たす勢いで盛り上がった結果…夕日が沈みかける頃には3人揃って意識を失うようにベッドへと倒れ込んだのである


そこからは色々と後処理をして、夕食を摂り…一人の時間をゆっくりと過ごしてひとっ風呂浴び、どっぷり日が暮れて夜中になった頃でも眠る3人を見てしまえば流石に「……やっちゃったか…?」と思っちゃうのである


色々後始末はちゃんとやってあるのだが…裸体のままタオルケットだけを羽織って寝息を立てる彼女達を見ると「うぅむ…」と唸ってしまうカナタであった



(求められると止められないんだよなぁ……もしかしてこれ…かなりプレイボーイな感じなんじゃ…?た、爛れてる自覚はあんだけど…)



ーーあんな誘われ方とか誘惑されたら無理に決まってるじゃん!?別に女なら誰でもなんて思わないけどさ…惚れた女達に迫られて拒否する理由ないもん!



そう…最終的に火が着いて3人をベッドに沈めてしまうのはカナタなのだが、彼に火を着けてくるのは彼女たちの方なのだ


それも毎回毎回、その着火方法が巧みでありこれにはカナタも思わず…全力で愛してしまう事に躊躇いは無いのである


と、そんな誰に向ける訳でもない言い訳を頭の中に巡らせながらただの水を煽りながら窓に見える月夜を見上げた


明日は大人しくして、指導者戦に備えよう…そんな事を考えながら空間ディスプレイを真横に展開すると夜空を見上げる視界の端でその内容を確認する



(……妙な魔物の動きがある、か。群性暴走スタンピードの兆しあり…これってレイシアスが連れてきた奴か?それにしては動きが変だな…)



おかしな動きをする魔物の群れを、カナタの偵察機は捉えていた


複数の小さなオアシスや所々に棲む魔物が不自然に集結し始めているのが見えており、その動きの波が徐々にカラナックの方向へと向きを変えて進んでいる…明らかに野生化では見られない現象に首を傾げる


一番考えられるのは魔神族により操作されている事


魔神族の尖兵である魔物は彼らの持つ魔力交信によって大体の動きを操ることが可能だ


だが…



(…規模が。こんな程度の数と質じゃ落とせてもカラナック半分程度……中心にいるのは竜か?あれだとこの街の冒険者じゃかなり梃子摺るなぁ…)



巨大な岩山にも見える巨躯の竜が、魔物の群れの中心に居座っているのがよく見える



地凰竜エルグランド・ドラゴン


岩石に酷似した分厚い竜鱗を持ち、その堅牢な防御力は攻城兵器すら跳ね返す程だ


そして竜と言っても地竜に分類される物は四肢が強靭かつ大型に発達している物が殆どであり、この竜はその典型と言えるだろう


代わりとして、体が重すぎて翼は持っているが飛翔する事は出来ず、図体に対して翼はそこまで大きくない


地竜種の中でも最上位に分類される上位竜種の内の一体がこの地凰竜エルグランド・ドラゴン



そして、それを中心として数百の魔物が群れを成して動き回っている…種類を問わず様々な魔物が、である


典型的な郡性暴走スタンピードの光景だが…



(俺がいるのにこんな中途半端な戦力を、しかもこんな中途半端なタイミングでカラナックにぶつけてくるか…?様子見で向かわせてるとか……いやいや、向こうにとってはグラニアスを賭けた戦いに全部突っ込みたい筈だよな。つまり、あり得ない………なら自然発生か?)



カナタからすれば、そこまで問題ではない


しかしカラナックからすれば大問題だろう…それこそ、街の存亡に関わるような事態に違いない


だが、ここで呼び寄せた戦力を使うのはあまりにもカナタにとってリスキーだった…可能ならばこの街の人間に解決して欲しい所だが…



「…お?なんだあれ……」



視界の外から僅かに顔を照らす光が見えて、夜景の広がる窓へと顔を向けた


寝静まった夜のカラナックの中で…それは小さな光にも関わらず存在感を放っている、カナタにはそう見えた


青い光…まるで氷を通して光が差し込んだ時のような美しい光が、まるで花火のように天空へと登っていき空高くでふわふわと対空しながら光を放ち続けている


一体何の悪戯なのか…武争祭で盛り上がった若者が打ち上げて遊んでいたりするのだろうか?…そんな事を一瞬考えたカナタの脳裏を、その記憶が遮った




『いいかしら、ジンドー。赤い光は「戦闘発生」、黄色い光は「問題発生」、青い光が「問題無し」よ。覚えておきなさいな』


『ダッハッハッハッハッ!まぁ俺達ゃ殆ど赤と黄色しか上げねぇけどな!問題無ぇ時なんかあるかってんだ!』


『この旅って、問題と戦闘しか起こらないからねぇ……おじさん、青の光打ち上げてみたいんだけど』


『紛らわしいから遊びで上げたら怒るよ、ザッカー?斥候である君の発光信号は洒落にならないんだ』


『というより、殆ど赤色しか上がりませんわよね…問題無い場面って、ありましたの?』


『『『『無い』』』』


『はぁ……夢も希望もありませんわね…』




その会話が、頭の中で蘇る


たしかに今思えば…青い光なんて上がった所は殆ど見たことが


カナタも、ただの悪戯としか思わなかったあたり登場頻度が非常に少ない信号なのは間違いないだろう


そして、この信号の意味を理解できるのはこの街に3人だけ


旅の最中、レオルドがこの手の魔法を打ち上げたことは一度として無い…つまり、この光の射手は…



「……問題無し…ね。良く考えれば、問題無いなら合図なんか要らないよな」



ボヤくカナタが目を細めて青い光を見つめ続けて、その意味を考える…



ーーなぜこの光が、今この夜空に打ち上がったのか


ーーなんの意図を持って打ち上げられたのか



ラウラの事を考えれば…自然と体は動いていた


眼の前の窓から自然な動きで飛び出すと、三階の高さからなんの躊躇いもなく落下を始めーー



僅か1m落下する最中、瞬時に黒紫のスパークが迸る



一瞬にして全身を覆う漆黒の装甲は夜の闇の中ですら黒く異質な輝きを放ち、背面の装甲が一部展開すると炎のような光を噴き出しながら猛烈な速度で飛行を開始する


まるで一条の光る線のように光の尾を引きながら、青い光の真下へと到達するのにかかった時間は僅かに20秒


そこは豪華な邸宅が並ぶエリアの中でも一際大きく格式高いと見られる屋敷だった


大理石のような白石で造られた屋敷は背の高い二階建てであり、正面には頑丈な鉄門が聳え玄関と呼べる場所の前には馬車が何台も停められる広さのロータリーを備えている


乾燥地帯に強い草花が丁寧にカットされて緑を魅せる生け垣に、そこら中に仕掛けられた警報や監視の魔道具が張り巡らされている辺り安全面にもかなりの気を使われている正真正銘、あらゆる意味で手の込んだ本物の貴族邸



クリューセル家、カラナック別邸である



その二階の窓から…物憂げな美女の顔が覗いていた


青い光を思い詰めたように見上げる表情は何かに悩みを押し込めた様子であり、深い吐息と共に部屋の中へ…窓から離れていく姿を見れば様子を窺うように窓から部屋の中へ


声を掛けようと口を開きかけた先で…彼女が見つめる1枚の写真を見てしまった



(あれ…旅の出発前に撮ったやつか。そんなのまだ大切に持ってんのか……)



それは勇者が旅立つ前に必ず撮影される伝統らしく、これまでの歴代勇者も全てパーティ全員で写った写真が残されている


この世界で唯一、自分が写った写真だが…生身の自分はどこにも居ない


居るのはただの鋼鉄製の鎧だけだ


そんな写真を大切に、その手で愛おしそうになぞる仕草はカナタにとって…少し衝撃的でもあった


地球では写真や写メなんてありふれたものだ


だから大した気を持っていなかったが…この世界での写真は高級品。そしてラウラはたった1枚…こんな鎧だけの自分が写った写真を今までずっと大切にしていたのが、分かったから



「…何が『問題無し』なんでしょうね…。はぁ……何もかも、上手く行っていませんのに…ここに至るまでの全て、何もかも…」



ーーそれは違う。全部自分が、聞く耳を持たなかったせいだ


自分の不信が全ての元凶なのに、何故そこまで気に負ってくれるのか…



それが…この局面で分からない程の、俺は男を捨ててない


それに…自分をここまで大切に、真摯に想ってくれる相手に好意を抱かない理由などあるだろうか



だからこそ……




『何もかも、全て問題無しだ。あの合図通りにな』




彼女の方に問題など、あろうはずもない


ラウラの体がぴたり、と動きを止めてゆっくりこちらへ振り返る


信じられない物を見る目で…まるで生き別れの半身を見つけたかのように目を見開きながら



『…あー、そうだな…。もう…声は変えなくても良かったな」



ーー……そう言えば、もう正体は割れてるんだから声隠す必要もないよな



そんなアホらしい事に今気がつく


変声は解除した…今出ているのは間違いなく自分の声で、そして「勇者」という存在として初めて…彼女と肉声で言葉を交わした



「…ジンドー…っ」



かつてのようにそう呼びながら、その柔らかな手が、自分の頬を撫でようとするかのように兜に触れれば……意を決さなければならない


流石に…勇気が必要だった


彼女の目の前で…自らリベリオンを解除するのは


それでも…



「……カナタでいいよ、ラウラ」



リベリオンを解く…この鎧が見せつける勇者としての自分を明かし、そうでない己を見せる


勇者としてしかジンドーと呼ばなかったラウラが、遂に勇者であることを知りながら…一人の男の名を口にする



お互いが……あの旅の最中に押し出していたフィルターを全て、取り払った


今、この場にいるのは…


少し他の人より力を持つ、一人の男と女



ここで紡がれたのは



「最強の勇者」と呼ばれた、ただの男と


「最高の聖女」と呼ばれた、ただの女の…



なんてことはない、どこにでもある1つのラブストーリー


でも、そのストーリーがついに刻まれたのは…



救世の旅物語を終えて…世界の平和エンディングを迎えた後の事であった









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【後書き】



「「「完結したぁっ!?」」」


ーーしてません。まぁそれっぽく締めてはいるけどネ


「いやいや、どう考えても完結にしか見えんが…我、この話見て大団円のハッピーエンドで涙腺大崩壊で帰宅する自信あるぞ?」


「というか、ラウラさんは登場時点からあからさまにヒロインの大柱だったのに結ばれるまで88話もかかっているんですが……正気ですか?」


ーーこれに関しては焦れてる読者さんも居たんだけど、私としてはラウラとカナタの関係は少し煮詰めてから…というか、主人公の内面的成長があってからの話にしたかったのよ


「……つまり…その成長剤が私達……?」


ーーそ。それに主人公君は結構やさぐれて別れてるから、そんな再会してすぐに…っていうのも変でしょ?いやぁ長かった長かった


「本当ですよ…見てる私達が一番焦らされてましたからね」


ーーいや、一番焦らされてたのは私だよ?


「いや自分で書いてて自分で焦れてどうするのだ…」


ーーそりゃさっさとくっつけたいに決まってるじゃん。金髪爆◯お嬢様歳上聖女だよ?ヒロインじゃない訳ないでしょうが!


「うわ……拗れてますね、癖が…」


ーーそんなこと言ったらねぇ。ほら、ヒロイン一号が「銀髪古風スタイル抜群歳下魔族」とか


「あー…」


ーーヒロイン二号が「巨◯伊達眼鏡敬語文系エルフ」とか


「た、確かに…」


ーーヒロイン三号が「無口クール系猫耳低身長獣人」とか


「…おー…」


ーー言い始めたらキリないからね、仕方ないね


「となると……ラウラさんで初めての歳上ヒロインか。感慨深い…良く考えれば我ら、カナタより2つ歳下だしのぅ」


「でも、珍しいですね…ヒロインの中に同い年が居ないって。こういうのってよくある感じだと、共感の沸く同い年のヒロインとか居そうなものですが…」


ーー同い年ヒロインねぇ。確かに王道ではあるけどね、でも今更ここに来て新登場の子がパパッとヒロインになるのも変じゃない?


「……メタい……けど確かに…そんな気はする……かな…?」


ーーま、私はそんな気がするだけなんだけどね。まぁ何せ…ようやく王道ヒロインのラウラをゴールまで連れてこれた…長かった…。実は初期構想時点での、この物語のヒロインは4人のつもりだったから、今話でやっと最初の目標が達成された…



という訳で皆様、お待たせしました。ラウラ回です



いや…おまたせし過ぎたのかもしれません


私の中では結構大きなターニングポイントになる話になります。上記の通り「やっとこさ」という感想なので


上手く表せたか分かりませんが、取り敢えずこれでラウラもやっと仲間入り…


私、王道大好きなので良かった良かった


…え?同い年ヒロインは結局出さないのかって?


まぁ書いた通り、今から出てくるような新登場の子を加えるかは正直怪しいですね…


……


まぁ、「王道大好き」とだけ言っておきます



あ。あともう一つ





お待たせしました…いや、お待たせし過ぎたのかもしれません(2回目)



ノクターン版、シオン編を今話と同時に投稿致しました


大人の読者様方、是非ご一読してヌい……ご堪能いただければと思います




ノクターン↓


https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2161073/




あ、ここにノクターンのコメント書いたら駄目ですよ?


BANされちゃう…

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